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言えない理由 side A (5)

言えない理由 side A (5)







「さよならだよ。もう会わない」

 そして、僕のアパートのドアは閉ざされた。
 それと一緒に、世界も僕の前で閉じていった。僕は再び独りぼっちになって、でも、今度はもう耐えられなかった。一旦は僕を受け入れてくれた世界にまた閉めだされるのは、我慢できなかった。
 死んだほうがマシだと思った。
 僕なんか、どうなってもいいと思った。

 どうやってアパートを出て、あんな場所を歩いていたのか覚えていない。気がついた時には、僕はホテルの一室でどこかのオヤジに抱かれようとしてた。
 我に返ったのは、行為の寸前で。
 目の前に知らない男の顔があって、僕は足を開かされて下腹部をまさぐられていた。男の指が僕の中に入ってきて、その痛みで僕は自分を取り戻した。

「放せ! 僕の身体に触れていいのは鈴木だけだ!」
 突然暴れだした僕に、相手の男はびっくりしてた。でも、途中で止めてくれる気はないみたいで、僕はベッドに押さえつけられた。
「いやだ! 鈴木、鈴木っ! たすけて!」
 必死で鈴木の名前を呼んだ。助けに来てくれるなんて都合のいいことは思わなかったけど、僕にはそれ以外、すがるものは何もなかった。
 だけど、助けは現れた。

「あたしの友だちに何すんのよ、このエロオヤジ!!」
 大きな女の声がして、太った中年男の身体が宙を舞った。とっさには何が起きたのか解らなかった。
「そいつは自分から服脱いだんだぞ! なんで俺が、ひっ!」
 黒いハイヒールの足が、備え付けのソファを蹴り飛ばした。ドガッという鈍い音がして、二人掛けのソファは床に転がった。
「窓から投げ落とされたい? それともこのソファの下敷きがいい?」
 彼女はめちゃめちゃ怖かった。男は服を抱えて、裸のまま逃げていった。
 
「あんたのせいで映画の指定券、無駄になったんだからね。後で弁償しなさいよ」
 僕に乱暴に服を投げつけて、彼女は後ろを向いた。僕から鈴木を奪った張本人に助けられるなんて、最悪だ。
「助けてくれなんて、頼んでない」
「よく言うわよ。泣きながら助けてって叫んでたくせに」
 かあっと目の前が赤く染まった。恋敵に自分の情けない姿を見られて、しかも窮地を救われて、とことんカッコ悪い自分を認めたくなくて、僕は自分に向けるべき怒りを彼女に突きつけた。

 ふざけるな。
 だれのせいでこうなったと思ってんだ。おまえが僕から鈴木を奪ったから。
 鈴木は僕のすべてだったのに!

 その時の僕は、心の底から腐っていた。助けてもらっておきながら、相手に感謝することもできなかった。それどころか彼女の顔を見た途端、憎しみが湧きあがってきて。僕はいとも簡単に、そのどす黒い感情に飲み込まれた。

 僕が。
 今までどれだけ僕が、おまえを恨んでいたか、知っているのか。
 作り笑いの裏側で、乾いた笑い声の奥で。
 いつもいつも、殺してやりたいと思っていた。
 鈴木と3人で仲良く肩を並べて歩きながら、ここに車が突っ込んできて、この女の命を奪ってくれればいいと思っていた。気の狂った男が刃物を持ってやって来て、この女を刺し殺してくれればいいと思っていた。
 その考えは普通じゃない、と自分でも解っていたけれど。僕にはその空想を止めることはできなかった。
 そうしなかったら、自分が崩れそうだった。
 だって、鈴木は僕にとっては、世界そのもので。それを僕から奪っていく彼女を憎むなと言われても。

 僕は雪子さんを憎んで憎んで、でも、その気持ちを鈴木に悟られるわけにはいかなかった。だから彼の前では、一所懸命に自分の感情を押し殺した。
 僕たちは鈴木を挟んで、ずっとライバルだった。雪子さんだって僕のことを決して快く思っていないはずなのに、それをおくびにも出さないところが狡猾だと思った。友だち面して親しげに話しかけてくるのが、許せなかった。
 今だって、僕のことなんか、どうでも良かったくせに。こうすれば自分の株が上がると計算して。鈴木を自分のものにするために、おためごかしの善意をひとに押し付けて。
 そんな捻じ曲がった考え方しか、僕にはできなくなっていた。他人の好意もやさしさも、何も信じられなくなっていた。
 自分自身を黒く塗りつぶした僕は、彼女に見当違いの非難を叫ばずにはいられなかった。

「僕なんかどうなったっていいんだよ! もう僕には何にもないんだから!」
 言い返したら、引っぱたかれた。しかも往復ビンタだった。ものすごく痛かった。
 他人に、それも女の子に顔を叩かれたのは初めてだった。
「あんた、鈴木くんの親友なんでしょ。だったら、彼に恥をかかせるようなことしないでよ」

 親友。
 鈴木の親友。
 恋人という甘い響きに釣られて、僕が捨てた宝物。思い返せば鈴木の恋人になったときより、親友だと言われたときの方がずっと嬉しかった。それこそが僕に相応しい、鈴木との関係だったんだ。
 そのポジションに戻れるなら。この1年をやり直すことができるなら。
 魔女に魂を売ってもいい。

「鈴木は……僕とはもう会わないって」
「あんたは? 会いたくないの?」
「会いたいけど。僕は鈴木に嫌われちゃったから」
 言葉にしたらそれが現実になって、鈴木に嫌われたって思ったらすごく悲しくなって。
 この女の前でなんか泣くもんか、と思っていたのに、涙はぼろぼろ溢れてきて。男のクセに泣くなんて情けないわね、とか蔑まれることを覚悟していたけど、雪子さんはそんなことは言わなかった。

「会いたいときに会えるのが親友。ほら、早く服着なさい」
「でも」
「鈴木くん、あんたのこと夢中で探してるわよ。待ち合わせに遅れてきたと思ったら、『薪を探してくれ!』って」
 雪子さんは何故自分がここに来たのか、事情を説明してくれた。鈴木がどんなに僕のことを心配してくれているのか、ということも。
「あんたとケンカして、頭が冷えてからアパートに戻ったら、鍵が開いてるのにあんたがいなくなってたって。ひどいことを言ったから、きっとどこかで泣いてる。早く見つけてやらないと大変なことになるかもしれないからって、すごい剣幕でまくし立てられたのよ。あんな鈴木くん、初めて見た」

 雪子さんの話を聞いて、僕は泣いた。
 鈴木はやっぱりとてもやさしくて。それが恋人に対する愛情ではないことは分かっていたけれど、でも嬉しくて。
 鈴木の親友に戻りたいと思った。
 だけど、今はできない。僕はあまりにも最低の人間に成り下がってしまっていて、もう一度自分を見つめなおす期間が必要だと考えた。

 僕が泣き止むまで、雪子さんは何も言わずに待っていてくれた。ただ黙って、僕に背中を向けていた。
 思い切り泣いたら、いくらかすっきりした。
 僕は顔を上げて、雪子さんの方を見た。凛として、しっかりと地に足をつけた立ち方だった。僕の頭の中で、数え切れないくらい駅のホームから線路に突き落とされていた女の後ろ姿は、僕の目に初めて美しく映った。

「鈴木に伝えて下さい。僕は大丈夫だって。心の整理をつけたら、ちゃんと会いに行くから心配しないでくれって」
「なに寝言言ってんの。行くわよ」
「今は、鈴木に会わせる顔がありません。もっと自分に自信が持てるようになったら、必ず鈴木の友だちに戻りますから」
 僕は自分の気持ちを正直に言ったのに、雪子さんは聞く耳を持たなかった。腕を引っ張られて部屋から引き摺りだされて、強制的に廊下を歩かされた。僕が渾身の力を込めても、抵抗しきれなかった。こいつは本当に女なのかと疑った。
「今はダメなんです。いま鈴木の顔を見たら、またひどいことを言ってしまうかもしれない。自分を抑えきれる自信がないんです。だから」
「あんたのそれは、ただの逃げ」

 彼女はぐいぐいと僕の腕を引いて、力ずくでホテルの外に連れ出した。傍から見たら、僕たちは修羅場のカップルに見えたかもしれない。この状況はどう見ても「浮気の現場を押さえられた男が彼女に引き摺られている画」だ。
「もっと自分に自信が持ててから?自分を抑えきれないかもしれない? なにその意味不明の言い訳。友だちの間にそんなもん必要ないでしょ」
 普通の友だちだったらそれでいいかもしれないけれど、僕たちはただの友だちじゃない。からだの関係まであった恋人同士で、その関係が破綻したから友だちに戻るなんて無謀なことをしようとしてるのに、何の計画もなしに動くなんてできない。

「違うんです、僕たちは」
「薪!」
 人ごみの中から、大声で名前を呼ばれた。顔を上げると鈴木が息を弾ませて、向こうから走ってくるところだった。
 雪子さんとのデートのためにおしゃれに整えた髪はぐしゃぐしゃで、冬なのに顔中汗まみれで。走るのが嫌いな鈴木がずい分走ったとみえて、まともに喋れないくらい呼吸が乱れていた。
「すずき……」
 僕は咄嗟に足元に視線を落とした。鈴木の顔が見られなかった。
 鈴木がここに来たということは、雪子さんから事情を聞いたということだ。僕がどこかのオヤジとホテルに入って何をしようとしたのか、知っているということだ。

 うつむいた僕の視界に、さっと影が差した。鈴木が僕に近付いてきた、と分かった。
 雪子さんみたいに僕をひっぱたく気かもしれない、と思った。そうされても仕方ないと思った。
 でも違った。
「よかったあ……無事だったんだ」
 広い胸に抱きこまれて、頭を撫でられた。僕は部屋着のままで外に出てきてしまっていたから、薄いシャツを通して鈴木の大きな手の暖かさがじわりと伝わってきて。

 その手は恋人の手じゃなかった。
 僕の性感を刺激しようと蠢く手じゃなくて、大切なものを慈しむ手だった。
「あんまり心配させないでくれよ。心臓に悪いよ」
 僕は鈴木に抱きついて、わあわあ泣いた。道端で、しかも場所はラブホテルの前で。
 道行く人たちが目を丸くして見ていただろうな、と後で気付いたけど、その時は人目を憚る余裕もなかった。ただ、雪子さんの凶悪な声が「なに見てんのよ!」「見せもんじゃないわよ!」「ブッ飛ばすわよ!」と怒鳴り散らしているのが聞こえてきただけだ。

 僕が落ち着くのを、ふたりはずっと待っていてくれた。雪子さんは自分の彼氏に抱きついて泣き続ける僕を不快に思ったはずなのに、何も言わなかった。
 鈴木は薄いシャツ一枚だった僕に、自分のダッフルコートを着せてくれた。雪子さんは首に巻いていたカシミヤのマフラーを貸してくれた。ふたつの防寒具は、僕を心地よく暖めてくれた。
 僕が泣きやむと、二人は携帯を取り出して何本もの電話を掛けた。

「あ、木村? うん、見つかった。ありがとな。今度メシ奢るから」
「麻子? うん、大丈夫だった。ありがとね。はいはい、ケーキバイキングね。OK」
 その調子で二人とも、10本以上の電話を掛けていた。サークル仲間やゼミのメンバー、クラスメイト。僕を探すのに二人がありったけの知り合いに声を掛けてくれて、みんなが僕のことを探してくれていたのだと知った。
 僕はその温かさを噛み締めていた。こんな大事なものを、今までずっと自分から捨ててきたのだと、ようやく分かった。

「走ったらハラ減った」
「あたしも。ちょっと暴れたから、おなかペコペコ。なんか食べに行きましょか」
 30人近い相手の飲食費をどう都合するか、二人はコソコソと相談しながら歩き始めた。割のいいバイトを探さないと、と言う雪子さんに、鈴木が肉体労働はイヤだ、とわがままを言って、後頭部をどつかれていた。
「三好さん」
 雪子さんは、ぎくっとした顔で振り返った。
 今まで鈴木に乱暴なことをすると、僕に怒られていたのを思い出したらしい。でも、僕にはもうそんな気はなかった。雪子さんの手に込められた溢れんばかりの愛情を、僕は自分の両頬で知っていた。

「助けてくれて、ありがとうございました」
 ぐっと奥歯を噛み締めて、腹の底に力を入れた。両足を踏ん張って、背筋を伸ばした。雪子さんの顔を見て、僕ははっきり言った。
「鈴木をよろしくお願いします」
 言ってから頭を下げた。それは僕の敗北宣言だった。

 雪子さんは、こっくりと頷いた。隣で鈴木が『だから雪子とはそういうんじゃないって』とか言い訳してたけど、僕は雪子さんと話してるんだ。鈴木の話は聞かない。
 もう涙は出てこなかった。さんざん泣いた後だったから、枯れてしまったのかもしれない。
 悲しみは僕を支配しなかった。それよりも肩の荷が下りた感じで、身体が軽かった。

「じゃ、『昇楽』の特盛りチャーハン食べに行くわよ」
「おっそろしい女だな。あれに挑戦するつもりなのか」
「こないだ、あと3口ってところだったの。今日はいける気がするわ」
「マジで? オレ、あれは諦めたのに」
 肩を並べて歩いていくふたりから、僕はそっと離れた。お似合いだな、と思ったらまた泣きたくなったけど、奥歯を噛んで我慢した。そして自分のアパートに帰るために、二人とは反対の方向に歩き出した。
 ところが、2,3歩歩いたところでぐいと後ろ襟を掴まれた。

「逃がさないわよ、薪くん」
 雪子さんが気を使ってくれてるのは分かっていたけど、仲の良いふたりを見るのはやはり僕には辛いことで。できればこのまま帰りたかったのに、彼女はそれを許してくれなかった。
「友だちでしょ。付き合いなさいよ」
「ともだち? 僕が?」
 恋人の元カノ(いや元カレ?)と友だちになろうなんて、僕が知っている女性の中にこんな考え方をするひとはいなかった。
「薪と友だちって……おまえ本気?」
「鈴木くんだけじゃ面倒見切れないでしょ。こんなの」
「そうだけどさ。薪の友だちは半端な根性じゃ務まんないぞ」
「わかってる。覚悟してるわよ」

 おかしな女だと思った。
 むちゃくちゃな女だと思った。
 ……とても敵わないと悟った。

「大変。早く行かないとランチタイム終わっちゃう。薪くん、早く!」
「三好さん」
「雪子でいいってば」
 大きな口を開けて屈託なく笑う彼女に、僕は心からの笑顔を返した。
「はい。雪子さん。お供します」



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、こんにちは!


>鈴木さんがゼミの友達やらにまで協力してもらって、薪さんを探していたことに泣けました(;▽;)

この辺、sideB にはもっと詳しく書いてあります。
が、このときの鈴木さんはかなりのヘタレでして、Aさまにはせっかく感動してもらったのに、がっかりされちゃうかな~。(^^;
探してもらってからの後日談もありますので、そちらも楽しんでいただけるといいな♪


>薪さんが小野田さんにバックアップしてもらって上を目指した訳も、雪子に頭が上がらなくなった訳もわかりました。

そうなんですよ。 うちの薪さんは、これで雪子さんに頭が上がらなくなったんです。
なので、鈴木さんのことはずーっと好きだったんですけど、相手が雪子さんじゃ勝てない、と諦めていたわけです。 でも、好きだったの。 女々しい。(笑)

恋人は一時期、親友は一生。
男同士だと、それが普通ですよね。 まあ、やり方かな、とも思いますが、すずまきさんの関係は「親友」の方がぴったりくると思いますし、正直、わたしは独身時代、恋人よりも親友の方が大事だったので~、
ええ、悉く友人を優先しました★ 徹底的に恋愛体質じゃないので。

ただ、これはわたしの個人的な意見ですけど、
『あおまきさんは親友にはなれない』。
あの二人の間に、友情は育たない気がします。 絶対に、恋愛感情が優先されてしまうと思う。
だからわたしの中では、
鈴木さんは薪さんの唯一の親友で、この世の誰よりも貴重な存在なんです。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

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10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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