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ラストカット 後編(7)

ラストカット 後編(7)





 懐石風の夕食に、薪は満足してくれたようだった。
 この宿は、料理も良いが酒もいい。特に地酒の種類が豊富だ。
 薪好みの口当たりの良いやや甘めの地酒を選んで出してもらったのだが、昼間だいぶ飲んだとみえて、薪は口をつけなかった。

 料理を運んできた客室係に、お風呂はいかがでしたか、と尋ねられて、薪はにっこりと笑う。
 薪は、初対面の人には愛想がいい。とりあえず笑顔で相手を油断させておいて、腹の中を探ろうとする。第九の室長として様々な団体との交渉ごとを行なっている薪にとって、この行動はもはや本能である。

「先ほど中庭を散歩されてましたね」
「ええ。素敵なお庭ですね。獅子脅しは、今では珍しくなりましたよね」
 ビール党の青木は、当然冷たいビールを飲んでいる。珍しいことに、薪がお酌をしてくれる。
「旦那さまと仲がよろしくて。羨ましいですわ」
 仲居の不用意な発言に、青木は思わず噎せ込んだ。ビールが鼻から出てきそうだ。
「大丈夫ですか?」
 あなたが大丈夫ですか、と叫びたい。薪の氷のような目つきと、礫のような言葉の暴力が始まってしまう。

「新婚なんです」
「は!?」
「まあ、そうなんですか。おめでとうごさいます」
「まだ指輪もくれないんですよ、このひと」
「あらあら。それはいけませんね」
 何を思ってか、薪は仲居の勘違いに付き合うことにしたようだ。

「仕事が忙しくって。このひとの上司がとても怖い人で、休日出勤も残業も断れなくて。あんまり家にも帰ってこないんです。今日の休みも3週間ぶり。ひどいでしょう?」
 怖い上司が怖いことを言い出した。この仲居がいなくなったら、自分は殺されるのかもしれない。
「だから今日は、思い切り甘えさせてもらおうと思って」
 ふたりの女性は、揃って青木の顔を見た。意味ありげな視線を向けてくる。
「……マツタケの網焼き、追加で」
 薪とその共犯者は、楽しそうに手を打ち合わせた。

 最後の汁物と鯛めしを置いて仲居が部屋から出て行くと、薪は足を崩して浴衣の裾を割り、いつもの胡坐の姿勢になった。正座をしていたため足が痺れたのか、手で揉んでいる。
「薪さん。あの、今のは」
「浴衣がおいてある時点で、間違えられてるのは解ってた。だから話を合わせただけだ」
「いいんですか? 誤解を解かなくて」
「今日はいいんだ」
 いつもはあんなに怒るくせに、いったいどうしたのだろう。
 もしかすると、薪も自分と同じように、この夜を大切なものにしたいと思ってくれているのだろうか。つまらないことで怒ったりして、せっかくの夜を台無しにしたくないと考えてくれているのだとしたら――。

「ここの露天風呂は気に入ったから」
 ……結局それなんですね。

「ああ、もうおなかいっぱいだ。旅館の食事って、なんでこんなに大量なんだろうな。絶対に3人分はあるよな」
 普段から薪は食が細い。定食屋でも一人前を完食する事は稀だし、今日だって皿が空になったのはマツタケの土瓶蒸しと追加の網焼き、刺身くらいのもので後は半分ずつくらいしか食べていない。信州和牛の陶板焼きに至っては、まだ生肉のままである。
「そうですか? オレにはちょうどいいですけど」
 青木は薪の食べ残しの皿を引き寄せて、当然のように食べ始める。しばらく前から青木は、どこへ行っても一人前を食べきれない薪のディスポイザーと化している。

「ひとの分まで食っといて、なにがちょうどいいんだ」
「残したら旅館のひとに悪いじゃないですか。この牛だってゴミ箱に入るより、人間の胃に入りたいに決まってますよ」
「……昔の事件でさ、牛の胃袋の中から人間の頭部が出てきたことがあったんだ」
 意地悪そうな笑みを浮かべて、薪はこと細かく発見の状況を語り始めた。
「顔中の皮膚が胃液でどろどろに溶けててさ。神経とか血管とかぐずぐずになってて。髪の毛は残ってたんだけど、頭皮が溶けちゃってるから簾みたいになって」
「やめてくださいよ! 食べられなくなっちゃうじゃないですか」
「食いすぎなんだ、おまえは」
「薪さんは少し飲みすぎですよ」
 仲居がいなくなった直後から、薪は地酒を飲んでいた。さっきは女の振りをしていたから、酒を控えていたのだ。2合瓶がすでに空である。

「この酒、美味いな。ちょっと柚子の風味があって、いくらでも飲めそうだ」
 四つん這いになって電話のところまで行き、酒の追加を注文する。きっと厨房では、青木が飲むと思われているのだ。
「蒼山をもう1本と、寒椿、それから」
 なんと3本も追加を入れている。
 仲居がすぐに注文品を部屋に運んできた。地酒の瓶が2本と生ビールが1杯。変わり身の早い薪は、正座してお茶を飲むフリをしている。
 仲居がいなくなると、早速瓶に手を伸ばす。大して強くもないくせにやたらと飲みたがる。そのあとは周りの人間が大変な思いをするのだ。

「ダメですよ、薪さん。昼間も1本空けてるんですから」
「いいだろ、旅行のときぐらい。ほら、おまえもじゃんじゃん飲め」
「オレはこれだけでいいです」
 自分まで酔ってしまったら、薪の世話をする者がいなくなる。
 このひとは多分このまま眠ってしまう。自分で布団に入ることもできない。青木が運んでやらなくてはならないのだ。

「ケチケチするな。おまえの分の宿泊代も、僕が払ってやるから」
「お金の問題じゃありません。オレは薪さんの体を心配して」
「カラダ?」
 薪はそこで、軽蔑したような顔で青木を見た。

 


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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いゃあだぁ!!

酔ってるせいもあるでしょうが‥
軽蔑の目で青木を見る薪さんは‥嫌い。

分かってます。
洞察力があって先の先までわかっちゃう人ですから
青木がどんな思いでいるかも…すでに知ってる。

だけど…傷つけちゃだめです。
傷つけたことで自分も傷つくのに‥

天の邪鬼薪が出てきてるのかしら‥

どうか修羅場になりませんように‥
青木が傷ついてもすぐに回復しますように‥
薪さんが素直になりますように‥

とお祈りしましたが‥どれか一つと言われたら‥
二番目ですね(笑)

それもダメなら‥ぐっちゃぐちゃに‥なっちゃえ!
もう、やけくそだあ!

それでもうまくいってね‥と思ってしまうruruでした‥

軽蔑って‥嫌な言葉‥だめだよ、薪さん‥うっうっ(T_T)

あっちこっちにコメ‥すみません・なんか治まらなくて‥心が。

ruruさんへ

あらら、ruruさん、こっちにも。
よっぽど嫌な思いさせちゃったんですね、すみません(^^;

はい、軽蔑したような顔で、とは書きましたが、決してそうではないのでご安心を。
この話、1章1章が妙に長くて、章の途中で切ってるからこんな心配をさせてしまったのですね。ごめんなさい。

えっと、誤解されがちですけど、わたしあおまきすとですから。
それでもって、ハッピーエンド主義者ですから。(今までのお話も、みんな希望の見える終わり方だったでしょう?)

ruruさんの3つのお願いは、3つとも聞いてあげたいですけど、3番目だけは無理ですね。<コラコラ(^^;
だって、素直な薪さんなんかうちの薪さんじゃない・・・(すみません!)

わたしは、意地悪な言葉の裏側に隠された好意とか、冷淡な態度の裏に隠れた愛情とか、そういうものが好きなんです。表面上はすっごく仲悪いのに、本当は愛し合ってるとか。バカバカ言いながら、本当は好きでたまらない、とか。
その気持ちを素直に表せない不器用さが愛しいんです。なので、うちの薪さんは皮肉屋のままです。ごめんなさい。

ruruさんとこの薪さんは、とっても素直ですよね。
真っ直ぐに青木くんのことが好きで、その気持ちを素直に出して、愛して愛されて。理想の恋人同士だと思います。(//∇//)
でも、どこの薪さんも同じだったらつまらないでしょう?ひとつくらい、倦怠期の夫婦みたいなあおまきさんがいてもいいじゃないですか(笑)

というわけで、大丈夫ですから。
泣き止んでくださいね。(^^

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メリークリスマス

ラストカットまだ途中ですが
ご挨拶を。しづさんの創作を読めて幸せです。
素敵なクリスマスを。

シーラカンスさんへ

いらっしゃいませ、シーラカンスさん♪

わあ・・・すっごくありがたいお言葉を・・・・ありがとうございますっ、わたしのほうこそ、読んでいただけて幸せです!

シーラカンスさんには、ブログを立ち上げて間もない頃から見守っていただいてて。開設してから1週間経たないうちに、お初コメをいただきました。(『新人教育』でした)
それからずーっと1作品ごとに感想をいただいて、とっても感謝してました。
あの頃は、まだ慣れてなくて不安がいっぱいだったので、すごく励まされました。今もこうしてブログを続けていられるのは、シーラカンスさんのお褒めの言葉を支えにしてきたからです。ありがとうございました。

シーラカンスさんも、素敵なクリスマスを過ごされますよう。
メリークリスマス!(^^
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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