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ジンクス(11)

ジンクス(11)






 やっとの思いで手に入れたデータを携えて第九へ戻ると、何故か全員が顔を揃えていて、室長を驚かせた。時刻は9時を回っている。こんな時間まで仕事をするほど、今は忙しくないはずだ。

「どうしたんだ?おまえら」
「青木の祝賀会をやってたんですけど、主役がいなくなっちゃって。一旦はお開きにしたんですけど、なんとなくここに集まっちゃったんです」
 みな、薪の顔を見て安心したように笑う。そのことには何も触れてこないが、心配してくれていたらしい。
 薪の胸に暖かいものが広がる。
 しかしそこは室長らしく、緩もうとする頬を意思の力で引き締めて、平静な顔を崩さない。ここで感情に流されてしまったら、却ってこいつらに心配をかける。

「今井。これ、明日でいいからスパコンに移しといてくれ。どっちに入ってるか解らないから、内容を確認してからリーディングかけてくれ」
 二つのメモリーを今井に手渡す。はい、と受け取って、今井は鍵のかかる保管庫にメモリーを入れた。
「今度はちゃんとバックアップしてくれよ」
 皮肉っぽい口調。いつも通りの室長だ。
 今井はそれに苦笑で応える。皆も笑って、その夜は解散になった。

「岡部。ちょっといいか」
「はい」
 他の部下たちを帰してから、室長室に岡部を呼ぶ。今後の対策を練るためだ。
 岡部には事情を説明しなければならないが、どうにも言いづらい。が、言わなくては対策も立てられない。
 カウチに並んで腰掛けて、薪は重い口を開いた。
「1時間くらい、目をつむって羊の数でも数えてりゃ済んだんだが」
 後ろから抱きつかれて胸をまさぐられた瞬間。そのときの感触を思い出したのか、薪はきれいな顔を歪めた。
「投げ飛ばしたんですね」
 図星だ。さすがは岡部だ。

「こう、手が勝手に……ああ~、田城さんになんて言い訳しよう。左遷かなあ、やっぱり」
「しかし、今回のことは向こうにも非があるでしょう」
「僕だけの問題じゃないんだ。青木のやつがやってくれてさ」
 薪は、青木が三田村にしたことをかいつまんで話した。その内容の重大さに、さすがの岡部も青くなる。とっさには言葉が出ないようだ。
「相変わらず、キレると怖いやつですね」
「ほんと、ダイナマイトなやつだよな。―――― でも」
 そこで室長は、なんとも思わせぶりな微笑を見せる。何かを思い出しているようだ。

「まあ、室長のことを思えばこそだったんでしょうけどね。しかし、そこまでやってしまったら、腹くくるしかないでしょう」
「大丈夫ですよ」
 室長室のドアを開けて、噂の当人が入ってくる。なにやら上機嫌で、手にはプリントされた数枚の写真を持っている。
「青木。おまえ、これ店に忘れて行っただろ」
 岡部が青木の鞄を差し出す。やさしい先輩は後輩の忘れ物を預かっていてくれたようだ。
「すいません、岡部さん。室長、金一封ありがとうございました。これ、お礼です」
 手に持っていた写真を薪に手渡す。横から岡部がそれを覗き込んで、目を丸くした。
 「こりゃまた思い切ったなあ。おまえ」
「オレだってキレてましたから」

 写真には、三田村とその友人のあられもない姿が映っていた。
 ふたりともネクタイだけの素っ裸で、布団の上に横になっている。意識がないのをいいことに、色々とおかしなポーズを取らされて、中には2人が抱き合っている気色の悪いものもあって、見るものを辟易させた。

「お互いのために今夜のことは忘れましょうって、二人の携帯にこの画像と一緒に入れておきました」
 自信たっぷりに言い放つ青木に、慎重派の岡部は自分の不安を投げかける。
「おまえ、まずいだろ、それ。薪さんの仕業だと思われるんじゃ」
「あっ! そっか、そうですね……どうしましょう」
 ただでさえ三田村は、怒り心頭に発しているに違いない。そこにこんな写真を見せられたらどんな暴挙にでるか、想像するのも恐ろしい。
 青木は自分の思慮の足りなさを知って焦燥に駆られた。岡部も心配そうな表情になる。
 が、薪は肩を震わせて笑っていた。
 
「こっ、この格好っ、くくくくっ」
 とうとうこらえきれずに、腹を抱えて笑い出してしまった。カウチの上で足をばたつかせて、子供のように笑い転げている。こんな室長は初めて見た。
「あははははっ! 傑作だ、よくやった、青木!」
 滅多に見られない室長の笑顔に、ふたりの部下は顔を見合わせる。こんな薪の姿が見られるのなら、あの重量級の部長の服を脱がせるという苦労も、その汚い体に吐き気をこらえた痛苦も、無駄ではなかったと思える。
 
「いっそ、MRIの起動画面に入れておきますか」
 岡部がそんな冗談を言い出す。MRIのメインスクリーン一杯にこの画像が映し出される様子を想像してか、薪の笑いがますます高まった。
「システムが暴走しちゃいますよ」
「ちがいない!」
 薪は笑いすぎて、涙を拭いている。頬を紅潮させて、細い指を目に当てる。カウチの背もたれに突っ伏して笑いをおさめようとするが、すぐにまたぶり返してしまう。
 
「薪くん。なんの騒ぎかね?」
 いつの間にか、所長の田城がそこに立っていた。薪の笑顔が凍りつく。
 田城の目が、床の上にちらばった数枚の写真に留められた。いましがた、笑いすぎた薪が取り落としたものだ。
「やば」
「た、田城さん。これはその」
 薪が苦しい言い訳をするのを横目に、岡部と青木はそっと室長室を離れる。ここからは室長の仕事だ。
「あっ、おまえら、ずるっ……!」
「薪くん! これは何かね!?」
「いや、あの」
「ちゃんと説明したまえ!」
「……おぼえてろよ、青木~」

 いつもは穏やかな田城が鬼のようになって、言葉のつぶてが薪の上に降り注ぐ。薪はそれを受け流すことなく、真面目に受け止めた。
 田城は三田村とは違う。薪のことを考えて叱ってくれているのだ。
 そのことを薪は分かっているから、小言も叱責も素直に聞ける。今日だって薪を心配して、こんな時間まで研究所に残ってくれていたのだ。
 叱ってくれる人のいる嬉しさを、自分を心配してくれる人のいるありがたみを、薪はうつむきながらも噛み締めていた。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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