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ナルシストの掟(5)

ナルシストの掟(5)






『彩』の控え室は、狭くて雑然としていた。
 ホステスたちは全員店に出た後で部屋には誰もいなかったが、あちこちに雑多なものが落ちていて、そこを使用している人間のだらしなさを慮らせた。ハンカチや髪留めなどはいい方で、ストッキングやガーターベルトや、果てはセクシーな下着まで。捜一の資料庫のほうがマシなくらいだ。

 一緒に部屋に入った薪が頬を赤くしているのを、竹内は微笑ましく思う。薪は年の割りには初心でびっくりするくらい純情だ、と岡部が言っていたが、どうやら本当らしい。
 床に落ちているフリルつきの黒いTバックをなるべく視界に入れないようにして、薪は化粧台の前に座った。手馴れた様子で化粧道具を取り出す。
 前髪をクリップで留めてから、化粧を始める。その手つきは鮮やかで淀みがない。

「馴れてますね」
 言ってしまってから、慌てて竹内は口を押さえる。
 思わず口から出てしまった。この手の発言は、薪の機嫌を損ねてしまうのに。
「もう、二桁近いですから……」
 竹内の失言に怒りを見せることもなく、薪は自嘲気味に言った。
 この3年の間に、そんなに女装してたのか。竹内が見たのは囮捜査のときの姿だけだが、他はどういうシチュエーションだったのだろう。見てみたかった。

 やがて、清楚な美女が出来上がる。
 透明感のある白い肌に、薄いブラウンのアイシャドウ。ピンク色の口紅と、小さな真珠のイヤリング。黒髪のストレートボブのカツラをつけて、髪の色に合わせた黒いカラーコンタクトを入れると、一見、薪とはわからない。

 化粧が済むと薪は立ち上がって、着ていたコートを脱いだ。
 薄緑色のスプリングコートのボタンを外すと、下から現れたのは盛り上がった胸にスパンコールの蝶を咲かせた緋色のチャイナドレス。深くスリットが入った、扇情的な衣装だ。
 たまらない曲線を描く肢体に、沸き起こる衝動を必死で抑える。
 これが男の身体だろうか。胸は作り物だとしても、なんなんだ、このウエストの細さは。腰の色っぽさは。ていうか、昔より女性に近い体つきになってないか? こんなに凹凸が強かったっけ?
 ああ、そうか。このひと、少し太ったんだ。腰の辺りの肉付きが良くなってる。ウエストのサイズは変わらないから、その落差で……。
 すいません、薪室長。俺はいま、完全にセクハラオヤジの目線になってました。

「その服だったら、化粧はもう少し派手にした方がいいです」
「そうですか?」
 竹内の言葉に、薪は化粧ブラシを手に取る。
 物事が決まるまではブツブツと文句が多い薪だが、いざ始まってしまえば作戦成功のための努力は惜しまない。あれほど嫌がっていた女装だって完璧に仕上げてくるし、化粧もきっと必要に迫られて練習したのだろう。
 ただ、こういう店には慣れていないから、ホステスの化粧がどういうものか解らなかったと見える。薪の今の顔は、夜の女の顔ではない。

「ピンク系かパープル系で、思いっきり色っぽく。アイシャドーとチークを重ねて。ああ、口紅も、もっと濃いほうがいいです」
 竹内が化粧に詳しいのは、昔の彼女がデパートの化粧品売り場に勤めていたからだ。女の話をよく聞いてやるのは、モテる男の条件のひとつだ。

「あ、そうじゃなくて。ブラシよりメイクスポンジ使ったほうが。ちょっと貸して下さい」
 薪はイスに腰掛け、竹内の方に顔を向けた。目を閉じて、じっとしている。

 その無防備な美態に、竹内は思わず見蕩れた。
 重なり合った睫毛がきれい過ぎる。ぷるんとしたピンク色のくちびるが、つんと突き出した細い顎が、白くて優雅な首筋が……だめだ、理性が飛びそうだ。
 こんな何もかもあなたにお任せします、みたいな顔を見せられたら、どんな男だって一発で落ちる。自分がおかしいんじゃない、薪の可愛らしさが異常なのだ。

 やわらかな頬にチークを載せて、スポンジと指先でぼかす。アイシャドウの色合いを紫に近いものに替え、銀のラメを刷く。眦に強めのアイラインを入れて眼力を強調し、くちびるには緋色のルージュを。たっぷりとグロスを塗って、限りなく妖艶に。
 もともと長い睫毛にマスカラを二度付けすると、まるで舞台用の化粧のように華やかだ。これは目を引く。この睫毛とくちびるだけで、9割の男が釣れるだろう。

 ……店に出すのが心配になって来た。
 オーナーが来るのは10時ごろだが、それまでに他の客につかれたりしたら。

 男なら誰だって、この美女を抱きしめたくなる。このくちびるを奪いたくなる。その華奢な身体を組み敷いて、豊満な胸に顔を埋めて。
 店の中で、そんなことになったらどうしよう。なるべく自分が側にいるつもりだが、指名が掛かればその客のところに行かないのは不自然だ。

 方法はひとつ。
 人数を集めて、薪の指名を独占するのだ。

 竹内は携帯電話を取り出し、目的の番号をプッシュした。
「青木。第九の人間何人か連れて、歌舞伎町の『彩』ってスナックに、え、来てる? なんで?」


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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