23日目の秘密(9)

23日目の秘密(9)







「どうなってるんだ、あの男! 僕のどこが奥さ……笑うな、青木!」
 様々な冷凍食品が並ぶ棚の前で、薪は激しく憤っている。
「さっきから笑いすぎだろ、おまえ」
 青木は別に、薪が女の子に間違えられたことを嘲っているのではない。怒った薪の様子が可愛くて、つい頬が緩むのだ。
「僕とおまえは上司と部下だぞ? どこをどう見間違えたら『新婚さん』になるんだ!?」

 新婚さんはともかく、奥さんは無理の無い見解だ。
 この時間にスーパーに来られるのは専業主婦くらいのものだし、薪のカゴの中のものを見ればきちんと料理を作れることがわかる。丸のままの魚に、野菜にきのこ類。泥つきの牛蒡に里芋と、手をかけなくては食べられないものばかりだ。男の買い物で、こうも家庭料理の素材が並ぶことは少ない。
 しかも、今日の薪の愛らしさは半端ない。
 カーキ色のパーカーに半ズボン姿。パーカーは身体のラインを露にしないので、上半身だけでは男か女かわからない。暑さから袖を捲り上げているものだから華奢な肩がむき出しになっていて、その肩の細さとそれに続くしなやかな腕の白さは、断じて男のものではない。
 ましてや、素足にスニーカー履きのふくらはぎから踝のラインは、どうしても男には見えない。まず体毛がほとんどない。女の子のように脱毛しているわけでもあるまいが、うすい産毛しか生えていない。くわえて足首の細いこと。膝丈のジーンズから覗く膝の形までが美しい。
 直前の会話で何故か嬉しそうだった薪の様子が、「愛する夫と一緒に買い物をする幸せいっぱいの新婚の妻」に見えたとしても、なんら不思議ではない。

「それをおまえまでなんだ、あの親父と一緒になって!」
「でも、あそこで『この人は男の人です』なんて言ったら、それこそ店中の注目を集めちゃいますよ」
 青木のその意見には納得したようで、薪は一応、頷いた。
 それはまあ、と口の中で言って、アイスクリームを手に取る。ハーゲンダッツのアフォガード。薪のお気に入りのコーヒー味のアイスクリームだ。
「あれ?ジェラードじゃないんですか?」
 青木の言葉を無視して、薪はカゴにアイスを入れた。
「まずいですよ、ここはジェラードにしとかないと」
「? なんで?」
「薪さんはジェラードって決まってるんですよ」
「だから、なんで」
……どうしてだろう。何となく、そう言わないといけないような気が。

「どうして間違えられたのかな。服装のせいか? くっそ、スーツ着てくりゃよかった」
「いいじゃないですか。おかげで安く買えたんだし。そんなに怒ると、アイスクリーム溶けちゃいますよ」
 新鮮なものにまで3割引のシールを貼ってもらったので、だいぶ得をした。薪の不機嫌と引き換えだから、手放しでは喜べないのだが。
 最後に重い米を買って、レジを通る。買い物籠は3つになって、エコバックに入りきらない。調味料や重い野菜、果物は段ボール箱に入れてカートで車まで運ぶ。
 やっぱりついてきて良かった。これだけの荷物だ。タクシーを呼んだとしても、車まで運ぶのも大変だったろう。

 車をスタートさせながらも、青木はにやつきが止まらない。
「いつまでニヤニヤしてるんだ」
「いえ、べつに」
「このこと、誰かに言ったら承知しないぞ」
「はい」
 青木のやに下がった顔は、早とちりの魚屋のせいばかりではない。さっきの薪の意味深な言葉を思い出しているのだ。
 12歳年上の恋人をどう思う―――― 薪はそう言った。
 12歳年上、つまり36歳。薪の年齢だ。そういう意味合いで訊かれたのかも知れないと思うと、つい顔がほころんでしまうのだ。

 都合のいいように解釈しすぎかもしれないが、恋とはそういうものだ。
 相手の何気ない言葉に態度に、一喜一憂する。その視線に仕草に自分への好意を探して、気持ちを浮き立たせる。逆に少しでも冷たくされると、地の底に沈みこんでしまう。
 特に相手が薪のようなタイプだと、振り回されるほうは大変である。天国と地獄をジェットコースターで行き来するようなものだからだ。しかし、そんなところすら愛おしい―――― 惚れた弱みというやつだ。

「今日は悪かったな。大事な勉強の時間を無駄にさせて」
 無駄なんてとんでもない。
 青木にとって、こんなに有意義な日はないくらいだ。薪の家で2人きりで朝食をとって、まるで恋人同士のように買い物に出かけたりして、実際新婚夫婦に間違えられたりして。
「そんなことないです。色々とごちそうさまでした」
 さっきのスーパーで自分用に買ったものも、薪がお金を払ってくれた。独身貴族の強みか、薪は気前が良い。飲み会に誘っても顔を出してくれた事は無いが、上司として金だけは出すタイプだ。他に使うところもないのか、あまり金銭に執着がないようだ。

「完璧な掃除の礼に、今度はもっといい物を食わせてやる」
 これは、食事の誘いと受け取っていいのだろうか。
 薪と2人でレストランで食事なんて。だめだ、運転に集中できない。でも、もし本当に薪に誘われたら、親が危篤でも駆けつけてしまいそうだ。

 どうしてこんなに、オレはこのひとに惹かれてるんだろう。
 このひとのどこがそんなに好きなんだろう。
 その容姿か、明晰な頭脳か、優秀な捜査官としての能力か。
 どれもがそうであり、そうでないような気がする。

「薪さんて、恋人いないんですよね」
「なんだ、その決め付け方。これでも僕はモテるんだぞ」
「それは知ってますけど」
 薪のところには、頻繁にラブレターが届く。女性8割男性2割といったところで、男女問わずにもてるのは事実だ。
 が、それらはすべて薪に読まれることなく、シュレッターに直行だ。氷の警視正の名に恥じない冷酷っぷりである。
「でも、特定のひとはいないんですよね」
 第九の職員全員が、口を揃えてそう言っていた。先ほどの意味深な問いかけの効果もあって、青木は少し大胆になっている。
「まあ、いまのところは」
 語尾を濁す。
「好きな人はいるけどな」
 そう言って、窓の外を見る。
「……三好先生ですか?」
 雪子は否定していたが、やはり青木は気になっている。雪子の方にその気が無いとしても、薪のほうはどうなのだろう。
「いや。それだけはありえない」
 雪子も同じセリフで否定していた。本当に、この2人はよく似ている。

 もしかしたら、と青木は思ってしまう。
 それがどんなに可能性が低くても、期待せずにはいられない。薪の意中の人に自分がなれたら、と。

 途中、薪は花屋に寄った。
 一抱えの白百合の花を買い込む。百合は夏の花だ。薪の清廉な美貌に良く似合う。
 そういえば、薪は時々職場でも良い匂いをさせているが、あれは百合の匂いだ。
 香水ではなく移り香だったのか、と気付く。先刻も枯れた百合を片付けていた。薪は百合が好きらしい。何か機会があったら、百合の花束を贈ってやろう。

 薪のマンションへ帰り着き、地下の駐車場から大量の荷物を部屋まで運ぶ。生ものを冷蔵庫にしまい、自分のものは箱に入れる。会計は薪が一緒に払ってくれたので、荷物が混ざってしまっているのだ。
 青木が冷蔵庫の整理をしている間に、薪はダイニングテーブルの上で百合の花束を解き、そこから数本を取り分けた。抜き取った1本をサイドボードの上に飾り、さらに1本の花を持って寝室に入る。
 入ったまま、出てこない。
 20分ほど待ったが、やはり出てこない。
 寝室のドアをノックして外から声を掛けるが、反応は無かった。もしかすると眠ってしまったのかもしれない。

 そっとドアを開けてみると、案の定、薪はベッドで眠っていた。
 ブラインドの隙間から入る夏の日差しの中、真っ白なシーツの上で微かな寝息をたてている。枕元に備え付けの棚があるタイプのベッドで、サイズはセミダブル。
 枕元には何故か、目覚まし時計が3つも置いてある。それから、さっき持っていった百合の花が、透明な花瓶に挿してあった。

 薪の寝顔を覗き込んで、青木は驚く。
 涙の、あと。
 胸には大判の写真立てを抱いている。
 これは……。

 思いついて、青木はリビングに戻った。サイドボードの引き出しから、さっき薪が隠した写真を見つける。そこに写っていたのは長身に黒髪の、自分に良く似た人物。
 やはり、と青木は思った。
 思うと同時に、雪子の言葉が思い出される。
 『親友で、ライバルなの』

 つまり、薪の好きなひととは。

 サイドボードの前で百合の匂いに包まれながら、青木は写真を見つめて立ち尽くしていた。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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今日!(もう昨日になりましたが)・・実は私・・ハーゲンダッツのアフォガートを買って食べました・・!!

10種類以上ある中から、それを選んだんだんですよ!
自分が食べる為のアイスなんて滅多に・・それこそ1年に1度買うか買わないかの私なのに・・・薪さんと同じ・・

これはやはり・・薪さんと私の・・・運命の繋がり・・!?

(初コメがこんなもので申し訳ございませんm(_ _)m)

運命です(爆) かのんさんへ

わーい、かのんさんが来て下さったーー!!
かのんさん、しづの腐った世界へようこそ!(あ、逃げた・・)

> 今日!(もう昨日になりましたが)・・実は私・・ハーゲンダッツのアフォガートを買って食べました・・!!
> 10種類以上ある中から、それを選んだんだんですよ!
> 自分が食べる為のアイスなんて滅多に・・それこそ1年に1度買うか買わないかの私なのに・・・薪さんと同じ・・
> これはやはり・・薪さんと私の・・・運命の繋がり・・!?

爆笑。
かのんさんの真面目なイメージが・・ガラガラ。(笑)

うちの下品なオヤジ薪とつながっちゃったら、大変なことになりますよ!
かのんさんはすでに、清水先生の薪さんとつながってますから、(かのんさんの作品を読むと、そうとしか思えません)かのんさんを通じて、うちのバイキンが原作の薪さんに伝染しちゃう可能性がでてきますから!(え?青木バリアがあるから大丈夫?)

ジェラードのところは迷ったんですけど、やっぱりアイスにしました。
アフォガードは自分の好みです。
わたしは想像力が貧困なので、食べるシーンでも自分が好きなものでないと、おいしそうに書けないんです。だから、うちの薪さんの好き嫌いは、わたしの好き嫌いです。牛乳苦手とか。(でも、原作の薪さんも嫌いかも。だって、身長が・・)

だれも突っ込んでくれなかったので、スルーしちゃいましたが。(他に突っ込みどころがいっぱいあるので、目立たなかったのかな?)

ほんと、細かいところまで読んでくださって、うれしいです。
ありがとうございました!
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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