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ジンクス(8)

ジンクス(8)







 生ビールのジョッキがいくつも合わさって、鈍い音を立てた。真っ白な泡が黄金色の冷たい液体の上で、クリームのように揺れる。
 ここは第九の職員の行きつけの店で、美味い地ビールが置いてある。

「試験合格、おめでとう」
「ありがとうございます」

 霞ヶ関にあるこの居酒屋は、裏通りという立地の関係もあって都心の店の割に値段は手頃だ。酒の種類も豊富だし、料理もボリュームがあってそこそこ美味い。
 ジョッキは冷凍庫でキンキンに冷やされていて、周りに付いた霜がビールの味を引き立てる。ビール好きの青木には嬉しい心遣いだ。
「よかったな、青木」
「皆さんのおかげです。いろいろとアドバイスしてくださってありがとうございました」
 にこにこと笑って素直に礼を言う。いつもの元気な青木を見て、先輩たちは密かに安堵している。
 昼休みの間に、室長にきちんとした謝罪ができてすっきりしたらしく、青木は午後からいつもの集中力を取り戻した。この調子ならミスの連鎖に嵌ることもないだろう。

「薪さんから金一封、出てるぞ」
「へえ。こんな制度があったんですか」
「そんなわけないだろ。俺たちは国税で動いてるんだぞ。これは薪さんのポケットマネーだ」
 ここの勘定も室長持ちだという。警視正の給料はさぞ高いのだろうが、それにしても薪は気前がいい。顔を出してくれるともっと嬉しいのだが。
「たまには来てくれればいいのに、室長も」
「あのひとは騒がしいのが苦手だから。てか、気取り屋?」
「居酒屋なんか来ないだろ。フランス料理にワインてイメージだし」
「小洒落たカフェバーとかだったら来るかもな。うわあ、飲んだ気しねえな、そういう処」
 酒の席で、その場にいない者は言われ放題だ。軍資金を出しているはずの室長とて例外ではない。

「気を使ってるんだろ。上司の前じゃ、俺たちが楽しめないだろうって」
 そうかもしれない。
 仕事中は唯我独尊を地で行く薪だが、その陰では気配りの名人であることを第九の職員はみな知っている。
「まあ、飲んだら上司の悪口ってのはお決まりだからな」
 第九には、上司の悪口を言うものはいない。言ったとしても、そこには親しみがある。どんな辛辣な言葉も本気ではない。基本的に薪のことが好きでなければ、第九の仕事は勤まらない。
「薪さん、気にしすぎですよね。そんなことないのに」
「あのひとらしいだろ。それに、今日は接待だとさ。三田村部長のご友人とやらに会うらしい」
 薪との約束がキャンセルになって、岡部は少し機嫌が悪いようだ。なにも室長が行かなくても、などとぶつぶつ言っている。

「じゃあ、今頃はきっと料亭で豪華な会席料理ですね。いいなあ」
「三田村と一緒だぞ。食った気しないだろ」
 岡部の言葉にみんなが頷く。たしかに、まずいメシになりそうだ。
「こっちの料理のほうが美味そうですね。赤坂の仙岳とかなら別かもしれませんけど」
 仙岳は日本料理の名店だ。毎年、日本料理店№1の称号を獲得している。が、料金のほうも№1で、一般人にはなかなか手が出ない。
「違うな。寂洸、とか言ってたな」
「寂洸? まさか、麻布のじゃないですよね」
「よく知ってるな」
 今井が箸にエビフライを挟んだまま、固まっている。心なしか顔が青いようだ。
「麻布だとなんかまずいのか?」
「麻布の寂洸っていったら、連れ込み宿ですよ。高級料亭の看板はあげてますけど、中にそういう部屋があって、目的はどっちかっていうとそっちのほうです」
 今井の情報に全員が押し黙る。薪の容姿ならその可能性もなくはないが、三田村にその気はなかったはずだ。でなければ、あれほど薪と仲が悪いわけはない。

「まさか。三田村の女好きは有名だぞ」
「その友人の名前って、なんていいましたっけ」
 岡部もそこまでは聞いていない。黙って首を振ると、宇野がノートパソコンを取り出して、キーボードを叩き始めた。
 いくつかのサーバーを経由して、警視庁の裏ファイルに侵入する。滅多なことではやらないが、宇野はとびきりのハッカーだ。
「いましたよ、やっぱり。工藤幸一、52歳。2年前に猥褻行為で訴えられてます。相手は17歳の男子高校生です」
「なんでそんなやつが厚生省の役人なんかやってられるんだ?」
「三田村が揉み消したんですよ。人事部長の圧力かけて。高校生の親は所轄の巡査長で、たいした功績もなしに2階級も特進になってます。親も親ですね」
 岡部は腕の時計を見た。時刻は8時を回っている。会食は8時からだと言っていたから、どちらにせよ今からでは……。

「青木?どこ行くんだ!?」
 曽我の声に顔を上げると、青木が外へ駆け出していくところだった。
「待て、青木! 室長に迷惑がかかるんだぞ!」
 岡部の制止も耳に入らないらしく、後ろを振り返りもしない。テーブルの上に飲みかけの生ビールと室長からの金一封、鞄まで置き去りにして、青木は店を出て行ってしまった。

「行っちゃいましたね」
「あ~あ、青木は薪さんの性格、知らないから」
「あんなデータくらいで言うこと聞くひとじゃないですよね」
「でも主役がいないんじゃ、今日はお開きですね」
 青木の合格祝いはまたの機会に譲ることにして、割り勘で居酒屋の料金を払うと、第九の面々は思い思いに散って行った。あまり室長の身を案じているようでもないが、心中は複雑だ。薪のことだから上手く切り抜けたとは思うが、万が一。
 岡部は薪の携帯に電話を入れてみた。接待なのだから当たり前の礼儀だが、電源は切られており、薪は電話には出なかった。
 なんだか、いやな感じだ。
 しかし自分にはどうにもできない。青木が無茶なことをして、室長の立場をこれ以上悪くしないことを祈るだけである。
 後先考えずに行動できる青木が、少しだけ羨ましい。

「明日は室長のカレーが食えるかな」
 誰にともなく呟いて、岡部は帰途についた。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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