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ラストカット 後編(9)

ラストカット 後編(9)





 夕食の膳を片付けてもらったのは、それから1時間後のことだった。
 手際よく食器を運び出す仲居の顔には、先刻の誤解の片鱗もなかったが、彼女が仲居部屋でどんな話をしたのかは判らない。薪には何があっても、その誤解の内容は教えられない。

 部屋を出る際に、仲居はにっこりと微笑んで青木に話しかけてきた。
「青木さま。当店はご高齢の方も多くいらっしゃいまして。皆様テレビの音を大きくされますから、防音設備も整えてございます。かなり大きな音でも隣の方には聞こえませんので、テレビのボリュームを絞る必要はございません」
 突然の宿自慢に、青木は心の中でがっくりと肩を落とす。
 絞らなくていいのはテレビのボリュームではなくて、つまり。

「明日の朝は7時から9時の間に、1階の朱雀の間でバイキング形式の朝食をご用意しております。こちらに手前どもが伺うことはございませんので」
 完璧に誤解されている。もう言い訳する気もなくなってきた。旅の恥はかき捨てだ。
「ではごゆっくりおやすみ下さいませ」
「……ありがとうございます」

 彼女の誤解を助長させた張本人は、とっくに布団の中である。青木の苦労も知らず、健やかな寝息を立てている。
 その寝顔は、やっぱりかわいい。見ているだけで幸せな気分になれる。これだからどんな目に遭わされても、青木は薪から離れられない。
 
 畳の上に布団で寝るのは、学生のときに仲間と一緒に旅行に行ったとき以来だ。清潔な寝具とイグサの香り。枕が変わると眠れない人間もこの世にはいるらしいが、もともと寝つきが良い青木はものの2分で眠りに落ちた。

 その眠りが破られたのは、夜半過ぎのことだった。
 どこからか泣き声が聞こえたような気がして、青木は目を覚ました。
 横を向くと、薪の姿がない。さてはまた風呂か、とベランダのほうを見ると、小さな影が部屋の隅っこにうずくまっている。
「何やってるんですか、薪さん」
 部屋が暗くてよくわからないが、薪は膝を抱えて座っているようだ。なぜ布団から出たのだろう。
「座敷わらしかと思いましたよ。早く布団に戻って」
 近付いてみて、驚いた。
 薪は瘧のように震えている。歯の根が合わないほどにガタガタと揺れ動いて、それを止めようと両肩を手で押さえている。
「薪さん? どうしたんですか?」
 怖い夢でも見たのだろうか。それにしては雰囲気が異様だ。

 薪を安心させようと、青木は部屋の明かりを点けた。震える薪の姿が、明るい照明の下にさらされる。
 亜麻色の瞳が、涙に濡れている。
 普通の泣き方ではない。滂沱、という感じだ。
 その目が青木の姿を捉える。大きな瞳に青木の顔が映っている。しかし、その眼はいつもの冷静な眼ではない。これは……狂気を孕んだ眼だ。

「迎えに来てくれたのか? 鈴木」
 寝ぼけているときは必ず間違えられる男の名を聞いて、青木は言葉を失う。普段なら違います、と否定するところだが、今の薪にそれを言ったら大変なことになりそうな気がする。
「ずっと待ってた……早く連れて行って」
 両手で青木の浴衣の前をつかみ、薪は自分の身を寄せてくる。薪が自分から近付いてくるのは、青木を死んだ親友と間違えているときだけだ。

「おまえが満足するまで、僕を好きなようにしていいから」
 抱きつかれて、耳元でそんなことを囁かれる。涙に濡れた頬を青木の頬に擦り付けて、愛してる、と繰り返す。
 今日の寝ぼけ方は強烈だ。
 鈴木の夢でも見たのだろうか。それで恋しくなってしまって、泣いていたのだろうか。
 なにもわざわざこんな日にそんな夢を見なくたって、と心無い薪の行動を非難したくなってしまう。
 しかし、青木の夢占いは外れたようだった。

「血の一滴までおまえにやるから。何回でも殺していいから」
 愛の言葉が物騒な話に替わって、青木は思わず身を離す。
 これは、早く正気に戻したほうがいいかもしれない。薪はとんでもない悪夢を見たのかもしれない。

「薪さん、オレです。青木です。しっかりしてください」
 華奢な肩をつかんで揺する。亜麻色の髪が揺れ、瞳も揺れた。
「心配いりません。ただの夢ですよ。だれもあなたを傷つけるものはいません」
 ややあって亜麻色の瞳に焦点が戻り、薪は自分を取り戻したようだった。
 ぺたんと畳に尻を落として、背中を丸める。普段のきりりとした室長の顔からは想像もつかない、弱々しい表情。それを隠すために両手で顔を覆っている。

「大丈夫ですか?」
 このひとは、まだあの事件の夢を見るのだろうか。あれから2年も経ったというのに、まだその衝撃を忘れられないのだろうか。
「いつも、こうなんだ」
 ほそい指の隙間から、透明な雫が垂れてくる。薪が泣き虫なのはもう分かっているが、その涙を止めてやりたいとこれほど強く思ったのは初めてだった。

「楽しいことがあると、決まってその日の夢は凄くキツイんだ」
 薪はまだ震えている。抱きしめてやりたいが、余計に怖がらせてしまいそうだ。青木の顔は薪にとって、自分が殺した男の顔なのだ。
「わかってるんだ。なんでこんな夢を見るのか。鈴木が僕を嗜めてるんだ」
 親友を殺してしまった悔恨。愛する人をその手にかけた痛み。青木には想像もつかない、深い慙愧の念。
 それは薪の精神をゆっくりと蝕んで、時に幻覚となって薪の前に姿を現す。先刻の狂気のように、薪のこころをずたずたに切り裂いて。

「ひとを殺しておいて、なんでそんなに楽しそうにできるんだって。人殺しのクセに、なにヘラヘラ笑ってんだって」
「鈴木さんはそんなこと思ってません。オレ、言ったじゃないですか。薪さんの命は鈴木さんが守ってくれた命だって。薪さんの人生は鈴木さんが守ってくれた人生なんですよ。楽しく笑ってていいんです」
 鈴木はとてもやさしい男だった、と誰に聞いても同じ答えが返ってくる。薪の親友をやっていたくらいだから、ちょっとやそっとのことでは怒らない性格だったのだろう。
 
「鈴木さんはそれを望んでます。鈴木さんがそういう人だって薪さんが一番良く知ってるはずでしょう」
「うん、知ってる。でも、どうにもならないんだ。夢の内容までは制御できない」
 それはきっと、薪の心が見せる悪夢だ。
 自分のせいで大勢の人が死んだと思い込み、自分自身を許すことができない。薪の誰よりも強い正義感が、薪自身を苦しめている。
「今日は……今日はとっても楽しかったから、絶対に来ると思ってた。誰かと一緒なら大丈夫だと思ったんだけど」
 それで泊まろうと言い出したのか。ひとり寝が怖い子供のように、だれでもいいから傍にいて欲しかったのか。
「オレがついてますよ。ずっとここにいますから」
 今のこのひとは、子供と同じだ。だれかの庇護が必要なのだ。

「おまえ、僕を守ってくれるって言ったよな」
「はい」
「じゃあ、この夢からも守ってくれるか?」
 弱気な瞳が、青木に縋り付いてくる。
 果てしなく繰り返される悪夢は、薪の精神の均衡を崩していく。2年以上もこの夢に悩まされて、薪は藁をもつかみたい状態になっている。

「もう、忘れたい……何もかも、忘れてしまいたいんだ」
 薪は立ち上がり、自分から浴衣の帯を解いた。
 合わせを広げて肩を出す。畳の上に浴衣を落とし、下着も取って生まれたままの一番美しい姿に還った。

 青木は決意を固めた。
 薪を救うには、やはりこの方法しかない。それは青木にとっては甚だ不本意な手段だ。確実に嫌われてしまうし、薪が自分を好きになってくれる望みもなくなる。
 だが、いちばん大切なのは薪の幸せだ。自分と薪がうまくいくことではなく、薪が幸せになることだ。薪の幸せに自分の幸福は関係ない。

「……何も……考えられないように」
 薪の手が青木の浴衣の帯をほどく。浴衣を脱がせて半身を露わにする。
 白い腕が青木の頭を抱いた。耳に甘やかな吐息がかかる。やさしい肩が薄い胸が、青木の肌に触れ、擦り合わされる。
 
「夢なんか見ないくらいに……」
 青木は目を閉じて、愛しいひとの身体を抱きしめた。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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めりーくりすます!

みすたーろーれんす
あ、いや違った。しづさん♪

むむっ。青木、男なら、ここはがまんのしどころだぞ! 
そんなんじゃ、おまえは一生、首から上は鈴木のままだぞ!
いいのか、そんなことでっ!!!

おまえはっ、おまえはっ、自分自身が薪さんの信頼を勝ち得たいのではないのかっ!!!!!

なーんちゃって、一生薪さんのドレイでも、全然かまわないよ~ん(^^) それもいいなあ・・・。
だって、薪さんたら青木にいばってるんだもん・・・。(かわいいくせに、亭主関白になりたがる薪さん)

ひっぱって~ひっぱって~、ついにここまで来ましたが、青木は思いを遂げられるのでしょうか? しづさん?

むっふっふっふっふ~☆

それにつけても、怖い夢を見る薪さんが可哀想で(;;)

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

そうでした、そうでした

>楽しいことがあると、決まってその日の夢は凄くキツイんだ

薪さんの鈴木さんへの想いはそれだけ深かったんですものね。

さて、青木がどうするか…ドキドキドキ。

イプさまへ

いらされませ、イプさま!
だれがアラビアのロレンスですか(笑)


> むむっ。青木、男なら、ここはがまんのしどころだぞ! 

A 『そんな、この状況で我慢しろって方が無茶じゃ・・・・』

> そんなんじゃ、おまえは一生、首から上は鈴木のままだぞ!
> いいのか、そんなことでっ!!!

A 『!!!』

> おまえはっ、おまえはっ、自分自身が薪さんの信頼を勝ち得たいのではないのかっ!!!!!


おおお!!
さすがイプさま、分かってらっしゃる!!!


> なーんちゃって、一生薪さんのドレイでも、全然かまわないよ~ん(^^) それもいいなあ・・・。

あ、あれ?
イプさま?? イプさまがそんな・・・・えええ~・・・・。


> だって、薪さんたら青木にいばってるんだもん・・・。(かわいいくせに、亭主関白になりたがる薪さん)

そ、それは、上司だし年上だし・・・・あ、でも、亭主関白はいい!かかあ殿下と言われるより、ずっといいです!


> ひっぱって~ひっぱって~、ついにここまで来ましたが、青木は思いを遂げられるのでしょうか? しづさん?

ひっぱりすぎですね~。
もう、ぷっつりと切れちゃいそうです。ふたりの絆も、青木くんの理性も。(笑)



> それにつけても、怖い夢を見る薪さんが可哀想で(;;)

ええ、これはね・・・うちの薪さんには不可欠のものなので・・・申し訳ないです。
ありがとうございました♪
あ、幽霊のつづき、待ってますからね!

Sさまへ

Sさま、メリークリスマス!


ふふふ~、やっぱりそうでしょう?この年になると(失礼)、妄想も甘くないですよね。
しかし、これから40年、50年ですか? ううーん、薪さん97歳かあ(笑)

この替え歌、引用したいんですけど・・・・ううう、でも、これが理由で鍵なんでしょうね。はい、わたしの心の中で歌います。

素敵なララバイを、ありがとうございました!

めぐみさんへ

いらっしゃいませ、めぐみさん☆

> 薪さんの鈴木さんへの想いはそれだけ深かったんですものね。

はい、うちの薪さんは鈴木さんを思い続けて16年。(笑)
それを自分に向けさせようと言うのですから、青木くんには踏ん張ってもらわないと。

> さて、青木がどうするか…ドキドキドキ。

ふふふ~。
たぶん、めぐみさんが考えてる通りだと思いますよ(^^
わたしたち、三連星でしょ?(笑)

Aさまへ

Aさま。


そうですね。
薪さんを楽しませたくて頑張ってきたのに、それが彼の悪夢の原因になってたこと、ショックだったと思います。 返す返す、青木さんに厳しいですよね、うちの設定。(笑)


薪さんにとっての鈴木さんは…
「初めて」のひと。
初めての親友だったり、初めての恋だったり、うちの場合は初めての男性でもあるのですけど、とにかく、
色んな「初めて」を薪さんにくれた人。 
いわば薪さんのルーツにも等しい。 自分のルーツを殺めてしまうのは、親を殺すのと同じです。 自分の中に息づく鈴木さんに貰ったものすべてが自分を責める。 楽しかった思い出も切なかった恋心も、つまるところは彼自身を切り裂く刃になる。
そういう設定で書いてます、
けど、
そこまで考えちゃうと辛すぎるので~~、この辺はさーっと流して読んでください。 


それと、うちの青木さんは超ヘタレ男なので、そっちの期待は裏切られること請け合いです、すみません。(^^;

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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