ラストカット 後編(15)

ラストカット 後編(15)





 やさしい風が、桜の枝と薪の髪を揺らす。薄紅色の花びらが、薪の肩にふわりと落ちる。
 2年前と同じ場所。同じ桜。
 同じ人間なのに、ふたりの関係だけは2年前とはまるで違っていて。
 それは正にここから始まったと、自分にとってはここがスタート地点だったのだと、青木は言った。
 薪には初耳だ。そんなに前から自分を見ていたなんて、夢にも思わなかった。

「あなたを好きになって、2年経ちました」
 いろいろなことがあった2年だった。
 事件の爪痕も生々しい薪には、辛い日々だった。その中で、この新人と過ごす時間は、薪にとっては唯一の光だった。
 
「答えを、聞かせてもらえますか?」
 この時間を失ってしまうのは、薪にすべての楽しみを捨てろというのと、もはや同義語だ。
 なんの喜びも見出せない人生に戻る―――ただ、鈴木が迎えに来てくれるのを待つだけの人生を再び歩き出すことは、身を裂かれるような思いだ。

 知らないうちは、それでも良かった。青木が自分に近付いてくる前は、鈴木のことだけを考えて一日を過ごすことに、何の不満もなかった。
 それがこいつに押しかけられたり連れ回されたりして、始めは迷惑していたはずなのに、薪はいつの間にかそれを心待ちにするようになっていた。
 映画を見たり食事をしたり、ただ街をぶらついてみたり。そんな当たり前の友達付き合いが、楽しくて楽しくて。
 本当はこの小旅行だって、前の晩は眠れないくらい楽しみだったのだ。

 あのワクワクもドキドキも、ぜんぶ無くなる。
 それはもう、生きているとは言わない。

 青木の視線を受け止めて、薪は腹の底に力を込める。しっかりと相手を見て、はっきりと答えを告げる。
「僕の気持ちは変わらない」

 つややかなくちびるが動いて、淀みなく言葉が出てくる。
 何度も言おうとして言えなかった答え。分かりきっていた答えなのに、言葉にしてしまったらこの関係は消えてなくなる。居心地のよいこのポジションは、誰か他のひとに取って代わられる。それが怖くて、言い出せなかった。

「僕には鈴木がいる。おまえの気持ちには、永遠に応えられない」

 ……言えた。
 最後まで、ちゃんと言えた。
 これで終わった。きっちりと片が付いた。
 2年もかけて口説いたのに、振り向きもしなかった冷たい男の事なんか早く忘れて、新しいひとを見つけて欲しい。

 薪の最終通告に、青木は何故か微笑みで応えた。
「じゃあ、オレも諦めなくていいんですね」
 ……こいつ、耳がおかしいのか。
「ダメだって言っただろ。僕には鈴木が」
「鈴木さんはもういません」
 分かってる。
 でも。

「いる。ちゃんといる。僕のこころの中に、鈴木は生きてる」
「それは生きてるとは言いません」
 青木の言い分が正しい。たしかにこういうのは、生きているとは言わない。
 でも。
「鈴木さんは死んだんです」
 知ってる。僕が殺したんだから。
 でも!
「生きてても死んでても関係ない! 僕は鈴木のものなんだ。髪の毛1本まで、ぜんぶ鈴木のものなんだ!」
「関係なくないでしょう。死んだ人と、どうやって恋愛するんです? キスは? セックスは? ぜんぶ薪さんの想像でしょう? そんなひとりよがりの恋愛、鈴木さんだって迷惑ですよ」
 そんなことは分かってる。
 でも、ひとにそれを言われると腹が立つ!

「うるさい!!」
 薪の大声に驚いたカップルが、そそくさと席を立つ。これでは昨日の酔っ払いと変わらないが、薪には声を抑えることができなかった。
「自分のすべてを鈴木さんに捧げるってことですか? 鈴木さんは薪さんに、そんなこと望んでません」
「おまえに何がわかるんだ!? 鈴木と会ったこともないくせに。僕は鈴木の親友を15年もやってたんだぞ。鈴木のことなら、自分のことのようにわかるんだ!」
 青木は額に手を当てて上を向き、これ見よがしに大きなため息をついた。
「本当に何にも分かってないんですね。勘違いの天才ですものね、薪さんは」
 なんて失礼なやつだ。
 確かに長野では、笑われても仕方のない勘違いをしてしまったけれど。

「薪さんは何も分かってません。鈴木さんの気持ちも、自分のことも。思い込んで解ったような気になってるだけです。鈴木さんとは親友だったって言ってるけど、それも怪しくなってきましたね。薪さんがそう思ってただけじゃないんですか?」
「なんだって!?」
 そこまで言われる筋合いはない。
 たしかに僕は思い込みが激しいのかもしれないけれど、だからってなんでこいつに鈴木との友情まで疑われなきゃならないんだ。
 
「僕と鈴木は本当に仲が良かったんだ。お互い、かけがえのない友だちだったんだ」
「それは認めます。おふたりの友情は本物でした。でも、鈴木さんの薪さんに対する気持ちは、薪さんが考えているのと少し違ってたみたいですけど」
 まるで鈴木に会って、彼の気持ちを聞いてきたかのような口ぶりだ。その根拠はどこから来るのか、薪には見当もつかない。
 
 青木は、確たる証拠も無くこんなことを言う男ではない。何の目的も無く、ひとを傷つける言葉を使う男ではない。
 青木のやさしさは、薪がいちばん良く知っている。想いを告げられてからの1年半――いや、一昨年の春からの2年。薪はずっと、そのやさしさに包まれてきたのだ。

「なにか、知ってるのか」
 薪の問いかけに、青木は哀しそうな眼で薪を見た。
 まるで、傷つけられたのは自分だとでも言いたげな表情。言いたい放題言ったくせに、なんでこっちが加害者意識を味あわなければならないのだ。
 
「着いてきてください。鈴木さんの本当の気持ちを見せてあげます」
「鈴木の……?」
 薪の返事も聞かず、青木は薪に背を向けて歩き出した。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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鍵拍手の・・・さまへ

こちらに鍵拍手いただきました、・・・・さまへ。

えっと、鍵のお気遣いに感謝します。ありがとうございます。

ご質問の件ですが。
・・・・・・首を振ることも頷くこともできない心情です。
今の状態に限って言えば、好きじゃないです。
でもって、期待していない、と言うのは当たってます。何回も裏切られて、(これは恋愛問題と言うよりは、事件のことや他の色々な部分で)疲れちゃいました。それが現れてしまったんでしょうね・・・・。
だけど、読んだ方の中には不愉快に思われる方もいらっしゃいますよね。ごめんなさい。気付かせてくださって、ありがとうございました。これから気をつけます。
(・・・・さまが、そういうつもりでコメをくださったのではないことは分かっていますが、こういうのって大事なことなので。きちんとお返事するべきだと思いました。)

それと、こちらに書いてる創作は、わたしの理想ではありません。
イヤですよ、こんな誤解ばっかりしてる薪さんなんか(笑) 笑えるように、こういう設定にしてるだけです。(←この時点で二次創作者失格)
わたしの理想は、かのんさんのとこのお二人みたいに、何も言わなくても通じ合うおしどり夫婦のような関係です。素敵ですよね。(//∇//)

わたしって、原作に求めるものと、二次創作に求めるものと、自分が書くものがバラバラなんです。だからコメレスで言ってることがちぐはぐに・・・・・(^^;

面倒なやつですみません。
・・・・さまには、いつも感謝してます。
これからも見捨てないで、よろしくお付き合いください。(^^

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鍵コメいただきました、・・・・さまへ

あけましておめでとうございます♪

・・・・・どこのどいつだっ!?
ええいっ、キリキリ白状せいや!!!


失礼しました。
今年もよろしくお願いします。
後ほど伺います。(^^

Mさまへ

鍵拍手いただきました、Mさまへ

>しづさんとこの青木さんがとても魅力的なのは、例えば、ぬるま湯だとか、はっきりさせないモラトリアムな状態をつい人は逃げ場所にしてしまいがちですが、敢えてそれをなさらないところだと思います。


ここの青木くんは、はっきりさせる方を選びました。
そうしないと、薪さんの苦悩を解消することはできない、と思ったんでしょうね。それによって、彼の愛情を得ることが絶望的になっても、薪さんを救うほうが大事だ、と考えたんですね。

・・・・・・このころの青木くんて、いい男だったんですね。
3部に入ってからの彼は、なんだかなあ・・・・戻りたくなってきました(^^;

Aさまへ

Aさま。

青木さんの計画は、第九ならでは、というものです。 せっかくの設定、使わなきゃソンだと思って。


> 原作の薪さんは何か楽しむことさえ、自分に許してなかったように思えます。

そうなんですよね。 それがとっても可哀想で。
本当に、自分と言うものを捨てていたんでしょうね。 あの時、一度、死んじゃったんだろうなあ。
そんな心境で他人を守ろうと思えるの、立派ですよねえ。 聖者のよう。
(他人を拒絶してたようにも見えたのですけど、これはわたしの間違いでした。 守ってた。)

青木さんが天使で薪さんが聖者なのかな。
青木さんは薪さんに赦しと祝福を与える役だし。 
ビジュアル的には逆ですけど☆

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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