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岡部警部の憂鬱Ⅱ(5)

岡部警部の憂鬱Ⅱ(5)






 その年の科学警察研究所室長会の懇親会は、赤坂の料亭で行われた。
 毎年8月の半ばに開かれるこの宴席は、時期的に暑気払いも兼ねていて、ビヤホールやレストランを借り切って行うことが多いのだが、今年は余興に第九の室長が日本舞踊を舞ってくれるということで、畳の間がある日本料亭に決めたのだ。

 幹事の水谷副室長が開催宣言をし、刑事局長が来賓代表の挨拶を述べる。乾杯の音頭を所長の田城が取ったら後は無礼講だ。上手い料理と酒で親睦を深めるお喋りに興じる。しばらくするとコンパニオンが入ってきて、重役達の接待につく。かわいい女の子が5人もいれば場も華やかになり、楽しい酒宴となる。
 室長会においてこの夏の宴席は、一年のうちで一番大掛かりな催し物だ。
 この日のために、芸を磨いてくる者もいる。手品や楽器、歌や踊り、漫才や落語など有志が集って酒席を盛り上げる。これがなかなか楽しめる。みな素人芸だがそこは酒の席のこと、失敗も笑いに受け取ってくれて、芸をするほうも見るほうも楽しく過ごせるのだ。

 いくつかの芸が披露され、宴もたけなわとなったころ、障子が開いて濃紫の着物に銀の帯を締めた和装の美女が姿を現した。
 しとやかに歩を進める彼女は、亜麻色の短髪を銀とピンクのビラかんざしで飾り、着物の色に合わせたパープル系の化粧をしている。
 やや赤みがかった紫のアイシャドウは、大きな亜麻色の瞳にたまらない色香を添え、緋色の口紅は限りなく扇情的に、彼女の小さなくちびるを艶めかせる。そのコケティッシュな魅力は、広間中の人間の目を一瞬で釘付けにした。

 和服の麗人は下座に正座し、来賓席に向かって深くお辞儀をした。かんざしの直垂がしゃらりと音を立て、びっくりするほど長い睫毛が伏せられて、その麗しさを強烈に主張する。
 頭を下げられた2人の局長と3人の部長は、呆けたような顔で彼女を見ていた。
 何人かの観客は、手に持った箸や猪口を取り落としている。部長に酌をしていた第3研究室の副室長は、杯から酒が溢れているのにも気付いていない。また、その酒が自分のズボンを濡らしていることに、部長のほうも気がつかない。会場は軽いパニック状態である。

「申し訳ありません。パンフレットに、訂正箇所がございます」
 その声を聞いて、来賓客は二度びっくりする。
 よく通る、涼しげなアルトの声。この声には聞き覚えがある。上層部の彼らの前でも臆せずに、生意気な意見を言う声だ。

「私は日本舞踊も生花も習ったことがありません。パンフレットの内容はすべて誤解から生じたもので、私の不徳の致すところです。来賓の方々には、深くお詫び申し上げます」
 室長会の面々には聞き慣れた声だ。冷静を絵に描いたような第九の室長。
 きれいな顔をしていると常々思っていたが、衣装と化粧でここまであでやかな美女になりおおせるとは。これだけで一種の芸だ。そういう事情なら踊りはいいからお酌をしてもらいたい、と思ったのは一人や二人ではない。

「本来なら丁重にお詫びした上で、次の方に舞台をお願いするところですが、余興ですし。ここにいらっしゃる方々にはいつもお世話になっておりますから、皆様に楽しんでいただけるなら、このように滑稽な姿をお見せするのもやぶさかではございません。宴席の戯れ事と、ご笑覧いただきとうございます」
 自然に沸き起こった拍手に、彼女はにっこりと笑う。
 ともすれば人形のように、いっそ整いすぎた美貌に温かい血が通い、その美しさをいや増す。微笑みの形に持ち上げられた口角は、男をときめかせずにはおかない。
 この美女は、どこまで魅惑的な変貌を見せるのだろう―――― 自然と室内の人間は、彼女から目が離せなくなる。

 和装の麗人は流れるような動作で立ち上がり、着物の合わせから扇子を取り出した。
「踊りのほうは、2週間ばかりの付け焼刃です。素人の拙い舞踊でお目汚しではございますが、どうかお許しください」
 藤棚模様の裾を恥らうように割って、彼女は上手の舞台に上がった。扇を持った右手を胸の前に、左手は指をそろえて斜め下方に。軽く小首をかしげて右下方に視線を落とすそのポーズは、彼女の白磁の頬と首筋の秀逸さを強調してやまない。

 琴の音が流れ出した。
 日本楽曲の旋律に合わせて、踊り手は細い膝を曲げた。扇を広げて頭上に掲げ、袖を押さえて白い腕を隠す。細い手首が流麗に動いて、華やかな蝶模様の桧扇がひらりひらりと舞う。扇についた飾り紐と亜麻色の髪を飾ったかんざしの直垂が、ゆらゆらと揺らめいて彼のひとの麗しさを引き立てる。
 日本舞踊に精通しているものにはアラが目立っただろうが、素人の目には、指の形や扇の角度が多少違っていてもわからない。
 彼らの眼には、まず踊り手の美しさが飛び込んでくる。はっとするほどの美女が、雅な着物姿で舞の真似事でもすれば、懇親会の余興としては拍手喝采である。
 戯事らしく、いくらか襟元をはだけた和服姿は、妖艶という言葉が相応しい。濃紫の衣装は踊り手の肌の白さを強調する。特に後ろ首の美しさと言ったら、思わずむしゃぶりつきたくなるほど色っぽい。
 が、ここはキャリアの集まりなので、下品な野次を飛ばす者はいない。これが捜査一課あたりだと、『脱げ!』という掛け声が必ず掛かってくるのだが。

 10分ほどの演舞の間、言葉を発するものはいなかった。
 全員が舞台に目を奪われていた。楽曲が止まってからも会場はシンとしていた。
 幹事の水谷が、最初に夢から醒めて拍手をした。その音に我に返った人々が、次々に手を叩き始める。
 舞台の上の麗人は暖かい拍手を受けて、あでやかに笑った。



*****

 薪さん、ノリノリですね(笑)

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。

> 薪さんはやると決めたら何でも真面目に取り組みそうですね(^^)

真面目ですよねえ、薪さんて。
決まるまでは四の五言いそうですけど、決まってしまえば後は自分の役目を果たそうと努力するタイプに見えます。 例え意に副わぬことでも、引き受けた以上は逃げない。 それが男ってもんです。


> 原作でもお茶をいれてもらいたいと会議で言われてましたからお酌するだけでも喜ばれたでしょうね(笑)

言われてましたねー。
いきなり姫さま扱いになってて、びっくりしましたー。(笑)


> 室長会・・原作で元第九メンバーが参加して懇親会が開かれたら楽しいですね!
> お笑い担当はやはり、曽我と小池のコンビで宇野は手品(笑)

曽我さんと小池さんのお笑いコンビもピッタリですけど、
宇野さんの手品! 
わー、似合いそー!!
想像すると楽しいですね。 今度、妄想してみます。(^^

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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