ナルシストの掟(9)

ナルシストの掟(9)






 タクシーの後部座席で、腹の底から沸き起こる嫌悪感と戦いながら、薪は身を固くしていた。

 男の太くて短い指が、薪の太ももを撫でている。中心に触られたら女じゃないことがバレてしまうから、そこから奥へ入ってこないように両手でガードしている。タクシーの運転手の目があるから、胸には触ってこない。それだけでも命拾いしている。
 店で現場を取り押さえることはできなかったが、もっと大きな収穫が得られそうだ。滝渕の自宅まで行って証拠を押さえれば、自分の店舗で麻薬が使用されていたことによる管理者責任ではなく、滝渕本人の罪として逮捕することができる。任意ではなく、容疑者として取調べができるのだ。

 こんなにすんなり行くとは思わなかった。これは、竹内の功績だ。作戦を持ちかけたのは薪の方だが、竹内はよくやってくれた。芝居が真に迫っていたから、滝渕が引っ掛かったのだ。
 竹内とて、男の身体なんか触りたくもなかっただろうに。生理的な嫌悪感まで押さえ込んで、捜査のために自分の役目を果たしたのだ。そこは正当に評価しなくてはならない。女ったらしの遊び人だが、職務に対する情熱だけは一級品だ。岡部が仕込んだだけのことはある。

 それにしても、迫真の演技だった。
 首筋を舐められたときには、ちょっとゾクッときた。内股をまさぐられたときには、思わず腰が震えてしまった。後ろからのしかかられたときには、マジで焦った。
 あの場面を青木に見られたら、大変なことになっていた。芝居だと分かっていても、キレていただろう。青木はあれでけっこう、よくキレるのだ。この状況だって、青木が知ったら大騒ぎだ。連中と一緒に帰ってくれて良かった。

 店で第九のみんなと飲んでいたとき、青木はすでに恐慌状態だったのだが。相変わらずこういうことには、てんで鈍い薪である。

 滝渕と乗ったタクシーがAホテルの玄関に横付けになって、薪は心の中で舌打ちした。
 自宅ではない。もしかすると、勘付かれたか。
「本当にここにあるの? あなたのおうちじゃなくて?」
「ああ。家には妻がいるからな。おまえを連れて行くわけにはいかないだろう? ここは二つ目の家みたいなもんだ」
 滝渕に案内された部屋は、25階のスイート。クスリで吸い上げた金で、贅沢三昧というわけか。絶対に捕まえて、刑務所にぶち込んでやる。

 部屋に入ると同時に、丸太のような腕に抱き寄せられた。キスをしようとせまってきた顔を両手で押しのけて、薪はクスリの在り処を探ろうとした。
「先に、クスリを見せて」
「わかったよ。ほら」
 寝室のサイドテーブルの引き出しを引くと、中に小型の注射器とアンプルのセットがたくさん入っている。これで証拠品は充分だ。

 薪たちが乗ったタクシーの後ろから、覆面パトカーがついてきていたのは確認している。滝渕の隙をみて携帯を鳴らせば、脇田たちがここに雪崩れ込んでくる。滝渕に先にシャワーを使わせて、その間に連絡を取ればいい。さっさと終わらせて、家に帰ろう。
 無事に捕り物が終わったら、青木を呼んで、この前の続きをしてもいい。昨日は今日のことが気になっていてそれどころじゃなかったけど、すべて決着がついた後なら。べつに僕だって、あいつと夜を過ごすのがイヤってわけじゃないし。

 だけど。
 もう少しだけ、探りを入れてみようか。滝渕の上にいる人間の情報を、いくらかでも聞き出せたら。

「おれがこいつを見せたんだから、あんたもおれに本当のことを言いな」
 不穏な言葉に、薪の心臓が凍りついた。嫌な予感は的中し、滝渕はナイフを取り出して、薪の目の前に突き出した。

 もしかして、僕の正体に気づいたのか? だったら、どうしてここまで連れてきたんだ?

 太くて短い4本指が、黒髪に絡んだ。思い切り引っ張られる。まずい、と思ったときにはカツラをむしりとられて、チャイナドレスの胸を切り裂かれていた。
「やっぱり男か。匂いが違うと思ったぜ」
 くそ、ここまでだ。
 もう少し粘るつもりだったが、自分が男だとバレてしまったら、これ以上の情報を得るのは不可能だ。

「安心しな。ちゃんとクスリは分けてやるよ」
 滝渕の顔に、自分が騙されたことに対する怒りが浮かばないのを見て、薪は考えを改めた。そうだ、客の振りをすればいい。滝渕はまだ、薪のことを中毒者だと思っている。その筋から探ればいい。
「本当? 良かった、僕……わっ!」
 切り裂かれたドレスを脱がされそうになって、薪は焦って身を翻した。びっくりして、滝渕の顔を見る。

「おれは男も平気だぜ。ムショの中で、何回も抱いてる」
 ……何故この可能性に気づかなかったんだろう。暴力団や極道の世界では、よくあることなのに。
「おまえもそのつもりで付いて来たんだろ?」
「あ、う、うん」
 本当のことを言うわけにはいかない。でも、こんな展開は予想していなかった。男だとバレた時点で、アクションスタート、の計画だったのだ。

「ま、待って! これ、次に欲しくなったら、どうしたらいいの?」
 顔面5cmの距離に近付いた分厚い唇を避けて、薪は横を向いた。嫌がっているのを悟られないように甘えた声を出し、情報を引き出すために演技を重ねる。男のたるんだ頬に手を添えて、指先ですっと撫で上げ、上目遣いに微笑んで見せた。
「おまえが言えば、都合してやるよ」
「あなたが警察に捕まらないって保証は?」
 滝渕は、ちょっと嫌な顔になった。確かに失礼な聞き方だが、ゆっくり問い質している余裕はない。

「ごめんなさい。でも僕、本当に困るんだ。さっきの男もダメになっちゃったし。あなたの買い付け先を教えてくれたら、なんでもするから」
「わかったよ。教えてやる。その代わり、な」
「あっ、待って。先に教えて」
「こっちが先だ」
 くそ、固いな。
「お願い」
「ダメだ」
 そう都合よくはいかないか。
 どうしよう。もうちょっとで聞き出せそうなのに。

「わかった。じゃ、先にシャワー浴びるね」
 相手の要求に応じる振りをして、その場を離れる。このままじゃラチがあかない。
 洗面所兼脱衣所に逃げ込んで、必死で考えを巡らせる。何とかして、滝渕から情報を聞き出したい。いっそのこと、あのナイフを奪って脅してでも――――そのくらいで吐くようだったら、極道なんかやってないか。
 となると、残る手段は。

 ふと顔を上げると、洗面所の鏡に自分が映っている。
 派手な化粧にケバケバしい衣装。
 ものすごく無様な姿だ。

 とりあえず、このみっともない化粧だけは落とすことにして、薪は顔を洗い始めた。カラーコンタクトを外して、石鹸を泡立てる。
 化粧を落としてから自分の顔を見ると、今度は泣きそうな顔になっている。弱気な表情をして、むき出しの肩が微かに震えてる。

「くっそ……」
 なにを尻込みしてるんだ、このくらいのことで。
 この状況を利用すれば、組織の情報が手に入る。もう少し、もう少しだ。

 薪は服を脱ぎ始めた。
 浴室に入って、シャワーを浴びる。強めの水流で、臆病な自分を流してしまおうと試みる。

 滝渕と寝たら、青木が怒るだろうな。
 だけど、このまま放っておいたら、クスリの被害者は増える一方だ。ここで情報が得られれば、組織を壊滅できるかもしれない。
 そうしたら、何千人ものひとが助かるんだ。それを考えれば、こんなのは何でもないことだ。青木だって解ってくれるはず。あいつも警察官なんだし。ていうか、そんなことで怒るようだったら、こっちから引導を渡してやる。

 石鹸を塗った指を後ろから忍ばせて、その部分を清める。行為の前のこの準備は、薪にとってとても屈辱的なことだ。青木と会う前には必ず行なうのだが、ひどく恥ずかしくて、と同時に少しだけときめいたりして。
 でも、今は。
 これからあの男の手が自分に触れるのだ、と思うと、すぐにもこの場から逃げ出したくなる。そのことを想像すると、膝に震えが走る。
 そんな弱い自分に気付かない振りをして、薪はシャワー室から出た。

 鏡でもう一度、自分の顔を確認する。
 こんな怯えた顔じゃダメだ。冷静に。落ち着いて。
 大丈夫。これくらい、たいしたことじゃない。

 寝室に戻ると、滝渕が缶ビールを飲みながら薪を待っていた。薪の素顔を見て、驚いた顔をする。
「ほう。えらいベッピンじゃねえか。化粧なんか、しねえほうがいいぜ」
 親指と二本の指で顎を挟まれ、顔を上げさせられる。薪は臆せず、滝渕の顔をじっと見た。

 ここで目を閉じるのが自然だと思ったが、どうしてもイヤだった。すでに覚悟は決まっていたが、くちびるだけは許すまいとつまらないことを考えた。
 売春婦の中には、キスだけはお客と交わさない女がいるそうだ。それだけは本当に好きな人とする、と言う話を聞いた。身体を売ることを生業にしてるくせに、そんなことに何の意味があるんだろう、とそのときは思ったが、今は彼女たちの気持ちが少し分かるような気がする。

「あんた、名前は?」
「薪」
 名前なんか聞いて、どうするんだろう。
 ああ、そうか。顧客リストに名前を載せるのか。しまった、つい本名を……まあ、いいか。どうせあと数時間で、こいつはパトカーに乗ることになるんだ。

「あなたも、シャワーを」
「……ああ」
 滝渕がシャワー室に入ったのを確認し、薪は脇田に電話をかけた。
「部屋は2502。突入は1時間後。僕が合図にカーテンを開けますから」
『薪、大丈夫か? ムリしてんじゃねえのか?』
「大丈夫です」
 脇田はまだ何か言いたそうだったが、薪は電話を切った。それから、サイドテーブルの引き出しを開ける。そこにはアンプルと、小型の注射器が入っている。

 注射器を手にとってクスリを吸い上げ、薪は暗い瞳で注射針の先を見つめた。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Kさまへ

Kさまへ

Kさんのところへ行って下さったんですね?
わあ、きっとKさん、喜ばれたでしょう。お仲間ですもの(笑)

わたしのことは、どうかお気になさらず。
Kさまのお気持ちも、よくわかりますよ!


> 今回の台風はとにかく風がすごいですね。しづさんのお住まいの辺りは大事ございませんでしたか?

ご心配いただいて、ありがとうございます。
うちのほうは、夜中2回くらい停電したみたいです。(←オットが言ってました。しづは眠ったら、雷が落ちても起きません)
Kさまのほうこそ、大丈夫でしたか?
大事ないことを祈っております。


> 薪さんの身を案じつつ(たぶん大丈夫8割:いやでもしづさんだからちょっと心配2割)、
> 来週火曜日を待ってますね。

いいんですよ、Kさま。正直に言ってください。
心配8割、大丈夫2割、でしょう(笑)
ええ!期待は裏切りませんよ!(←そんな期待をしてるのはドSだけ)

ありがとうございました。
レスが遅くなってしまって、誠に申し訳ありませんでした!

Sさまへ

初めまして、Sさま。

きゃあああ!
『魔王』ですね!?
わたしもこのお話、大好きだったんです!!!
はいはい、成瀬さん、モロに薪さんのイメージでございました!シャワーを浴びた後にはだかの上半身にワイシャツを羽織るシーンとか、『薪さんだ!』と勝手に脳内変換しておりました!!

このドラマの主題歌は、密かにこのお話のイメージソングだったりします。
百合の花が繰り返し出てくるところとか、いつまでも過去に捕らわれて未来に進んでいけない薪さんの弱さとか・・・・・ぴったり♪

(あまりにも有名な曲でファンも多いので、コッソリと呟いてます・・・・・)


>大野くんの次回作は、秘密がいいと意見があったので、漫画を読んでみました。

これは初めて聞きました~。
まあ、こんなところから秘密に嵌った方もいらっしゃるんですね。

>女装シリーズ?と竹内さんがツボです!

ありがとうございます!
女装シリーズ(笑)なんかリクエストが多かったんですよ(^^;
あら、Sさまも竹内お好きですか??
不思議だわ・・・・・・なんであんなスケコマシがいいのかしら。岡部さんのほうが、ずっとカッコよく書いてるつもりなのに(笑)

>いつか  実写でやってほしいわ!私の希望は大野くんだけど、うふっ空想って楽しい~

そうなったらステキでしょうね。
実写だったら大野くんか、三浦春馬くんなんかもいいかな、って思います。
ほんと、空想は楽しいですよね(^^

ありがとうございました!

鍵拍手のお返事です

○Aさま

次の展開にドキドキしてくださってる、という言葉がとても嬉しかったです(^^

え?竹内の演技が、本当は本気モードだったんじゃないかって?
そんなことないですよ。仕事です、仕事。
と言いつつ、竹内の心拍数は普段の3倍増しだったと思われます(笑)



○Mさま

>きゃ~~~!薪さんが危ない!青木君・・・こんな薪さんを残して帰っちゃったの・・・?

そうなんですよ。
うちの青木くんは本当に役立たずと言うか、足を引っ張ると言うか(^^;
ヒーローじゃなくてすいません。

それと、ご連絡ありがとうございました。
安心しました(^^
週末の件も、ご心配いただいてありがとうございます。
おかげさまで、滞りなく終了致しました!!


○Kさまへ

今、確認いたしました。後ほど、コメを入れに伺いますね(^^
ご紹介くださって、ありがとうございました。
とても光栄です♪


○Mさまへ

週末のことでお心遣いいただき、ありがとうございます。
おかげさまで、無事に終わりました。(^^

はい、薪さんはがんばります!!
うちの薪さんですから、とんでもない方向に突っ走って行きますよ。
Mさんの期待に応えられるかしら(笑)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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