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フラッシュバック(4)

フラッシュバック(4)








 店側の好意、というか売り上げ貢献の御礼にもらった大量のワカメを持って、青木は自宅へ戻ることにした。
 まだ薪とのデートは途中だが、ワカメについていた塩が襟元から背中に入ってしまって、かゆくてたまらない。シャワーを使って着替えなければ、食事にも行けない。

 くすくす笑いながら横を歩く美貌に、青木は胸を撫で下ろしている。
 薪のことだから、青木が自宅に帰ると言えば「じゃあ、今日はここで」と素っ気無く帰ってしまう、と思っていた。そう言われたらレストランを予約してしまったとウソを吐こう、とまで心に決めていたのだが、どうやら自宅まで付き合ってくれるようだ。

「いつまで笑ってるんですか?」
「だっておまえのあの格好……ぷくくっ」
 ツボにハマったらしい。
「ひどいですよ。ひとの不幸を笑って」
 口ではそういうが、薪が笑ってくれるなら満足だ。あのワカメがたとえ殻つきのウニだって、飛び込んでみせる。

 薪と一緒にアパートに着いて、青木はシャワーを使った。
 塩のせいで、肌がヒリヒリする。しかし、これくらいで薪の笑顔が見れるなら安いものだ。
  
 髪を乾かしてからリビングに戻ると、味噌汁のいい匂いがする。香ばしい油の匂いもして、青木はとたんに空腹を感じた。
 ローテーブルの上に、美味そうな夕飯の膳が置いてある。
 鯛の刺身にワカメの味噌汁。揚げ出し豆腐にナスの味噌炒めに、きゅうりとワカメの酢の物。薪の料理はプロはだしだ。
「わあ。美味しそうですね」
「その大量のワカメ、処分しなきゃだろ」
 自分のアパートで薪が夕食を作ってくれるなんて。うれしくて、二階の窓から飛び降りてしまいそうだ。

 炊き立てのごはんにワカメを混ぜ込んで、楽しい夕食の始まりだ。
 ワカメの味噌汁を啜る青木を見て、薪はまたクスクスと笑い始める。
 普段の薪はそれほど笑い上戸ではないのに、よっぽどおかしかったのだろうか。
「そんなにおかしかったですか?」
「ああ。カメラを持ってなかったのが残念……そうだ、携帯で撮っておけばよかったんだ。失敗したな」
 薪が自分の前で笑ってくれるのがうれしい。あの写真の笑顔とまではいかなくても、最近は声を立てて笑ってくれることが増えて。それは青木の無上の喜びだ。

「自分じゃ見えませんでしたから。どんなふうになってました?」
「頭にワカメが」
 薪は膝立ちになって、青木の方へ寄ってきた。
 右手を青木の頭にのせて、「ここからこんなふうに」と指先で額から頬を撫でられた。
「シャツの中にまで入り込んじゃって、この辺なんか盛り上がって」
 そう言いながら、シャツの中に手を入れてくる。薪の手は、細くて指が長い。爪は短く、指先はやわらかくて気持ちいい。
 首筋から背中に下りていく薪の指に、青木は微かな興奮を覚える。夢の中の薪は、いつもこんなふうに自分の身体をさわる――――。 

「ワカメ星人だって。あの子供、ネーミングセンスばつぐん……」
 薪は不意に黙り込んだ。
 青木の眼に灯った、熱に気付いたのか。
 それとも、自分の腰にまわされた青木の手のせいか。

 ぐい、と引き寄せる。
 薪のきれいな顔が、驚いた表情になる。
 見開かれた、大きな眼。小さく開かれた口元から、真っ白い歯が覗いている。
 くちびるを重ねようとして――――― 殴られた。

「……すみません」
 まずい。やってしまった。
 春先のあのときのように、薪が警戒態勢に入ってしまったら。
「まったく。懲りない男だな」
 苦笑交じりの声で、薪は肩をすくめた。
 何事もなかったように席につくと、食事の続きに戻った。
 動揺した素振りも見せず、鯛の刺身に箸をつける。ゆっくりと食事をし、食後のコーヒーまで飲んでから、薪は立ち上がった。
「じゃあ、また明日な」
「え?」
「明日は牧場に、馬を見に行く約束だろ」
 ……怒っていないのだろうか。

 部屋を出ようとした薪に、送ります、と言って立ち上がる。薪は首を振って、青木の申し出を断った。
「あの、薪さん。さっきは」
「僕の家に8時だぞ。寝過ごすなよ」
 ……なかったことにしたいらしい。
「はい」
 青木は、頷くしかなかった。




*****




 アパートの窓から、遠ざかっていく小さな人影を見送る。
 青木のアパートの前には大きな公園があるから、通りには沢山の人がいる。それでも、薪のことは一目でわかる。周りの人間と、雰囲気が違うのだ。
 可愛らしい頭。華奢な肩。細い背中と魅惑的な腰と、すんなり伸びた足。遠くからでも感じる、薪の静謐なオーラ。
 亜麻色の小さな頭は人ごみの中をするすると抜けて、まるで水の中の魚のようだ。

 明日は8時に薪の家に行く。レンタカーを借りて、ふたりで千葉の牧場まで馬を見に行く。乗馬も楽しめると聞いて、子供のように瞳を輝かせていた薪を思い出す。

 勝手なひとだ、と青木は思う。
 自分が薪と、身体の関係も含めた恋人同士になりたがっていることは知っているはずだ。
 それを受け入れてくれる気はないくせに、こうしてデートを重ねている。薪にしてみれば、友人としての付き合いなのかもしれないが、自分の気持ちを知った上でのその行動は、考えてみればひどく罪作りだ。
 先刻のように、青木が友だち以上の関係に進もうとすると、きっぱりと拒絶される。それでいて、次の日のデートはキャンセルしない。
 それはつまり。
 
「友人でいたい、ってことか」

 そんなことができるはずがないことは、薪だって分かっているだろうに。自分の裸体を見ただけでエレクトするような男と、友人でいることなど不可能だ。
 その不可能を可能にしないと、薪の傍にはいられないのだろうか。
 だとしたら、自分は……この思いを封印して、この先もずっと、年の離れた友人の立場を貫かなくてはならないのだろうか。

 左脳でそう考えながら、右脳で薪の弾けるような笑い声を聞く。
 海馬に「友だち」というキーワードを刻みつつ、視覚野で触れ合わんばかりに近づいた、つやめくくちびるの艶を見る。
 つれない態度にキリキリと痛む心を抱えながら、細い指先が辿った額から背中までの細胞が、歓喜を訴える。
 悲しみと喜びと。絶望と期待と。
 青木の中の天秤は、右にも左にも傾くことができず。

 平手打ちのひりつく痛みを左の頬に乗せながら、明日のことを思って、右の頬が緩む。
 そのくちびるからこぼれた本音は、たぶん薪にとっては困惑のひとこと。
 
「ぜったいに。諦めませんから」





 ―了―





(2009.8)



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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ハイジがんばれ~

しづさん、おはようございます。
昨日はおなか痛くさせてしまってごめんなさい。
これからはテレビで「低燃費~!」と叫んでるハイジを見るたびに青木くんを思い出しそうです。飲み物吹かないように気をつけよう。

それにしても薪さんたら‥‥‥わざと?天然?
まるで
「超ミニスカートはいて階段を上っておきながら、後ろにいるおじさんを睨みつける女子高生」
みたいです。

でも、元気出してね青木くん。
殴り方が「グー」から「パー」になってる!進歩!
そのうち殴り方も弱くなってくるはずだから。
がんばってね~、応援してるよハイジ!!


歓喜の歌さまへ

いらっしゃいませ、歓喜の歌さま!
いつもありがとうございます(^^

> 昨日はおなか痛くさせてしまってごめんなさい。
> これからはテレビで「低燃費~!」と叫んでるハイジを見るたびに青木くんを思い出しそうです。飲み物吹かないように気をつけよう。

ちょー、ウケました!

> それにしても薪さんたら‥‥‥わざと?天然?
> まるで
> 「超ミニスカートはいて階段を上っておきながら、後ろにいるおじさんを睨みつける女子高生」
> みたいです。

うひゃひゃひゃ!!
まさにこの状態ですね!
罪な男です(笑)

> でも、元気出してね青木くん。
> 殴り方が「グー」から「パー」になってる!進歩!
> そのうち殴り方も弱くなってくるはずだから。
> がんばってね~、応援してるよハイジ!!

おおお、気付いてくださいましたか!
そうなんです、ここはグーパンチじゃなくて、平手打ちなんです。
殴り方にも薪さんの心の変遷がある・・・・・って、なんて乱暴なあおまき小説でしょう。いっそバイオレンスあおまきに挑戦してみようかしら。(笑)

ありがとうございました!

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Rさまへ

まあ、Rさま。
ご旅行中なのに、気を使わせてしまいました。ごめんなさい(><)

> ネット繋がる所が少なくて苦労いたしました…(泣)
> 駅の待合室…そこで記事の更新なんて…できません!誰が見てるか分かりませんもの…いやー恐ろしい…

きゃはははは!!
駅の待合室でR系ですか?(笑)
あ、でもわたし、自分の小説の推敲は出先でも平気でやってたような・・・・・・た、旅の恥は掻き捨てですよ、Rさん!

> …しづさん…相変わらずの蛇の生殺し状態ですね♪ふふふっ…

生かさず殺さず、が基本です(←鬼)

> あと、8ヶ月って…その間不治の病にかかって死んじゃったらどうするんですか!……おちおち病気にもなれません(-_-;)
> メロディの先行きを悲観して自殺もできない(笑)
> しづさんとこの青×薪が気になって…(^ー^)

グッジョブ、わたし!
それでRさまが健康で長生きしてくだされば、オールオッケーです!

> ところで、オフ会?!
> …でも私は新参者ですから…もし、お呼びが掛かれば是非行きたいですが…
> しづさんにお会いしたいです

はいはい!ぜひに!
都合がついたらご一緒しましょう!
予定は未定ですが、きっといつかお会いできると信じてます(^^

Mさまへ

拍手欄にたくさんのコメをありがとうございました。(^^

えーっと、「青木くんひどい」とのご意見ですが。

はい、ひどいですね!!(←フォローする気もない)
これは原作の青木くんじゃなくて、うちの未熟な青木くんですから。原作の青木くんは、絶対にこんなことしませんよね。
(1巻で、あの状態の薪さんに(ショックで入院までした薪さんに)鈴木さんの脳を見せた青木くんならやりかねないな、と思ったなんて言えません。(笑))

>薪さん、大丈夫かな・・・・

ご心配には及びません。
うちの薪さんは、貝沼に殺される夢なんか日常的に見てますから。もうすっかり慣れたことでしょう、ってひどい!
真面目な話、どっちかと言うと貝沼の夢より、鈴木さんに殺される夢のほうがしんどいです。青木くんと仲良くなればなるほど、罪悪感から悪夢がひどくなっていくので・・・・・きっとこの日の夜も翌日の夜も、夢見はさんざんだったと思われます。(←ぜんぜん大丈夫じゃないじゃん(^^;)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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