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ナルシストの掟(6)

 ようやくお礼の部分まで来ました。
 前フリ長くてすいません~。





ナルシストの掟(6)





 カラン、とカウベルを鳴らして、青木は仲間の後に続いた。
 スナック『彩』は、ごくごく普通の店だった。
 カウンター席が7つ。ボックス席が8つ。規模はそれほど大きくないし、店内の設備も並。夜の店らしく、やや暗めの暖色照明。客の入りは3割程度だが、8時台のスナックではこんなものだろう。

 女の子のレベルは中の上くらい――― いや、ひとりだけ飛びぬけた美女がいる。深紅のチャイナドレスをその魅惑的な肢体にまとって、ボックス席でひとりの男と額を寄せ合っている。
 男のほうが青木たちに気付き、手を上げた。それに気付いてこちらに頭をめぐらせた彼女は、大きな目を一杯に開いて立ち上がった。

「なんでおまえらがここに」
 妖艶な化粧の下の顔を青くして、薪は口中で呟いた。

 一瞬のアイコンタクト。

 青木。おまえ、みんなに喋ったな!
 すいません、薪さんが心配だったんです。
 罰として、1ヶ月間僕のマンションに出入り禁止!
 えええ! そんなあ。

「俺が呼んだんです。俺ひとりでいるよりも、グループの方が目立たないし」
 険悪な空気を読んだのか、竹内が助け舟を出してくれる。
 竹内は本当にいい男だ。これで薪に惚れてさえいなかったら、竹内が第九に敵意を持っているという薪の誤解を解いてやることは、やぶさかではないのだが。
 薪のチャイナドレス姿を見て、竹内も青木と同じような危惧を抱いたのだろう。だから青木に電話をしてきたのだ。つまり、竹内は現在も薪にこころを奪われている、ということだ。それが解っていて竹内の弁護を買って出るほど、青木は自分の立場に自信がない。

「こんなにPM集めて、勘付かれたらどうするんです」
 PMとは、警察官という意味のスラングだ。隣の席に人はいないが、用心に越したことはない。
「大丈夫ですよ。第九の連中は、一課(うち)の奴らと違ってPMには見えませんから」
「第九(うち)にだって、あれ、岡部は?」
「岡部さんだけは、遠慮してもらいました。あのひとは顔が売れすぎてますから。連中の間じゃ、もはや伝説になってます」
 青木はこの珍事の裏側を知っているから、岡部にだけは事情を話しておいた。他の第九の仲間には潜入捜査であることは言わず、竹内の知り合いに頼まれて薪がスナックにヘルプに入ることになった、面白そうだから見に行きませんか、と適当な嘘を吐いておいた。

 半信半疑でついてきた彼らだったが、薪の姿を見れば口をつぐまざるを得ない。髪の色と瞳の色が違うから別人かとも思ったが、この氷のような雰囲気と声は間違いなく本人だ。
 薪の動揺をよそに、かれらはわらわらと席に着き、薪と竹内を中心に輪になった。竹内の隣には小池が座り、薪の隣には曽我が陣取った。
 青木は、薪からいちばん離れた席に座った。恋人同士になってからは、こんなところにも気をつけるようにしている。

「室長。ビール注いでください」
「いい度胸だな、小池。僕に命令か?」
「ここで男だってことがバレたら、まずいんでしょう? だったら、それらしくしないと」
「なっ!」
「小池君の言う通りです。お願いします」
 竹内が小声で囁く。確かに、薪の不自然な態度は計画の頓挫を招く。

 アイコンタンクト2。
 青木! おまえのせいだぞ!!
 仕方ないですよ。薪さん、今はホステスさんなんですから。
 うるさい! 1ヶ月間、アフターのデート禁止!!
 ええええ~~!!

 細い手が滑らかに動いて、ビール瓶を両手で持った。そこまでは良かったが、瓶の傾け方が乱暴だ。小池のグラスには泡しか入っていない。
 きっと立ち上がってテーブルを蹴り倒したいのだろう。前髪に隠れた眉毛がぎりぎりと怒りの形に吊りあがっている。表面上は大人しくしているものだから、第九のみんなはそれに気付かないらしい。
 いや、気付かないフリをしているのかも。日頃から薪に苛め抜かれている彼らのこと、仕返しのチャンスは今しかない、と思っているのかもしれない。
「人選を誤ったかな」
 大学時代の友人を連れてくるべきだったか。しかし、有事の際にはひとりでも多く、薪を守れる人間がいた方がいい。

「竹内さんの彼女って、ここにお勤めなんですか?」
「え? ……ああ、そうなんだ。風邪を拗らせちゃってさ。ヘルプ入れなきゃクビになるって泣きつかれて、どうしようもなくて。で、室長に頼んだんだ」
 阿吽の呼吸で、竹内が青木に話を合わせてくる。カンの良さと頭の回転の速さは、さすが捜一のエースだ。
「なるほど。竹内さんの彼女のためにも、今日はカンバンまでお付き合いしますよ」
「あはは。そりゃありがたい。さすがに面倒見なきゃ、とは思ったんだけど、室長とサシでいるのは辛くってさ。おまえに連絡入れたってわけだ」
「二人きりじゃ、お通夜状態でしょうからね」
 さりげなく辻褄合わせをして、第九の連中に事件のことを悟らせないようにする。薪が部下をこの件に巻き込みたくないと思っていることを、このふたりは知っているからだ。

 しかし、彼らにはそんな気遣いは無用だったようで、すっかり薪を囲んで盛り上がっている。薪にお酌をしてもらう機会なんて、これを逃したら一生ない。
 薪も諦めたらしい。
 唯々諾々と、第九の面々に酒を注いでいる。箸でオードブルを挟んで、曽我の口に入れてやったり、一枚のポテチを反対側から宇野とふたりで食べたりしている。ちょっとポテチはやりすぎだと思ったが、これが普通だ、と今井に丸め込まれている。
 薪は、こういう店にあまり出入りしたことがない。ホステスがどういうことをするのか、よく知らないのだ。
 よって、「ホステスは一枚のポテチをお客さんと一緒に食べる」と教えられたら、それが本当だと信じてしまったらしい。

「コップにお酒を入れたら、まずはグラスに唇をつけて、それからお客さんに渡すんですよ」
 そんな不衛生な飲食店は存在しません。
「お客さんが何かを食べたいって言ったら、相手の膝の上に座って、お箸で食べさせてあげるんですよ」
 重量級のホステスだったらどうするんですか。
「お絞りで口元を拭いてあげるのも、ホステスさんの役目です」
 それはお母さんの仕事です。
「ふうん。おまえら、よく知ってるな」
 小学生でもわかりそうなウソなんですけど!

 部下の言うことを鵜呑みにして、納得したように頷いている。
 まったく、このひとは頭がいいのか悪いのか。
「またまた、とぼけちゃって。女の子を100人も斬ってる薪さんが、知らないはずないでしょう?」
「も、もちろん。ちょっとおまえらを試しただけだ。常識だよな、うん」
 ……バカだ、このひと!!

「じゃあ、えっと……ん」
 薪が口にポテチを咥えて竹内の方を向いたのを見て、青木はソファから転げ落ちそうになる。
 どうしてそこで竹内なのだ。相変わらず、ピンポイントで地雷を踏むひとだ。
 竹内は涼しげな眼に一瞬の熱情を宿したが、さすがに自制したらしい。彼が遠慮がちに首を振ると、すかさず今井が横から薪の口先を齧っていった。

 ここは―― 今井でよかった、と思うところなのだろうか。とりあえず今井には明日、業務終了後に下剤入りのコーヒーを飲ませてやろう。

 それから薪は、曽我の膝に乗ってフライドチキンを食べさせてやって、ちゃんとグラスにキスをしてから小池にビールを渡し、宇野の口元についたケチャップをお絞りで拭きとった。

 帰り道、全員まとめて歩道橋の階段から突き落としてやる。

 間違った授業はどんどんエスカレートしていく。
 薪が信じ込んでいるのをいいことに、手を握ったり足を撫でたり、そのたびに「オレの薪さんにさわるなー!」と叫びたいのを必死で我慢していた青木だが、そろそろ臨界点を超えそうだ。

「え? そんなことまでするのか?」
「はい。みんなやってますよ」
 青木の心中も知らず、薪はまた何やら騙されている。このひと、どこまでバカなんだろう。
「ん~、じゃあ」
「ちょ、ちょっと!!」
 小池の頬にキスをしようとした薪を、青木は慌てて引き止めた。

 くそ! 小池だけは大型ダンプが通るところを見計らって、車道に落としてやる!!

 さらにアルコールが進んでくると、座もくだけてきて、話の方向も下卑たものになってくる。仕事の話はタブーだから、女性の話や経験談や、普段は薪の前で慎んでいる話題も続々と上がり、彼らのテーブルは大賑わいだった。
 口ばかりで実体験の伴わない薪は、具体的な女性のからだの話に、目をウロウロさせている。頬の赤みは化粧でわかりにくいが、耳が真っ赤だ。100人は斬ったと豪語する薪の女性遍歴がハッタリであることを第九のみんなは知っているから、これは完全なセクハラだ。

 薪が平静を装いつつも、水面下で焦りまくっている様子を存分に楽しんだあと、彼らは仕上げに入ることにした。
「さーて、そろそろ、アレ、始めようぜ」
「待ってました!」
「ほい、クジ」
 部下たちが取り出したものを見て、薪の顔が青くなった。
 棒の端に番号が振ってあり、そのうち1本には『王様』と書いてある。こういう席では欠かせないゲームの王道。

「ほらほら、引いて引いて」
「みんな、引いたか? じゃ、せーの」
「王様、だーれっ?」




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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