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ジンクス(4)

ジンクス(4)








「申し訳ありません」
 明るい日差しが差し込む捜査一課の応接室で、薪は何度目かの謝罪の言葉を口にした。
 薪の謝罪を受けて革張りのソファにふんぞり返っているのは、もちろん三田村部長だ。太い腕を組み、突き出した腹の上に乗せている。小さな藪睨みの眼が、深く頭を垂れる薪の姿をじっと見据えている。

 あの後薪は、第九から所長室に直行し、データを消去してしまった旨を田城に説明して三田村に連絡を取ってもらった。所長と共に謝罪をして、データの再取得を頼もうと考えていたのだが、当の三田村に捜一の応接室に一人で来るよう命じられた。
 応接室といっても、捜査一課の部屋の一角に応接ソファを置いただけの代物である。薪の謝罪の様子は、捜一の面々から丸見えだ。要は、生意気な第九の室長が滅多に下げない頭を下げる場面を晒し者にしてやろう、と言う三田村の趣向なのだ。

 そもそも、第九と捜査一課は仲が悪い。
 昔は薪も捜一の人間だったのだが、その頃とはすっかり人が入れ替わってしまって、薪の顔見知りは一人もいない。いるのは全体会議でいつも険悪な雰囲気になる課長の池沢と、顔を合わせれば嫌味の応酬になる捜一の現在のエース竹内警視とその一派である。
 つまりここは、薪にとって四面楚歌―――― できれば立ち入りたくない場所だ。
 三田村は警察庁の人間なのだから、なにも捜査一課で薪の話を聞く必要はない。が、三田村と刑事部長の池上は仲がよく、その関係で捜一にもよく出入りしている。
 第九排斥派の捜一と三田村は話が合う。両者にとって、薪は『共通の敵』というわけだ。

「えらいことをしてくれたな。あのデータを友人から回してもらうのに、わしがどれだけ苦労したと思っとるんだ」
 頭を下げた姿勢のままの薪を傍らに立たせておいて、三田村は先刻からずっと非難の言葉を繰り返している。
薪には返す言葉もない。今回のことは、確かにこちらのミスだ。
 しかし、薪は頭を下げながらも別のことを考えている。何かと風当たりの強い第九の室長ならではの特殊能力だ。

―――― そういえば、今朝のコーヒーは美味かった。
 キリマンジャロAAって言ってたな。香りが良くて後味がすっきりしてて、朝にぴったりのコーヒーだったのに、まだ半分も飲んでなかった。もったいないことをしたな。
 それにしても、青木が淹れるコーヒーは美味いな。他のやつらが淹れてくれるのより遥かに美味いし、もしかしたら喫茶店のコーヒーよりも上かもしれない。第九のバリスタと呼んでやったら、どんな顔をするかな。
 そうだ、あいつ昇格試験に合格したんだっけ。岡部に言って、簡単な祝賀会の席を……。

 神妙な顔でそんなことを考えている。まったく、不遜な男である。が、三田村のほうもかなり陰険だ。その私情に偏った叱責を、真面目に聞くこともない。どっちもどっち、ということになるだろうか。
「本当に申し訳ありません」
「どうも君の謝罪には心がこもっていないな」
 それはそうだろう。込めた覚えもない。

……薪は人間として、少し道を間違えている。かつての親友がここにいたら、そう諭してくれるだろう。

「君は心の中で、周りの人間をバカにしとるだろう。自分が人より多少早く出世したからといって、それが自分ひとりの功績だとでも思っているのかね」
 周りの人間を見下したことなどない。バカだと思っているのは、あんたのことだけだ。
「そんなつもりは。お気に障ったのでしたら謝ります」
 言葉だけは丁寧に謝罪を繰り返すが、こういうことは何となく相手に伝わってしまうものだ。その証拠に三田村の怒りは、薪が謝れば謝るほど大きくなっていく。
「だいたい横柄なんだ、君は。謝罪というのは相手の目の高さより下に自分の頭を持ってくるものじゃないかね」
 低いソファにふんぞり返っている三田村より頭を低くしようとしたら、床に膝を着くしかない。土下座して謝れ、ということか。

 なるほど。
 第九の室長が土下座するところなど、そうそう見られるものではない。それで捜一を舞台に選んだというわけか。ここならそれを喜ぶものこそあれ、止めるものなどいない。
 三田村の子供じみた嫌がらせに、反吐が出そうになる。こんなやつが警視長だなんて世も末だ。やはり昇格試験が導入される以前のエスカレーター式の昇任制度には問題がある。
 周囲の視線もあからさまなもので、中には伸び上ってこちらを覗いている者までいる。捜査一課の人間なんて、ろくなもんじゃない。少なくとも第九には他人の困惑を喜ぶような、こんな卑しい人間はいない。

 軽く嘆息すると、薪は呆れるほど素直に膝を折った。それはとても優雅な動作で、まるで日本舞踊の舞のような麗しい姿だった。
 床に額づいても、凛とした雰囲気は変わらない。屈辱に身を震わせる薪の姿を期待していたであろう三田村が、苦い顔をする。周囲の人間も呆気に取られた表情をしており、ここまでやらなくてもいいだろう、という小さな呟きも聞こえてきている。
 薪にとっては、土下座なんか何でもない。今回のように形だけの土下座で潰れてしまうほど、薪のプライドはやわではない。
 長いこと第九の室長をやっていれば、こんなことはいくらでもある。
 何ヶ月か前、MRI捜査に偏見を持った遺族から脳を貰い受けたときなど、地面に土下座した上にバケツで水を掛けられた。それでもなお、地べたに頭をこすりつけて被害者の脳を預からせてもらったのだ。あらかじめ遺族に了承は取ってあるのだが、実際に現場に行ってみるとそういうことは珍しくない。
 だからといって慣れるものでもないが、騒ぐほどのことでもない。薪もすでに、人生の修羅場はくぐってきている。その凄惨さは、並みの人間には計り知れない。

「どうか、もう一度だけ。お願いします」
 亜麻色の短髪が下方に流れて、普段は見ることのできない襟足がのぞく。
 その白さと、ぞくりとするような色香。三田村は、新しい計略を思いついてほくそ笑んだ。

「今夜、その友人に会うのだが、君も来たまえ」
 床に膝を着いたまま、薪は顔を上げた。
 その友人、というのは厚生省にいる三田村の同期のことだろう。当然、薪とは面識がない。
「私がですか?」
「直接、君が彼に頼むんだ。君の口から事情を説明して、彼に謝罪したまえ。もちろん、わしも一緒に行ってやる」
 おかしな注文だが、それでことが済むなら薪に異存はない。相手は厚生省の役人だから料亭くらいは押さえなくてはならないだろうが、経費で落ちるだろうか。
「わかりました。会食の席はどちらに?」
「いや。これは友人としての付き合いだから、余計な気遣いは無用だ。8時に麻布の『寂洸』という料理屋で待っている」
 接待費と言う名目で自分の娯楽費用を賄う警察官僚が多い中、公私にきちんと区別をつける三田村を、薪はほんの少し見直した。
「では8時に」
 膝を着いたときと同じくらい優雅に立ち上がって、三田村に再度一礼すると、薪は捜査一課を後にした。

 今夜、8時。麻布の寂洸。
 岡部の約束と、見事にブッキングしてしまった。仕方がない。岡部のほうは明日にしてもらおう。カレーが腐らないといいのだが。
 なんなら今日は、青木の合格祝いをやってやればいい。おそらくこのミスのことでへこんでいるだろうから、元気付ける意味でも一石二鳥だ。

 褒賞金用の新札はあったかな、と考えながら薪は捜査一課のドアをくぐる。
 その背中を見送る険悪な瞳。現在の捜一のエース、竹内警視である。

「麻布の寂洸って……やばくないですか?」
 現場でいつもコンビを組んでいる部下の大友が、ためらいがちに呟く。お人好しの部下は、あの生意気な室長を心配しているらしい。
「別にいいだろ。そうと決まったわけじゃないし」
 部下の老婆心を笑いつつ、しかし竹内の心境もまた複雑だった。
 竹内は、薪が第九へ行った2年後に捜査一課に配属になった。ノンキャリアの先輩たちは、キャリアの竹内を敵視しており、初めの頃はかなりのイジメにあった。
 第九の室長として捜一から転属した薪も当然キャリアのはずだが、彼の才能はあまりにもずば抜けていたため、妬みの対象にもならなかったと言う。薪の偉業をさんざん聞かされ、同じキャリアでもずい分ちがうとか、キャリアならあのくらいやってみせろとか、ことあるごとに比べられて、すっかり薪のことが嫌いになった。

 先輩の中でただひとり、竹内を薪と比べなかったのが岡部靖文警部だ。
 岡部は、薪が第九へ行った1年後に捜査一課に配属された。懐の大きな男で、自分がノンキャリアであるにも関わらず、竹内のことを後輩として可愛がってくれた。捜一の中で唯一、尊敬できる先輩だった。
 それが昨年のあのセンセーショナルな事件の直後、岡部は第九に引き抜かれた。最初本人は嫌がっていて、竹内にはすぐに捜一に戻ってくると言っていた。
 ところが、第九に入って1月も経たないうちに、どんな手管を使ったものか、岡部は薪に取り込まれてしまった。1年を経た今では、第九の室長の懐刀とまで呼ばれている。
 キャリアのプライドをズタズタにされて、たったひとりの敬愛する先輩を奪い取られて、竹内の薪に対する憎しみは膨らむ一方だった。

 だが、竹内には、岡部に教えてもらった大切なことがあった。
 警察官としての心だ。
 キャリアもノンキャリアも、同じ警察官であることには変わりない。正義を貫く心。市民を守る心。公僕たるものの責務を全うすること。岡部と一緒に捜査ができなくなっても、それは竹内の中に確かに息づいている。

 先刻の三田村の子供じみた振舞いは、竹内の目にも苦々しく映った。
 薪のことは大嫌いだが、別にあんな姿を見たところで溜飲が下るわけでもない。だいたい、薪はちっとも悔しがってなどいなかった。髪の毛ひとすじ乱さずに、優雅に土下座してみせた。あれでは三田村の狭量さが強調されただけだ。
 それはきっと、当の三田村にも解っていたに違いない。だから『寂洸』なのだ。
 あそこは見かけは高級料亭だが、そういう目的の場所だ。必ずしもそうとは限らないが、可能性は高いと思われた。
 しかし、だからと言って三田村に逆らってまで薪のことを案じる義理はない。汚いやり方だと思うが、別に実害があるわけでもないだろう。とりあえず、何をされても子供はできない。女のような顔をしているくらいだから、もしかすると薪もまんざらではないかもしれないし。
 でも、そうすると逆に今度は、あの生意気な室長の弱点を握ることができる。そういった趣好を持っているとしたら充分脅しのネタになるし、写真でも撮っておけば一生飼い殺しにできるだろう。
 まさか、そこまではしないと思うが……わからない。

「どうなってもいいさ、あんなやつ」
 苛立ちも迷いも投げやりな言葉と一緒に吐き捨てて、竹内は書きかけの報告書に視線を戻した。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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