23日目の秘密(8)

23日目の秘密(8)






 薪は車を持っていない。
 免許はあるが、自宅からは駅が近いし、急ぎのときは岡部が迎えに来てくれる。あれば便利かもしれないが、維持費が大変だ。
 近くのショッピングモールまでは車で5分くらいだが、歩けば30分はかかる。この炎天下、往復1時間の道のりを、10キロの米袋を持って歩くのはさすがにきつい。

 平日のモールは、人出もそれほど多くない。午前中なので尚更だ。おかげでゆっくり商品が選べる。
 野菜に果物、パンにミネラルウォーター。精肉のコーナーは素通りして鮮魚の冷気の中で足を止める。薪の好物は魚だ。肉はもともと好きではないが、第九に入ってからはますます食べなくなってしまった。
 大好きな白身魚の刺身を前に、鯛にしようか平目にしようか迷っている。酒に合うのは平目だが、ごはんに合わせるなら旨みの強い鯛だ。結局二つともかごに入れる。迷ったときには両方買うのが薪の主義だ。

 後ろからカートを押して、青木がついて来る。
 カートには買い物かごが2つ。ひとつは青木のものだ。中にはレトルト食品やインスタント食品、スナック菓子の袋が目立つ。
「そんなものばっか食べてると、身体壊すぞ」
「食べるの忘れてぶっ倒れる人に言われたくありません」
「なんか言ったか?」
 薪が声のトーンを変えると、青木は慌てて首を振る。ちゃんと聞こえているぞ、と睨んでやると、苦笑して「作るの面倒なんですよね」と言い訳した。

「確かに、あの帰宅時間から自炊はきついか」
 ふと、薪の脳裏に、先日雪子と並んでベンチに腰掛けていた青木の姿が浮かぶ。夕食の材料を見繕いながら、薪は何気なさを装って訊いた。
「おまえ、彼女いないのか?」
「今はいません」
 よし、第一段階はクリアだ。
 心の中でガッツポーズをとりながら、薪は平静を装って青木を揶揄した。
「なんだ、情けない」
「第九に入って、1ヶ月で振られたんですよ。忙しくて、メールもできなくて」
「あのシフトじゃな」
「薪さんが組んだシフトじゃないですか」
「人のせいにするな。おまえの男としての魅力が足りなかっただけの話だ」

 青木が第九に入ったのは1月の末だから、前の彼女と別れて約半年。いいタイミングだ。そろそろ相手が欲しい頃だろう。
「そういう薪さんは、どうなんですか?」
「僕のことはいい」
 放っておいてくれ、と素っ気無く言って、薪は言葉を選んだ。
「おまえの……恋人の許容範囲って、どのくらいだ?」
 曖昧な質問に、きょとんとした顔をする。やっぱりハッキリ訊かなくてはだめか。
「12歳年上の恋人って、ありか? どう思う?」
 青木はまだ24歳。36歳の恋人を、果たして受け入れてくれるだろうか。他の面ではその辺の女には負けないと思うが、どうにもそこだけが心配だ。

 少し迷うようだったが、突然、何かに思い当たったように青木は頬を緩めた。微かに赤くなっているようだ。これはもしかすると、青木のほうも。
「はい。オレ、そのくらい年上の人のほうが好きです」
 よっしゃ! と心の中で喝采を叫びながらも、薪はポーカーフェイスを崩さない。こういうことは急いでは駄目だ。ゆっくりと懐柔しないと。
「そうか」
 まだ相手の名前を出すのは早すぎると判断して、薪は一旦会話を終わらせた。あとは雪子だ。あっちは青木のように単純ではないが、鈴木に似ている青木の事を、彼女が拒めるはずは無い。

 上機嫌で魚を選んでいる薪に、売り子の声が聞こえた。
「奥さん、今日は鯵のいいのが入ってるよ」
 周りを見るが、誰もいない。
 まさか自分のことじゃあるまいと思いたいが、魚屋の前掛けを締めた男は真っ直ぐに薪を見ている。
「新婚さん?仲良いねえ」
「ち、ちがっ……!」
 否定しようとする薪を遮って、さっと青木が前に出る。
 そうだ、こいつがいるから間違えられたんだ。おまえの責任において善処しろ。

「ありがとうございます。それ、いただきます」
 礼を言ってどうする!
「こんなきれいな奥さんがいて、羨ましいなあ。男冥利に尽きるねえ」
「ええ、まあ」
 否定しろ! 彼の誤解を解け!

 怒りが大きすぎて声も出ない薪の前で、2人の男は意気投合したように話している。
 その後も「恋愛結婚なの?」とか「ずいぶん若い奥さんだけど20歳は超えてるの?」とか、薪の神経を逆なでするようなことばかり言って、しまいには3割引のシールをカゴの中の刺身にまで貼ってくれた挙句。
「やさしい旦那さんでよかったね、奥さん。大事にしなよ」
 もう薪に残された道は、引き攣った笑いを浮かべてその場を離れることだけだった。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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面白いぃぃぃい!

しづさん、こんばんは

皆さんもうずいぶん読まれちゃったみたいですが、私はノタノタ読ませていただいております。

>さっき殺菌をしておいて良かった。

薪さん、漂白剤は、塩素系じゃなくて、酸素系でお願いしますね~。コーヒーじゃないカオリになってしまいそうですから。

さ、3週間前の卵、大丈夫ですか? まあ、冷蔵庫だったから、平気かな。

それで、3週間家を空けてすごいことになった、その足で、買い出しに行くんですか? うおお・・・。

なんだかもう、とことん、青木の気持ちを分かってない薪さんが、面白いんですけど、何故か青木が全然可哀想にならないんですよ。

もっと、いじめられてしまえという気分です。

いや、薪さんが分かってないのが分かってるから、めげずにチャンスを生かすんですかね。

二人の心が全然かみ合ってないところが、絶妙ですwww

お邪魔しました。

イジメてください(笑)(第九の部下Yさんへ)

こんばんは、第九の部下Yさん。再度のお運び、ありがとうございます!

> 皆さんもうずいぶん読まれちゃったみたいですが、私はノタノタ読ませていただいております。

うう、わたしこそ、まだ『大臣大暴走』までしか読んでないんですよ。すみません、読むの遅くて。でも、少しずつ読ませていただいてます。時期外れのコメ送って、ごめんなさい。

> 薪さん、漂白剤は、塩素系じゃなくて、酸素系でお願いしますね~。コーヒーじゃないカオリになってしまいそうですから。


あはは!そのネタ、入れときゃよかった!
さすが第九の部下Yさん。コメディの大家ですね!

> さ、3週間前の卵、大丈夫ですか? まあ、冷蔵庫だったから、平気かな。

平気です。わたし、食べてもなんともありませんでした。
もっとも、わたしの家の卵は養鶏場からの直売なので・・スーパーの卵だと、やばいかも・・・。
そっか、下痢ネタ入れとけば・・・あわわわ、なんでもありません。


> なんだかもう、とことん、青木の気持ちを分かってない薪さんが、面白いんですけど、何故か青木が全然可哀想にならないんですよ。
> もっと、いじめられてしまえという気分です。

うちの青木はイジラレキャラなんですよ。
思う存分、いじめてやってください。

> 二人の心が全然かみ合ってないところが、絶妙ですwww>

ありがとうございます。

ところで、第九の部下Yさんのところを読んでいると、警察機構についてもよく調べられてますよね。
キャリアというのは国家Ⅰ種試験の合格者、年間20~30人、というのはわたしも調べたんですけど、自分から売り込み行くというのはわかりませんでした。普通の会社にするみたく、官公庁も就職活動するんですね。う~ん、勉強が足りません・・。
きっと今からボロボロ出てくると思うので、気がついたらご指摘お願いします。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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