ラストカット 後編(10)

ラストカット 後編(10)





『薪さん。愛してます。大好きですよ』
 半分夢の中にいるようなゆったりとしたまどろみの中、耳元で繰り返し囁かれるその言葉は、とても心地好い響きを持っていた。
 逞しい腕が自分を抱き上げて、まだぬくもりの残る夜具の中に入れてくれた。すぐに暖かい体温を持ったはだかの胸に抱きこまれる。
 薪は、手を伸ばして相手の背中を抱きしめた。ぴったりと密着すると、心の底から安心感が湧き上がってくる。

 こうなるかもしれないと予想はしていた。青木が予め宿を用意していたことは、気が付いていた。
 山中の温泉で青木は電話を掛けたと言っていたが、あの場所は圏外で携帯電話は使えない。しかし、宿の予約は取れていた。つまり、事前に予約がしてあったということだ。知っていて、着いてきた。

 だって、こいつと過ごす時間はとても楽しくて。時を忘れてしまうくらい楽しくて楽しくて。
 もっと一緒にいたいと……今日だって帰りたくなくて、こいつと離れるのがいやで。
 でも、そうやって楽しい時間を過ごした後の悪夢は、決まって凄まじいものになる。心に刻まれた幸せな気持ちを帳消しにしようとするかのように、悪夢は繰り返され、眠れない夜は増えていく。

 人殺しが人生を楽しもうなんて、それじゃ殺された人間はどうなるんだ?
 こんな不平等な話があっていいのか?

 薪の心の底で、通奏低音のように鳴り続けているその責め言葉は、永遠にそこの住人になった親友の弾劾なのか、それとも罪の意識から逃れられない薪の弱さなのか。薪にはもう、判断がつかない。

 できることなら忘れてしまいたい。忘れて楽になりたい。
 鈴木のところに行けば、楽になれると思っていた。鈴木はいつだって、僕が必要とするものをくれたから。きっと今度も、くれるに違いない。僕が切望する、この罪に相応しい罰を。
 それさえ与えられれば、僕はもう苦しまない。何も考えず、彼に身を任せていればいい。もっとも、あの夢の内容じゃ、なにか考えてる余裕はないだろうけど。
 
 この世でしなければならないいくつかのことを済ませたら、鈴木のところへ行ける。きっと鈴木が迎えに来てくれる。自分はそれを心待ちにしていたはずだ。
 第九のことも目途がついてきて、その日も近いというのに。今の僕はこいつとの時間を失いたくなくて、刑の執行を先延ばしにしようとしている卑怯者になってしまった。
 そんな僕を、鈴木は見破っている。あの男が好きなんだろう、あの男に抱かれたいんだろう、と冷たい眼で責められた。
 それは違うと必死で言い訳したけれど。……本当は、自信がない。

 こいつに告られる前から、僕はずっとこいつのことを見てて。
 それは鈴木の面影を探していたつもりだったけれど、今となってはどこから気持ちが変化したのか、よくわからない。けど、今でも鈴木と見間違うこともあって、こんなどっちつかずの自分は浮気者みたいで嫌だけれど、たしかに僕はこいつと一緒にいるのが楽しくて。

 その証拠に、さわられても鳥肌が立たない。
 抱きしめられてもぞわぞわしない。
 キスはうっとりするくらい気持ちいい。

 そうやってこいつと触れ合うたびに、鈴木を忘れていく自分を感じていた。それが自分で許せなくて、僕は鈴木のことだけを愛していくのだと自分に言い聞かせて……言い訳だと分かっていても、僕にはそうすることしかできなかった。

 薪の髪を撫でていた大きな手が、背中に下りていく。腰の辺りをまさぐられて、薪は思わず肩を竦める。
 腕をとられて仰向けに寝かされる。くちびるにやさしいキスが降りてくる。耳元に熱い息がかかる。ぞくりと背筋を嫌悪感ではない何かが這い上がってくる。

 こいつに抱かれてしまえば、何か変わるのだろうか。
 こんな夢を見なくなるのだろうか。鈴木のことを忘れられるのだろうか。
 ……忘れていいのだろうか。
 
 鈴木のことを忘れて、新しい恋人と新しい人生をやり直す。そんなことが許されるのだろうか。
 それができれば、どんなにか楽だろう。
 身体の関係ができてしまえば、そうなっていくのだろうか。鈴木とのときもそうだった。寝たら、ますます鈴木のことが好きになって。
 関係を結ぶのは簡単だ。このまま目を閉じていればいい。こいつが勝手にやるだろう。
 
 久しぶりに触れる人肌はあたたかくて心地よくて、薪を安心させてくれる。
 このぬくもりが、ずっと欲しかった。
 鈴木が教えてくれて、でも途中で放り出されて。放置プレイの末にとうとう顔も見せてもらえなくなってしまった、非情な恋人。
 そんな冷たい恋人とは別れて、自分を熱愛してくれる新しい恋人と幸せになる。それのどこがいけないんだ。

 ……そんなことが許されないのは、分かっている。
 でも、一晩くらい。
 僕だって一晩くらい夢が見たい。幸せな夢が見たいんだ。
 
 僕を愛してくれる恋人と愛戯を交わす幸福な一夜。今夜だけでいいから、目を瞑っていて欲しい。
 明日になったらまた、鈴木の恋人に戻るから。鈴木に永遠の片恋をし続ける、いつもの僕に戻るから。
 今夜だけは……。

 薪は心に蓋をする。
 鈴木の声が聞こえない世界に、薪は自分の身を投げ出した。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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薪さん‥(T_T)

しづさん、お忙しい中のUP、おつかれさまです‥←何故か殊勝‥ショックでヘンに‥(笑)

しづ薪さんのあまりの心の傷の深さ、その闇の暗さに‥‥
愕然としました。
これじゃあ‥一夜だけなどと言ってる薪さん‥救われない。

どうしたらいいんでしょう‥
どんでもなく弾けた営みが必要ですね!!

‥がんばれっ!!青木っ!

これだけの心の傷を持ってたら‥
ちょっとやそっとでは‥いえ、一生この傷は持って生きなきゃなりません。
青木はそれを知った上で‥覚悟のうえで行為にでたのでしょうが‥

薪さんは‥今だけ、今夜だけ‥
なんという温度差!

なんだか哀しい‥
好きな青木と結ばれるというのに‥
薪さんの想いは哀しすぎる‥

でも‥ひとは変れる動物ですから
苦しみ以上の、その何倍も大きな愛情を
青木は薪さんに与えてくれるのでしょう。

それが薪さんの哀しみや苦しみを
全て消し去れないまでも、軽減してくれる―。

信じてますよ。勿論!!

その一歩として‥頼みますよ、すっごいの‥してあげてね(笑)

‥薪さーーーーん!‥溺れちゃってねーーーーーーっ!
と叫ぶ、ruruであった‥‥

失礼しました。



ruruさんへ

ruruさん、こんにちは♪
コメント、ありがとうございます。


> しづ薪さんのあまりの心の傷の深さ、その闇の暗さに‥‥
> 愕然としました。

ギャグ小説なんですけどね~。
でも、これがないと、うちの薪さんじゃないですから。

> これじゃあ‥一夜だけなどと言ってる薪さん‥救われない。

そうですね。
救われないと思いますよ。(あっさり)


> どうしたらいいんでしょう‥
> どんでもなく弾けた営みが必要ですね!!

ぶふっっっ!!
そうきますか!? あははは!さすがruruさんですね!(失礼)


> これだけの心の傷を持ってたら‥
> ちょっとやそっとでは‥いえ、一生この傷は持って生きなきゃなりません。
> 青木はそれを知った上で‥覚悟のうえで行為にでたのでしょうが‥

青木くんは、覚悟を決めてます。
『鋼のこころ』で、岡部さんに諭されてますから。あのお話は、青木くんの決心を固めるためのエピソードだったんですよ(^^


> なんだか哀しい‥
> 好きな青木と結ばれるというのに‥
> 薪さんの想いは哀しすぎる‥

でしょう?
こんなのダメ、って思いますよね。


> でも‥ひとは変れる動物ですから
> 苦しみ以上の、その何倍も大きな愛情を
> 青木は薪さんに与えてくれるのでしょう。

> それが薪さんの哀しみや苦しみを
> 全て消し去れないまでも、軽減してくれる―。

分かってくださって嬉しいです。
はい、薪さんの苦しみも苦悩も、青木くんの愛情で和らげてあげて欲しいです。
そして、自分から幸せになろうと努力することが青木くんの愛情に応えることだと、薪さんに早く気付いて欲しいです。


> その一歩として‥頼みますよ、すっごいの‥してあげてね(笑)

すっごいのって(笑)
無理です、うちの薪さんはビギナーですから。もう、17年もしてないんですから。


> ‥薪さーーーーん!‥溺れちゃってねーーーーーーっ!
> と叫ぶ、ruruであった‥‥

いや、だから無理ですってば!(笑)

うーんと・・・・ruruさん、ゴメンナサイね。とりあえず、謝っときます。理由は聞かないでください(^^;

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Sさまへ

Sさま、コメントありがとうございます。
お返事遅くなってすみません。大掃除してました。(^^;

えっと・・・・
まあ、見事に2番まで作ってくださったんですね。驚きました!
うちみたいなギャグ小説にあんな素敵な歌のイメージをつけていただくなんて、恥ずかしいやら岩崎○美さんに申し訳ないやら。
でも、うれしかったです。わたしもこの曲は大好きで、薪さんを安眠させてあげたい、と思ったときに、真っ先に頭に浮かびましたから。
ありがとうございました。


出入り禁止なんて、とんでもない!
こんな長いばっかりで欠伸が出ちゃいそうなお話、お付き合いいただけるだけでもありがたいです。どうかこれからも、よろしくお願い致します。

あ、それと、壮絶と凄絶の違い・・・・
辞書引いて調べました。なるほど、初めて知りました。ひとつ利口になりました!
って、SS書きがそんなことでいいのか!?

・・・・・バカがSS書いててすみません・・・。

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Aさまへ

Aさま。

ご迷惑掛けました。m(̠̠)m
1月末に、拍手機能のメンテナンスがあったみたいなんですよ。 その影響が残ったようです。


> 原作の薪さんも第九の為、自分の出来る限りのことをして鈴木さんの迎えが来るのを待ってる感じでしたね(;;)

わたしも最初はそう思ってて、だから薪さんは何の楽しみもなく人生を消化しているだけなのだと考えていました。 仕事も好きでやっているわけじゃなくて、鈴木さんが称賛していた仕事だったから。
でもね、
滝沢さんに、「今は楽しそうに伸び伸びと仕事をしている」と言われてて、あれっ、と思った。 部下たちと一線を置いている様子だったのも、彼らを危険に巻き込まないため、彼らを守るためだったと知って、薪さんが他人を大切に想う気持ちを失くしていなかったことが分かった。
そんな風に大事に思える人たちがいて、その人たちに囲まれて仕事ができるの、不幸じゃないよね? 薪さんもそれを解っているはず。 

彼は絶望だけに支配されていた訳ではない、孤独は感じていたかもしれないけれど、死にたいとまでは思っていなかった。 わたしが考えたほどに薪さんは自分の人生に絶望してはおらず、ちゃんと生きがいを見い出していたのだな、とエンドゲームを読んで、思い直しました。


> (青木さんは)薪さんに生きてる幸せを感じて欲しくてあの手紙を書いたのですよね。

そうですねえ。 それは、とってもいい話ですねえ。

いや、わたしアレ読んだとき、青木さんは薪さんの人生から自分が締め出されるのが嫌で形振り構わず縋りついたんだと思った。 仕事がダメならプライべートだっ! みたいな感じで、もうむりくり。(笑)
だってあの手紙、薪さんの都合も当時の女性関係も、何も知らないで書いたんでしょう? 2年も経ってるの、将来を誓った相手ができててもヘンじゃないよね? でも我慢できなくて送りつけちゃった。 すごく身勝手な行為、でも、
それが恋だよっ!!
相手の都合なんか考えられない、自分の思いだけで手一杯、それが恋ってもんですよ! 青木さん、ブラボー!!

道徳のテストだったら「相手の都合を考えましょう」ってバツが付くと思うけど、ごめんなさい、二次創作の傾向からも分かるように、わたし、キャラが人格者揃いで正しい事ばかりしてる話って面白いと思えないので。
ダメ出しの連発で、でも一生懸命に生きてる人が好きです。


> 愛するものがある喜びを感じてもいいのだと(薪さんが)少しずつ自分を許せるようになればいいな、と思いますね。

エピローグの薪さんの最後の涙は、まさにそういう感じでしたね。
あれは赦しの涙だったんでしょうね。 自分が人を愛してもいいって、肯定できた。 そのタイミングで届く青木さんの手紙。 青木さん、ミラクルだなww。


プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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