運命のひと(8)

運命のひと(8)







「ツヨシ。デートしようよ」
「しません」
「映画なんてどう?」
「見ません」
「休みの日にさ、遊園地とか、植物園とか。まだ薔薇も見頃だし」
「おひとりでどうぞ」
「そんなつれないこと言わないでさ」
「仕事の邪魔です!」 
 机に叩きつけられたファイルが、バン! と派手な音を響かせた。自分が怒られたわけでもないのに、職員たちが一斉に首を縮込める。今日も室長の機嫌は低空飛行だ。
 薪のイライラの原因は解っている。招かざる客人のせいだ。
 
 初日から旋風を巻き起こした脳科学者は、翌週も第九に居座り続けた。
 第一印象が最悪だったせいか、薪は二階堂と打ち解けることはなかったが、約1名を除いて、部下たちには意外なくらい評判が良かった。彼の脳に関するレクチャーは分かりやすく面白い、と皮肉屋の小池までが褒めていた。
 
「何故ここにいるんです!? あなたにはちゃんと部屋を提供したでしょう!」
 ディスカッションを行なうときに使用する小会議室が、彼の仕事場に当てられた。モニタールームをうろうろされると仕事に差し支えるから、というのは建前で、彼に神経を逆撫でされた室長の八つ当たりが怖いから、というのが職員たちの本音である。
「これも仕事だよ。みんなの様子を観察したいんだ」
 みんなではなく、薪の様子だろう、と全員が心の中で呟く。二階堂は朝からずっと薪の隣に座って、薪のことを見ているのだ。
 薪にとってはハタ迷惑な話だが、この男が自分に好意を持っているのは本当らしい。その瞳にはありったけの憧憬と愛情が湛えられているように見受けられたし、薪に向けられる笑顔は一点の曇りもない幸せそうなものだった。

「あなたがここにいたら、みんなの気が散って仕事になりません。室長室を提供しますから。職員の観察は、そのドアからお願いします」
「君の部屋を? いいの?」
「机や椅子は使っていいですけど、報告書や僕のPCに絶対に手を触れないと約束してください」
「うん。約束する。ありがとう、ツヨシ」
「だから! ファーストネームでは呼ばないでくださいってば!」
 今週に入ってから、ずっとこの調子だ。
 
「二階堂先生の粘り勝ちかあ。あの根性は見習わないとな」
 薪は一日の半分を室長室で過ごす。部下たちには見せられない人事書類や、ひとりで作成しなければならない特別な仕事も抱えているせいだ。よって、室長室へ入り浸ることができれば、薪と一緒にいられる時間は多くなる。
 薪の性格を考えれば、職員たちに被害が及ぶより自分のところで始末を付けようとすることは予想がついたが、二階堂はまだ本当の薪を知らないはずだ。二階堂の戦法は薪の行動を見越してのことではなかったと、誰もが思っていた。

 二週目の木曜日。
 昨夜の疲れが抜けきらない薪が室長室へ入ると、二階堂がカウチに座って資料をめくっていた。
「やあ、ツヨシ。この椅子は座り心地がいいね」
 ファーストネームで呼ぶな、というセリフも言い厭きた。聞き慣れたせいか、それほど腹も立たない。
 正直に言うと、さんざん青木に責め立てられて、立腹する元気もないのだ。
 この男が第九に来てからというもの、何を心配しているのか、青木がベッドの中でやたらめったらしつこくなった。週末は言うに及ばず、昨夜だって約束の日じゃなかったのに。今週の土曜日は遠出する予定だから前倒しでお願いします、とかって、わけのわからない理屈で丸め込まれて。

「血液、ありがとうね」
 初日、不可を出された2名の採血は、月曜の朝一番で行なわれた。
 脳科学者に対して敵意丸出しだった部下のひとりは、何故か月曜日は上機嫌で、二階堂の求めに素直に応じた。現金なやつだ、と薪はこっそり青木に囁いたが、その率直さを愛おしい、と思ってしまったことは言わないでおいた。
 二階堂が今見ているのは、追加のふたりのものだ。つまり、3日前に採ったばかりの採血データだ。
「もう結果が出たんですか?」
「うん。セイジが手配してくれたスタッフは優秀だね」
 小野田はよほど、この甥が可愛いとみえる。官房長の愛人との噂が立つほど彼には目を掛けてもらっている薪だが、やっぱり肉親には勝てないらしい。

「ねえ、ツヨシ。今日のお昼、ランチデートしようよ」
「しません」
 顔を合わせるたびにデートしようデートしようって、バカの一つ覚えみたいに。何べん断ってもめげないところは、昔の誰かを彷彿とさせる。あいつもしつこかったっけ。
 まあ、最終的には僕もほだされちゃって、現在に到るわけだけど。

「つれないなあ。一回くらい付き合ってくれたって」
 口の中でブツブツ言いながら、二階堂はさして凹んだ様子もなく、嬉しそうな目で薪を見ている。溢れる好意を隠そうともしない。
 ひとからの好意をこんな風に感じてはいけないのかもしれないが、こいつは男だし。純粋に、迷惑だ。

「ところでツヨシ。君の脳波、取らせてもらえない?」
 いつ言い出すかと思っていたが、やっときたか。
 最終的には脳波の測定資料を付けないと、論文は完成しない。言い換えれば、この測定が終われば、第九はこの男の観察から開放される。二階堂の滞在予定は10日ほどだと言っていたから、タイムリミットも迫っているのだろう。
「わかりました。職務の前と後の比較を取るなら、夕方と、翌朝は業務に入る前に行なったほうがいいでしょうね。測定の予定日はいつですか? みんなに1時間ほど早出するように、通達しておきます」
「いや。通達は必要ない。君だけでいい」
「僕だけ? 何故ですか」
「ノルアドレナリンの濃度が、被験者の中で一番濃いから」
 不愉快な鑑定結果が出てしまった。まあ、予想はついていたが。

「驚かないね」
「僕は室長ですから。一番ストレスが多くて当たり前です。他に、検査結果が問題になるような職員はいましたか?」
「いや。君以外は大丈夫。セラピーも必要ないと思うよ。みんな、ガス抜きの仕方が上手いんだね」
 検査結果に、薪は胸を撫で下ろす。
 連中の精神的負担は、数値に表れるほどではなかったらしい。脳内オピオイドが異常発生している部下がいたらどうしよう、と半ば本気で心配していたのだ。
「すいませんね、不器用で」
「うん。その攻撃的な態度は間違いなく、ノルアドレナリンの過剰によるものだね」
 二階堂の無邪気な皮肉に、薪は口を閉ざした。
 攻撃的で狭窄的な態度がこのホルモンの特徴だ。それを指摘されるのは面白くない。

「明日の帰りに、この病院に寄ってくれる? 測定機器を借りる約束をしてるんだ」
 二階堂は一枚の名刺を薪に差し出した。病院の事務長の名前と、裏に簡単な地図が記載されている。病院嫌いの薪でも知っている大きな総合病院だ。
 この病院を紹介したのも、小野田だろう。至れり尽くせり、そんなにこの男がお気に入りなら、娘の結婚相手に彼を選べば良かったのに。
「わかりました」
 机から必要な書類を取り出すと、薪はモニタールームに戻った。室長室でも仕事はできるが、あの男とふたりにはなりたくない。

 ヤキモチ妬きの恋人については、昨夜たっぷり相手をしてやったから、二階堂とふたりでいるところを見られても平気だと思うが、危ない橋は渡りたくない。今朝だって、起きるのが大変だったのだ。昨夜のアレが今夜も繰り返されたら、明日は完全に半身不随だ。トイレに行くにも、床を這っていかなくちゃならない。
 明日病院に行くときにも、青木に一緒に来てもらおう。その方があいつも安心するだろうし、遅くなるようだったら、そのまま家に泊まればいい。
 
 明後日は土曜日。
 今週の予定は車好きの恋人の希望で、幕張で行なわれる自動車の展示会に付き合わされることになっている。薪は車には興味がないが、イベントコンパニオンは美人ぞろいだし、ミニスカートから伸びる彼女たちの足には多大な魅力を感じる。薪好みの、小柄でぽっちゃり系のかわいい娘がいるといいのだが。
 そんなことを思いつつも、未来のコンセプトカーを見る恋人の笑顔に釘付けになってしまう自分の姿が簡単に想像できて、薪は自嘲する。
 具合の悪いことに、病状は進んでいる。女の子の生足よりもヤローの笑顔が楽しみだなんて、正常な男の考えることじゃない。以前なら、こんな考えが浮かぶたびに落ち込んでいたのだが、あまりにも回数が多すぎて、この頃は諦めモードに入ってきた。

 自分の中の良識という説教者に、薪は捨て鉢に宣言する。
 ほっといてくれ。
 僕は青木が好きなんだ。
 好きなひとの笑顔が楽しみで、何が悪いんだ。

 予備の席に陣取ってモニターを起動させる間に、だるい身体に喝を入れ、重い頭を一振りする。しゃんと背筋を伸ばし、キッと眉毛を吊り上げて、薪は報告書の検証に取り掛かった。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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非公開コメント

あれれ~

>薪好みの、小柄でぽっちゃり系のかわいい娘がいるといいのだが。
無理しちゃって薪さん、まだ言ってるんだ~。

でも
>自分の中の良識という説教者に、薪は捨て鉢に宣言する。
 ほっといてくれ。
 僕は青木が好きなんだ。
 好きなひとの笑顔が楽しみで、何が悪いんだ。
のあたり、以前に比べると格段の進歩です、本当素直になりましたよね~。
青木君の努力の賜物かな?(何の?)

それにしても二階堂さんの粘り強さ、粘り勝ち感心しました。
見習わないといけません(えっ、本当に(汗))。
冗談はさておき薪さんの魅力(あの美しさではしようがないけど)にとらわれてしまう人は今後どんどん増えていくのでしょう。
そして中には二階堂さんのように打たれ強い人もいるのでは・・・と思うと、その度の青木君の嫉妬と薪さんに対する仕打ち(あ~、生々しい(赤面))に薪さんのお身体が心配です(一人で心配してろ)。

もっと全開でもかまいませんのお優しい一言に甘え、思い切り全開にしてみました。(あ~、ひかないで下さい。)
小心者(古いですが動物占いは「ひつじ」でした)の私には勇気を振り絞ってもこれが限度なんです(いや、十分だって(笑))。

そう言えば小野田官房長って事はもしかしなくても「相棒」お好きですか?
私あれも好きなんです。

余談ですがしづさんは「早く春にならないかなあ。(またか(笑))」とつぶやいていらっしゃいますが、私は「春を通り越して早く夏にならないかなぁ」と始終つぶやき家人に呆れた目をされてます。(夏生まれの私には冬はとても生きづらい季節なんです(笑))。
毎年毎年「南へ」とか「冬眠」とかいう言葉が頭をよぎります。
という訳で早く温かくなるといいですね~。

ルナルナさまへ

こんにちは、ルナルナさま!
コメントありがとうございますっ、とっても嬉しいです(^^


> >薪好みの、小柄でぽっちゃり系のかわいい娘がいるといいのだが。
> 無理しちゃって薪さん、まだ言ってるんだ~。

M 『無理なんかしてないっ!僕は女の子が好きなんだっ!!』
と、本人は申しておりますが(笑)
うちの薪さんはゲイじゃないので、本当に女の子好きですよ。頭が良くて胸の大きな女性が好みです。(スケベオヤジ全開ですみません)


> でも
> >自分の中の良識という説教者に、薪は捨て鉢に宣言する。
>  ほっといてくれ。
>  僕は青木が好きなんだ。
>  好きなひとの笑顔が楽しみで、何が悪いんだ。
> のあたり、以前に比べると格段の進歩です、本当素直になりましたよね~。
> 青木君の努力の賜物かな?(何の?)

言われて見ればそうかも。
以前は心の中ですら認めませんでしたよね。「ないないない、それはない」とか、全力で否定してましたからね。
でも、それを素直に相手に言えるかどうか、言えなくても態度で示せるかどうかはまた別問題なんですよ、うちの場合。だから青木くんが不安に駆られてあんなことに。(困ったもんだ←作者が困ってどうする)
青木くんの努力は・・・・はい、がんばりましたよっ。ほんと、よく頑張ってますよ、彼は!だから薪さんがエッチ嫌いに(笑)


> それにしても二階堂さんの粘り強さ、粘り勝ち感心しました。
> 見習わないといけません(えっ、本当に(汗))。

あははは!
うちの薪さんは意外と押しに弱いので、押せ押せで行くとよろしいかと。青木くんもそうでした。(^^;


> 冗談はさておき薪さんの魅力(あの美しさではしようがないけど)にとらわれてしまう人は今後どんどん増えていくのでしょう。
> そして中には二階堂さんのように打たれ強い人もいるのでは・・・と思うと、その度の青木君の嫉妬と薪さんに対する仕打ち(あ~、生々しい(赤面))に薪さんのお身体が心配です(一人で心配してろ)。

他のことでは薪さんの方が何でも上なんですけどね~。
うちの薪さん、薄いし弱いしで、ホントこの方面だけはダメなんです(><)
M 『何言ってんだ、相手が女の子なら僕だって3日3晩ぶっ続けで!!』
ぶっ続けで、オセロ?(笑)


> もっと全開でもかまいませんのお優しい一言に甘え、思い切り全開にしてみました。(あ~、ひかないで下さい。)
> 小心者(古いですが動物占いは「ひつじ」でした)の私には勇気を振り絞ってもこれが限度なんです(いや、十分だって(笑))。

ええ~、甘いですよ、ルナルナさん! 秘密ブロガーさんは、みなさんもっと飛ばしてますよ!
とは言え、わたしも実はリアルのR語りは苦手で(^^;) すごく恥ずかしいです。(><) 書くのは平気なんですけど、コメ欄で語るのは苦手です。信じて。


> そう言えば小野田官房長って事はもしかしなくても「相棒」お好きですか?
> 私あれも好きなんです。

はい!
うちの小野田さんは、あのドラマの小野田さんのイメージそのままです。
ああいう、飄々としてしたたかで、実力のあるひとが薪さんの味方についてくれたらなあ、と思って書きました。
だって、薪さん警察内部でも立場辛そうなんだもん・・・。


> 余談ですがしづさんは「早く春にならないかなあ。(またか(笑))」とつぶやいていらっしゃいますが、私は「春を通り越して早く夏にならないかなぁ」と始終つぶやき家人に呆れた目をされてます。(夏生まれの私には冬はとても生きづらい季節なんです(笑))。
> 毎年毎年「南へ」とか「冬眠」とかいう言葉が頭をよぎります。
> という訳で早く温かくなるといいですね~。

ルナルナさんは夏がお好きなんですね!
楽しいですよね、夏は色々なイベントがあって。海にプールに花火に。(遊んでばっか)
ああ、本当に、早く春になれ!

ありがとうございました♪

Sさまへ

Sさま、続けて拍手ありがとうございます(^^

>僕は青木が好きなんだ。いいセリフですね~。心に沁みます。

よく言った!
じゃあ、次はそれを口に出してみよう!(←それはムリ)

ここまでになるには、1年近くかかりました(泣)
こいつら恋人同士になってからも、しばらくすったもんだしてて・・・・すみません、今も絶賛ケンカ中です。(--;)


それと、うちの薪さんは女の子大好きで、んでもって人妻とか年上とかベテラン(なんの?)が好きなので、きっとウェルカムだと思います!!
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

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