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ラストカット 前編(4)

ラストカット 前編(4)






 一歩外へ出ると、そこは寒風地獄だった。

 雪がまるで雹のように顔を叩く。めちゃめちゃ痛い。一瞬で手足の感覚を奪われる。
 しかし、もう時間がない。こうでもしないと、この脳は使えなくなってしまう。
 
「青木、こっちへ来い!」
 吹雪の音がうるさくて、叫ばないと声が聞こえない。薪は車の後ろに回って片開きのドアを開け、棺の蓋を取った。
「いったい、何をする気なんです?」
「遺体を雪に埋める。凍らせないと脳が腐ってしまう」
「バカなことはよしてください! 薪さんのほうが先に凍っちゃいますよ!」
「もう時間的に限界なんだ! おまえも手伝え!」
「捜査より薪さんの身体のほうが大事です! 車に戻ってください!」
「僕の命令が聞けないのか! 指示に従え、青木警部!!」
 躊躇している時間はない。
 女性でも、人間は死ぬとかなり重くなる。所轄の経験もなく死体に不慣れな青木には気の毒だが、この遺体を薪ひとりで動かすのは不可能だ。

「足のほうを持ってくれ。動かすぞ」
 雪に足を取られて踏ん張りが利かない。背の低い薪は、遺体を棺から引っ張り上げるのも大変である。
「オレがそっちを持ちます」
「大丈夫か?」
「言ったでしょ。オレ、いつまでも新人じゃありません」
 青木は薪の手から遺体の上半身を譲り受けると、軽々と彼女を棺から運び出した。
 平然とした顔で遺体を雪の中に降ろすと、その上に積もった雪を被せていく。MRIの画に怯えて青くなっていた、以前の青木とは別人のようだ。

 たしかに、青木は逞しくなった。精神的にも肉体的にも。
 近頃、青木はからだが締まってきたような気がする。さっき触ってみて分かったのだが、筋肉がしっかりとついている。前々から太っているわけではなかったが、あんなに硬い体ではなかったように思う。
 柔道の試合になれば、まだ負けるとは思えないが、寝技に持ち込まれたらまずいかもしれない。あの筋肉を撥ね返せるだけの力は、薪にはない。

「早く車の中へ。本当に凍っちゃいますよ」
 薪たちが車へ戻ろうとしたとき、ビュオオッという猛りと共に黒い大きなものが飛んできて、車のフロントガラスを直撃した。
 吹雪の音の中でも、はっきりと聞こえた轟音。
 見ると、薪の身体ほどもありそうな巨木である。フロントガラスが粉々になって、車は大破している。
 特に運転席はぐしゃぐしゃだ。シートが裂けて、木の幹が深く刺さっている。あと10分外に出るのが遅かったら、確実に死体は3つになっていた。

「……命拾いしましたね」
 しかし、このまま雪の中にいたら結果は同じことだ。

 車の荷台で吹雪だけでも避けようとするが、衝撃でドアが歪んでしまったらしく、びくともしない。他のドアも試してみるが、どのドアも開かない。周りを見渡すが、風除けになりそうなものは何もなかった。
 本気でやばい。
 車の陰に身を潜めるしか、手立てがない。薪の人生における危機的状況ベスト3の順位が変わりそうだ。

「大丈夫ですか?」
「あんまり大丈夫じゃない。寒いのは苦手なんだ」
 うずくまって身を寄せ合うが、これは長く持ちそうにない。頭からすっぽりとコートを被っていても、雪は容赦なく吹き付ける。
 目が開けていられない。声も出せない。身体の感覚はとっくにない。

 そのまま、どれくらい経ったのだろう。
 いつの間にか寒さを感じなくなっていることに気付いて、薪は目を開けた。ふわっと身体が浮き上がるような浮遊感がある。なんだか、とても気持ちがいい。
 ああ、これが雪の中で笑顔で死んでいる人の心理なんだな、と頭のどこかで納得する。目の前は雪景色のはずだが、薪の目にはなぜか暖かそうな光が見える。

 その光の中から、薪の親友が姿を現した。
 ようやく。
 ようやく迎えに来てくれたのか。

「遅いよ、鈴木。待ちくたびれちゃったよ」
 鈴木はにっこりと笑って、薪が来るのを待っている。その距離は、ほんの1mほどだ。一歩踏み出せば鈴木に届く。大好きな鈴木のところへ行ける。

 歩き出そうとして、ふと気付く。
 この死に方は、薪にとっては甚だ不本意だ。
 凍死では頭が残ってしまうし、遺体を預けてくれた老夫婦に礼を言うこともできなくなる。岡部に頼んであるから頭は潰してくれるかもしれないが、それでは岡部の人生を狂わせることになってしまうし、薪はいまひとりではない。

 ここには青木がいる。
 ここで自分が死ぬということは、こいつも死ぬということだ。
 それはダメだ!

「バカ!! 起きろ、死ぬぞ!」
 案の定、青木のバカは半分眠りの中にいた。
 思い切り頬を張る。一度では目覚めない。2度3度、10回以上叩いたが、それでも目を覚まさない。引っかき傷だらけの頬が、今度は腫れ上がってきた。
 額に頭突きをくれてやると、青木はようやく目を開けた。

「眠るな! 本当に死ぬぞ!」
「……いいです。薪さんと心中できるなら。本望です」
 そう言うと、青木はまた目を閉じてしまった。
「男と心中なんかまっぴらだ! 目を開けろ、バカ青木!」
 こいつ、何が『あなたを守ります』だ!ぜんぜん役に立たないじゃないか。
「ちくしょう、図体ばかりでかくなりやがって。だからでかけりゃいいってもんじゃない、っていつも言ってるんだ! 起きろ、バカヤロウ! 起きないと殺すぞ!」
「はは。どっちにせよ死んじゃうんですね、オレ」
 呑気なセリフとは裏腹に、青木の顔色は真っ白である。吹雪のために、急速に体温を奪われているのだ。眠ったら終わりだ。

「僕より強くなるんじゃなかったのか! 先に死んでどうするんだ!」
 部下の頭を抱きしめて、薪は必死で叫び続ける。薪の叫びは吹雪に掻き消され、雪に飲み込まれて木霊も返ってこない。

 このままではこいつは死ぬ。
 僕を迎えに来た鈴木に、一緒に連れて行かれてしまう。

「鈴木、鈴木! 僕の声が聞こえるか!」
 口を開けると、痛いくらいの冷気が舌と喉を凍らせる。唾液まで凍りつきそうだ。
 それでも薪は叫び続けた。
「こいつは関係ない。僕とこいつはなんの関係もないんだ! 連れて行くなら僕だけを連れて行け!」
 薪のくちびるは色を失って、紫色に変わっている。寒さのためにひび割れて、普段のつややかさはどこにもない。

「おまえが僕を恨んでいることは百も承知だ。でも、関係のないやつを巻き込むな!」
 薪の頬で、涙がぱきぱきと凍っていく。
 もう痛みは感じない。泣くこともできない。ただ、夢中で叫ぶだけだ。

「僕がそっちへ行ったら、何度でもおまえに殺されてやる。どんな責苦でも受けてやる。貝沼や他の被害者と一緒に、僕を気の済むまで犯して殺せばいい。それでおまえの気が晴れるなら、僕は喜んでこの身体をくれてやる。肉の一片まで神経の一本まで、好きなように切り刻めばいい。
 鈴木。おまえを殺したのは僕だ。おまえが憎んでいいのは僕だけだ。おまえが殺していいのは僕だけだ。
 だからっ」
 最後の力を振り絞る。これだけは、鈴木に伝えなければ。
「こいつは連れて行くな!」

 薪の耳にはもはや、自分の声も聞こえない。
 叫んでいるつもりではいるが、声は出ていないのかもしれない。
「こいつだけは……たすけて、すずきっ……!」
 とうとう声も出なくなって、薪はその場に崩おれた。青木の頭を抱きしめたまま、雪の中に埋もれていく。

 視覚も聴覚も嗅覚も、すべて雪に塞がれた薪に残されたのは、胸に抱きしめた青木の頭の重みだけだった。
 やがて、それすらわからなくなり――。
 薪は白い闇の中に、ゆっくりと落ちていった。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Wさまへ

Wさま、こちらこそ、レスが遅れましてすみません!

はい、オフ会。とっても楽しかったです~~!!!
みなさん、Wさまに会いたがってましたよ!
あの、チョー面白い発想はどこから来るのかしら、って。


> えっと、こちらの薪さんの青木への想いに涙しました・・・。
> そこまで・・・・男爵そこまで・・・・・ああ!!また男爵が出てしまった!!
> Σ(°Д°;;)))

男爵でいいです。
わたしも最近はそう呼んでますから(笑)
本人も嬉しいみたいですよ?

> とーへんぼく青木は寝ておりますが、この後何かするんですよね?
> 楽しみにしております。

はい。
青木くんにがんばってもらわないと、薪さんまでミイラ男になっちゃいますから(^^

後でWさまのブログにお邪魔します!
よろしくお願いします!

Mさまへ

> はい、もうここで「秘密」終わっていいです、ええ……

はいい!?
いや、ダメでしょ!
ここで終わったらふたりとも死んじゃうじゃないですか。
そんな青木くんが喜ぶような死に方、させませんからー!(←え?)


> 薪さんったら……青木さん大好きなのね……
> ううう…人様の創作を読んで、恐怖以外で涙が出たの、久しぶりです。
> (しづさんにはよく怖くて泣かされています)

読んじゃだめだ、って言ってるのに読むから(笑)
うふふー。(←意地悪)


> ええ、二人で天国へいらっしゃればいいです。
> 鈴木さんもお迎えに来ていらっしゃるようですし……

ちょっと、Mさま?

> フランダースの犬のように、
> 細かい天使に天上へと誘われちゃってくださいっ!!!
> あ、青木さんが薪さんが乗るそりを曳いてもいいです(←犬扱い)

青木くん、ここまで来ても犬か!(爆笑)


> お願いします!!!

なにを!?
ダメです、殺しません。
うちのは一回死んじゃったらお終いなので。
すぎさんとこみたいに、生き返ってこないんですよーー(^^;


> これは、あれです、太宰治の遺書
>
> 薪さんはとってもとってもとっても青木さんのことが好きで大切なのに………

すみません、太宰の遺書がわかりません・・・・(蒙昧ですいません・・・・)
愛人と心中しながら、奥さんに『あなたをとても愛していました』と書いたんですよね?
ネット検索したんですけど、詳しいことは分かりませんでした。
あとで教えてください。

コメントありがとうございました(^^


Aさまへ

Aさま。

火事と雪山、どちらがよりヤバいかと、まあ微妙ですね(^^;
毎度毎度心臓に悪い話ですみませんです。


アニメのギロチン事件。
びっくりしましたねー!
うちの青木さんも相当ですけど、アニメには負けますwww。
あの二次創作、作った人は勇気ありますよねっ。←ちがう。


>薪さんは死ぬ時は鈴木さんが迎えに来ると思っているでしょうね。

そんな風に思えていたら幸せだと思って、こういう設定にしました。
原作の薪さんはきっと、そんな贅沢、自分には許されないと思ってるんじゃないかな……。


プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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