運命のひと(4)

運命のひと(4)






 薪は、急ぎ足で地下通路を歩いている。

 竹内から携帯を受け取って、第九へ帰る途中だ。もしも携帯の中身を見られていたら、完全犯罪のプランを練らなければならないところだったが、その必要はなかったようだ。相手のどこにも不自然な態度は見られなかったし、保存データを見るためにパスワードを間違えて入力した形跡も残っていなかった。
 薪としてはなるべく顔を合わせたくないのだが、捜一の宿敵とは何かと縁があって、なんのかんのとしょっちゅう会っているような気がする。下手をすると、この頃あまり第九に来てくれなくなった雪子より多いかもしれない。

 雪子は今、法一の副室長になる話が持ち上がっている。そのためにいくつかの論文と研究結果を提示しなくてはならないそうで、だいぶ忙しいらしい。
 というのは建前で、自分に会いたくないと思っているのかも。もっとはっきり言うと、自分が青木と一緒にいるところを見たくないのかもしれない。雪子さんは、本当はまだ青木のこと……。
 すぐにそんなことを考えてしまうマイナス思考の回路が強化された自分の脳に、薪は嫌気が差している。一度でいいから、薪の恋人の能天気な脳みそと取り替えてみたい、と思うくらいだ。
 
 第九の自動ドアの前に立ち、薪は頭を切り替える。
 仕事にプライベートは持ち込まない。これは薪のずっと昔からのポリシーだ。

 踏み出した一歩で自動ドアが開き、薪はその場に棒立ちになった。
「なんだ!?」
 いつもはスパコンの冷却ファンの音と、ハードディスクの唸る音しかしないモニタールームに、テレビでよく聞く歌声が流れている。たったそれだけのことで、執務室が喫茶コーナーにでもなったかのようだ。
 業務内容に相応しくないこの音の出所は、一台のパソコンだ。専用のスピーカーをつなげてあるところを見ると、これは計画的犯行だ。

 岡部が困った顔をしてこちらを見ている。岡部の睨みが利かない部下はここにはいないから、これは部外者の仕業、などと考えるまでもない。こんな常識知らずのことをする輩は、警察庁の職員にはいない。
「二階堂先生。この騒音を止めてください」
「騒音だなんてひどいよ、ツヨシ。僕は彼らの歌声が大好きなのに」
「仕事の邪魔をしないでください!」
「MRIには音がないんだから。仕事の邪魔にはならないだろう?」
 たしかにMRIには音声が伴わないが、こんなチャラチャラした曲が流れていたら、集中力を削がれるに決まっている。

「捜査官の気が散ります」
「そんなことないよ。ほら、ウシにモーツァルトの音楽を聴かせると、お乳の出が良くなるって言うじゃない」
 うちの部下をウシと一緒にするな!
 ていうか、あれは高周波によって脳の活性化を促すものじゃなかったか? 男性ボーカルの声では低すぎるだろう。最適なのは2000~8000ヘルツ位の、ええと、どの楽器だったっけ。
「彼らの歌声はバイオリン以上の効果があるんだよ」
 そうだ、バイオリンが一番効果が高いと証明されたんだった。さすがによく知ってる、なんて感心すると思ったら大間違いだ。

「あのですね、僕たちは殺人事件の捜査をしてるんですよ? そういう画を見ながらこういう音楽を聴くって」
「僕、音がないと仕事ができないタイプなんだよ。音によって脳を活性化させてるんだ」
「この雑音のどこが高周波なんですか?」
「仕方ない。ツヨシがそこまで言うなら、モーツァルトにするか」
「そうしてくださ、って違います! 第九では音楽は禁止です!」
「もう。わがままだなあ、ツヨシは」
「△×◎~~~~!!!」
 何なんだ、この男!
 会話にならない!
 なんて扱いづらい。まるでわがままな小野田さんと話してるみたいだ。軽くいなされて、はぐらかされて、相手のペースにはまってしまう。

 酸素濃度の低い水の中の魚のように、口をパクパクさせて青くなっている薪の後ろで、部下たちが何事か囁きあっている。
「おい。薪さん、今なんて言ったんだ?」
「言葉にならないほど、頭に来たんじゃないですか?」
「あ~~、こっちにとばっちり来ないだろうな」
 なにやら、期待されているらしい。かわいい部下の希望だ。ぜひ叶えてやろう。
 とりあえず今週末に全員参加でMRIのメンテナンス作業を入れてやるか、と心に決めて、薪は実力行使に踏み切った。
 物も言わずにパソコンの音楽を止めて、リーダーからCDを取り出し、二階堂の前に差し出す。
 
「僕のことを名前で呼ばないように、と言ったはずです。これ以上、勝手な真似をされるなら、あなたとの約束は撤回させていただきます」
「約束!? 薪さん、二階堂先生の申し出を受けたんですか!」
 モニタールームが騒然となった。
 大げさな連中だ。血液と尿の提供くらいでそんなに騒がなくても。
「ああ。みんなには事後承諾になったが。……なんでそんなに青い顔してんだ、おまえら」
 血液を採られるのがそんなに怖いのだろうか。採血は確かに気持ちがいいものではないが、ここまで怯えることもあるまいに。情けない連中だ。

「健康診断だと思えば、って、こら! なんだ、青木。放せ!」
 顔をこわばらせた青木が、薪の首を腕で捕らえて室長室に引きずり込んだ。後ろ手に鍵をかける。
「青木、職務中だぞ。みんなになんて思われるか」
 頭上26センチの高さから見下ろす部下の目が、妙に鋭い。
 青木の乱暴な振る舞いに、薪はイヤな予感を覚える。こいつが自分にこういう態度を取るときは、大抵がヤキモチだ。もしかしてあの男、今朝のことをみんなに喋ったんじゃ。

「薪さん。あの男の言ったことは、本当なんですか?」
 間違いない。どうしてくれよう、あの男。
「いや、なんて言うかその……不可抗力だったんだ」
 いきなり、あんなところであんなことをされるとは思わなかった。あれは薪じゃなくても、防げなかっただろう。
「言い訳は聞きたくないです。あの男の申し出を受けたと言うのは本当ですか? オレやみんなに一言の断りもなく」
 あ、なんだ、そっちか。助かった。
「勝手に決めて悪かった。小野田さんに頼まれて、無下に断ることもできなかったんだ」
「だからって、こんな大事なこと! オレに一言もないって、どういうことですか!?」
「なんでおまえに相談しなきゃならないんだ?」
 何を思いあがってるんだ、こいつ。仕事の相談を持ちかけるなら、相手は青木ではない。副室長の岡部が適任だろう。

「外国へ移住する話があるのに、相談もしてくれないんですか?」
「相談するとしたら岡部にするのが自然、ちょっと待て。いま、なんて言った? 外国がなんだって?」
「二階堂先生が、薪さんは近いうちに日本を離れることになるって」
 ……へっ?
「薪さんと結婚して、ストックホルムに永住するって」
 ……結婚?
「もう、とっくに心も身体も結ばれてるって」
 はあ!?
「薪さん。ホントにあの男と寝たんですか?」

 最後の言葉にぶち切れて、力いっぱい青木の腹に蹴りを入れてやったら、思ったよりも弾みがついて室長室のドアにぶつかった。蝶番が弱っていたのか、薄いドアが青木の重みに耐えられなかったのかは不明だが、大柄な部下はドアごとモニタールームの床に倒れ込んだ。
 青木は痛そうに顔を顰めていたが、当然の報いだ! 僕を疑うなんて!
 付き合い始めて1年のお祝いだと思って、2ヶ月前、あんなことをしてやったばかりなのに。あの行為が僕にとって、どれだけ勇気がいることだったか分かってないのか。あんなことを他の男ともしていたと疑われたなんて。
 てか、なんで信じるんだ!? 僕がそんなこと、するはずないだろ! 騙されやすいのも大概にしろ、このスットンキョー!!

 青木の腹の上を踏んづけて、二階堂につめよる。嘘八百並べ立てやがって、それを信じるバカも救いがたいが、一番悪いのはこいつだ。

「いい加減なことを部下に吹き込まないで下さい! 僕がいつあなたとセックスしたんですか!」
「そんなこと言ってないよ。彼がどう解釈したかは知らないけれど、僕とツヨシの人生は密接に関わってる、って言っただけだよ。僕はツヨシのすべてを知ってる。心も体も、ツヨシのことなら何でも分かるって」
 単細胞の上に妄想狂の青木にそんなことを言ったら、誤解するに決まってる。青木はいつ自分の恋敵が現れるかと、戦々恐々なのだ。ただでさえニトログリセリンみたいに危険な奴を、これ以上刺激しないで欲しい。
「誤解を招くような言い方しないでください! 僕たち、今日が初対面じゃないですか。僕はあなたのことを何も知らないし、あなただって僕のことを何も知らないはずだ」
「知ってる。ずーっと前から。君に会うために、僕は今まで生きてきた」
 朝もそんなことを言ってた。ナンパの続きをここで始めようというのなら、今度は膨大な事件ファイルの下敷きにしてやる。

「君の舌がとても甘いことも知ってるよ」
「ウソです! ちょっと唇が触れただけで、っ!!」
 慌てて口を塞ぐが、出てしまった言葉は戻せない。せめて誰にも聞かれなかったことを祈るが、今までこういうことで薪に都合よく運んだことは一度もない。
「……したんだ」
「舌は入れられなかったけど、キスはしたんだ」
 ああああ! また自分の首を絞めてしまった!
 
 冗談だ、と言おうとしたが、既に耳まで真っ赤になってしまった。ちらりと岡部を見ると、肩を竦めて首を振られた。もう、何を言ってもムダだ、ということだ。
「ほら、俺の勝ち」
「やっぱり今井さん、こういうのは強いな」
「くっそー。薪さん信じた俺がバカだった」
「へへへ。今井さんの言うこと聞いておいて良かったあ」
「おい、青木。おまえ百万賭けてもいいって言ってたよな」
「あははは! 可哀想ですよ、今井さん。みんなと同じ、千円にまけといてやってくださいよ」
 
「今井。小池」
 千円札を何枚か受け取った二人の部下の背後に、氷点下の空気が押し寄せてきた。恐る恐る振り返ると、額に青筋を立てた上司の姿。
「おまえら今期一杯、MRIの起動時点検係!」
「ええええ!」
 上司を賭け事の対象にするなんて、ていうか、警察官は賭け事は禁止だ。今週の土日は、全員強制出勤だ。徹夜でバックアップ取らせてやる!

 怒りを静めるために何回か深呼吸をし、薪はようやくその重い空気に気付いた。
 背後からのおどろおどろしい視線。恐ろしくて振り返れない。
 何か理由をつけて残業して、今日は家に帰らないようにしよう。そうでもしないと、間違いなく朝まで……。

 頭痛の種が2つになって、薪は今日が厄日であることを確信する。
 タネの片方は、にこにこと薪に笑いかけ、もうひとつは不機嫌な顔をして薪の後頭部を見つめている。
 ふたりの男の両極端な表情の狭間で、薪はがっくりと肩を落とした。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、すみません。
こちらのコメント、保存フォルダに入ってしまってました。(><)
OS変えたんですけど、その時に動かしちゃったみたいです。 お返事、前後してすみませんでした。


>二階堂は間宮よりある意味、始末が悪いですね(^^;)

二階堂には小野田家の血が入ってますので。 ちょっとやそっとじゃ動じないですねえ。
でも間宮と違って犯罪まがいのことはしませんので、ご安心を~。


>でも、青木が薪さんを信用しないのはヒドイ。

青木さんのシットにつきましては、
「トライアングル」から「サインα」までは、けっこうこの調子なんですよ。 薪さんは自分に抱かれながらも鈴木さんのこと考えてるんじゃないかって疑ってるから。 
結局、薪さんの自業自得なんですよね~。 いくら忘れられない人だからって、エッチの最中に別の人の名前呼んじゃダメだよね。(--;
青木さんが薪さんの愛を信じられるようになるのが「サインα」なんです。 それまではすれ違いも多いです、すみません。(^^;


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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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