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運命のひと(2)

 こんにちは。

 脳科学は難しくて、よく解りませんでした。
 突っ込まれても対応できません。ばかですみません。(じゃあ、書くなよ)
 いろいろ間違ってると思いますけど、どうか広いお心で。よろしくお願いします。





運命のひと(2)






 薪の予測通り、その日はロクな一日ではなかった。
 朝のミーティングが終わって直ぐに官房長室へ呼び出された薪は、そこで再び、自分の不運に悪態を吐く羽目になったのだ。

「なんであなたがここに……」
 くしゃくしゃの黒い巻き毛。屈託のない笑顔。ひょろっとした長身に、病的なほど白い肌と長い手足。
 1時間ほど前、空き缶に埋もれていた変質者だ。

「あれ? もう対面済み?」
「いいえ! 初めてお目にかかります」
 何か言いかけた男の声を強い口調で遮って、彼の口を塞ぐ。喋ったらコロスぞ、と目にありったけの殺意を込めて、とらえどころのないヒョウロク玉のような男の顔を睨む。さっきこいつは、他人に知れたら都合の悪いことを薪にしてくれたばかりなのだ。

「じゃあ紹介するね、薪くん。彼は二階堂潤也」
 薪の険悪な雰囲気に気付かない小野田ではないが、そういうところは見事にスルーしてくれる。小野田のこういうさりげない気遣いに、薪はいつも助けられている。
「彼は、ぼくの甥っ子でね」
「甥ごさん、ですか」
 出会った時になんとなく気になったのは、そのせいか。小野田に雰囲気が似ていたのだ。
 
「潤也は学者の端くれなんだけど」
「これは御見それしました。で、おエライ学者先生が第九に何のご用件で?」
 官房室の事務員が持ってきてくれたコーヒーとチーズケーキを挟んで、二度と拝みたくなかった男の顔と向き合う。小野田の身内では無下に扱うことはできないが、かといって先刻のことを水に流せるほど、薪は心の広い人間ではない。

 薪の皮肉に満ちた口調に、叔父と甥は小さな声で囁きあった。
「潤也。薪くんに『きれいな顔』とか言った?」
「言ってません。でもさっき、キスを―――もががっ!」
 さらっとシークレット情報を暴露しそうになった男の口に、チーズケーキを手づかみで突っ込んで、最高機密の漏洩を防ぐ。喉につまって窒息しかけたようだが、知ったことか。
 目を白黒させながら、コーヒーでケーキの塊を流して、二階堂は大きく息を吐いた。骨ばった背中を丸めて、薄い胸をとんとん叩いている。
 そのひ弱な身体に、筋肉はほとんどない。薪より細いくらいだ。反射的に、『モヤシ』というあだ名で呼ばれる学生時代の男の姿が脳裏に浮かび、陰で囁かれている自分の不名誉な呼び名とどちらがマシだろうと考える。

 ようやく落ち着いて、モヤシは口を開いた。
「僕の研究に、協力していただきたいんです」
「研究? MRIの画を見て、論文でも書くつもりですか」
 小野田の甥とはいえ、彼は一般人だ。重要機密を扱う第九に関係者以外を入室させるなんて。おいそれと許すわけにはいかない。
「ここは犯罪捜査をするための部署です。科学者の研究室じゃない」
「科学警察研究所、でしょ?」
 ……そうだった。ここは、研究所なのだ。

「しかし、僕たちがやってるのは殺人事件の捜査ですよ。それを一般人に見せるというのは」
「見せていただきたいのは、MRIの画像ではありません。僕は犯罪捜査には興味がない」
「あなたに見る気がなくたって、モニタールームに来れば嫌でも目に入ってしまいますよ。第九のメインスクリーンは、壁一面の大きさで」
「薪くん。ぼくからもお願いするよ。そんなに長い間じゃない。ほんの10日ほどだ」
 けんもほろろに断られそうになった哀れな甥に、小野田が助け舟を出した。
「小野田さん。でも」
「頼むよ。ぼくが責任持つからさ」
 小野田に頼まれては、薪も頷かないわけにはいかない。薪が現在警察機構に身を置いていられるのも、みんな小野田のおかげだし、薪の秘密の恋人のことも見逃してもらっている状態なのだ。
「わかりました。小野田さんがそこまで仰るなら」
 しぶしぶではあるが、薪はひとまず、矛を収めることにした。
「ありがとう。みんなに迷惑かけないように、気をつけるんだよ。潤也」
「はい。聖司おじさん」
 仲のいい叔父と甥らしく、にっこりと微笑み合う。そのひとの良さそうな笑顔は、やっぱりよく似ている。

「二階堂先生のご専門は?」
「潤也と呼んでください。ストックホルムの研究室では、みんなにそう呼ばれてましたから」
「ご専門は何ですか、と伺ったんです。二階堂先生」
 薪が険しい表情を崩さないので、二階堂はまた小野田と顔を見合わせた。小野田は苦笑して、こちらに意味深な視線を送ってきたが、薪はそれを黙殺した。
 いくら小野田の身内だからって。自分にあんなことをしてきた男と、馴れ合ってたまるか。

「A10神経系とノルアドレナリン作動性神経系の相互作用について、研究を進めてます」
 天気の話でもするように、二階堂は言った。
 第九に論文の材料を求めるくらいだから、その関係だろうと見当はつけていたが、やはりそうか。
 この男は、脳科学者だ。
 それなら素直に、「脳の研究をしています」と言えばいいのに。
 
 出し抜けに専門用語を振りかざして薪の肝を冷やそうという腹積もりだろうが、そうはいかない。第九の室長として、薪も一応、大脳辺縁系や小脳を始めとする基本的な脳部位の知識は押さえている。
 A10神経系は、ドーパミンを分泌する部位だ。ドーパミンは人間の快感神経系のスイッチを入れる。つまり、快楽を司る神経伝達物質だ。
 ノルアドレナリン作動性神経系は、A10神経系と相互に連絡しあって、片方が興奮状態に入ると、もう一方もスイッチが入る仕組みになっている。ノルアドレナリンは、人がストレスを感じたときに分泌される。このホルモンによって、人は闘争か逃避かの体勢に入り、ストレスからの回避行動を取るようになる。
 簡単に言うと、人がストレスを感じると、ノルアドレナリン作動神経系の働きでA10神経系から快楽ホルモンが分泌され、そのストレスを和らげるように働く、ということだ。
 ただ、このストレスが長期的・破壊的なものだと、ノルアドレナリン濃度が下がり、A10神経系に作用することもなくなり、ストレスを和らげることもできなくなる。結果、ストレスを回避する行動がとれなくなり、薬物中毒患者のように自棄的になったり、廃人同様に身体を蝕まれていくことになる。
 
「他人の脳を見るという最大のストレスが、ノルアドレナリン濃度をどのように上げ、どこまでドーパミンの過剰消費を促すか、というテーマですか」
「合わせてGABA神経系の作用もね」
 まるで薪が専門用語で答えを返してくるのが当たり前のように、二階堂は話を続けた。
「第九に脳内オピオイドを過剰発生させている職員がいるとでも?」
「いたら面白いね」
「面白い?」
  聞き捨てならない。
 オピオイドというのはGABA神経系から分泌される脳内麻薬の総称だ。中にはβエンドルフィンなどの性的快楽物質も含まれるが、ストレスがテーマなら、これはそんな平和な話じゃない。
 回避不能の強烈なストレスに長期間晒された人間は、この物質を大量に分泌することで生きることを放棄する。完全な降伏と受身の態勢になり、静かに死に向かって進んでいく。いわば、回避不可能の深刻なストレスに晒された生物の「最期の救い」として分泌されるのがオピオイドなのだ。
 
「おっと。そんなに怖い顔をしないで。今のは言葉のアヤですよ」
 いけ好かないやつだ。
「そんなに警戒しないでよ、薪くん。第九にだって、メリットはあるんだよ。潤也は脳の専門家だ。第九のみんなに脳科学の講義をすることだってできるよ。脳について基本的な知識を得ることは、第九にとってマイナスにはならないはずだよ」
 薪が二階堂に送る凶悪な視線をいなすように、小野田がいつもののんびりした声で場を取り繕う。小野田は大抵は薪の味方についてくれるが、今回ばかりは血縁者を優先したようだ。少し、面白くない。

「うちの職員たちは警察官ですよ。そんな小難しい専門用語を使って説明されても」
「相手がきみじゃなきゃ、潤也だってこんな話し方はしないよ。ぼくにはもっと分かり易く説明してくれたもの」
「脳の仕組みを理解することはMRI捜査をする上で重要なことかもしれませんが、僕はそこまでの専門知識は不要だと考えています。脳の仕組みそのものよりも、人間の心の動きに注目すべきだと」
「人の心の動きを作るのは、脳ですよ。脳内の電気信号が人間の行動のすべてです」
 にこにこと笑顔を絶やさず、二階堂は薪に反論した。薪の氷の視線にも辛辣な皮肉にも、動じる気配がない。
 さすが小野田の甥だ。図太い神経をしている。
 
「電気信号を操ることができれば、好意も悪意も思いのまま。突き詰めれば根っからの悪人を改心させることもできるし、逆に神父に殺人を犯させることもできる」
 なんて嫌な例えだろう。笑顔とまるで噛み合わない。
「脳を極めれば、事件の捜査なんて簡単なことです」
「それなら警察なんか要りませんね。脳科学者さえいれば、社会の平和は保たれるわけだ」
「社会の平和はまた別問題ですよ。事件は解明できるけど、犯罪を未然に防ぐことはできませんから」
 それじゃ意味がないだろう。
 警察が犯人検挙率に拘るのは、それが犯罪の抑制につながるからだ。
 まあ、学者というのは、こういうものかもしれない。視野が狭く、自分のものさしで世の中すべてを推し量ろうとする。自分の研究は万能だと思い込み、どんなものにでも適用できると考える。

「つまりあなたは、第九の職員たちをモルモットに論文を書こうと? 彼らに電極でもつけて、MRI捜査によって乱される脳波の測定でもしようと考えているのですか?」
「いいね、それ。僕が考えていた視覚前後の血液検査より面白そうだ」
「馬鹿げてますね。第九の職員が受ける特殊なストレスを題材にしようなんて。そんな特異ケースの検証が現実社会において何の役に立つんです」
 だいたい、学者なんて地に足の着いていない人間ばかりで、どこかズレているものが殆どだ。薪はそういう現実から逃避しているような人間を、心の底で軽蔑している。
 
 脳に携わる仕事をする者として、脳に関する論文にはざっと目を通すことにしているが、どうも学説と言うのは現実を踏まえないものが多くて、辟易させられる。今の科学あるいは医学では到底実現不可能な論文が、声高に叫ばれていたりするからだ。
 先日読んだ科学誌でも、脳幹から発信される脳内物質の特定をするための装置についての論文に高い評価がされていたが、その装置を作るのには6億円もかかるという。
 ああいうのを利口バカと言うのだ。6億もかけて脳内物質の特定をして、それが一体何の役に立つのだろう。たしかにその装置の仕組みや考え方は斬新で素晴らしかったが、実現できなければ子供の戯言と一緒だ。

「大切なのは、研究成果を社会に還元することでしょう。それなくしては、科学者の存在意義はない」
「社会還元? どんな風に?」
 これまで読んだ脳に関する論文の中で、感銘を受けたものはいくつかあった。その中で一番記憶に残っているのは、薪がまだ第九の準備室長をしている頃に読んだものだ。7,8年前の話だから細かいところは忘れてしまったが、たしか脳内快楽物質についての論文で、その物質を電気刺激によって分泌させて痛みを抑えたり病気の治癒に役立てる、という内容だった。
「僕がずっと昔に読んだ論文ですけど」
 薪は、その感銘を受けた論文の大まかな内容を二階堂に話して聞かせた。
「あなたも少し、彼を見習うと良い。机上でしか成り立たない論文なんか、子供の落書きほどの価値もない」
 話しているうちに、だんだん思い出してきた。
 たしか、この論文を書いたのは日本人だ。名前はええと……ジュンヤ……ニカイドウ……。
 
「あ、あれ?」
「ありがとう。僕の論文を読んでくれて。同業者でもない君がそこまで理解してくれているっていうのは、すごくうれしい」
 釈迦に説法、キリストに聖書の読み聞かせ、ムハンマドにコーランの、ああああ! とにかく恥ずかしいっ!!
 穴があったら入りたい。もう、小野田の背中に隠れてしまいたいくらいだ!

「ただ、少し解釈の相違があるみたいだね。論文の中で触れていた前頭葉のGABA抑制機能のことだけど」
 あの論文を書いた本人だったのか。って、確か写真も見た記憶があるけど、こんな顔だったか?
 もっと健康的で、肌も黒かった気がする。肩幅もがっちりしていて、かなり太っていたような。第一、この男はどう見ても30歳くらいだ。7年前となると、22,3であれを書いたことになる。
 俄かには信じがたいが、説明の内容を聞いていると本人に間違いない。実験の細かい経緯まで、明確に覚えている。これは本人でなければ分からないはずだ。
 実力は確かなようだ。そこだけは潔く認めて、薪は小野田の顔を立てることにした。

「わかりました。では、レクチャーと引き換えに全職員の血液を提供しましょう」
「ありがとう。感謝します」
 素直に頭を下げられて、薪は自分の大人気ない態度がいささか恥ずかしくなる。この男が見かけどおりの年だとすると、自分より大分年下だ。
 譲歩の意味を込めて、薪は検査の追加を申し出た。
「恒常的なストレスによるノルアドレナリンの濃度測定でしたら、尿検査も必要ですね」
「さすが、解ってらっしゃる」
 にこりと微笑んでやると、二階堂は嬉しそうに右手を出してきた。

「よろしくね、ツヨシ」
 いきなり下の名前を呼び捨てか。馴れ馴れしいやつだ。
「ファーストネームでは呼ばないでください。僕のことは、薪と」
 小野田の手前、その手を取ったものの、この男につけ入らせるスキを与えるつもりはない。
「だって、向こうの研究室ではみんな」
「ここは日本です」
「潤也。郷に入っては郷に従え。第九に入っては薪くんに従え、だよ」
「はあい」
 憎めない笑顔で頭を掻く。
 厄介な闖入者に、薪は心の中でため息を吐いた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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鍵コメのSさまへ

こんばんは、Sさま。
いらっしゃませです!お返事、遅くなってすみません。


えっと、はい、ネットで調べてみました。が、よくわかんなかったです~~(><)
脳科学者ならではのアプローチを考えてみたんですが、ううーん・・・。

ムズカシイ単語、お好きですか??
しづは苦手です(^^;) 難しい漢字も苦手で、だからわたしのお話は、やたらとひらがなが多いんです。バカですみません。


> 実はワタシ、男のヒトの名前に也がつくの大好きなんです。

まあ! 素敵な偶然です!

>しづさんが脳科学者にどんなキャラを持ってこられるか期待してましたが、彼はどんぴしゃ、ですね。薪さんのお相手として申し分ない!(いいのか?)

いいんですか!?
Sさま、あおまきすとじゃなかったんですか?
最近のあおまきすとは、まったく(笑)

Sさまの期待に応えられるようなお話に書けたかどうか、甚だ不安ではありますが、最後までお付き合いくださるとうれしいです。(^^

> 青木~、覚悟しとけよ。

青木くんに何の咎が?(笑)
まあ、原作があの展開なので、ついつい恨みがましく思ってしまうんですよね。(^^;


Aさまへ

Aさま。

順番はいいんですよ、間違いとかじゃないです。 ただ、今の感覚で読むと薪さんの心情が矛盾してしまうので、ああ、この頃はまだこうだったんだ、と思って読んでいただけると助かります。

ところで、
血液採取、わたしもいつも看護師さんに文句言われるー。 血管が細くて見つけ辛いって、あれ、腕の太さと関係ないのね。
それでも肘の内側から採ることはできるので、Aさんの方が大変ですね。


山本さん、期待とは違いましたか?
確かに、青木さんにヤキモチ妬かせるようなキャラじゃなかったですけど、それは滝沢さんがやってくれたので♪ そして山本さんには岡部さんがシットの炎メラメラだったww。

癒し系キャラになるとは、登場当初は思いもしませんでしたね~。 てっきりクールガイになって、MRI捜査反対派のクレームを理屈で跳ね除けるのかと思ってた。
彼の一番大事な役目って、青木さんの薪さんに対する甘えを指摘することだったんですかね? 今の第九にそれを言ってくれる人がいなかったから、ていうか、誰にも怒られなかったのか、青木さん!  (いや、薪さんを叩いたことを誰も知らなかったのか?)
岡部さんは青木さんの立場に同情しまくってたからな~。 怒れなかったんだろうな~。
薪さんも岡部さんも、部下に甘いね☆

Cさまへ

Cさま。


>二階堂先生のモデルは御手洗潔さんですか~。

当たりです!
て、わたし、何処かに書きましたっけ? 
もー、年取ると記憶があやふやになって(^^;


Cさまも、探偵小説お好きなんですね。わたしもです(^^)
ガリレオは持ってますが、火村先生のお話は未読です。もしかして、1月から連ドラでやるアレですか? わー、絶対に見よう!


>薪さんてばヘンタイにすかれやすいのでしょうか?

そうですね。(断言)
なんたって、最初の話からして貝沼さんですから。そこはもう、公式で。
うちのはちょーっと好かれ過ぎだと思いますケド、そこはもう、仕様でww

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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