エピソード・ゼロ(2)

 ご注意ください。
 暗黒系のお話です。


 カップリングは薪さんと雪子さんです。
 あおまき・すずまき派の方はスルーしてください。
 薪さんが雪子さんにフォールインラブしてます! って、冗談です。(冗談言えるような内容か、これ)








エピソード・ゼロ(2)




 薪のもとにその連絡が入ったのは、夜中の3時頃だった。
 連絡をくれたのは田城だった。携帯電話から聞こえてくる言葉に、薪は蒼白になって身を震わせた。

 雪子が自殺を図った。

 料理用の包丁で、自分の手首を深く切っていた。遺書も身辺の整理もしていなかったところを見ると、発作的な自殺だったようだ。
 発見が早かったため、命に別状はなかったが、あの強気な彼女が自殺しようとした、そのことが薪に激しいショックを与えた。

『ちょっと、手が滑っちゃって』
 病室を見舞う薪に、彼女は健気に笑って見せた。
『もう二度と料理はしないわ』
 薪は、雪子に笑い返すことができなかった。
 雪子に会うのは鈴木の葬儀のとき以来だが、彼女はずい分、小さくなっていた。血色の良かった頬は、かさついて張りがなかった。いつもきらきらと輝いていた黒い瞳は、死んだ魚のようにどろりと濁っていた。

 そんな雪子の様子を思い出しながら、薪は空を見上げていた。
 病院の屋上に立って、明け染める夏の空を見ていた。夜中降り続いた雨のせいで、屋上の床にはあちこちに水溜りができていた。
 足を引き摺るように歩いて、屋上の端まで行く。7階建ての天端から見る地上の風景は、濃い朝靄が立ち込めていて、飛び込んだらふわりと受け止めてくれそうだった。
 ここから落ちたら、楽になれる。その誘惑に負けそうになる。
 薪の足が、ふらりと踏み出された。

「なにやってんの」
 がしっ、と後ろから回された腕に、首を押さえられた。
 引っ張られて、後ろに尻もちをついた。雨に濡れたコンクリートから冷たさが伝わってきて、でも立つこともできなくて。
「しっかりしなさい!」
 薪の後ろから彼のからだを拘束している人物もまた、床の上に両膝をついていた。
 薪の首に巻きついたままの細い腕には、痛々しく包帯が巻かれていた。真新しい包帯の白さが目に沁みて、思わず泣きそうになった。

「って、あたしが言っても説得力ないわよね」
 自嘲する声が、薪の耳に届いた。弱々しい声だった。
 いつも自信たっぷりにハキハキとものを言う、薪の友人の声とは思えなかった。
 
「ごめんね、薪くん。あたし、自分のことばっかり考えちゃった」
 首に回された腕をほどくことも抱くこともせずに、薪は呆然としていた。
 雪子は、なにを謝っているのだろう。

「こんなことして、あなたがどれだけ傷つくか……そんなことも思い浮かばなかった。情けない。克洋くんに笑われちゃうわね」
 後ろを向いて、雪子を抱きしめて一緒に泣きたい、と思った。そうすれば、二人で痛みをわかちあえるかもしれない。自分の苦しみも雪子の悲しみも、半分になるかもしれない。
 でも。

 泣いてはいけない。
 僕にそんな権利はない。
 死んでもいけない。
 僕にそんな救済は許されない。
 
 泣くことも死ぬことも、僕にはかなわない。
 だから。

「誤解しないでください。死ぬ気なんかありませんから」
 お願いです。
「そんなバカな真似はしません。せっかく拾った命を捨てるなんて、もったいない。それに、正当防衛と認められた事件で僕が自殺したら、警察の隠蔽工作を疑われるじゃないですか」
 お願いですから、雪子さん。
「鈴木も困ったことをしてくれましたよね。あのくらいのことで狂うなんて、情けないったら。こんなことで、出世の邪魔をされちゃたまらないな」

 僕を憎んで。
 せめてあなただけでも、僕を憎んでください。

 なんでもいいから、僕に罰を。
 罵りの言葉を。
 あなたを一生許さない、と言ってください。

 首に巻かれた腕が、ゆっくりと解かれた。自由になった薪の体は、瞬間、その場に崩れそうになる。それを意思の力で留め、雪子の怨詛を受け止められるよう、しゃんと背筋を伸ばした。
 しかし、薪が期待した雪子の声は、聞くことができなかった。そのかわり、頭頂部に手のひらが置かれた。
 言葉ではなく力技か。雪子らしい。
 髪を掴まれてコンクリートの上を引き回されたら、気持ちいいかもしれない。雪子さんは優しいから、せいぜい僕を引き倒すくらいだろうけど。

「……何してるんですか」
 清潔でやさしい手が、薪の頭を撫でていた。
 頭頂部から後頭部にかけて、何度も何度も繰り返し、髪の上を滑っていく温かさに、薪の声が震える。
「克洋くんが。薪はこうしてやると落ち着くからって」
 虚脱感に襲われて、薪は背中を丸めた。
 敵わない。雪子には、とてもかなわない。
「馬鹿馬鹿しい」

 雪子の手を邪険に払いのけ、薪はさっと立ち上がった。
 いつの間にか辺りはすっかり明るくなり、ビルの谷間から上ってくる閃光が、強く薪の瞳を射た。眩しさに、思わず顔を背ける。
 床に跪いたままの雪子を見ないようにして、屋上のドアに向かう。ドアを開けて、背中で彼女の気配を探る。
 動きはない。雪子はまだ、あの冷たい床に座ったままだ。

「病人はさっさと病室に帰りなさい」
 雪子のからだが冷えてしまう。
 鈴木の愛した大切な女性のからだが、冷たくなってしまう。

「鈴木の後を追いたきゃ、止めませんけど」
 早く、立ち上がって。
 なおもあなたを傷つけようとするこの極悪人に、どうか裁きを。

「雪子さん」
 我慢比べに負けたのは、薪の方だった。
 薪がためらいつつも振り返ると、雪子は床に座ったまま、昇ってくる太陽をじっと見ていた。

 朝の清浄な光が、雪子を包んでいる。
 彼女はきちんと正座をし、太陽に向かって姿勢を正し。その姿は気高く、けがれなく。悲しみも苦しみも、朝の光に浄化されていくようで。
 こんなに美しい女性を今まで見たことがない、と薪は思った。
 
「きれいね」
 落ち着いて力強く、心地好く響くアルト。
 それはいつもの彼女の声だった。

 薪はドアを開けたまま、階段を下りた。カツカツと乾いた靴音が、静かな病院に木霊する。
 静まり返った廊下を、薪はひとりで歩いた。救急用の出口から外に出て、差し込んできた太陽に背を向ける。
 自分にはもう、光はいらない。

 もういい。
 雪子も鈴木の両親も、僕にそれを与えてくれないなら。
 僕は自分で自分を憎むしかない。

 罪人には罰を。
 その罪にふさわしい処罰を。
 殺人者には、未来永劫の苦しみを。夜毎の煉獄を。
 意識が途切れるほどの責め苦を。痛みを。絶望を。

 僕に必要なのは、それだけ。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Wさんへ

こんにちは、Wさん♪

> エピソード・ゼロの感想は・・・真面目に書くと・・・もう言葉が出て来なくて・・・。
> 泣きそうです・・・・・。

だ、大丈夫です!
これは過去の薪さんです!今の薪さんは、カンチガイが得意のアホなオヤジですから!(それもどうかと・・・)


> とにかくただ・・『いっしょに死のう。いっしょに鈴木に会いに行こう』ってなってしまう人達やなくてよかったです・・・。
> しづさんとこの雪子さんは、雪を溶かす大地のようですね・・・・・。

原作のように、薪さんがひとりだったら、そうなっていたかもしれません。うちの薪さんは、原作の薪さんほど強くないですから。(男爵、思い込み激しい)
でもその代わり、うちの薪さんには、周りにたくさん薪さんを気遣ってくれるひとがいました。雪子さんだけじゃなくて、みんなに支えられてたんですよ。

うちの薪さんは、原作薪さんに比べて、とてもとても幸せなんです。
わたしは薪さんを自分の世界だけでも幸せにしてあげたくて、この小説を書いてますから。みんな薪さんに都合のいいように展開していくんです。

雪子さんの設定も、薪さんにとって、雪子さんがこういうスタンスで友人関係を続けていてくれたなら、というわたしの願いが反映されてます。勝手に原作を曲げてしまうのも問題かもしれませんが、原作の薪さんがあまりにも可哀相だったので・・・・(;;)



とと、Wさん。お仕事大変なんですね!
わたしのほうは、ひと現場終えたところで少し落ち着いてます。ブログ様巡りもぼちぼちと(^^
12月23日期限の現場がひとつあって、舗装だけすれば上がりだから、その後再び書類地獄に落ちますが。でも、ここは自分が代理人だった現場だから、書類も作りやすいし。
(他人の現場の書類を作るのはすごく大変。現場をやったひとに聞かないとできない書類がたくさんあるので。
うちの代理人さんでね、パソコンが使えないから書類はできない、と言ってるおじさんがいて・・・・PCぐらい、使えるようになってくれよ。人間、一生勉強なんだよ。逃げてんじゃねえよ、と怒鳴りつけたくなる・・・あ、いかんいかん、身内の恥を(^^;)

2009年も今月でお終いです。
お互い、頑張って仕事をやっつけて、スッキリした気持ちでいい年を迎えましょうね(^^
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: