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土曜の夜に花束を(6)

土曜の夜に花束を(6)







 かように勘違いの多い第九の職員だが、その多くは優れた情報収集能力と大胆な仮説を展開させる飛び抜けた想像力の副産物である。これが実際の捜査のときには、とても役に立つのだ。勘違いのほうは、単に室長の影響かも知れないが。
 その情報収集能力は時として、公安や監査課の実力を上回る。特に背の高い後輩のことについては、いつの間にか色々なことを調べ上げている。薪に憧れて第九に異動願いを出した変り種だということは言うに及ばず、大学時代の彼女とは2年前に別れたきり新しい彼女はいないとか、どうやら法一の女薪と呼ばれる三好雪子に片思いしているようだとか。
 その最後の情報に関して、最新情報が第九に舞い込んで来た。

「青木のやつ、大逆転したみたいだぜ。昨日の夜、ホテル街で青木のこと見たんだ」
 第九で唯一彼女持ちの今井が、その情報をもたらした。今井が何故ホテル街にいたのかは、誰も追及しない。不愉快な話を聞かされることが解っているからだ。
「マジ!? 見間違いじゃないのか」
「あの長身とメガネだぞ。いくら遠目でも間違うかよ」
「それもそうだな。相手はやっぱり三好先生だったか?」
「それがさ。三好先生もいたんだけど、もうひとり女がいたんだよな」
「それって3Pってことか? 童貞には無理だろ」
「だよなあ」
 だから童貞ではない。

 第九の仲間たちは、青木の性経験を甘く見ている。
 青木の初体験は、なんと中学3年生のときだ。ここだけの話、薪よりもずっと早い。相手は図書館で知り合った大学生だった。その頃から長身で老け顔だったので、相手のほうもまさか中学生だとは思わなかったらしい。関係を持った後に本当の年を知って、それで終りになってしまった。
 しかし、一度経験をすると男でも女でもそういうフェロモンが出るようになるらしく、それからは女性に好意を打ち明けられることが多くなった。同年代の女の子にはあまり興味がなかったのでそちらは断ったが、年上の女性の誘いは嬉しかった。最初が年上だったので、そのせいかもしれない。
 ただ、あまり長続きはしなかった。
 付き合い始めてデートを重ねて、身体の関係もできるのだが、年が若いのとやさしすぎるのがネックになって、物足りないとか頼りないとかいう理由で別れを告げられることが多かった。
 友人に彼女を譲ってしまったこともあった。その頃の青木には、まだ彼女よりも友人のほうが大切で、友人が自分の彼女に本気で恋をしていることを知ると、自分から身を引いてしまった。友人にも彼女にもめちゃめちゃ怒られたが、その後でふたりは付き合いだして今は子供もいる。
 かように、青木は10年も前から女性には不自由していない。見かけの純情そうな顔に騙されて、第九の仲間たちは青木を見くびっているだけだ。ぶっちゃけ、第九の中では今井の次に経験豊富である。逆に一番経験が少ないのは……いや、彼の名誉のためにここでは名前は伏せよう。

「やべっ。薪さんの部屋のドア、開いてるぞ」
「大丈夫だろ。眠ってるさ」
 今は昼休みだからお喋りを咎められることはないが、色事は室長のイメージに合わないし、なんとなく軽蔑されそうで嫌だから本人の前では慎んでいる。昼休みには室長は自分の部屋で昼寝をしていると誰もが思っているから、室長室のドアが開いていても気に留めないでいたが、もしかすると聞かれていたかもしれない。
 もっとも、聞かれたところでどうということはない。青木がようやく一人前の男になったのだ。室長も喜んでくれるかもしれない。

 なおも青木の話をしていると、青木が目覚めのコーヒーを持って行くまでは決して目を覚まさない第九の眠り姫が何故か起きてきて、井戸端会議を中断させた。
「あれ? 室長。今から食事ですか?」
「今日はカフェテリアのBランチ、鰆の塩焼きでしたよ」
 小池と曽我が声を掛けるが、何も言わずにモニタールームを出て行く。なんだか機嫌が悪いらしい。ここ2,3日は以前のように深く椅子に腰掛けているから、例の病気が悪化したわけではないと思うが、なにか別の心配事だろうか。
 入れ替わりに、第九のバリスタがコーヒーを運んでくる。薪が出て行ってしまったことを知ると、がっかりした顔をして「よかったらどうぞ」とコーヒーを輪の中に置いた。
 室長用の特別ブレンドを争って、職員たちがじゃんけんを始める。皆さんの分も淹れてきますね、と場を去ろうとした後輩を今井は追いかけた。
 
「青木。昨夜は楽しかったか?」
「なんのことですか?」
「俺たちの情報網を甘く見るなよ。新宿のシャルムってホテルだったよな」
「あれ。見られちゃってたんですか? 参ったな」
「どうだった?」
「すごく勉強になりました。もう失敗しません。この次は絶対にうまくやってみせます」
 青木の初体験が失敗に終わったことを知って、今井の目に哀れみの光が宿る。今井はぽんぽん、と青木の肩を叩くと、がんばれよ、と声を掛けてみんなのところへ戻った。

「青木のやつ、初体験失敗したみたいだぜ」
 こういうことは他人に黙っていてやるのがやさしさというものかもしれないが、『報告・連絡・相談(ホウレンソウ)』は第九の基本である。それに、情報を公開しておいたほうが不用意な発言で青木を傷つけることもない。今井は口が軽いのではなく、純粋に後輩を心配しているのだ。
「うわ。青木らしいというか。童貞はこれだから」
「初めから2人相手にやろうなんて、背伸びするからそんなことになるんだ。相手は一人に絞らなきゃ」
「そうだよな。俺だって3人でなんてやったことないよ」
「じゃ、この話はタブーだな」
「さすがに可哀相だよな」

 やがて全員分のコーヒーを持ってやってきた後輩に、彼らは一斉に哀れみの視線を送る。初めての経験には失敗が付き物だが、男にとってこの手の失敗はことのほか痛手が大きい。
「青木、このコーヒーカップ、俺が洗っといてやるから」
「伝票の整理、手伝ってやるよ」
「頼んどいた資料、自分で探すから」
「今夜のMRIメンテの当番、代わってやろうか」
「……みなさん、何かあったんですか?」
 突然自分に親切になった先輩たちに、青木は首を傾げたのだった。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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