ナルシストの掟(10)

ナルシストの掟(10)






 滝渕が部屋に戻ると、今夜の恋人はバスローブ姿でベッドの端に腰掛けていた。

 長い睫毛に囲まれた亜麻色の瞳が半開きになり、その視線は空をさまよっている。ちいさな手に載せられた、注射器とアンプルの小瓶。瓶も注射器の中も空っぽで、その中身は彼の身体中を血液と共に巡っている最中らしい。
 隣に座って、華奢なからだをベッドに横たえる。バスローブの紐を解いて滑らかな肌に触れると、固く強張っている。まだクスリが回りきっていないのか、常習しすぎて1本では効かないのか。
 抵抗されたら厄介だ。事前に手を打つに限る。
 滝渕の懸念は、もうひとつある。どちらかというと、こちらの方がより重要だ。

「あっ、なにを」
 バスローブの紐で、手首を縛る。足を広げさせて、例の場所を確認する。
 ローブの下はなにもつけていないから、下腹部が丸見えだ。シミひとつない内腿と、やわらかそうな尻。その間にある、滝渕も見慣れたもの。

「やっぱりな。あんた、クスリなんかやっちゃいねえだろ」
 注射針の痕は、フェイクだ。
 触感にまで拘ったメイクを風呂場で落としてきちまうなんて、よっぽど動転していたに違いない。先刻からの不自然な態度といい、こいつは男の相手などしたことがないのだろう。さっきの男とのことも、芝居だったに違いない。

 びくっと細いからだが震えた次の瞬間、思いがけない素早さで、紐で結ばれた両手が滝渕の顔面めがけて繰り出された。すんでのところでそれを避け、手首を捉えてベッドに押しつける。
 明らかに訓練された者の動きだ。どうやら、悪い予感が当たってしまったらしい。
「あんた、サツの犬か? さっきの男もグルか」

 薪はギッとくちびるを噛んで、滝渕の顔を睨みつけた。亜麻色の大きな瞳が怒りに燃えて、熾烈な輝きを宿している。
 驚いた。
 今まで男は女の代用品という考えしかなかったが、こいつはそそる。恥辱に頬を染めている表情もクるし、手首の拘束を解こうと、もがくさまにも煽られる。

 こんな細っこいからだを押さえ込むのは、滝渕の体躯をもってすれば簡単なことだ。腹の上に跨って体重を乗せれば、相手はぴくりとも動けなくなる。
「どうして分かった?」
 観念したのか、薪は大人しくなった。抵抗するのをやめて、静かな瞳で滝渕を見上げる。
「下手な芝居だったか」
「いや。良い演技だったよ。ここに来てコンタクトを外すまでは、正直信じきってた」
「コンタクト?」
 眉をひそめて、薪は尋ねた。

「目がな」
 やわらかい頭髪に太い指を差し入れ、下方に梳く。さらさらと手触りのいい、極上の絹糸のようだ。
「キレイすぎるんだよ、あんたの眼は。ヤクをやってる人間の目ってのは、そんなに澄んじゃいねえんだ。おれはジャンキーを何人も見てるからな。分かるんだよ」
 ガラス玉のように透明な瞳が、じっと滝渕を見ている。その清涼感に、滝渕は焼かれるような苛立ちを覚えた。

「どんな小さな罪も、犯したことなんかないんだろ、あんた。キレイな顔に相応しい、おキレイな人生送ってきたわけだ」
 どす黒い感情が、滝渕を支配する。こいつとは、長い付き合いだ。こいつは、滝渕を今の地位まで押し上げてくれた。だから滝渕は、この感情を歓迎している。
「ガキみてえに、キラキラキラキラしやがって。おれはそういうの見ると、めちゃめちゃムカツクんだよ。ぐちゃぐちゃに踏み潰してやりたくなるんだよ。」
 感情のままに、薪の小さな頬を手の甲で張り飛ばす。指輪がぶつかったのか、薪の右頬には傷が付き、口元から血が流れた。

「男の相手だって、初めてなんだろ? ガチガチに緊張しちまって」
「何の罪もない、か」
 幼い顔に似つかわしくない、妙に老成した声が滝渕の耳に届いた。驚きとともに、滝渕は言葉を飲み込んだ。
「おまえの目は、節穴か」
 ふっと唇を歪めて、薪は苦く笑った。
 それは彼の容貌にはひどく不釣合いな、まるで人生の終盤にさしかかった老人のような乾いた笑いだった。

「僕は、40人殺してる。いや、40人じゃきかないか。被害者の遺族の中には、絶望から自殺した人間もいるし。僕が犯人を検挙したせいで失われた命も、たくさんある。数え切れないくらい多くの人々の平穏を奪ってきたし、踏みつけてきた」
 不穏当な発言とは裏腹に、どこまでも澄み切った瞳が滝渕の濁った眼を射抜く。長い間忘れていた感傷に囚われそうになって、滝渕は4本しかない指を握り締めた。
「直接手を下したのは一人だけだが、ひとの命を奪ってきた事実は変わらない。自分の手を汚さずに……おまえと一緒だ」

 だから。
 こんな罪に塗れた身体ひとつで、大勢の命が救えるなら。
 僕はためらったりしない。

 声に出さない薪の声が聞こえたような気がして、滝渕は固まった。
 優位に立っているのは、自分のはずなのに。この男の命を握っているのは、自分なのに。勝てる気がしない。

 ベッドの上で、上と下の位置関係で。ふたりの男は、しばし無言で睨み合った。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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非公開コメント

こんにちは!(*´∀`*)/

すみません、ご無沙汰しております。
リクエストしておいて不義理を重ねてしまって申し訳ないです・・m(__;)m

でもずっと見ておりました!!
毎日毎日、アホみたいに待ち焦がれておりました!!
しづさんがお忙しかった週末を無事乗り越えられて(お疲れさまでした!)、
今朝続きをUPされた時も、ドキドキと高鳴る胸を抑えつつ読ませていただきました!!
今日の感想をひと言で先に述べさせていただきます。

と・に・か・く!!!

滝渕・・・

薪さんの顔に傷をつけるなああああああああああ!!!!!!(@口@;

以上です・・・

あ、ちなみにヤラレそうな件に関しては・・・ノーコメントです!!!♪
(でも、勝てる気しないなんて言ってるから襲わないかもな・・・ちっ・・)

話を戻しまして☆

初っぱなから、無理矢理すぎる女装依頼というコハル好みのスタートを切り、
(てか10回以上の女装シチュ全て読みたいんですけど・・・)

PCの女装画像に驚きのあまりガックリと竹内に身を預けたかと思えば、
うっかり竹内に弱みを見せてしまい(喜)引き受けざるを得なくなり、
(そう、こういう薪さんの弱い姿がモロ大好物すぎてハァハァ)

チャイナスタイルという白い太ももが魅惑の女装姿を堪能させてくださり、
(薪さんの黒ビキニ姿もモッコリなるんでしょうか・・・←いらぬ妄想中)

まさに王道中の王道「王様ゲーム」もこれまた大大大爆笑させていただき、
(てか、その前のポテチ銜えたりほっぺにチューのあたりですでに・・。笑)

そして、なななななんと竹内との絡みにまで発展してしまって!!!
(できれば竹内との絡みをもうちょっと先まで進んで欲しかった!!!)

この時点でもうすでに大満足でした(*^。^*)♪

それなのに!
こんな鼻血出そうな、もといハラハラドキドキのスリリングな展開が待っていようとは!!

しづさん素敵すぎます☆☆☆
やっぱりプロは違うなぁ(しみじみ)

でも薪さんがあまりにも心臓に悪い行動を(毎回)おこすのももうしょうがないですよね!!
だって物語のヒロインはこうでなくっちゃ話が盛り上がらないですもんね!!(え)
うんうん♪これで後はヒーローが助けに来てくれたら・・・て、来てくれます・・よね?

前回の女装では青木、間宮の時は岡部でしたが・・・
今回は・・・・・竹内?違うか。
じ、自分でなんとかしちゃったりして~(^-^;
まぁ、これからの滝渕の反応次第ですが・・・う~ん気になる~~~(><)

と、いうわけで、続き♪楽しみにしてますね☆

ワクo(´∇`*o)(o*´∇`)oワク

コハルさんへ

こんにちは、コハルさん!
いえいえ、不義理なんて思ってませんよ。コハルさんがお忙しいのは、よく分かってます!こちらこそ、コメレス遅くなってしまって、申し訳ないです。こちらのお返事もしてないのに、次の記事にまでコメいただいちゃって・・・・・えへへへ☆


> でもずっと見ておりました!!
> 毎日毎日、アホみたいに待ち焦がれておりました!!

ありがとうございます~~!
週末はお休みしちゃって、すいませんでした(^^;

> 今朝続きをUPされた時も、ドキドキと高鳴る胸を抑えつつ読ませていただきました!!


M 『コハルさんの胸なら、僕が押さえてあげたい!』
・・・・・すいません、セクハラオヤジは殴っておきますから(笑)

> 滝渕・・・
>
> 薪さんの顔に傷をつけるなああああああああああ!!!!!!(@口@;

M 『コハルさん。僕のことそんなに心配してくれて・・・・・大丈夫、安心してください!僕は君のために貞操を守るから!』
うちの薪さん、コハルさんのこと異常に好きみたいですね(^^

> あ、ちなみにヤラレそうな件に関しては・・・ノーコメントです!!!♪
> (でも、勝てる気しないなんて言ってるから襲わないかもな・・・ちっ・・)

M 『・・・・のーこめんと?・・・・♪と『ちっ』って、どういう意味・・・・・・?』
なんかえらいショックだったみたいですよ、うちの薪さん(笑)


> 初っぱなから、無理矢理すぎる女装依頼というコハル好みのスタートを切り、
> (てか10回以上の女装シチュ全て読みたいんですけど・・・)

好み!(笑)
うちの薪さんに女装してもらおうと思ったら、仕事がらみでもないと引き受けてくれないです。自分は男らしいと信じてますから。

> PCの女装画像に驚きのあまりガックリと竹内に身を預けたかと思えば、
> うっかり竹内に弱みを見せてしまい(喜)引き受けざるを得なくなり、
> (そう、こういう薪さんの弱い姿がモロ大好物すぎてハァハァ)

単に墓穴堀の天才って感じですが(^^;


> チャイナスタイルという白い太ももが魅惑の女装姿を堪能させてくださり、

チャイナドレスはずーっと着せてみたかったんです(//∇//)

> (薪さんの黒ビキニ姿もモッコリなるんでしょうか・・・←いらぬ妄想中)

ならないです。
うちの薪さんのはかなり小さめ・・・・☆▲×!(←殴られた)

> まさに王道中の王道「王様ゲーム」もこれまた大大大爆笑させていただき、
> (てか、その前のポテチ銜えたりほっぺにチューのあたりですでに・・。笑)

喜んでいただけて、嬉しいです!


> そして、なななななんと竹内との絡みにまで発展してしまって!!!
> (できれば竹内との絡みをもうちょっと先まで進んで欲しかった!!!)

もうちょっと先って・・・・どこまで行けば満足するんですか?


> この時点でもうすでに大満足でした(*^。^*)♪

満足していただけて、よかったです!
書いてるわたしも楽しんでました。もー、げらげら笑いながら書いてましたよ。「薪さん、バカだー!」とか言いながら(←ヒドイ)

> それなのに!
> こんな鼻血出そうな、もといハラハラドキドキのスリリングな展開が待っていようとは!!

ドSですから!(自爆)

> しづさん素敵すぎます☆☆☆
> やっぱりプロは違うなぁ(しみじみ)

と、とんでもないです(><)
コハルさんはずーっと読んでくださってるから、しづのお話に慣れて下さって、その分、脳内で高度な補完作業がされてるんだと思います。

> でも薪さんがあまりにも心臓に悪い行動を(毎回)おこすのももうしょうがないですよね!!
> だって物語のヒロインはこうでなくっちゃ話が盛り上がらないですもんね!!(え)

そうです!
お話を面白くするためなら、薪さんにはアホにもなってもらうし、危険な目にも遭ってもらいます(鬼畜)
そのくらいしないと、うちの薪さんの殻は破れないですから。

> うんうん♪これで後はヒーローが助けに来てくれたら・・・て、来てくれます・・よね?

来ますよ(^^
と言っても、今回はヒーローではないですが。(うちのヒーローは、岡部さんと雪子さんです)

> 前回の女装では青木、間宮の時は岡部でしたが・・・
> 今回は・・・・・竹内?違うか。

はい!当たりです、竹内来ます!


> と、いうわけで、続き♪楽しみにしてますね☆
>
> ワクo(´∇`*o)(o*´∇`)oワク

ありがとうございます(^^
しかし、いつも思いますが、コハルさんの顔文字、かわいいですね。やっぱりイラストに携わってる方だから思いつくのかな・・・・・・わたし、こういうのはすごく苦手で。

ありがとうございました!
つづきも頑張ります(^^)v

Kさまへ

こちらに鍵拍手いただきました、Kさまへ

>・・・薪さんですが・・どこまでも自分の罪と共に生きていく覚悟・・というのでしょうか・・忘れちゃいけない、忘れることなど許されない・・許しを請う事など許されない、捜査官として身と心を削って生きているような薪さんが、とても痛ましいです・・・。

ええ、うちの薪さんは、ずーっとこのスタイルです。
何年経っても、これだけは変わらないです。
原作の薪さんに罪を忘れて欲しくない、と思っているわけではないのです。だけど、罪を忘れられない薪さんだからこそ、愛しいのです。我ながら矛盾してますね(--;)

>ミッキーと薪さんの勝負、もうついてるように私には見えます。(いや、勝ってほしいです。薪さんを助けるのは青木さんでも竹内さんでも誰でもない。薪さん自身だと思います・・・)

はい、鋭いです、Kさま。
実はこの時点で、薪さんは勝ってるんです。
(12)でそのことが証明されます。読んでいただけると嬉しいです(^^

それと・・・・ありがとうございます!
続きはKさまのブログにお邪魔します!
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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