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ジンクス(5)

ジンクス(5)






「薪さん、捜一で土下座させられたみたいだぜ」
 早耳の小池が、ひそひそと囁いた。
 昼時のカフェテリアは混みあっていて、ざわめきの中に秘密の会話を紛れさせてくれる。

「えげつないよな、三田村って。なんであんなのが警視長なんだろな」
「いくら薪さんが天才でも、上役には逆らえないもんな」
「それって、オレのせいですよね」
 小池に曽我に青木。第九の3人組は、一緒にランチをとることが多い。
 時には街に出て行列のできる洋食屋に並んでみたいと思うが、時間の制約もあって、大抵は研究所内の職員食堂を利用することになる。特に豪華なメニューは置いてないが、ここの定食は野菜をたっぷり使っていて栄養バランスもいい。しかも安くておいしい。社会人1年生の青木には嬉しい食事処だ。
 いつもなら2人前をぺろりと平らげる青木が、今日ばかりは食事にほとんど箸をつけていない。あのミスのせいで、青木はすっかりしょげているようだ。
 
「まあ、気にすんなって。そのうち薪さんが警視長に昇任して、三田村と同じ階級になるまでの我慢さ」
 小池が青木の背中を叩いて、ことさら明るく笑う。
 シニカルな外見によらず、青木のことをいつも気遣ってくれる。いい先輩なのだ。
「あと何年だっけ。薪さんが警視長の昇格試験、受けられるの」
 青木が今回警部の昇格試験を受けたように、薪も警視正から警視長に昇任するためには、警視長用の昇格試験を受けなければならない。それは警部用の試験より何倍も範囲が広く、さらに専門的な知識も要求される。
 法規、実務、裁判の判例。世界情勢や果ては医学部門まで幅広い分野から出題される試験は司法試験より遥かに難しく、その合格率は1%に満たない。何を考えてここまで難しいものを作ったのか不明だが、その試験を1回でパスした者はまだいない。

「薪さんて確か27のときに特例で警視正になってるから、10年の実務経験を足して37。あと2年か。って、40前の警視長かよ。すげえな、それ」
 警視長に昇任できるのは旧態の自動昇任制度の場合、最短でも45歳以上である。
 もちろん、昇格試験導入以前に入庁したキャリアたちも、薪のように特別承認を受けて試験に合格すれば昇任できるのだが、まだそういった方法で警視長に昇任したものはいない。
 何ヶ月も徹夜で勉強しなければ受からないような試験を受けずとも、一定の年齢になれば自動的に昇任できるのだ。努力しようとするものは少ない。が、その安心感から来る怠慢こそが旧態のキャリアと薪たちのような新しいキャリアの実力に格差をつけていることに、上層部は気付いているのだろうか。
 本人が出世には興味がないのにも関わらず、薪は警察庁に入った当初からすこぶる順調に出世してきている。警部も警視も最短の年数で昇任しているし、警視正の昇任に至っては官房長直々の特例措置で普通の人事より8年も早く、翌年には新設予定の第九の準備室長に任命されている。警察庁中の妬みを買うのも無理はない。

「薪さんなら特別承認、所長に出せば通るんじゃないの? 警視正のときもそうだったわけだし。これだけ実績上げてりゃさ」
 薪が警視正に昇任する際に取られた特例措置も、官房長宛に特別承認願を提出する形で行われている。
 警視正の昇格試験の受験資格のひとつに、警視になってから10年の実務経験があげられる。しかし、薪のように迷宮入りの事件をいくつも解決するなど多大な実績を上げた者には、直属の上司の推薦を貰うことで特別に許可が下りる。しかしそれは、せいぜい1、2年程度の経験年数の短縮であり、薪のように8年も短縮された上、室長という役職まで約束されたのは異例中の異例なのだ。

「あのひと、出世には興味ないからなあ。もったいねえ」
「出世に興味がないのに、なんで土下座なんか。そんなにあのデータが重要なものだったんでしょうか」
 あのプライドの高い室長が自分のせいで膝を折ったかと思うと、地面に埋まってしまいたくなる青木である。どうしてこんなに、室長の足を引っ張ってばかりなのだろう。自己嫌悪の泥沼に嵌りそうだ。
 が、小池はそれは違う、ときっぱり言い切った。
「データは確かに必要だけどさ。要は、三田村が警務部長だからだろ」
 警務部は、警察庁の福利厚生や研修教育等を担当する部門である。一般の会社の人事部がここに該当する。三田村は、この部門の最高責任者なのだ。警察庁の人事権を掌握している、と言っても過言ではない。
 しかし、青木には初耳だ。
 第九の新人はまだ仕事を覚えるのにいっぱいいっぱいで、警察庁内の役職の顔と名前など、全然わからない。

「あいつに逆らったら、室長ともども俺たちまで左遷されるってわけ」
「それじゃまるで人質じゃないですか」
「そ。人質だよ」
 曽我があっさりと肯定する。そんなことが本当にまかり通っているのだろうか。
「何でそんな人が警務部長なんかやってるんですか?」
 後輩の素朴な疑問に、2人の先輩は顔を見合わせる。
「なんでってなあ」
「きっと向こうも同じことを思ってるんだよ。なんでこんな若造が、第九の室長なんかやってるんだってさ」
「若くたって当たり前じゃないですか。薪さんほどの捜査官は、日本中探したっていませんよ」
 この新人の薪への傾倒ぶりは、聞いていて笑ってしまうくらいだ。もともと青木は室長に憧れて第九に来たのだから、無理もないのだが。
 
「おまえはまだ警察機構の恐ろしさがわかってないんだよ。完全な縦割り社会なんだぞ、ここは。上役には絶対服従だし、官僚に逆らったりしたら一生日の目を見れないぞ」
「でも、薪さんはそんなこと一度も」
 警察官僚とは、警視正以上の役職のことだ。ここからは現場ではなく、管理者の責務を負うことになる。つまり、薪は管理者の端くれというわけだ。
「あのひとは特別だよ。役職なんか気にしないし、徹底的な実力主義だからな。試験に受かりゃいいってもんじゃないから、ある意味こっちのほうが厳しいよな」
「青木は初めから第九に配属されたから、他の部署を知らないんだよ。第九みたいに、先輩後輩が厳しくない課なんてないぞ。薪さんの方針で、おまえもちゃんとした捜査官の仕事を与えてもらえているけど、普通はもっと下積みの期間が長いんだ。俺なんか二課で1年も伝票の整理しかやらせてもらえなかったんだぞ」
 知らなかった。
 伝票の整理は確かに新人の仕事で青木もやってはいるが、MRIの捜査が入ればそれは後回しにしていいことになっている。そのせいで経理課に提出する締め日に間に合わないときには、皆で分担して片付けてくれる。それが第九特有の制度であり、室長の方針によるものだとは気付かなかった。

「まあ、室長があそこまで怖い課もないけどな」
「そうだな」
「そんなに怖くないですよ。薪さんは本当はやさしいひとですから」
 ムキになって否定する。まったくこの新人は、薪にぞっこんだ。初めはそうでもなかったように思うが、この頃は室長派の先鋒役を岡部から譲り受けそうな勢いだ。
「わかってるよ、バカ」
「俺たちのほうが薪さんとの付き合いは長いんだぜ、新人よ」
「すいません」
 室長への親しみを込めた冗談だったことに気付いて、青木は苦笑する。どうも自分は、ひとの言葉を額面通りに受け止めすぎる。

 それにしても、三田村と言う男は許せない。
 あのプライドの塊のような薪が、捜査一課の人々の前で土下座などと屈辱的なことをさせられて、どれだけ悔しい想いをしたことか。怒鳴り込んでやりたいところだが、それはかえって薪に迷惑を掛けることになる。

「しかし、土下座かあ。これは久しぶりに、室長の平手打ちが出るかもな」
「覚悟してます」
 そうしてくれたほうが気が楽なのだが、室長はそういう八つ当たりはしない。それを分かっていての冗談なのだと、今度は青木も気付くことができた。
「とにかくオレ、もう一度きちんと謝ってきます」
「一緒に行ってやろうか」
「大丈夫です」
 昼食にほとんど箸をつけないまま、青木は席を立った。心配顔の先輩たちに笑って手を振ると、ごった返す人の波をすり抜けて職員食堂を後にした。

「大丈夫かな、青木のやつ」
「ああいうミスって、尾を引くと連続するんだよな。気持ちの切り替えができないと、連鎖に嵌るっていうかさ」
「薪さんがうまくフォローしてくれるといいけどな」
「岡部さんならともかく、あのひとにそれはムリだろ」
「……やっぱり?」
 人より頭一つ分高い新人の後姿を見送って、2人のやさしい先輩は後輩の身を案じていた。




*****


 補足説明させていただきます。
 現行の昇任制度と、作中の昇任制度は一致しておりません。
 正しくは、22歳で警部補、23歳で警部、25歳で警視、33歳半年で警視正(だから原作の薪さんの階級は年齢と実績からして当然なんですね)40歳で警視長、44歳で警視監となっております。

 作中の設定としては、薪さんの敵を多く作るため(笑)昇格制度を作り、警視正を35歳、警視長を45歳、警視監を50歳、とさせていただいてます。ちなみに定年は55歳です。

 とりあえず、薪さんは天才でめちゃめちゃ出世が早いため敵も多い、と理解していただきたいと思います。

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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