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桜(3)

桜(3)








 法医第九研究室には、今日もとびきりの凶悪犯罪を映した脳が送られてくる。

 今回の事件は俗に言うバラバラ殺人で、死体を解体する画像が映し出されている。
 一般のバラバラ殺人は、死体の処分に困り果てた末、運びやすいように手や足を切ったり、身元を分からなくするために首を切り落としたりするものだが、第九に送られてくるものはまったく種類が違う。
 誤って人を殺してしまって仕方なく切り落とすのではなく、人間を切り刻みたいがために殺人を犯す――― 動機からして一般の事件とは違うのだ。よってその犯人の脳も、普通の人間に理解が及ぶものではない。普通の人間が、ひとを殺さないと眠れないなどとは思わないからだ。
 
 内臓の飛び出た死体。胃や腸を切り開いて、中身を全部ぶちまけた、もはや人間の原型をとどめなくなった肉の塊。そんな、グロテスクな狂った画像ばかりを見せられる。しかもそこから事件の全容を把握し、報告書にまとめあげなくてはいけない。
 並の神経では勤まらない。下手をすれば、こっちが狂う。よって、第九では強靭な精神力だけが武器になる。

「小池。4人目の被害者(ガイシャ)の画は出たか」
「はい、ここからです」
 モニターに映し出される、恐怖に引き攣った被害者の顔。震えながら助けを乞い、壁にへばりついている。
 すぐに真っ赤に染まる画面。崩折れていく若い女性。それから悪魔の宴が始まる。ナイフで耳をそぎ、鼻を切り落とし、目をひきずり出し、のどを縦に切り開いて、気管と食道を手で引きずり出す。
 筆舌に尽くせないような、凄惨な画像である。

 その凶行を行った犯人も、それを顔色ひとつ変えずに見つめる第九の捜査官も、まともではない。しかし、両者の間には天と地ほどの隔たりがある。
 第九の職員は、みな良識のある警察官である。平和な社会を望み、その為に役に立ちたいとこの職業を選んだ。神経をすり減らしながらもMRI捜査の必要性を認め、厳しい室長の下で勤務時間を超過して働くことを厭わない、気高い精神を持っている。そこが決定的な違いだ。
 
 今なお、MRI捜査に対する世間の風当たりは強い。その非難の嵐から自分たちを守ってくれているのは他ならぬ室長だと、第九の人間なら誰もが知っている。だから現在第九に残っている部下たちは、みな薪を慕っている。意地悪で皮肉屋で自分勝手で、しかも怒るとめちゃめちゃ怖い。だが、信頼している。
 MRI捜査への偏見が、逆に第九を一枚岩にしている。そうでなくては、こんなつらい仕事は続けられない。

「青木はどうした? この件は青木と2人で係ってるはずだろう」
 新入りの姿が見えないことに気づいた室長が、小池に尋ねる。小池は少し言い淀んで、しかし正直に答えた。
「青木ならその……トイレで吐いてます」
「またか」
 室長の舌打ちが聞こえる。せっかく自分になついている後輩を庇おうと、小池は青木の弁護にかかった。
「しかし、よく続いてますよ。1週間で辞めるクチかと思ってましたけど、見掛けより根性あるじゃないですか」
「だが、こうも慣れなくてはな。体のほうが保たないだろう」
「生理的に受け付けない奴もいますからね。でも、あいつは頑張ってますよ。室長のイジメにもよく耐えてるし……いや、その、あの……」

 突如として黙り込み、室長はじっと小池の顔を見つめた。
 MRIの凄惨な画像に顔色も変えなかった小池が、青くなって口をパクパクさせるのを見てから、思い切り意地悪そうな笑みを浮かべる。楽しそうだ。
 「そうか小池。この事件だけじゃ仕事が足りないんだな。西新宿の誘拐事件の方も担当してもらうか」
 
 この性格だから新人が居つかないんだよな、と思うが、もちろん言葉には出せない。
 ボールペンを首に突きつけられて、上から目線での厳しい命令調に、小池はたじたじとなる。殺人の画像よりよっぽどこわい。
「今日中に報告書、上げとけよ」
「……はい」
 ひとこと多いのは自分の悪い癖だ、とわかってはいるが、なかなか直らないものである。

 小池は薪に言いつけられた報告書に取り掛かるため、事件の資料を読み直し始めた。



*****



 今朝食べたトーストと目玉焼き、レタスのサラダ。他にはもう吐けるものなどないはずなのに、吐き気は一向に治まらない。トイレの床に座り込んで、便座にもたれかかる。衛生面に気を配る余裕はない。

「大丈夫か?」
 誰かが背中をさすってくれる。
 しまった、せっぱつまってトイレのドアを閉め忘れていた。吐いたものの臭いが凄いはずなのに、ここの先輩はやさしい。あの陰険な室長の下で働いていて、よくこんなに他人に親切にできるものだと感心してしまう。
 岡部さんかな、と青木は直感で思った。岡部は見かけによらず、とても気配りが上手い。でも、それにしては手が小さい……。

「ほら、水」
 コップに入った水が差し出される。その人の腕から、なんだかいい匂いがする。
 フローラル系の香水のような、そんなお洒落な人が第九にいたかな、と思いながら受け取って、口の中を漱ぐ。いくらか気分が良くなった。
「すいませ……しっ、室長!」
 親切な先輩に礼を言おうと振り向いて、青木は青い顔を一層、青くした。

 いま、一番会いたくないひとがそこにいた。トイレの床にしゃがんで、自分の膝にひじを当てて、頬杖をついた姿勢で青木の方を窺っている。
 青木が言葉を無くしていると、立ち上がってトイレの水洗レバーを押し、吐瀉物を流してくれた。……いっそ、気絶してしまいたい。

「おまえ、夜眠れてないんだろう。これ飲んで仮眠室で寝ろ」
「いっ、いいえ! 大丈夫です!」
「無理をするな。休むのも仕事のうちだ」
 青木の手に錠剤のシートを握らせて、室長は去っていった。

 あんまりびっくりしたからか、吐き気も吹き飛んでしまった。手洗い場で顔を洗い、置いてあったタオルで水滴を拭き取る。これも室長が置いて行ってくれたものだ。
 こんな醜態を曝したのに、今日は何故かいつものセリフを言われなかった。それどころか、あんなにやさしく介抱してくれて。
 いったい、どうしたんだろう。室長は自分を嫌っているはずなのに。

「大丈夫か? 青木」
 岡部がトイレに入ってくる。
「すみません、先輩。もう大丈夫ですから」
「おまえ、少し仮眠室で休め。薪さんに言われた。昨夜、よく眠れなかったんだろう?」
 昨夜だけではない。
 第九に入ってからは、ずっとだ。悪夢にうなされて、睡眠時間は4時間を切っている。それが続いては、青木がいくら若くても体力が持たない。嘔吐は日課のようになっているし、この2ヶ月で7キロも痩せた。

「ただでさえ室長に嫌われてるのに、これ以上気に障るような真似するわけには」
「だれが?」
 岡部が驚いた顔をする。
 岡部は室長の腹心の部下だ。きっと、自分に対する不満を室長から聞かされているに違いない。白々しい言い草に腹が立つ。

「オレがいくら鈍くたってわかりますよ。あんなに露骨に嫌がらせされれば」
 つい、口調が荒くなる。岡部に罪はないのに、疲れが溜まっているせいでイライラしているのかもしれない。
「薪さんが、おまえに? 嫌がらせ? バカかおまえ」
 室長の部下らしく、口が悪い。薪に比べればかわいいものだが。

「あのひとは、そんなつまらん真似はせんぞ」
「だって、いっつも睨みつけられて、毎日毎日怒られて、二言目には異動願いを出せって。オレをここから追い出したいんでしょ」
 とうとう口に出してしまった。
 この件は、岡部から室長に伝わってしまうだろう。後悔するが、もう遅い。

「それならとっくに室長権限で異動させてるさ」
「それはできませんよ。本人の希望か、大きな失敗でもない限りは。人事規定に定めてありますからね」
「規定がどうだろうと、あのひとが自分の気に入らないやつと一緒に大人しく仕事するようなタマかよ。失敗なんか、いくらでも捏造できるだろ」
……鬼だ。

「薪さんは、ここに自分が嫌いな人間は置かない。室長がおまえのこと、いつも睨んでるって? 俺には心配してるようにしか見えないけどな」
『岡部さんは室長派だから』と小池が言っていたが、本当に薪に心酔しているらしい。あの険しい目つきのどこが、心配しているというのだ。

「薪さんは、いつもおまえのことを気にしているよ。青木はちゃんと飯が食えてるのか、睡眠は取れているのか、疲れている様子はないか。一日に何回も俺に聞くよ。まあ、俺はおまえの指導員だからな。業務内容の習得具合を室長に報告する義務があるが、どっちかっていうと健康状態を聞かれることのほうが多いな」
「本当ですか?」
「嘘ついてどうするんだよ。こんなこと」
 自分が薪に嫌われていないという岡部の言葉を信じたいが、それはやはり難しい。このひとは嘘はつかないひとだと思うが、思いやりの嘘はきっと上手なのだろう。

「なあ青木。どうして室長が新入りに辛くあたるか、わかるか」
 それはあのひとが意地悪だからでしょう。
 心の中で応えを返して、青木は岡部の言葉を待つ。室長のあの陰険な態度にどんな理屈をつけて正当化するつもりなのか、室長派先鋒の見せ所だ。

「この仕事は、精神を病むんだ。毎日毎日あんな画を見続けて、精神的に強くない人間は参ってしまう。今のおまえみたいにな。強い人間じゃないと勤まらないんだ。本当の病気になっちまう。
 去年、そうやって室長は自分の部下を4人も失ってる。二の舞は踏みたくない。人にきつい言葉を投げつけられたくらいで耐えられなくなってしまうような人間は、ここでは生き残れないんだよ。もっと図太くないと。だからそうなる前に……あれは、室長なりのやさしさなんだ」
 とてもそうは思えません。岡部さんは、室長に心酔するあまり現実が見えなくなっているんです。
 そう言ってやりたかったが、言葉にはできなかった。やはり青木はこの先輩を尊敬しているし、好ましくも思っていたからだ。

「信じるかどうかはおまえの勝手だがな。ただ、リーダーを信じられない人間がやっていけるほど、ここの仕事は甘くないぞ」
 じゃあ仮眠室で寝てろよ、と会話を閉めて、岡部はモニタールームへ戻っていった。
 
 先輩の指示通りに仮眠室へ向かう。横になる前に室長に貰った薬を飲む。なんだか、やたらとすっぱい睡眠薬だった。
 が、効き目は確かで、ベッドに横になるとすぐに眠気が襲ってきた。岡部に言われたことを反芻しながら青木は眠りに就いた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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