ジンクス(7)

ジンクス(7)






 三田村の指定した料亭の前で、薪がタクシーから降りたのは約束の30分前だった。
 しかし、既に客人は席に着いているという。これはまた嫌味のネタを提供してしまったなと思いながら、案内の仲居について板張りの廊下を歩く。
 通されたのは一番奥の部屋だった。密談に使う料亭らしく廊下側の仕切りは障子ではなく、部屋の内部が見えない襖だ。

「お連れ様がお見えになりました」
 仲居が声を掛けてから襖を開けてくれる。薪は廊下に正座して頭を下げた。中には三田村と、その友人であるという男が座卓を挟んで酒を飲んでいる。
「申し訳ありません。遅くなりました」
「いやいや。こっちが早く着いたんだ。君に会えると聞いて、楽しみでね」
 厚生省の役人だという男は、三田村の同期という話だがもっと年上に見えた。髪は既に白く、銀縁の眼鏡をかけている。どちらかというと痩せ型で神経質そうで、でっぷりした三田村とは対照的だ。
「はじめまして。法医第九研究室室長の薪と申します。この度は多大なご迷惑をお掛けしまして、誠に申し訳ありません」
 部屋の中に入って襖をきちんと閉め、薪はもう一度頭を下げた。
「堅苦しい挨拶はいいよ。今日は公式の席ではないのだからな。腹が空いとるだろう。ここの料理はなかなかだぞ」
「ありがとうございます」

 高級料亭という割にどこかしら下卑た感じのする店舗に微かな違和感を感じつつ、薪は末席に着いた。
 この部屋は日本間なのに、間接照明を使っている。その暖色系の明かりのせいか、床の間の掛け軸も違い棚に飾られた皿も、なんだか品が悪い。料理も薪の好きな山水亭の本格的な日本懐石とは違って、洋食の要素を取り入れた和風懐石という感じだ。箸をつけたものの、この面子では食べる気がしない。
 これから延々と2人がかりで嫌味を言われるのかと思うと気が重いが、まあ、頭の中で先日読んだミステリー小説のストーリーでもなぞっていればそのうち終わるだろう。平日だし、午前0時を越えることもあるまい。

「三田村部長。データの件ですが」
「まあ、焦るな。ちゃんと持ってきてもらってるさ。な、工藤」
 三田村の言葉に頷いて、相手の男は自分の胸の辺りを軽く叩いた。
「ここにちゃんと持ってきているよ。かさばるからメモリーにしたんだ」
「ありがとうございます」
「三田村、おまえのもちゃんとあるからな」
 データさえ手に入れば、こいつらに用はない。このままメディアを奪って逃げたいくらいだが、さすがにそれはまずいだろう。
「酌をしてくれるかな?」
「はい」
 コンパニオンくらい雇えばいいのだが、これは非公式の会合だ。部外者の同席はなるべく避けたほうがいい。
 若輩者の自分が酌をするのは仕方のないことだと割り切って、薪は徳利を手に取った。膝を進めて工藤の右隣に正座し、素直に酌を始める。

「どうだ、工藤。薪くんは美人だろう」
「ああ、写真より実物のほうがずっといいな」
 おかしな会話だ。
 しかし、薪を糾弾する気配はない。この工藤という男は、三田村の友人にしては話のわかる男なのかもしれない。三田村も友人の前では、薪にあからさまな攻撃を仕掛けてくることはないようだ。これは上手くすると、1時間くらいで解放してもらえるかもしれない。
 岡部との約束をキャンセルするんじゃなかったな、と後悔しながら、薪は優雅な手つきで酌を続けた。
 と、突然、工藤の手が薪の手を押さえ、手の甲をさすった。
「女のような手だな」
 そのまま薪の手を握って、自分の口元へ持っていこうとする。思わず振り払って、薪は身を引いた。
 眼鏡の奥の目が、薪に愁派を送ってくる。ぞっとするようなねちっこい視線――――。
 まさか、こいつ……。
 
「あの」
 三田村に目をやると、にやにやしながら酒を飲んでいる。
「なんでもっと早く紹介してくれなかったんだ?こんな美人」
「おまえは10代専門だって言ってただろう。薪くんは30過ぎだぞ。いいのか?」
「とてもそうは見えんな。この肌なら18くらいで通るだろう」
 手首をつかまれ引き寄せられて、頬を触られる。背中に鳥肌が立った。
「やめてくださ……!」

 すたん、と襖の開く音がして、奥の部屋の様子が薪の目に飛び込んできた。
 襖を開いたのは三田村だ。その大きな腹の向こうに、日本間に敷かれた大きめの布団。枕が2つ並んで置いてある。
 なんだ、この料亭は――――?
 あまりのことに開いた口が塞がらない。声も出ない。
 冗談じゃない。いくらなんでもこれはないだろう。

「君も初めてじゃないだろう?」
 どういう意味だ! 三田村のバカはいったいどんな紹介の仕方をしたんだ!?

 まったくもって馬鹿馬鹿しい。あのデータのためにここまですることはない。大きく息を吸って呼吸を整えると、薪はできうる限りの侮蔑を込めた目で工藤を睨んだ。
「君もいい大人だろう。相手をしてやりたまえよ」
「そんな話は聞いてません。帰らせていただきます」
 三田村の指示をきっぱりと断って、気色の悪い男の手を乱暴に振り払う。やっぱりバカの友達だ。ろくなもんじゃない。
「データはいらんのか?」
「けっこうです」
 田城から正式に厚生省に申し入れて、きちんとした手順を踏めばデータの入手は可能だろう。ただ、改竄されないとは限らないし、データが来るのは早くて半年後。捜査には間に合わない。だからといってこの要求を呑むのは……。
 いや、いざとなれば宇野に命じて、厚生省のシステムにハッキングかけてやる。どっちにしろ違法捜査には変わりないわけだし。

「もうすぐ昇任人事の時期だろう。君のところの新人、警部の内示が出ていたが、彼はどこの部署に行きたいだろうね?」
 席を立とうとした薪に、三田村の声が飛ぶ。
 汚い男だ。こんな汚いやり口に屈してたまるか。
 しかし、迷うところではある。
 せっかく第九に慣れてきた青木を失いたくはない。あいつはこのまま育てば、いい捜査官になれる。今が一番、大切な時期だ。下手な部署に飛ばされてしまったら、あの真っ直ぐな正義感が潰されてしまうかもしれない。
 警察というところは、綺麗ごとでは動かない。政治がらみの汚いことも、上層部が絡んだ隠蔽工作もたくさんある。青木もキャリアで入庁した以上、いずれはそういうことも知っていくことになるのだろうが、今はまだ早い。

「公安の4課なんか、どうかね」
 隠蔽工作の専門部署だ。新人が配置されるところではないが、三田村ならやりかねない。
「お互い子供じゃないんだ。わしは席を外すから、君も楽しみたまえよ」
 工藤の手が肩を抱く。ネクタイを緩められ、ジャケットを脱がされる。顔が近づいてきて、首筋に息がかかる。
 気持ち悪い。吐きそうだ。
 だが、青木のことを思うと、ここは……。

 せいぜい1時間くらいの我慢だ。たしかに自分は初めてでもないし、子供でもない。
 込み上げてくるおぞましさと懸命に戦いながら、薪は目を閉じた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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