恋人のセオリー その1

 こんにちは。
 先日、みなさまに押していただいた拍手の数が7000を超えました。
 どうもありがとうございます!! 
 本当に、いつもいつも気遣っていただいて、そのお気持ちがうれしいです。

 7千のお礼は、次点の『楽園にて』です。
 バカオロカなわたしのミスで、6千のお礼より先に公開することになると思います。(ううう、ホントにごめんなさい)
 すずまきさんのRなので、苦手な方にはごめんなさいです。
 よろしくお願いします。
 



 それで、こちらのお話ですが。
『運命のひと』のあとには『言えない理由』というお話を公開する予定だったのですが、内容的に暗いお話が続くとめげるので、間に息抜きしていただこうかと。
 
 最近書いたお話で、本編からは少しズレた話になってます。
 そのため、『男爵の華麗なる日々』(笑)というカテゴリを作ってみました。こちら、うちの薪さんのカンチガイが全開のR系ギャグになっております。
 なんですかね、暗い話を書いた後というのは、ギャグが書きたくなるんですよ。で、その後はまた痛い話が書きたくなると。その繰り返しです。
 つまり、うちのお話はギャグとSの連鎖ってことですね!(なんて邪道なSS……)
 

 すみません、どうかよしなにお願いします。






恋人のセオリー その1








 まだ科学捜査というものが存在しない時代、推理だけで犯人を追い詰める名探偵という存在が脚光を浴びていた。
 それは主に小説や映画の中のことだったが、彼らの快刀乱麻の活躍ぶりは読者の胸をスカッとさせ、現実にはありえないと解っていても手に汗を握り、狡猾な犯人と探偵の知恵比べを楽しんだものだ。
 206X年の現代においてもその人気は根強く、レンタルショップにはずらりと推理活劇のDVDが並ぶ。科学捜査をまったく無視した犯罪捜査は、専門知識を持たないものでも楽しめる、という利点もある。逆に、科学捜査に詳しい人間の目には、完全なファンタジーとして映るのだ。

 そんなわけで、ここにもコアな名探偵ファンがひとり。
 今夜の主役は灰色の脳細胞を持った小柄な紳士。英国の偉大なる女流作家が生み出した、お洒落なヒゲがチャームポイントの名探偵だ。
 秋の夜長のお供にと淹れてきたコーヒーをローテーブルの上に置いて、青木は恋人の隣に腰を降ろす。リモコンを片手に青木が来るのを待っていた恋人は、何故かさっと席を立った。
 
 菓子でも取りに行くつもりだろうか、と彼の様子を見ていると、空いている方の手でマグカップを持ち、青木の膝の上にストンと腰を降ろした。
「……あの?」
 なんだろう。
 新しい嫌がらせか?視聴のジャマをしたいのか?それとも、自分の重さで青木の足を痺れさせようという魂胆だろうか。

「何してるんですか?」
 青木が聞くと、薪はふふんと笑って、子供が新しく得た知識を母親に披露する時のような自慢げな顔つきになった。
「恋人同士ってのは、テレビを見るときはこうするもんだろ?」

 呆気に取られる青木の上で、薪はリモコンの再生ボタンを押した。
 こんな都合のいい法則をいったい誰に教わったんだろう、と考えるまでもない。40年近い人生の中で、薪がこれまでに恋人と呼んだのはたったひとり。そのひとに刷り込まれたに違いない。
 でも、薪の方からくっついてくれるのはとても嬉しいから、その間違いを正すのも惜しい。だから青木は、黙って後ろから薪を抱きしめる。百合の香がほのかに漂う首筋に鼻先を埋め、短い髪の先端がさらさらと目蓋をくすぐる感触を楽しむ。

「おまえ、それで画面が見えるのか?」
 小さな貝殻のような外耳の形に添ってくちびるを運び、耳朶を軽く挟む。くすぐったそうに肩を竦めて、薪は後ろを振り向いた。
「やめろ。集中できない」
 そんなことを言われても。
 こうやって密着していたら、自然にそうなってしまうと思うが、鈴木とは違ったのだろうか。
「ったく、おまえって」
 ムッとくちびるを尖らせていた薪の顔が、不意に驚きの表情に変わった。青木の腕を振りほどいて、跳ぶように立ち上がる。
 青木の身体の一部分の変化に目を瞠ると、薪は心底不思議そうな表情で叫んだ。
 
「なんでそんなことになってんだ!?」
 だって……薪さんとくっついてたら、自然に……。

「僕、やっぱりおまえとは付き合えないかもしれない」
「どうしてですか!?」
「だって、テレビを見るたびにそんなことになってたら、とても身体がもたない。僕はもう若くないし」
「大丈夫です、我慢しますから」
「我慢させるのもイヤなんだよな」
 どうしろというのだろう。生理現象を理性で抑え込め、というのだろうか。それとも自分と会う前には5回くらいヌイてこいと? ……例えそれが役に立たなくても、薪のからだに触れたら平静でいられる自信がない自分が悲しい。

 というか、テレビを見るときには恋人に後ろから抱きしめてもらう(あるいは抱きしめる)、という思い込みのほうが間違っているのだが。しかし、それを指摘しても多分、無駄だ。「青二才はこれだから」とか、尤もらしい顔で頷かれた挙句、鈴木とのノロケ話を聞かされるのがオチだ。その話は青木にとってとても不愉快だ。できうる限り避けたい。
「じゃあ、こうしましょう。薪さんのセオリーをちょっと曲げてもらって、テレビを見るときには手をつなぐ、ってことで。それならオレだってやばくならないし」
「手をつなぐのは眠るときだろ?」
 ……鈴木さんとは手をつないで寝てたんだ。ふうーん……。
 いや、めげない。今の恋人は自分だ。

「でも、泊まれることって滅多とないから」
 そんな理由に基づく青木の提案を、薪は軽く頭を振って受け入れてくれた。
 薪は、青木がこの部屋に泊ることを許してくれない。何か特別な日――例えば、誕生日とか記念日とか、そういうときでもないと、朝まで一緒にいさせてくれない。
 人生の中心に仕事がある薪の考え方は、プライベートは明日の職務に響かないように、というのが基本だ。よって、平日のデートは10時まで。まるで高校生だ。

 恋人として過ごすことに決めている土曜の夜も、付き合い始めの数ヶ月は翌日薪の世話をするために泊り込んでいたのだが、あの夏以来泊らせてくれなくなった。薪はその理由を、「頻繁に相手の家に泊るなんて。そんなけじめのつかない付き合いは嫌だ」とこじつけていたが。
 薪が何を心配して自分に帰れと言うのかは、ちゃんと分かっている。「タクシー代は僕が出してやるから、さっさと帰れ」という憎まれ口の裏に隠れた薪の懸念を思うと、それ以上は食い下がれない。

 夢の中まではコントロールできない。そういうことだ。

 しかし、薪に関しては独占欲の塊のような青木が、「死んだひとには勝てない」と素直に白旗を上げるとでも思ったら大間違いだ。
 それは辛い現実だが、こうして薪と過ごしている自分も確かな現実だ。夢の中でしか薪を抱けない男になんか、負けてたまるか。
 鈴木の時とは違うセオリーを、これからふたりで作って行きたい。これはその第一歩だ。

「次からはそうすることにして……すみません、今日のこれだけは、処理してもらっていいですか?」
 薪は秀麗な眉を顰めると、右手を額に当てて、これ見よがしにため息を吐いた。



 *****




 薪が鈴木に教え込まれた恋人のセオリーは、他にもたくさんある。
 20年近い年月が流れた今でも、それを細かく覚えているのは、薪が彼のことをどれだけ愛していたかの証明だ。青木にとって、その事実はとても腹立たしい。

 特に、ベッドの中のことは頭に来る。
 青木が何かするたびに、「鈴木はそんなことしなかった」「鈴木はこうだった」と言われると、ものすごく哀しくなる。もちろん、薪はいちいち鈴木の名前を冠したりはせず、一般論として言うのだが、薪の過去を知る身にはそういう風に聞こえてしまう。
 例えば、寝室以外の場所で行為に及ぼうとしたとき。体位もあまり変わったものは好まず、立位や騎馬位は断固拒否。もっと細かく言うと、前戯の際に行うあれやこれや。とにかく、薪は不平が多い。

 薪がベッドの中で発する一番多い台詞といったら、これだ。
『普通はそんなことしない』
 普通って、なんですか?
 鈴木さんとのセックスを基準にオレを否定するの、やめてもらえないですか?

 何度も口まで出かかった言葉を、青木は今日も飲み込む。飲み込んで、聞こえないフリで行為に没頭する。
 しかし、青木がいくら愛撫に熱を込めても、薪の反応は薄かった。
 嫌だとも止めろとも言わないが、薪が今夜の交歓を望んでいないことは分かる。白く浮かび上がるような肌から伝わってくるのは、諦観とため息。
 青木はまるで、人形を抱いているような気分になる。

「そんなに嫌ですか?」
 穏やかに目を閉じた薪の静かさに、青木の胸が冷たくなる。からだはこんなに熱くなっているのに、心臓だけが凍ってしまったようだ。
「薪さん、オレとこういうことするの、そんなに嫌ですか?」
 気乗りしない薪の様子が、そのまま彼の本音を現しているような気がして、青木は激しい不安に駆られる。
 薪は今は自分の恋人だけど、心の底ではまだ鈴木のことを想っているのかもしれない。自宅の机の引き出しの奥に鈴木の写真をこっそりと忍ばせていることも、それを薪が夜中に見ていることも、青木は知っている。

「そんなことないけど」
 薪は目を開けて、青木の顔を亜麻色の瞳に映した。青木の困惑が伝染したかのように、薪の穏やかだった顔に不安が浮かぶ。
 薪さんの反応が薄いのは、オレのこと好きじゃないからですか? 相手が鈴木さんなら、ちゃんと感じるんですか?
 そう言いたいのを堪えて、青木は言葉を選んだ。

「これまでオレの誘いを断ったこと、一度もないですよね。でも、年齢的なことを考えても仕事のことを考えても、薪さんだってしたくないときはあるはずでしょう? 実際、ぜんぜんダメなときだってありましたよね。
 今夜だって、本当は嫌だったんでしょう?」
「だって、恋人だから」
 恋人はベッドの誘いを断わらない、というセオリーがあったとみえる。

 薪はうつむいて、申し訳なさそうに目蓋を伏せる。弱気に眉を下げて、長い睫毛を震わせる。つややかなくちびるをきゅっと噛み、今にも泣き出しそうだ。
 ベッドの中で、恋人にこんな表情をさせてしまうなんて。青木は自分の身勝手な行動を恥じ、それを埋め合わせようとにっこり笑った。

「体調が悪いときとか、その気にならないときは、正直に言ってくれていいんですよ。オレだって、無理強いしてるみたいで嫌だし」
「そうなのか?」
 薪はぱっと顔を上げると、驚いたように青木を見た。
 青木が頷くと、幼い顔に笑顔を浮かべ、子供が母親におやつをねだるような口調で言った。

「じゃあ、3ヶ月に1ぺんくらいでいいか?」
「えっ!?」
「僕にはそれくらいが丁度いいんだ」
 3ヶ月に1ぺんて……季節ごとのタンスの整理じゃあるまいし……。
「この次は1月13日だな? 忘れないように、手帳に書いておくから」
 いや、そんな仕事の予定みたいに。
「ああ、これから夜が楽しくなるな。今までは夕方になると憂鬱でさ。そうだ、今度から土曜の夜はナイトサファリに行こう。ライオンとかトラとか、夜行性の動物が活動してるところが見られるぞ。楽しみだなっ」

 ……忘れてた。
 薪は極端に性欲が薄いのだ。きっと若い頃からこの調子だったのだろう。鈴木の作ったセオリーは、自分から求めてくれない淡白な恋人に対する苦肉の策だったに違いない。
 「じゃ、今日の分はさっさと終わらせて、映画のつづきを観よう。ショートで頼むぞ」
 本当にエッチが嫌いなんですね……。
 目を閉じて横を向く薪のきれいな顔が、憎らしくて愛しくて、青木は薪の細い首筋に、しっかりと痕が残るようなキスをした。




 教訓。
 先人の知恵に学べ、もとい、鈴木のセオリーに従え。
 青木は、自分が墓穴を掘ってしまったことを知り、昔の薪の恋人の苦労を垣間見る。
 リビングの机の奥で、鈴木の写真がニヤリと笑ったような気がした。


 (おしまい)




(2009.12)


 

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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