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ラストカット 後編(2)

ラストカット 後編(2)




 眼下の風景は移り変わって、今は海が見える。きらきらと輝く水面はとても美しいが、目的地までの間に海はなかったはずだ。
「なんで長野に行くのに海が見えるんだ?」
「せっかくですから、風景のいいところを飛ぼうと思って。飛行距離が増えてもレンタル料金は一緒ですから」
 なるほど。それには薪も大賛成だ。

「どうです? 東京湾もこうしてみるときれいでしょう。あれ、海ほたるですよ」
「おまえ、この手で今まで何人口説き落としてきたんだ?」
「はい?」
「それで航空機免許取ったんだろ」
「あはは。バレました?」
 そんな冗談を言い合いながら、長野までは1時間ほどだ。車より電車より、遥かに早い。このペースなら夕方までには帰って来れそうだ。
 密かに薪が立てていたプランより、だいぶ早い帰宅時刻だ。てっきり夜になると踏んでいたから、公園の夜桜を見て帰ろうと思っていたのだが。

 市立病院の中庭を再び拝借して、長野に降り立ったのは午後2時を回ったところだった。
 ここからは、病院の車を借りるように手筈を整えていたらしい。前回、薪たちが借りたバンはスクラップになってしまったが、古いバンが新車になって返ってきたというので、病院側としては逆に喜んでいる。二匹目の泥鰌を狙っているわけでもあるまいが、病院の事務長は快くワゴン車を貸してくれた。
 青木はヘリから荷物を降ろし、ワゴン車に載せるとハンドルを握った。地図を片手に薪が助手席に座ろうとすると、青木はナビは要らないと言う。
「大丈夫です。任せてください。もう庭みたいなもんです」
 風邪をひいただけの薪とは違って、青木の容態はそれほど軽いものではなかった。
 特に腕の凍傷はひどくて、入院生活を余儀なくされたのだ。あの後、薪はすぐ東京に戻ったが、青木はここに3週間ほど滞在していた。その間に道を覚えたのだろう。リハビリと称して、ふらふら遊んでいたのかもしれないが。

 薪は当然のように後部座席に陣取った。前回は遺体運搬用のバンだったが、今回はツーリングワゴンだ。シートも柔らかいし、乗り心地もいい。
 石像を頼んだ石材店は、病院から車で30分ほどの距離だ。壊した地蔵と同じものを作るなら、やはり地元のほうが良い。

 4月だというのに、長野はまだ雪が残っている。
 市立病院の辺りには見られなかったが、田舎道に入るとかなりの量が溶け残っている。道の上はきれいなものだが、両側の林には地面が真っ白に見えるほどの雪があって、ともすると季節を間違えてしまいそうだ。
「けっこう雪が残ってますね。これは好都合だな」
「好都合? おまえ、あれだけの目にあっておいて、まだ雪が楽しみだとか言うんじゃないだろうな。僕はもう雪はこりごりだ」
「吹雪には参りましたけど、この風景はなかなかですよ」
 枝々のそこかしこに雪を飾った林は、クリスマスツリーが林立しているようだ。道端の地蔵にも雪がついている。たしかに東京ではお目にかかれない風景だ。

 石材店から地蔵を貰い受け、問題の場所に戻しに行く。地蔵の代金は薪が払うことにした。その値段に少し驚いたが、こういうものは値引きが利かない。坊主の読経が値切れないのと同じ理屈だ。
「薪さん、いいです。オレが払います。ちゃんと用意してきましたから」
「大丈夫だ。経費で落とすから」
「……いいんですか?」
「だってこれがなかったら、僕は死んでたかもしれないんだぞ。病院の車代が出せてお地蔵さまの代金が出せないなんて、おかしいだろ」
 たぶん経理課で撥ねられるとは思うが、ここはそういうことにしておかないと青木が気を使う。薪にとっては月給の3分の1程度だが、青木にはほぼ1月分だ。警部の給料などたかが知れている。キャリア組でも役職に就かないと、大した給料は貰えないのだ。

 石材店では設置を申し出てくれたが、青木は断った。感謝の気持ちを表すためか祟りを恐れてかは知らないが、自分でやると言う。ありがたいことに、石材店では設置手間の分を値引いてくれた。
 ワゴンの荷台に石像を積み込み、ベルトで固定する。見かけよりかなり重い。こんな重いものを振り回したとは、人間死ぬ気になればなんでもできるものだ。

 40分ほど走って目的の場所に辿りつく。3体の地蔵のひとつが無くなっているのが目印だ。あの日の極寒地獄のような光景とは打って変わって、今日のその場所は穏やかだった。
 薪の命を救う重要なアイテムとなった石像を元の位置に設置して、お祀りする。こういうものは設置する前に神主に頼んで祝詞を上げてもらうのだが、石材店の方でそれは済ませておいてくれた。神主への礼金も入っていたとなると、先程の料金はそう高いものでもなかったのかもしれない。
 元通りに3体の地蔵が並んで、この風景は完成する。
 やはりここには、このオブジェは必要なものなのだ。青木はワゴンからお供え物を出して、地蔵の前にしゃがみこんだ。季節に合わせて桜餅を用意してきたらしい。薪も隣に屈んで手を合わせる。

 心の中で礼を言って、薪は顔を上げた。青木はまだ熱心に何事か祈っている。
 当然だ。こいつが首を折ったのだから、祟られないようにしっかり拝んでおいたほうがい。
 ……青木が地蔵を壊したのは薪を助けるためだったのだが、祟りのほうは全部青木に被せるつもりらしい。

 再び車中の人となり、病院への道を戻る。が、青木はハンドルを逆の方向に切って、横道に入った。
「道が違わないか?」
「この道でいいんですよ」
「なんかだんだん、山の中に入っていくみたいだけど」
「大丈夫ですってば。信用してください」
 信用してくださいと青木は言うが、以前にもこいつの方向音痴にはひどい目に遭った。

 車はどんどん道ならぬ道に分け入っていく。やっぱり自分が案内をすればよかった、と後悔するが、今からではたぶん地図を見てもわからない。
 車の行く手には、幾重にも雪に覆われた枝が重なり合い道を塞いでいる。その5センチほどの隙間に車体を進めていく青木のドライビングテクニックは、確かにすごい。しかし、運転技術がいかに優れていても、道に迷ってしまっては運転手失格だ。

 やがてこれ以上は進めないところまで来て、ようやく青木は車を止めた。
 完全に迷ったらしい。
 運転席の役立たずが、後ろを振り返る。このままバックで来た道を戻るしかない。だからこいつに任せるのは心配だったのだ。
「おまえなあ」
「薪さん。降りてもらえますか?」
 皮肉のひとつも言ってやろうとした薪の言葉を遮って、青木は奇妙なことを言い出した。
「降りろって……おまえ、僕をここに置き去りにする気じゃ」
「まさか。薪さんのためにここまで来たんじゃないですか」

 青木はさっさと車を降りて、クーラーボックスとボストンバックを手に雪道を歩き出した。仕方なく薪もその後ろをついて行く。この先に、避難所でもあるのだろうか。
「もうすぐ着きますよ」
「どこに」
「天国です」
「置き去りじゃなくて、心中のつもりか?」
「あはは。薪さんの冗談は、相変わらず笑えないですね」
 しっかり笑っている。

「天国っていったい――― お!?」
 木の枝をくぐって目にした光景に、薪は思わず声を上げた。
「サルがいる!」



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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子宝の湯‥ありますよ

こんにちは、しづさん。

なにが印象深いって‥‥頭のない地蔵は‥怖いです。
昔稲川淳二さんのDVDでみた怖いお話に出てきた
お話のようです‥
血まみれの地蔵の頭があーーーーっ‥‥
いくら元通りにして手を合わせたとしても‥

二人が祟られませんように‥お祈りいたします‥(笑)
(青木‥いっぺん祟られろ!)

温泉いいなあ‥
薪さんの好きな温泉天国ですね。

地獄谷温泉?
湯田中渋温泉郷‥なのかしら‥そこは勝手に想像してます。

なにせ私、前世は長野県人ですから(笑)
北アルプスの登山中雪崩で行方不明‥
未だに遺体さえ見つかってない‥そういう前世です。

‥いえ、勝手にそうじゃないか‥と思ってるだけです‥
バカでしょう‥?

まさか猿と一緒には入らないでしょうが‥(笑)
渋温泉はお薦めです。
明神滝の湯は子宝に恵まれます!!

‥ええっと‥失礼しました‥お二人に宜しく‥
ごめんなさい…




Kさまへ

鍵拍手いただきました、Kさまへ

・・・・・混浴って!!(爆)
なんで薪さんと青木くんが入るのに、混浴!?

あ、サルのメスか・・・失礼しました。

ruruさんへ

こんにちは、ruruさん♪
いらっしゃいませです(^^

子宝の湯って・・・・・
混浴だの子宝だのって、ふたりの性別、忘れてないですか?(笑)


> なにが印象深いって‥‥頭のない地蔵は‥怖いです。

言われて見れば、ぞーっとしますね・・・。
血まみれ地蔵・・・きゃ、面白そう!実はホラーも好きなんです(^^


> 二人が祟られませんように‥お祈りいたします‥(笑)
> (青木‥いっぺん祟られろ!)

ああ、青木くんだけ!
カワイソー(←軽い棒読み)



> 温泉いいなあ‥
> 薪さんの好きな温泉天国ですね。

はい!
うちの薪さんの天国と言ったらこれです!
ruruさんとこの薪さんは、青木くんと一緒にいられれば天国ですよね。いいなあ。(^^

> 渋温泉はお薦めです。
> 明神滝の湯は子宝に恵まれます!!

実際にそういう温泉があるんですね。
調べないで書いちゃいました・・・・てへへ(笑ってごまかした)
はい、じゃあ明神滝で!


> ‥ええっと‥失礼しました‥お二人に宜しく‥
> ごめんなさい…

あ、帰っちゃうんですか?
一緒に入っていけばいいのにー(笑)

ありがとうございました(^^
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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