ジンクス(2)

ジンクス(2)







 法医第九研究室の室長席には、今日もうずたかく書類の山が築かれている。
 机の上には、かぐわしい香りの黒い液体が入った白いマグカップが置かれている。コーヒー好きの室長のために、青木は毎朝挽きたてのコーヒーを淹れる。
「今朝はキリマンジャロAAです」
 軽く頷いて室長は左手でカップを持ち上げ、その香りに酔うかのように目を閉じる。長い睫毛が今日もきれいだ。

 さりげなく薪に見惚れていて、青木は気付いた。いつもならてきぱきと仕事を捌く室長が、今日に限ってはその仕事ぶりに冴えがない。普段は眼にも留まらない速さでキーボードを叩く手が、今日は緩慢に動いているような気がする。それでも充分人並み以上の早さだが、薪にしては遅い。
「青木。岡部を呼んでくれ」
 モニタールームに帰りぎわ、そう頼まれた。岡部は室長の腹心だ。何かにつけては呼ばれることが多い。
 室長の信頼を得ている岡部が、少し羨ましい。
 青木はまだ、警察官としてのキャリアも1年と少し。第九に来たのはたった8ヶ月前だ。捜査官として18年を経ている岡部とは比べ物にならない。
 キャリア組の青木は、7月の昇格試験の合格通知を貰ったばかりだから、正式な辞令が出れば肩書きだけは岡部と同じ警部なのだが、経験と実力は雲泥の差だ。
 第九では実力のあるものが上に行く。役職は関係ない。室長の方針は厳格な実力主義だ。
 だからもし、自分より実力のあるものがいれば室長はその役職を潔く降りて、その人物に室長の椅子を譲り渡すだろう。室長はそういうひとだ。エリート集団第九の頂点に立って天才の名を欲しいままにする薪剛警視正以上の切れ者がもしもいたら、の話だが。

 青木と入れ違いに、岡部が室長室に入っていく。
 岡部に対する室長の態度は、新参者の青木に対するそれと格段の違いがある。気安い口調と微笑み。年が近いせいもあるのだろう。見た目は青木のほうが同年代に見えるのだが。

「岡部。今日、僕の家に来ないか」
「何か御用ですか?」
「カレー作りすぎちゃってさ。ひとりじゃ食べきれないから、食いに来いよ」
 机に両肘を突いて両手の指を組み合わせ、その上に細いあごを乗せて、上目遣いに少し甘えるような声音で部下を誘う。青木だったら腰砕けになってしまう媚態に、しかし岡部は冷静だった。
「本当の目的は、なんなんですか?」
「ばれたか」
 ちろりと赤い舌を出す。つややかな唇が、たまらなく魅力的だ。

「身体が疼いてどうにもならない。また頼めないかな」
「もうですか? こないだやってあげたのって、先週ですよ」
「だって、我慢できないんだ」
「ここでやってあげましょうか」
「ここではちょっと。職場だし、誰かに見られたら恥ずかしいから」
「自然なことだと思いますけどね」
「落ち着かないから、やっぱり家でしてくれないか」
「分かりました。じゃ、8時ごろ伺います」
「悪いな。頼んだぞ」

…………。

 室長室の入り口に立って、聞くとはなしに聞いてしまった。青木の頭の中には疑問符が渦を巻いている。
 なんなんだろう、この会話は。
 カラダガウズクって……ガマンデキナイって……。
 まさか?
 室長はあの外見だし、鈴木さんのこともあったりするから可能性はあるけれど、岡部さんはそういうこととは無縁の人だと思っていたのに。
 仲がいいとは思っていたけれど、まさかそういう関係じゃ。

「なにボーっとしてんだ、青木」
 ドア口に立ったまま呆然自失の態を晒していた青木に、室長室を退室した岡部が声を掛けてくる。あんな会話の後に、よくこんなに落ち着いていられるものだ。
「岡部さん。今日、室長のお宅へ行かれるんですか?」
「ああ。おまえも来るか?」
「え!? それは室長に、むちゃくちゃ怒られるんじゃ」
「なんで怒られるんだ?カレー食いに行くだけだぞ」
「いやその……ご迷惑じゃ」
「大丈夫だろ。あの人は割とそういうの気にしないから」
「じゃあ、ご一緒させて頂きます」
 素直な言葉とは裏腹に、どうしても険のある目つきになってしまう。無骨な見かけによらず人の心の機微に敏感な先輩は、不思議そうな顔をしたが何も言わなかった。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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