運命のひと(10)

運命のひと(10)







 金曜日の午後。
 大きな身体を二つに折って、青木は自分のデスクの脇にかがみこんでいた。
 携帯電話に向かって、何事か喋っている。声は低いが、明らかに憤った声だ。第九の職員たちはまだ、彼のこんな声を聞いたことがない。
「どうしてあんなものを送って来るんだよ。しかも職場に!」
『受取拒否で送り返されてきたからよ。中身も見ないなんて、あんまりじゃない』
 1ヶ月ほど前、実家から自宅に送られてきたのは、和服姿の若い女性の写真だった。要するに、見合い写真だ。それから何度か送られてきたのだが、2度目からは封筒の上からでもそれと解ると、封を切らずに運送会社に返却していた。

「要らないって言ってんだろ! オレにだって」
 恋人はいる。とことん惚れ抜いている相手がいるのだ。
 だけどそれは秘密の恋人で、口にしてはいけない。

「結婚相手くらい、自分で探すから。見合い写真はもう送ってこないでくれ」
『母さんはいいけど、俊幸さんがね。あなたは長男なんだから、結婚して家を継がないとってうるさいのよ』
 俊幸というのは父の弟で、ひとの家のことに何かを首を突っ込んでくるお節介なひとだ。見合いを強制するなんて母にしてはおかしいと思っていたが、あの叔父が絡んでいたのか。
『それでね、週末に写真のお嬢さんとの会食を取り付けちゃったのよ。会うだけでも会ってくれないと、俊幸さんの面目が立たないって』
「なに勝手なこと言ってんだよ! そっちが勝手にやったことだろ!? なんでオレが見ず知らずのひとと食事しなきゃいけないんだよ!」
 冗談じゃない。
 週末は、薪とふたりで過ごせるチャンスだ。そのために生きていると言っても過言ではないくらい、大切な大切な時間なのだ。邪魔されてたまるか。

「オレは行かないから、母さんのほうで」
 するっと携帯を手から抜かれて、青木は自分の声が高くなっていたことに気付いた。しゃがんだまま振り向くと、薪が青木の携帯を持って立っている。冷たい目で青木を見下ろしている。仕事中の私用電話を咎めているのだ。
「すみません、室長。すぐに切りますから」
「もしもし。室長の薪です」
 何を思ったか、薪は青木の携帯に向かって話しかけた。
「ええ。息子さんはとてもよく頑張ってますよ」
 青木の母親と、喋り始めてしまった。どういう気だろう。
「分かりました。必ず、そちらに向かわせます。僕がお約束します」
 何を約束するって?
「相手の方と、うまく行くといいですね。それでは」
 ぱたりと携帯を閉じて、青木の方へ返して寄越す。小さな手から受け取った薄い通信機器が、何故かとても重く感じる。

 薪の視線は下方をさまよっている。青木の顔を見ようともせず、黙って室長室へ入っていく。当たり前のように後を追いかけて、青木は薪の部屋へ入った。今の寸劇の説明を請わなければ。
「室長。母と何を」
「土曜日の11時。博多駅近くのKホテルだ。遅刻するなよ」
「なんですか、それ」
「封筒の中に相手の写真と、ホテルの地図も入ってるって言ってたぞ。ちゃんと確認しとけよ」
 椅子に腰掛けて、いつものように書類を手に取る。左手でPCを操りながら、報告書の内容と画面を見比べて、不明瞭な個所に付箋を付けていく。
「女性が喜びそうな褒め言葉のひとつやふたつ、あらかじめ考えていけよ。こういうことは、下準備が大切」
 ばん! と青木が机を叩くと、薪は口を閉ざした。
 不愉快なお喋りは止まっても、こちらを見ようとはしない。この件はすでに薪の中では決定事項で、話し合う気はないらしい。
 恋人に見合いを勧めるなんて。これでは相手の愛情を疑うな、と言うほうが無理だ。

「見合いしたからって、その相手と結婚しなきゃならないわけじゃないだろ。いい機会だから、今度の週末は親孝行してこい。おまえ、今年になって一回も実家へ帰ってないだろう」
 実家へ帰ったのは、父親の1周忌が最後だ。薪と一緒に新年を迎えたくて、法事が終わったその日のうちに帰ってきてしまった。
「実家へ顔を出すのはいいですけど、見合いはしません。相手のひとにだって失礼でしょう。オレが愛してるのは」
 亜麻色のキツイ眼に、ぎろっと睨まれた。それ以上喋るな、と薪の瞳が言っている。

「最初に言っただろ? 僕がおまえにやれるのは、身体だけだって」
 たしかにそう言われた。だけど、あれは。
「わかってるだろ。僕たちは、ずっと一緒にはいられない。おまえだっていつかは結婚して、家庭を持つんだ。準備はしておいても無駄にはならない」
「本気で言ってるんですか」
「僕はいつだって本気だ」
 薪は冷静だった。冷静に、自分との未来を切り捨てようとしていた。

 青木は、自分が立っている地面が揺れるような錯覚を覚える。
 結局は、自分の片思いなのだ。
 週末を一緒に過ごすようになっても、薪の部屋に泊るようになっても、同じベッドで朝を迎えるようになってさえ。
 青木の胸を締め付ける想いは、3年前から変わっていない。それと同じように、薪の心も変わらないのか。

「今日は半休扱いにしてやる。さっさと飛行機の手配をしろ」
 そのとき青木を包み込んだのは、絶望か怒りか。
 名称の付け難い感情に支配されて、青木は叫んだ。
「わかりましたよ。行きますよ、行けばいいんでしょう!」




*****

 この二人、この調子でいつもケンカばっかりしてる~。
 ちょっとはよそ様のあおまきさんを見習えよ、おまえら。(--;



追記 訂正しました。
 作中の駅名を訂正いたしました。
『福岡駅』→『博多駅』に直しました。
『福岡駅』って、福岡県にはないんですって。(教えていただいて、ありがとうございました)
 福岡県の駅は福岡駅だと思ってました。(←バカ)
 九州なんて20年くらい前に1回行ったきりだからなあ。(じゃあ路線図を調べろって、反省します、はい)
 わたしは色んな知識や常識が欠落しているので、こんなふうに教えていただけると、とてもありがたいです。これからも何か気付いた点がありましたら、教えていただけると嬉しいです。よろしくお願いします。
 

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Kさまへ

鍵拍手いただきました、Kさまへ

拍手、ありがとうございますっ(^^
いつもいつも読んでいただいて、とても嬉しいです!


>薪さん・・バカ(T口T) 
>青木・・耐えろ(T▽T) 

相変わらずですみません(^^;
ホント、こいつら成長しないったら、ていうか薪さんが成長しないんだな、うちの場合。ううーん、早く大人になれ。(いや、腐ではなく)


>雲行き怪しいですね・・不安です・・つ、続きぃ~!早く安心させてくださいぃ~!(>○<; 

つづきでますますマズイ展開になってたらどうしましょう(笑)
大丈夫ですよっ、しづがかわいい薪さんを泣かすはずがないじゃありませんか♪♪(←めっちゃ楽しい)


駅名のこと、教えていただいてありがとうございました!
そうだったんですね、はい、博多駅に訂正しておきます。追記もしておきますね(^^) (鍵を掛けてくださったKさまのお気持ちは?)
気になることがありましたら、これからもご鞭撻ください。よろしくお願いしま~す!!
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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