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岡部警部の憂鬱Ⅱ(9)

 うちの薪さんと青木くんと鈴木さんの関係を、『皆既日食みたい』とコメをくださった方がいます。

 薪さんが地球、青木くんが太陽、鈴木さんが月。
 月が太陽を完全に隠す、皆既日食。
 言い当て妙だ、素晴らしい! と思いました。(Mさん、ありがとうございます)

 たしかに、今は月に隠れて、地球からは太陽が見えない状態ですね。
 でも、皆既日食はそう長く続く現象ではない……。
 なるほど。
 さすがです、Mさま。





岡部警部の憂鬱Ⅱ(9)




「遠藤が言った通り、オレは鈴木さんの身代わりなんですよね」

 差し出された青木の本音に、薪は瞠目した。

 否定はしない。
 たしかにあの時、僕はこいつの中に鈴木を見ていた。鈴木だと思って、その胸に飛び込んだ。
 でも。

「自惚れるな。おまえが鈴木の代わりになんてなれるか。鈴木の方がずっといい男だ」
「似てるって言ったのは、薪さんじゃないですか」
 言った。
 意識して身代わりにしていたつもりはないが、まるでその気持ちが無かったとは言い切れない。

 だけど。

 薪は両手を伸ばして、大きな手を取った。いつだったか、切り傷を止血してやったときのように、その手をじっと見た。

 あのとき、僕の頭を撫でてくれたのはこの手だ。
 僕を元気にしてくれたのは、この手だ。

「この手はおまえの手だ。そうだろ」
 感謝の気持ちを込めて、指先にキスをする。3週間前の切り傷はすっかり治ったようで、傷跡も見当たらない。
「僕はこの手に感謝してる。美味いコーヒーを淹れてくれて、僕を元気にしてくれる。大切な手だ」
 不意に強い腕が、薪の身体を抱きしめた。
 呼吸が止まる。肩が強張る。突き飛ばさなければ、と心の隅で思うが、帯紐で縛られたように身体が動かない。

「ずるいです」
 頭の上で青木の声が聞こえる。辛そうな、呻くような声だ。
「オレを受け入れてくれる気もないくせに、オレを放してくれる気もない。勝手すぎます」

 青木の言う通りだ。
 自分の言い分は、とても身勝手だ。
 長く続けられる関係ではないと思っていた。この居心地のいい場所は、いずれ誰かのものになると分っていた。
 この場所をキープするには、こいつの気持ちを受け入れるしかない。でも、それは絶対にできない。
 僕には鈴木がいるから。

 青木の胸を、両手で押しのける。自分とかれの間にできた空気の層に、薪はようやく、まともな呼吸ができるようになる。
「そうだな。おまえの言ってることが正しい」

 受け入れる気がないのなら、きっぱりと拒絶するべきだ。曖昧な態度はやさしさではなく、ただの怯懦だ。
 薪はぎゅっと拳を握り締め、背筋を伸ばした。深く息を吸い込み、しっかりとした声が出せるように、腹の底に力を入れる。
「僕が愛してるのは……鈴木だけだ。おまえを恋人にする気は」
「さっきの理想にひとつ付け加えます」
 薪の言葉を遮って、青木は薪の肩を掴む。正面から真剣な目を合わせてこられて、薪の心臓が跳ね上がった。

「オレ、ずるくて身勝手なひとが好きです」

 限りないやさしさに、不覚にも涙が出そうになる。
 ぐっと奥歯を噛み締めて、薪は涙を食い止める。ここで泣いてしまったら、きっと流されてしまう。

 こいつのやさしさに。
 どこまでも自分を許してくれる、海原のような寛大さに。
 なによりも。
 僕の中でどんどん大きくなっていく、こいつへの気持ちに。
 甘えてもいいのだ、と。その手をつかんでもいいのだと。許されないことに踏み出そうとする自分を、止められなくなる。

「ずいぶん、変わった理想像だな」
 乱れる心をため息に変えて、薪は苦笑した。声を震わせないようにするために、爪が手のひらに食い込むほどの強さで、拳を握り締めた。
「はい。よく言われます」
 そう言って、青木はようやくいつもの満面の笑みを見せてくれた。それは薪の望む微妙で利己的な関係の継続を、肯定するものだった。

 僕の気持ちを解ってくれて、そのわがままを許してくれて。こいつはどこまで僕を甘やかす気なのだろう。
 おかげで僕は、どんどん非道い人間になっていく。こいつにいい目を見せてやる気なんか毛頭ないくせに、僕の言うことは何でも聞き届けて欲しいと思ってしまう。
 あの暖かい視線で、いつも僕を見ていて欲しい。
 僕のことをいつでも最優先に考えて欲しい。
 どこで何をしていても、僕が呼べば駆けてきて欲しい。

 そんなことを考えて、薪は赤面する。
 我ながら、すさまじい。ここまでジコチューな人間がこの世にいるだろうか。
 こいつが悪いんだ。こいつがあんまりやさしいから。

 とりあえず、その原因を青木に押し付けて、薪は自分の心に蓋をする。目の前の男と良く似たかつての親友の笑顔を、その蓋の下に押し込める。
 こいつといるときは、鈴木のことは考えないようにする。それが今の薪にできる、精一杯の譲歩だ。

「ラムがダメならマトンだ。ジンギスカン食いに行こう」
「羊肉なら何でもいいんですね。じゃ、オレが知ってる店に行きましょう。ラムローストはないけど、ラム肉の串焼きがありましたよ」
「ホントか?」
「アメリカの提携先がハリケーンの被害に遭ってなければの話ですけど」
 青木の皮肉めいた冗談に、顔を見合わせてクスクス笑う。
 
 月に傘のかかった、夏の夜だった。




*****



 そして。岡部は三度、机の陰にうずくまる。

「だから! 本当にカンベンしてくださいよ! 一回道場に来て見れば分りますって」
 強い囁き声に携帯電話。丸められた大きな体躯。この半月ほどの間に、何度ここにしゃがみ込んだだろう。

「華道じゃなくて、柔道ですってば! どういう耳してるんですか!」
「岡部」
 ぱたっと携帯が閉じられる。きっと電話の相手もこのパターンを読んでいるに違いない。また後で、という水谷の声が聞こえたからだ。
 氷の警視正はピシピシと凍てつく空気の中で、幾枚かの便箋を岡部に突きつけた。

「薪室長が習ってる日舞の教室に、一緒に通わせてくださいって手紙が何通もきてるんだけど。これはどういうことなのか……」
 亜麻色の瞳を氷の刃に変えて、室長は部下を睨みすえる。岡部のネクタイをぐいっと掴んで、この上なく不機嫌な顔を近づけてくる。
「な」
 岡部の背筋が総毛立つ。美人が怒ると本当に怖い。

「すいません……」
 とりあえず、謝るしかない。
 今回の誤解の原因は、岡部ではない。薪が、素人とは思えない見事な舞を披露したからだ。
 しかし、それを言うと確実に、今日は全員徹夜でMRIシステムのメンテナンスになる。

「きっちりオトシマエつけとけよ」
「……はい」
 怒りの形に吊り上った肩をそびやかして、薪が室長室へ入って行く。
 どうやら副室長の憂鬱は、まだまだ続きそうだった。




 ―了―





(2009.4)





テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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No title

薪さん、あなたは本当にずるい。
でも、それはあなたの、本当の純粋さゆえ、健気さゆえだと、青木はちゃんと分かってるよ、薪さん。

いつか、素直にその手の中に飛び込んでね。

そして青木。
その手が他ならぬ君の手だということを、薪さんはちゃんと分かってたね。
出来ることなら、あと一歩、今一歩、踏み込んでほしかったけど・・
まだその時じゃないんだね。

しづさん、執筆、お疲れさまでした。
岡部さんの終わりの無い苦労を哀れみ、薪さんの麗しいお着物姿に目の喜び(脳内で)を味わいました。

でもそれ以上に、結局は、薪さんと青木の繋がりが、互いに相手がどれだけ自分にとって大切か再確認したことに、その嬉しさに、はがゆさに、胸がギュッと掴まれました。

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かのんさんへ

こんにちは、かのんさん。
かのんさんご自身、10月号の衝撃で気持ちが乱れていらっしゃるのに、拙作をお読みくださり、コメまでいただいたこと、感謝いたします。

> 薪さん、あなたは本当にずるい。
> でも、それはあなたの、本当の純粋さゆえ、健気さゆえだと、青木はちゃんと分かってるよ、薪さん。
>
> いつか、素直にその手の中に飛び込んでね。

ええ。いつか。
・・・・・いつかって、いつでしょう(^^;
あと、8ヶ月くらいかしら・・・・・(だから、長すぎだってば)


> そして青木。
> その手が他ならぬ君の手だということを、薪さんはちゃんと分かってたね。
> 出来ることなら、あと一歩、今一歩、踏み込んでほしかったけど・・
> まだその時じゃないんだね。

ここで踏み込んだら・・・・・・投げ飛ばされますね(笑)
うん、もう少し強くならないと、力ずくはムリですね。(←違う)

> しづさん、執筆、お疲れさまでした。
> 岡部さんの終わりの無い苦労を哀れみ、薪さんの麗しいお着物姿に目の喜び(脳内で)を味わいました。

わたしは、かのんさんのところのタキシード薪さんに、心臓撃ち抜かれました(^^

> でもそれ以上に、結局は、薪さんと青木の繋がりが、互いに相手がどれだけ自分にとって大切か再確認したことに、その嬉しさに、はがゆさに、胸がギュッと掴まれました。

ありがとうございます。
はがゆい、と言えば・・・・原作ですよね。
ああ、もう、はがゆいったら・・・・・・青木くんのモノローグを、薪さんに読ませて差し上げたいです。

ありがとうございました。

Kさまへ

Kさま。

嫌がらせのメールに(笑)、好意的なお返事、ありがとうございました。

・・・・・・・・へ、平気だったんですか?あれ・・・・・本当に??
だって、リングはリングでも、×××リングですよ?わたしは読み直したとき、自分の正気を疑いましたよ。
・・・・・腐りきってますね、Kさま。(笑)(すいません、褒めてます。ってか、書いたわたしが一番腐ってます)

コメント欄で送ろうとしたときは、冒頭の『セッ○スどころかキスもさせてもらえない』で、早々とひっかかりまして。もう、どうにもなりませんでした(滝汗)

「RのためのRじゃない」
「青木くんの誓いの言葉で泣いた」
「薪さんが『あいしてるから!』と叫ぶところがよかった」
といただいたのが、すごく嬉しかったです。
でも、あそこまでやらなくたって、ねえ(笑)
やっぱり、Rが書きたくて書いたんですよ、これは(笑笑)

このSSは、公開するつもりはないので、Kさまに捧げます。素敵な本のお礼です。(すいません、恩を仇で返すような真似を・・・・・もしも不愉快でしたら、削除お願いします(^^;)
ありがとうございました!

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Mさまへ

こちらに鍵コメいただきました、Mさまへ

> 青木さん、可哀想……

なにを今更(笑)
うちの青木くんは、過去から現在から未来まで、ずーっと変わらずかわいそうです(ヒドイ)


> 青木さんが、自分が鈴木さんと似ているということにつけ込んでしまうような人だったらよかったのですが、
> そんな人なら薪さんは、青木さんのこと、好きにならないんだろうな…と思いました。

・・・・・・・実は最初の頃は、つけこんでました。
ええ、けっこうしたたかなんですよ、うちの青木くんは。腹黒いし(^^;

ビアガーデンでちらっと白状していますが、親友と良く似た自分を拒みきれないだろうと言うことは、計算のうちだったんですね。そんなことをしてるから、ラブレターでしっぺ返しを食らうんですよ。自業自得です(←鬼)


> でも、皆既日食というのは…これもちょっと切ないですね…
> しかし、月が隠しても太陽のこぼすダイヤモンドリングはとても美しく……

> 「地球照」といって、、地球も月を照らすそうです。
> 薪さんが、青木さんの存在で、鈴木さんの姿をも照らし、浮かび上がらせるとしたら…
> 素敵だと思うのですが…

おおお、それは素敵です。
でも、うちのふたりにはムリです。うちでは青木くんと鈴木さんは、もろに恋敵なんです。お互い、あいつジャマ、薪の前からキエウセロ、と思ってますので(なんてイヤな設定)そういう展開にはならないです。
Mさまのところはそういうこと、できそうですよね。
風景の中に、思い出の中に、青木くんと一緒に鈴木さんを見つけていくんですよね・・・・・いいなあ・・・・・すこしはうちのふたりにも見習って欲しいもんです(笑)

Aさまへ

Aさま、こんにちは。


> こちらの青木は薪さんだけを見ているから薪さんも甘えちゃうんですよね

そうですねえ。 薪さん、狡いですよね。
でも、薪さんが自分の価値を認めて前向きに生きるように決意を固めるには、こんな風に自分を認めてとことん愛してくれる人が必要だと思ったんです。 薪さんは自分が大嫌いだから、青木さんみたいに絶対的な愛情を常に注いでくれる人が近くにいれば、「彼がそんなに好きなものなら、ちょっとだけ好きになってみようかな」という具合に考えを変えてくれるかなって。 

……大間違いでしたねっ!! 薪さん、本気で青木さんと雪子さんの結婚望んでましたものねっ! 

原作の薪さんは青木さんに愛されなくても、ちゃんと立ち直ったんですよね。 そこに青木さんの存在があるだけでいい、誰かを愛することで人生の素晴らしさを思い出せる、彼にとって他人の愛を受けることは必要じゃない、必要なのは自分が誰かに愛を注ぐこと、だったんですね。
深いな~。


> 原作の青木も薪さんが孤独だから忘れる事はできなかった。本当にやさしいですね(^^)

ですよね。 
NYでの薪さん、みんなにイイ顔してましたけど、あれって結局、心を許せる人が誰もいないってことですものね。
そこに気付いた青木さん、偉いぞ。(何様?)


> 青木は自分の手が薪さんに必要とされてることを知ってよかったでしょう(´▽`)

あれで回復しちゃうんだから、青木くんも相当おめでたいですよね。(笑)
でもまあ、薪さんの傍にいると言うことは、鈴木さんを重ねられることをある程度受け入れないと無理なんですよね。 この件に関してはこの後も何度も出てきますけど、薪さんの中から鈴木さんを追い出すことは不可能なので……青木くんには諦めてもらうしかなさそうです。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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