ラストカット 後編(16)

ラストカット 後編(16)





 彼らが行きついた先は、ふたりの職場だった。
 科学警察研究所法医第九研究室。
 ふたりはここで出会って、ゆっくりとその距離を縮めてきた。ふたりが一緒にいる時間は、此処でのものがいちばん多かった。
 顔見知りの守衛が正門の鍵を開けてくれて、ふたりは休日の研究所へと足を進めた。他の研究室には物好きな、あるいは已むに已まれぬ事情をもった研究員たちがいるらしく、明かりのついているフロアもあったが、日曜の夜の第九に人影はなかった。

 モニタールームに入り、青木はMRIシステムの電源を入れた。自分のモニターを起動させ、12桁のパスワードを淀みなく打ち込む。
 10桁以上のパスは、特定の脳データにアクセスするときのものだ。暗記しているところを見ると、青木は今までに何度もその脳を見てきたと思われる。
 キーボードの上を滑る青木の指はかなり速かったが、薪の優れた動体視力はその動きを見逃さなかった。

「そのパスワードは、鈴木の」
「はい。鈴木さんの本当の気持ちは、もうここでしか見られませんから」
「鈴木の脳は前にも見た。おまえが見せてくれたんじゃないか」
 また同じものを見せる気でいるのだろうか。
 鈴木が、薪の罪を隠蔽しようとしてくれたことは分かっている。それ以上の秘密が、あの画像には隠されていたとでも言うのだろうか。

 モニター画面にデータの転送状態が、棒グラフとパーセンテージで表示される。
 転送速度が、ひどく遅い。データが膨大だとこうなるのだが、そんなに大量のデータを鈴木の脳から引き出して、何をする気なのだろう。
 薪は、青木の隣の席に座った。データの抽出は長引きそうだ。
 青木は席を立って、給湯室へ向かった。ほどなくコーヒーを持って帰ってくる。差し出された飲み物を、薪は断った。飲んだり食べたりできる心境ではない。

「薪さん。オレの質問に正直に答えてくれますか」
「それは質問の内容による。僕は室長だ。捜査上の秘密は、部下にも言えないことがある」
「大丈夫です。仕事のことじゃありません」
 青木は苦笑した。ここに来て、初めて見せた笑い顔だった。あの公園から、青木はずっと哀しい顔をしていたのだ。
 しかし、その笑みはすぐに消えた。また辛そうな表情になって、薪の顔をじっと見つめる。

「鈴木さんは、薪さんのことを恨んでると思いますか?」
「……わからない」
「鈴木さんのことなら、何でもわかるんじゃなかったんですか?」
 青木の言葉に、薪はくちびるを噛んだ。
 本当は、分かっている。でも、それを言葉にはしたくない。
 言葉にしたら、その事実が確定してしまう。そうしたら自分は平静ではいられない。こころが乱れて、またこいつの前で醜態をさらしてしまうだろう。
 青木はそれを理解しているはずだ。解っていてこんな――こいつはこんなに意地の悪いやつだったか。

「薪さんてほんと、口ばっかりなんだから」
 ……言えばいいんだろ、言えば。
「恨んでるさ」
「どうしてそう思うんです?」
 青木の質問に、薪はムッと眉をひそめる。
 自分で仕向けておいて、『どうして』もないものだ。
「どうしてって、当たり前だろ。自分を殺した相手を憎まずにいられるような人間が、この世にいると思うか?」

 ずきりと胸が痛む。
 傷口が開くのがわかる。
 言葉の刃は薪の胸に突き刺さって、じわりと見えない血を流す。

「オレならあの状況であなたに殺されても、あなたを恨んだりしません。例え薪さんが撃たなくても、鈴木さんは誰かに射殺されてた可能性が高いです。
 鈴木さんは拳銃を保管庫から強奪して、職員を3人も傷つけてます。明らかに錯乱状態でした。薪さんは知らなかったかもしれませんけど、他の職員の人命を最優先に考えて、射殺許可が出されていました」
 知らなかった。
 あの時は拳銃の携帯許可が出て、薪は信じられない思いで田城から拳銃を受け取った。
 研究所長では、射殺許可は出せない。出せるとしたら、上層部か警視総監だ。
 しかし、青木が警察庁に勤務し始めたのは2年前の10月からだ。あの事件が起きたのは8月。青木が、その当時のことを知っているはずがない。
 
「なんで僕が知らないことをおまえが知ってんだ。おまえ、そのときはまだ警大にいたはずだろう」
「竹内さんに聞きました。正確には、許可待ちの状態だったらしいですけど。でも、許可は時間の問題だったろうって言ってました」
 捜査一課の竹内と青木は仲がいい。バカはバカ同士で、話が合うのかもしれない。

「他のひとに殺されるくらいなら、あなたの手にかかって死にたい。オレだったらそう考えると思います」
「それは、おまえが僕に特別な感情を抱いているからだ。好きな人と心中するんだったら話は別だけど、この場合はそうじゃない。室長の僕が、部下の鈴木を撃ち殺したんだ」
「心中?」
 薪の例え話が可笑しかったのか、青木はひどく驚いたような顔をした。
「それは気が付かなかったな……そうかもしれませんね。無理心中だったのかも」
「なんのことだ?」
 青木の言うことが意味不明なのは今に始まったことではないが、今回は分かるまで説明してもらわなければならない。鈴木のことだけは、おざなりにするわけにはいかない。

「鈴木さんも、オレと同じ気持ちだったとしたら?」
 あまりの馬鹿馬鹿しさに、笑い出したくなる。
 こいつは何も知らないのだ。鈴木の本当の気持ちを教える、なんてただのはったりだったのだ。
「おまえのくだらない当て推量を聞きにきたわけじゃない。そんなことなら、僕は帰る」
「当て推量じゃありません。それに、オレは話を聞かせたくてあなたを第九に連れてきたわけじゃありません。見せたいものがあったから」

 モニターのゲージがやっと100%になって、画が映し出された。
 それは、このモニタールームの画だった。職員がモニターを覗き込んで捜査をしている。職員は旧第九のメンバーだ。つまり、これは鈴木の画だ。
 右の奥に、薪の姿がある。他の職員たちが背景の一部に紛れてしまっているのに比べて、薪だけは輪郭がくっきりと映っている。ちょうど薪に焦点を合わせた、カメラアングルのような具合だ。
 きりっとした横顔は、厳しい捜査官の顔つきだ。しかしそれは、殊のほか美しくて――周囲の空気が微光を発しているかのように、淡く輝いて見える。

「長野で遭難しかかったときに、あなたより先に眠ってしまったはずのオレが、どうして目を覚ましたのか。不思議がってましたよね」
 青木の話は、あちこちに飛ぶ。
 こんな風に報告書を上げてきたら、目の前でびりびりに破り捨ててやるところだ。
「薪さんは、どういう解釈をつけましたか?」
 薪も一応、仮説は立ててみた。だが、それはあまりにも現実離れしていて、口にするのは憚られた。

「鈴木さんが助けてくれたんだ、と思いませんでしたか?」
「おまえもそう思うか?」
 青木の意見が自分と同じだと解って、薪は自分の仮説に自信を持った。あまりに非科学的なので、言葉にすることを躊躇っていたのだ。
「あのとき鈴木に頼んだんだ。おまえだけは助けてくれって。やっぱり、鈴木がおまえのことを起こしてくれて」
「なにバカなこと言ってんですか。第九の室長ともあろうものが、オカルト話を真に受けてどうするんです」
 自分で言い出しておいて、青木は薪の仮説を鼻で笑い飛ばした。なんてムカツクやつだ。

「おまえが今」
「オレ、あのとき本当は起きてたんです」
「……起きてた?」
「もちろん、身体は動きませんでした。でも、薪さんが言ってることは全部聞こえてたんです」
 聞かれていた?
 夢中だったから何を言ったか憶えてはいないが、とにかく青木を助けてくれと頼んだ。自分のことはいいから、こいつだけはと。

「オレ、実を言うと、本当にあそこで薪さんと一緒に死んでもいいと思ってたんです。ちょっと他の人から言われたこともあったりして、けっこう思いつめてたんで。薪さんと一緒になれるとしたら、この方法しかないのかもしれない、なんて……。そんな風に思ってたら、どうしても生き抜いてやるって気力が萎えてしまって」
 あんな暢気な顔をして、そんなことを考えていたのか。ひとの心というものは、他人からは解らないものだ。
「でも、薪さんの言葉を聞いて、このままこのひとを死なせるわけにはいかないって思ったんです」
 薪は、そのときの自分の言葉を思い出そうとした。
 自分は何を言ったのだろう。青木を助けること以外、何か鈴木に頼んだだろうか。

「オレ、ずっと不思議だったんです。どうして鈴木さんは薪さんに発砲したんだろうって」
 また話が飛ぶ。
 いい加減、厭になってきた。

「僕を殺したかったからだろ」




*****



 お話の中の『鈴木さんが拳銃を強奪した』というくだりは、原作とは違います。
 原作では第九には独自に捜査権が与えられており、拳銃も装備している、という設定ですよね。
 勝手に原作を曲げてすみません。鈴木さんの罪を増やしてすみません。
 その他にも、なんかすみません……。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。

いつのレスだですみませんー! すっかり放置癖が着ry。
えーとえーと、
もう何をコメントされたかも忘却の彼方だと思うのですけど、お返事です。


> 私も青木が貝沼事件以前の鈴木さんの記憶を薪さんに見せてあげる、という妄想をしたことあります。

Aさんもですか~。
わたしも、薪さんには、自分が鈴木さんにいっぱい愛されてたこと、知って欲しかったです。 


>青木って、ヘリが落ちそうになった時「薪さんと心中ならいいか」て言ったんですよね。

1巻からこの調子でしたものね。
拳銃構えた薪さんに丸腰で向かっていくなんて、彼にとっては普通のことだったんですねwww。


>薪さんが鈴木さんと同じ状況になるとは夢にも思わなかった!!

びっくりしましたね~。
先生は、敢えて、鈴木さんの時と同じ状況を作りだしたんでしょうね。 その上で、薪さんに鈴木さんのことを乗り越えさせるおつもりだったのかしら。

なんで薪さんが「僕を撃て」と言ったのか、色々考えたんですけどね。 あの時は精神的に崩壊してて、薪さんは自分のことでいっぱいいっぱい、青木さんに殺人者の苦悩を残す事まで考えられなかったんでしょうけど、
それ以前に「青木に殺されたい」と願ったのは、それが因果応報だと考えたのかなあって。
青木さんの顔立ちや考え方、雪子さんを好きになったこと、みんな鈴木さんを踏襲するようでした。 その青木さんに殺されたら、ようやく罰を受けることができて、楽になれると思ったのかなあって。
当時の薪さんのお心を思うと、苦しくなります……。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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