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運命のひと(16)

運命のひと(16)







「あれ? なんだっけ、このCD」
 ラベルもシールも貼付されていないCDを予備の机の奥から見つけて、宇野は首を傾げた。
 捜査中は一刻も早く証拠の画を見つけ出すことが優先されるから、参考にした資料やそのコピーの整理などは二の次三の次で、あちこちに放りっぱなしのメディアが散乱する状態になる。繁忙時期には仕方のないことだと思うのだが、室長に見つかると雷が落ちるので、とりあえず予備の机の引き出しに突っ込んでおいて、暇なときにまとめて片付けるのだ。

「聞いたことないメーカーだな」
 CDの片面に入っている透かし文字は、英語ではないようだ。CDにウィルスが入っている危険性も考えて、宇野は自分のノートPCにそのCDを入れてみた。
 オートローディングが働き、自動的にプログラムが選択される。どうやら音楽CDらしい。
「音楽が関与した事件なんて、あったっけ?」
 再生ボタンを押すと、一昔前に流行ったホップスが流れ始めた。宇野は音楽にはまるで興味がないが、その彼でさえどこかで聞いた声だと思った。

「めずらしいな。宇野がS×××なんて」
 流行には詳しい今井が、歌い手の名前を教えてくれる。有名な歌手なのだろうが、宇野には初耳だ。
「へえ。そんな名前なんだ、このグループ」
「グループじゃなくて2人組。っておまえ、そんなことも知らないでCD買ったのか」
「だってこれ、俺のじゃないもん」
「じゃ、誰のなんだよ」
「さあ?」
「二階堂先生のじゃないか?」
 2つ隣の席で同じように資料の整理をしていた小池が、思い出したように言った。
「あ、そうだよ。それで聞き覚えあったんだ」
「そういえばあのひと、初日にこれ流して、薪さんに大目玉食らってたっけ」
 その日のことを思い出して、小池がにやりとする。
 あの時は笑ったっけ。二階堂に軽くあしらわれる薪の壊れっぷりが、とても愉快だった。

「こうして聞くと、いい曲だな」
「うん。俺もこいつら好き、って、室長!」
「すいませんっ! あの、CDの中身を確認して、あ、いや、片付けを怠っていたわけじゃなくって、たまたま」
 どんどん墓穴を掘っていく様子は、部下は上司の背中を見て育つという格言を実行に移しているかのようだ。
「すぐに破棄しますからっ!」
「捨てるなら、僕にくれ」
 薪が狂った。
 いや、こちらの耳がおかしくなったのか。
 仕事の鬼の室長が、職務時間中の音楽を聞きとがめることもなく、CDが欲しいと?

「貰ってくぞ」
 宇野のPCからCDを抜くと、薪は本当にそれを持って行ってしまった。
「どーしたんだよ、薪さん」
「ヘンだ……おかしいよ」
 一様に首を捻る部下たちを尻目に、薪は室長室へ入った。

 自分のPCにCDをセットして、ヘッドホンを付ける。再生ボタンを押して、二階堂が好んだリスニングサウンドに耳を傾ける。
 恋の歌。
 将来を共に生きていこうと決めた恋人へのラブソングだ。
 ――でもさ きみは運命のひとだから 強く手を握るよ――
 そんな歌詞が繰り返されて、二階堂の口説き文句のルーツを教える。
 軽薄なやつだ。
 小野田の電話を聞く前だったら、そう思っただろうに。

 初めて彼に会ったとき、第九で非業な死を遂げた被害者のMRIを見たとき、二階堂は長閑な口調でこう言った。
『仕方ないよ。ひとの生き死には、運命だから』
 運命。
 自分の死を目前にして、彼はそう言うしかなかったのか。

『じわじわと死を待つしかなかった彼女の気持ちが、あなたに解るとでも言うんですか』
 僕のあのセリフを、かれはいったい、どんな気持ちで聞いたんだろう。
 自分の命の期限を運命だと受け入れるしかなかった彼が、明日が来ることを当たり前だと思っている幸せな人間の叱責を、どんな気持ちで受け止めたのだろう。あの笑顔の裏に、どれほどの涙を隠していたのだろう。

 ――走る 遥か この星の果てまで 君を乗せていく――
 曲がサビの部分にかかると、ボーカルの声が美しく響いた。澄んだ歌声が、切々と主人公の恋心を歌い上げた。
 ロマンチックな歌詞。現実にこんなことを言ったら笑われるだろうが、メロディがつくとすんなり聞けるから不思議だ。
 この音楽の流れる部屋で、二階堂とした最後の会話を思い出す。

『僕だって、時間さえあればこんなことはしなかったよ』
 日本に滞在できる時間が限られている―――てっきり、そういう意味だと思っていた。二階堂の命にタイムリミットが切られていたなんて、思いもしなかった。
『口惜しいよ。青木くんが羨ましい』
『僕だって、時間さえあれば』
 あれはちがう。
 あれは、僕をものにできなかったことが口惜しいと言ったんじゃない。そんなことじゃない、そんな悠長な話じゃなかったんだ。

 口惜しいよ。
 僕だって。
 もっと、生きたいよ。
 
 そう、言いたかったんじゃないのか。

 薪は両手で顔を覆った。
 ヘッドホンから流れてくる明るい音楽が、まるで鎮魂曲のように薪の頭の中で鳴り響いた。

 二階堂は。
 生きることを諦めてなんかいなかった。諦められるはずがなかった。すべてを諦観して、受け入れることなんかできなかったんだ。
 周りの人間を羨み、無為に生きる人々に腹を立てることもあっただろうに、そんなことはおくびにも出さず、運命という一言ですべてを切り捨てて。
 そう口では言いながらも、自分に残された僅かな時間と成し切れなかった膨大な夢たちの亡骸に苦しめられて。
 どれだけ自分の不運を嘆いたのだろう。
 どれだけ神さまを呪ったのだろう。

 あいつは自分の意志で僕に会いに来た。小野田さんから僕のことを聞いて、写真を見て、僕を探しに来たんだ。もちろん、あいつの気持ちに応えてやることはできなかったけど。
 あんなに素気なくすることもなかった。
 ちゃんと話を聞いてやればよかった。何もかも運命だ、という言葉の裏側に隠れた彼の気持ちを、もっと考えてやればよかった。

「ふ……くっ……」
 警察庁の廊下でやり過ごしたはずの感傷は、大きさを増して薪の胸に還ってきた。
 今度は我慢ができなかった。
 細い指の隙間から、後悔の雫が滴り落ちてきた。とめどなく溢れ落ちるそれは、白い手の甲を伝って、ワイシャツの袖口に吸い込まれていった。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。


そうです、曲はスピッツの「運命の人」です。 昔からこの歌好きだったんですー。
ところで、
「PVが手術中」って何の話?? マサムネさん、ご病気なんですか?
それと、スピッツは4人組なんですねー。 書いたときはデュオだと思ってたww。←ちゃんと調べて書こうね。


>薪さんは殺人被害者だけでなく、親や親友や部下達と言った身近な人達を亡くしたから・・親友は自らの手で殺めてしまったから運命なんて言葉、受け入れられないでしょう。

そうですねえ。
それもあったのかな。 人の生き死には運命だから、君の周りの人たちが死ぬのは君のせいじゃないよ、って二階堂は言いたかったのかもしれない。


>薪さんの笑顔が薪さんを愛する人達の願いなんだから・・

これは間宮の持論ですけどwww。
でも本当にそうだと思う。 好きな人が笑ってくれたら、嬉しいよね。 だから薪さんには笑っててほしいな。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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