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運命のひと(18)

運命のひと(18)







 「薪さんのバカ」

 本人の前ではとても言えないセリフをレンタカーのハンドルにぶつけて、その夜は帰途に付いた青木だが、週明けの第九に薪の姿がないのを確認すると、途端に寂しくなった。
 薪に対する怒りなど、翌朝にはもう消えていて。薪の携帯に電話を入れたが、留守番電話に切り替わるだけで、何度掛けても薪の声は聞けなかった。
 水曜日には帰国する予定だったから第九で待っていたのだが、夜の8時を回っても薪は姿を現さなかった。自宅にいるかもしれないと吉祥寺まで足を伸ばしたが、薪の部屋には明かりが点いていなかった。
 もしかすると、帰国が延びたのかも。岡部なら何か聞いているかもしれない、と考えたが、それを岡部に確かめるのも何だか業腹だった。恋人としてのプライドというか、男の見栄のようなものがあって、薪のことを何も知らない自分が哀れだと思った。

 吉祥寺の駅に着いたときに、コートのポケットで携帯が震えた。慌てて確認すると、それは待ちに待ったひとからの電話だった。
「薪さん。お帰りなさい。日本に着いたんですね?」
『青木。今から出てこれるか』
「はい。今、薪さんのお家の近くにいるんですよ。薪さんから管理人さんに電話してくれれば、いつかみたいに食事とお風呂の用意をしておきます」
『要らない。おまえが僕のところまで来い。空港近くのNホテルにいるから』
 時刻は9時を回っている。これから千葉まで行くとなると、帰りは確実に真夜中過ぎだ。
「はい。すぐに行きます」

 相手の都合などまるで考えてない薪の我侭な呼び出しに、青木は弾んだ声で応える。
 薪から、しかもホテルへの呼び出しだ。嬉しくないはずがない。
 恋人から遠く離れて、異国の地でたった一人の休日を楽しんだはいいが、独りはやっぱり淋しいと、しみじみ感じたに違いない。
 おまえと一緒に行けばよかった、なんて、縋ってこられたらどうしよう。4日ぶりということもあるし、仲直りの意味もあるし。そんなこんなで、一晩中ぶっ通しで鳴かせてしまいそうだ。

 Nホテルに到着し、連絡のあった部屋のチャイムを押すと、予想どおりバスローブ姿の薪が青木を迎えた。何も言わずに、抱きついてくる。石鹸の香りがする濡れた髪に鼻先を埋めて、青木は恋人の身体を抱きしめた。
 薪は青木のジャケットを脱がせ、ワイシャツのボタンを外した。インナーをめくり上げて、裸の胸に頬を寄せてくる。青木の背中に小さな手が回り、ぎゅっと力がこもった。
 ドアの側に立ったままの性急な誘惑に、青木は軽いデジャビュを覚える。
「スウェーデンの中学生に、自慢話でもされたんですか?」
 昔のことを揶揄して、ちょっと意地悪をしてやる。怒るかな、と思ったが、薪は青木にしっかりと抱きついたまま、身じろぎもしなかった。
 これはよっぽど淋しかったのかな、と青木は心の中でヤニ下がる。たまには、距離を置くのもいいものだ。再会のテンションは、否が応にも上がろうというもの。

 細い身体を抱き上げて、ベッドに運ぶ。
 清潔なシーツの上に押し倒して、バスローブを脱がせる。薪は少しだけ抵抗したが、すぐに大人しくなった。目を閉じてじっとしている。
 シャツを脱いで肌を合わせる。キスをして、髪を撫でる。首に絡んでくる薪の腕をやさしく取って、シーツの上に押し付ける。抱きつかれるのは嬉しいが、これでは動けない。
 青木の舌先は器用に動いて、薪が悦ぶ首筋から、鎖骨を通って胸の突起へ辿り着く。腰やわき腹の辺りを擦り、薪の熱を高めようと試みる。

「青木……んっ……」
 薪のそこはまだ慎ましいままで、でも、このひとの反応が遅いのはいつものことだ。特に今日は長時間のフライトで、体力も消耗しているだろうから、時間が掛かるかもしれない。それでも、念入りに愛してやれば大丈夫。薪の急所は押さえている。
「あっ、ああ」
 可愛い声も上がってる。薪は最初の頃、声を殺してしまうことが多いのだが、今日は早い段階から声を出してくれている。感じたがっているのだ。
 しかし、青木の予想を裏切って、薪の身体は愛撫に応えようとはしなかった。薪の蕾は固いままで、青木の指に綻ぶこともなく、いつぞやのように蜜を滴らせることもなかった。

「青木。大丈夫だから」
「でも」
「ローション多めに使えば、ちゃんとできるから」
 言い訳がましく言葉を重ねる彼の亜麻色の瞳には、涙が滲んでいたけれど。その涙は、いつもの快楽の涙ではない。
「だから……」
 ぎゅっと自分の首に抱きついてくる薪の仕草に、青木はようやく気付いた。
 この人は、セックスがしたくて自分をここに呼んだのではなかったのだ。ただ、抱きしめて欲しかったのだ。
 性的な意味ではなく、一刻も早く、抱いて温めて欲しかった。
 だけど、青木がどれだけ薪のことを欲しがっているか知っているから、そうとも言えなくて。何もせずに裸の薪を抱きしめていることが、青木を苦しめることだと分かっているから、黙って為されるがまま、出したくもない声を上げて。

「今日みたいな寒い日は、こうやって抱き合ってるの、気持ちいいですよね」
 掛け布団を羽織り、はだかの薪を胸に抱きこむ。枕の上で擦られながら自然に乾いた髪は少しクセがついて、青木の指に絡んだ。
「あったかくなりました?」
「……うん」
 薪のくちびるは、素直じゃない。
 憎まれ口や意地悪はぽんぽん出てくるくせに、大事なことは何も言わない。自分が本当に欲しいものは、絶対に口にしない。それを分かってやれるほど青木は大人ではないから、いつも盛大にすれ違ってしまうけど。
 少しずつ、少しずつ、すれ違う距離を縮めていければいい。こうしてゆっくりと、薪の本音に近づいていこう。

 側臥した姿勢で抱き合い、薪はほっと息を洩らした。
 小動物のように青木の胸に額をこすりつけ、前半身を合わせ、足を絡めてくる。細い肩から首から薪の匂いが立ち上ってきて、青木の理性を翻弄する。やっぱり、この状態は生き地獄だ。
 その時、サイドテーブルの上で、薪の携帯が震えた。
 びくっと肩を震わせて、怖いものでも見るように薪がそちらを振り返る。顔をこわばらせ、青木の腕の中から抜け出して、薪は電話に出た。
 
「はい。薪です」
 敬語を使ったところを見ると、相手は目上の人間か。小野田か、田城か、あるいは青木の知らない誰かか。
「そうですか」
 小さな声で呟くと、後は何も言わずに電話を切った。目上の相手に、きちんと挨拶もしないなんて、薪らしくないと思った。

 立ち尽くした背中が、とても頼りなく見えた。薄暗い闇の中に、溶けていってしまいそうだった。
 静寂の後、裸のまま床に崩折れて、静かに薪は泣き始めた。
 何があったのか見当もつかなかったが、それが悲しみの涙であることだけはわかった。何も聞かず、青木は裸の薪を後ろから抱きしめた。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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泣かせたね‥?

‥しづさん‥こんなふうに薪さん泣かせて‥
ただですむと思ってないですよねぇ‥

‥‥ううううう‥‥ひどいーーーっ
なんで‥‥
(ToT)‥薪さんだけじゃない‥私だって‥

乙女を泣かせて‥あんまりな仕打ち‥

あまりの辛さに
もう何書いていいやら‥訳が分からない状況で‥。

怒っていないし、乙女は‥冗談ですが‥
冗談でも言わないと‥とうていやっていられないです‥
だ大丈夫かな‥伝わってるかな??

ちゃんとしたこと書けてませんが‥
落ち着いたらまた考えをまとめたいと思います。
今はこれが精一杯‥

ええ、怒ってないし、落ちてないし‥大丈夫ですから。
ぜんぜん気にしないで下さい‥気にしないで‥うっうっ(ToT)/~~~

ruruさんへ

いらさりませ、ruruさん♪

> ‥しづさん‥こんなふうに薪さん泣かせて‥
> ただですむと思ってないですよねぇ‥

きゃん、ruruさん、こわいっ☆☆
背景に渦巻きの呪いオーラが見えます(^^;


> ‥‥ううううう‥‥ひどいーーーっ
> なんで‥‥
> (ToT)‥薪さんだけじゃない‥私だって‥

てへ、ごめんね(^^)←全然心がこもってない。


> 冗談でも言わないと‥とうていやっていられないです‥
> だ大丈夫かな‥伝わってるかな??

はい、大丈夫です、というか、泣いていただいてうれしいです(^^)
すみません、しづはリアルで悪魔なので、自分が書いたお話でこころを動かしてくださるのは、どんな感情でもとてもうれしいのです。
だから、ありがとうございます。


> ちゃんとしたこと書けてませんが‥
> 落ち着いたらまた考えをまとめたいと思います。
> 今はこれが精一杯‥

いえいえ、まとまってない分(←失礼)ruruさんのお心がダイレクトに伝わってきて、こちらも感動してます。ruruさん、二階堂のこと、気に入ってくれてましたものね。ありがとうございます。


> ええ、怒ってないし、落ちてないし‥大丈夫ですから。
> ぜんぜん気にしないで下さい‥気にしないで‥うっうっ(ToT)/~~~

気にしないでと言いつつ、泣いてるruruさんが可愛いです(笑)
自分で落としておいてなんですが、早く元気になってくださいね(^^
ありがとうございました!

Aさまへ

Aさま。


ここの二階堂の気持ちですが。

>薪さんに知られて悲しませたくないと思っていたでしょうが、やはり自分の為にはるばる日本から来てくれたら嬉しいんじゃないかな。

やっぱりそうですよね?
人間て、いくら綺麗ごと言っても死ぬ間際って本当に怖くて怖くて、そのことしか考えられないんじゃないかとも思うんです。カッコいいままで死ねる人ってそうそういないんじゃないかな。少なくともわたしのキャラの中にはそんなにデキた人間はいなくて、その場になると足が竦んでしまったり、みっともなく命乞いをしてしまう。
だからきっと二階堂もこの時は、大好きな薪さんに会えて嬉しかったと思うんです。罪悪感云々と言うのは、むしろ薪さん側の問題ですね。

しかし、
この頃の話もけっこうSっ気強いですね。
昔からSだったんだなー、わたし。


青木さんはね~、大事なところは外さないんです。
ズレまくってても青薪小説ですから。(^^
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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