桜(5)

桜(5)







 その夜の夢は、悪夢ではなかった。

 緑一面の草原のような場所に、ひとりの女性が立っている。ノースリーブの白いワンピース姿。可憐という言葉がぴったりの、愛らしい少女だった。
 風が吹いて亜麻色の髪がさんざめく。そっとスカートを押さえながら、伏せた長い睫がとてもきれいだ。

 寝る前に桜を見たはずなのに、どうして草原の風景なんだろう。
 多少の違和感は、夢特有のいい加減さに紛れてすぐに消えた。遠くに立っているはずの少女の顔がこうもはっきり見えるのも、本来なら矛盾しているのだ。

 誰だろう。あの少女は。どこかで見たような。

 男なら誰もが理想の女性像を持っている。
 そんな女性に巡り会える可能性は限りなく低いし、理想とはまったく違った女性と恋に落ちる男も多いのだが、心の奥底に必ず息づいているものだ。
 きっとこれは自分の理想の女性なのだ、と青木は思った。

 だって、こんなに胸が苦しい。顔を見ているだけで動悸が激しくなる。その髪に、やわらかそうな頬にさわりたい。そばに駆け寄って抱きしめたい。

 夢とは都合のいいもので、次の瞬間には彼女は自分の腕の中にいる。
 豊満とは言いがたい、華奢な肢体。髪はさらさらと心地よく、頬は思ったとおりにやわらかい。
 幼げな相貌。大きな二重の眼。こじんまりした鼻。つややかに、濡れたように光る口唇だけが成熟した色香を漂わせている。

 そのくちびるに引き寄せられるように、自然にくちびるが重なる。
 軽く、触れ合わせるだけの儀式めいたキス。彼女の亜麻色の瞳の中に、自分がいる。思わず強く抱きしめる。白いのどがのけぞって、赤いくちびるが青木の名前を呼ぶ。

『青木』
……このシチュエーションで、苗字呼び捨てって。
『報告書はできたのか?』
……はい?

 聞きなれた声に度肝を抜かれて、慌てて体を離す。どこから聞こえてきたのかと周りを見渡すが、誰もいない。いまさっき、青木と接吻を交わしたばかりの少女が、胸の前で腕を組んで軽く舌打ちした。

『さっさとしろ。この役立たずが』
――――― !!

 声にならない叫びを上げて、青木は飛び起きた。
 心臓が早鐘を打っている。夢で良かった、と心底思う。なんでこんな夢を見たんだろう。ある意味、悪夢よりタチが悪い。
「うそだ。なんかの間違いだ」
 自分に言い聞かせて、頭を振る。とんでもない夢のせいで早く目が覚めてしまったが、不思議と気分は悪くない。

 はっきりと覚えている、夢の中の美しい少女の顔。
 あれは、室長の顔だ。
 昨夜、公園で見た室長の微笑みだった。
 確かに、あれは本当にきれいだった。でも、夢にまで見るなんて。

「よっぽどびっくりしたんだな、オレ」
 このことは、室長には絶対に秘密だ。
 こんな夢を見たことがバレたら、書類を投げつけられるくらいでは済まないだろう。早く忘れることだ。自分は考えていることが顔に出やすいらしい。あの聡明な室長に、すぐに気付かれてしまう。

 とはいうものの。

「……キスまでしちゃったよ」
 夢を忘れるには、時間がかかりそうだった。



*****




 その日も青木は、第九の正門の前で自分の職場を見上げていた。
 お決まりの姿勢で、お決まりの台詞。

「よし、今日も頑張るぞ!」

 いつもと違うのは、その台詞が自分を励ますためのカラ元気ではなく、心の底から湧き上がってくる意欲によるものである、ということだ。
 今日はまた別の意味で室長と顔を合わせづらいのだが、それはやはり昨日までとは違う、ほのかな甘さの混じった気まずさだ。

 あのひとに認められたい。あのひとに褒めてもらいたい。
 ……あの微笑を、もう一度見たい。

 青木は大きく一歩を踏み出して、第九の門をくぐった。




 ―了―






 ―― 後日談 ――

「岡部さん。この睡眠薬のメーカー、教えてもらえます? 室長にもらったんですけど、飲みきってしまったので。新しいの欲しいんですけど」
「なんで俺に訊くんだ? 室長に訊いたらいいだろう」
「以前、室長が岡部さんに貰ったものだから岡部さんに訊けって」
「室長に睡眠薬なんて差し上げたことはないぞ」
「そんなはずは。だって、室長が」
「ああ。これか」
「すごくよく効きますよね、これ。他のクスリと違って寝覚めもいいし」
「……酸っぱくなかったか? それ」
「そういえば、変わった味ですよね。まるでビタミンCの錠剤みたいな……え? あれ? えええ――!?」

 それから現在に至るまで。
 青木の枕元には、室長の写真とビタミンCが置かれている。



 (2008.9)


テーマ : 二次創作
ジャンル : 小説・文学

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ふふふ

青木、確実に薪さんに惚れていってますね。
このお話では、雪子さんは登場しないんでしょうか。
私はどうも自分の創作で、いつも雪子さんが2人の障害になってしまうんです。
だったら出さなきゃ良いんですけどねー、どうしても出来なくて。

桜と薪さんの美しさの描写に惚れ惚れしました。
ああ、何で『秘密』ファンは皆、小説家なの?
皆さん、文章上手すぎです。

Re: ふふふ

きゃああああ!!!!

あ、憧れのめぐみさまにこんな、もったいない・・うあああ、ちょ、ちょっと、いま手がふるえて・・。
うれしーうれしーうれしー!!!
ありがとうございます!
お忙しい時間を割いてあんなつまんない駄文を読んでいただいて。
しかもコメントまで!感激です!
あああ、こんなに背筋がゾクゾクするほどうれしいんだ・・・もっと早くブログ始めりゃ良かった。

> 青木、確実に薪さんに惚れていってますね。

はい。まだまだこれからです。かれにはこれからドロ沼にはまってもらいます。

> このお話では、雪子さんは登場しないんでしょうか。

次の話しで出てきます。

> 私はどうも自分の創作で、いつも雪子さんが2人の障害になってしまうんです。
> だったら出さなきゃ良いんですけどねー、どうしても出来なくて。

いえ。そこがめぐみさまの作品の魅力です。
原作のその部分に果敢に立ち向かえる方は少ないと思えます。だからこそ、みなさんがあんなに夢中になられるのだと思います。

> 桜と薪さんの美しさの描写に惚れ惚れしました。
> ああ、何で『秘密』ファンは皆、小説家なの?
> 皆さん、文章上手すぎです。

もったいないお言葉です。
このお話を書いたのは実は1年近くも前なんです。だからあんまり上手じゃなくて・・まだ、ぎこちないというか、お眼汚しでございました。
アナログで書き溜めていたものですから、お話自体はずーっと先の段階まで(つまりRですね)までできてるんですよ。それをUPしていこうと思ってるんです。

でも、本当に皆さん、上手ですよね。たぶん、わたし、最年長じゃないかと思うんですけど、最近の方々はレベル高いです。読んでて涙がでてきますもの。切なくなって。
皆さんに追いつけるように、頑張ります。

お返事遅くなって申し訳ありません

6/16に拍手コメントいただいた、ともさま。
お返事、遅くなってすみません~~~。ブログの初心者で、拍手コメントの場所がわかりませんでしたああ・・。

雪子さんの大外刈りを食らってきます。それで許してください。

改めて、ありがとうございました。
ともさんがわたしの拍手コメに、自分のブログはもってないの?と聞かれたのがこのブログ開設のきっかけとなりました。
感謝しております。

わたしの理想、ですか?
もちろん、青薪ですよ!決まってるじゃないですか。ともさんと一緒です。

といっても原作ではムリだと思いますので、薪さんが望むようになって欲しいです。
青木以外のひとにこころを惹かれることはありえないですけど、この際、別のひとでもいいから、薪さんが愛し愛される幸せを掴んで欲しいと切に願っております。
たとえ相手が女性でもいいです。商業誌の限界、と言われれば引き下がらざるを得ません。とりあえず、相手の女性の画を切り抜いてそこに青木を貼り付けるかもしれませんけど。

とにかく、薪さんが幸せになってくれること。
それだけがわたしの望みです。
(「・・・だったら小説の中で僕のこと苛めるの、よせ」BY脳内薪)

Sさまへ

Sさま。
こんな初期の作品にまで、コメントありがとうございます。(^^


お仕事、お忙しいようで大変ですね。
でもって夜中にテンションが上がるの、分かります~。 うちも竣工書類やってて夜中になるときがあるのですけど、妙にハイになるんですよね。(笑)


> 桜ってホントいいですよね。

はい~。
「日本人でよかった!」てお気持ち、同感です。(^^


Sさまは主従愛がお好みとのこと。
挙げられた例はどちらも知らなかったのですけど、(ごめんなさい、少女マンガはあまり詳しくなくて) 絶対服従の主従関係はわたしも好きですよ~。 うちの場合は女王様とドレイですけど、それも一応は主従ですよね?(笑)
うちの青木くん、欲しいですか? 
とりあえず、掃除は全部彼がやってくれると思います。 でも食費がたくさん掛かりますよ~www。

Mさまへ

Mさま。


「大好きすぎて」とのお言葉、とってもうれしいです。
こんなヘンテコな青薪小説を気に入ってくださって、ありがとうございます(^^



>3週目を拝見させていただきます!

えっ。
こないだお手紙いただいたの、9月2日だったと記憶しておりますが、それからまだ2日しか……?
その時は「まだまだ」とのお話でしたが、こんなに早く読破してもらえるとは、驚きました~!

8月の下旬から毎日のように、拍手をたくさんいただいていているのですが、こちらもMさんからでしょうか?
どうもありがとうございます。重ねてお礼申し上げます。


>老眼入ってきた

あはは、分かります。
わたしも最近、長く画面を見ているのが辛くて~(^^;
お互い、無理しないようにしましょうね。



タイムリーなコメント(笑)、お待ちしております。
これからもよろしくお願いいたします。

No title

しづさん、お元気ですか?
旦那さまの体調はいかがでしょうか。
お互い、ゆっくり休みながらのんびり行きましょう。

しづさん、すみません・・・とうとう4巡目でございます。
まるでストーカーのようですよね。
しつこすぎてしづさんに嫌われたらどうしましょう・・・(泣)
しづさんのお話し・・・なんでしょうね。中毒性ありますよね。
どういう仕掛けでしょうか。読めば読むほどはまるんですよね・・・

薪さんと一緒に桜を見て、すっかりやられてしまいましたね。
身も心ももっていかれたって感じですねぇ。
さぁ、これからどんどん薪さんを好きになって、楽しいこと、つらいことを
経験して、全身全霊薪さんを愛していく(奴隷化?していく)青木を楽しませて
もうらおうと思っております。

しづさんのお話しって、青木の気持ちや薪さんの心の変化が自然というか
流れるようにというか・・・あぁ、相変わらずうまく言えなくてごめんなさい。
毎回、感情移入してしまうのです。
これからまたゆっくり読ませていただきます。
そして、たまに下手なコメントを残しますので、見捨てずにお願いします。
(勝手にお願いしてすみません)

しづさん、しづさん自身のお身体もご自愛くださいね。

ひろっぴさんへ

ひろっぴさん。

いつもお気遣いありがとうございます。
はい、ぼちぼちやってます。


>しづさん、すみません・・・とうとう4巡目でございます。

きゃー!!Σ(゜□゜(゜□゜*)

いや、ウレシイですけど、いやでも、4巡?! なんで!?
わたしなんか、公開前の誤字脱字確認のための読み返しですらメンドクサ、いえその。


特に仕掛けはしておりませんが(笑)
これはもう、ひろっぴさんの薪さん愛が、それだけ強いってことですよ!
薪さんと名が付けば、道端の石ころでも愛おしい、的なアレでw


>青木の気持ちや薪さんの心の変化が自然というか、流れるようにというか

ありがとうございます~♪
ご理解いただけて本人たちは嬉しいと思います(^^)

キャラに感情移入していただけるのは、筆者としては最高の喜びです。が、
男爵のかっとんだ思考経路と、真性Mのストーカー(青木さん)の心理は、理解していいものかどうか、判断に迷います(笑)


コメントは、どの記事にでも、とても嬉しいです。
どうか、難しく考えないでくださいね。ギャグ小説なんで、「またバカやってるーw」と笑っていただければ、それが一番嬉しいです。

ひろっぴさんの、またのお越しをお待ちしておりますヾ(o´∀`o)ノ

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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