ラストカット 後編(22)

ラストカット 後編(22)


 



「どうしたらいいんだ? 僕が何をしたら諦めてくれるんだ。僕がおまえに抱かれれば満足するのか」
「気持ちが入らない薪さんなんか、いりません」
「心はやれない」
 この心だけは鈴木のものだ。今までもこれからも、ずっとずっと鈴木だけのものだ。

「僕がおまえにやれるのは身体だけだ。もう手段は選ばない。この身体も道具の一つとして有効に使う。今までは鈴木のものだったけど、これからはただの道具だ。必要とあらば、間宮にだってくれてやる」
 結婚を諦めるなら、他の手段でのし上がるしかない。娘との縁談を拒否すれば、小野田の後ろ盾はもう得られないだろう。他のバックが必要になる。間宮は次長の娘婿で、将来的には確実に次長の椅子に座る男だ。味方につけておいて損はない。幸い、間宮は自分に執着を見せている。これを利用しない手はない。

 薪は強い目で青木を睨む。青木の哀しそうな視線が返ってくる。
 幻滅すれば良い。なりふりかまっていられない。今の立場から出世競争に参戦しようと思ったら、意地もプライドも捨てるしかない。

「他の誰かに奪われるくらいなら、オレが先にもらいます」
 しばしの沈黙のあと、青木は低い声で言った。
 言うが早いか、飛びかかってくる。不意を衝かれて、薪はモニタールームの床に組み敷かれた。冷たいリノリウムの床に仰向けにされて、肩を押さえつけられる。
 薪の心臓が跳ね上がる。こんな展開になるとは思わなかった。
 でも。

 鈴木以外の男で、薪の身体に触れたものはいない。女の子もずっとご無沙汰で、正直な話、10年以上も人肌のぬくもりに触れていない状態だ。
 その行為がスムーズにできるかどうかも、自信がない。特にあそこは使ってないから狭くなってしまって、初めは苦労しそうだ。
 だから最初は、少しでも心を通わせた相手のほうがいい。
 こいつならやさしいし、未熟な性技でも文句は言わないだろう。それに――。

 とことん利用すると決めたからには誰とでも寝てやるつもりだが、一度くらいは……好きな相手と、したい。
 鈴木ほど好きになったわけではないが、心が揺れたのは確かなのだ。まだ他の人間に汚されないうちに、こいつにあげられるものなら捧げてしまいたい。

 今朝の青木の嘘に、薪は気付いていた。
 たしかに途中から記憶はなかったが、それでも何もなかったと言うのは、青木が薪を思いやって吐いてくれた嘘だ。
 ちゃんと憶えている。
 愛してますと耳元で囁く声と、やさしい愛撫。蕩けそうな甘いキス。首筋から胸に、それからもっと下のほうに降りていった口唇。腰の辺りから這い上がってきた、ぞくぞくするような感覚。

 こいつは僕が欲しくて堪らなかったくせに、それでも僕のことを考えて我慢して、朝まではだかの僕を抱きしめていた。あのまま奪おうと思えば簡単だったはずなのに、自分の欲望よりも僕の安眠を優先してくれた。
 やさしい青木。
 僕がおまえにしてやれるのは、これだけだ。たぶん、これが最初で最後の……。

 薪は目を閉じた。
 自分で服を脱ごうとするが、青木は薪に自由にさせてくれる気はないようだった。それどころか、引きちぎるような勢いでシャツの前を開かれた。ボタンがいくつか弾け飛ぶ。乱暴に乳首を捻られ、むしゃぶりつかれる。
「――ッ!」

 急にされたら、痛い。
 いつもはあんなにやさしいくせに、こんなときに乱暴になるなんて。
 でも、仕方がないかもしれない。身体だけの関係だと明言してこちらから誘ったのだ。それに自分は男だ。やさしくされるのは女の特権だ。鈴木はとても優しかったけど、かれは特別だ。

 ベルトを外されて、下着ごとズボンを下ろされる。足を肩の上に載せられて、からだをふたつに折り曲げられる。ジャケットは着たたまま靴は履いたまま、ズボンと下着は膝のところまで下ろされて、乱暴に秘部をさわられる。
性急で暴力的な行為。固い床が背中に響いてとても痛い。
 ムードや甘い言葉など期待してはいなかったが、これは少し、いや、かなり……。
 ひどい。
 というか――――こわい!!

「いやだああっ!」
 気がついたときには、声の限りに叫んでいた。
 この恐怖は、薪が今まで味わったものとは種類が違う。
 殴られたら痛いとか怪我をするかもしれないとか、生命の危険に関する恐怖ではない。それだったら意志の力でねじ伏せることができる。捜査一課で現場の捕り物の経験もある薪は、そういった鍛錬も積んでいる。
 だが、これは違う。
 これは人間の尊厳を根こそぎ奪われる恐怖だ。これを許してしまったら、自分はひとではなく、ただの肉の塊になってしまう。もう人間としては生きられない。そんな恐怖が薪を怯えさせる。

 体が勝手に助けを求めて動き出す。大声を上げてかぶりを振り、自分の上になった男を撥ね退けようとする。だが、大きなからだはびくともしない。
「いやだいやだいやだっ……!」
 力では敵わない。薪にはこの巨体から逃れる術はない。これほど激しいパニックに陥ってしまっては、得意の武術も発揮できない。

 薪の声は涙声になっている。自分では気づいていないが、両眼からは大粒の涙がぼろぼろと溢れ落ちている。
「助けて……鈴木、鈴木っ……」
 ずっと前にもこんなことがあった。
 鈴木に振られて自暴自棄になって――あのときは雪子が助けてくれた。
 ダメだ。あの頃から自分は何も成長していない。
 こんなに弱くて子供で。これくらいのことに耐えることもできないなんて。

「ほら。やっぱり無理でしょう? 薪さんにそんなこと、できるわけないんです」
 苦笑と共に、薪の上から重みが消えた。
「オレだからここで止まれますけど、他の男だったらきっと許してくれませんよ。言い出しっぺは薪さんのほうなんですから」
 大きなジャケットがはだかのからだに掛けられる。ジャケットからはコーヒーの匂いがする。薪にやすらぎを与えてくれる香りだ。
「すみませんでした。二度とこんなことはしません。オレはもう、薪さんには指一本触れませんから。安心してください」

 ジャケットの下で、薪は懸命に嗚咽を止めようとする。
 みっともない。恥ずかしい。
 自分から誘っておいて、いざとなったら怖くてできないなんて。

 青木は薪を置いて、モニタールームを出た。
 大きなジャケットにくるまって、薪は床の上で小さくからだを丸める。深く呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせる。



*****

 次でラストです。
 大丈夫かー、おまえたちー。(笑)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Kさまへ

この展開で笑えるのは、Kさまだけだと思います。(笑)

> こうじゃないと、しづさんとこの薪さんじゃありません!!

でしょう?
わたしもこうじゃないと、筆が乗らないです!(とことん外道)


> この想像の遥か彼方斜め上あたりを突き進む感じが愛しいです(笑)

遥か上はともかく、『斜め』というあたりが(笑)
ズレまくってるところがうちの薪さんですよね。大真面目ですからね、彼は!

18歳未満の薪さんは・・・・はい、実は大分無理して書きました・・・・・わたし、あーゆー甘いの、ほんっと苦手で・・・・すみません・・・。
ええ、あちらの薪さんは大人でしたね。鈴木さんのラストカットの意味も、きちんと理解していたし。こっちの薪さんは・・・・鈴木さん、号泣してるでしょうね(笑)

>さてさて、こうなったらさすがの薪さんも首を縦に振るしかなくなりますよね♪

そうですねっ!
もう、脅してでも頷かせるしかないですね!(え・・・)

次が最終章です。
よろしくお付き合いください。(^^

Mさまへ

あ、この展開で笑ってる人がもうひとり。(笑)

そうなんですよ、あと1回しか残ってないんですよ。われながら、ギリギリまですったもんださせてたんですねえ。読み返して驚きました。

もう、ここまできたら、強引にでも落としちゃうしかないです。(^^;
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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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