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執行猶予(1)

執行猶予(1)






 田城良治はとても温厚な人物である。
 警察に入って35年。12年前から科学警察研究所の所長という要職に就いている。
 科学警察研究所、通称『科警研』は最先端の科学をもって犯罪解明に当たるべく、日々研究を重ねている組織である。警察庁の附属機関だが、警察官採用試験ではなく国家公務員Ⅰ種試験の合格者で構成される実態は学者の集まりだ。現場に出て証拠品を探したり、目撃者を見つけようと聞き込みをしたり、ということはしない。検挙した犯人に手錠を掛けることもしない。それは警視庁や所轄の職員の仕事だ。
 が、その中にも例外があって、第九研究室だけは独立した捜査権が認められている。

 これには二つの理由がある。
 第九研究室が行う科学捜査は、死者の脳をMRIにかけて被害者や犯人の記憶から直接情報を引き出す、という特殊なもので、知り得た情報をすべて警視庁や所轄の捜査員に開示するわけにはいかない、という理由が一つ目。 もう一つは、警察庁の保身のためである。
 死体の脳を見るという甚だしく他人のプライバシーを侵害する捜査方法は、何かと世間の非難を浴びることが多い。事件を解明に導き犯人を検挙してさえも、「死者を冒涜するような真似を」と眉をひそめられるのが実情だ。
警察というところは、国民の公僕たる立場から世間体をひどく気にする。そこで第九に独立捜査権を与えることによって、国民の非難は警察機構全体に波及することなく第九に集中させる形を取っているのだ。

 よって、第九の責任者たる室長の立場は、他の研究室の室長に比べてかなり厳しいと言わざるを得ない。
手柄を立てれば高い評価は得られるが、世間の非難の矢面には常に立たなければならない。人権擁護団体との折衝やマスコミの対応など、対外的な仕事はすべて室長の肩に掛かってくる。これは他の研究室の室長にはありえない職務だ。
 室長の心労はそれだけではない。
 政府の要職についた人物がMRIにかけられる際には、機密保持の観点から室長がたった一人で捜査に当たることになる。一般の捜査官が5人がかりで10日かかる捜査を単独で行わなければならない肉体的負担もさることながら、その知り得た情報を秘密にしなければならないこともしばしばある。現在第九の室長に就いている人物には、連日の徹夜捜査よりもこちらの精神的苦痛のほうが大きいようだ。もちろん、守秘義務はすべての警察官に課せられているが、同じ研究室の仲間にまで捜査内容を話せない、というのは第九だけだ。

 かように、何かと気苦労が多い第九の室長を務めている捜査官は、薪という弱冠37歳の警視正だ。今でこそ彼の実績や実力からこの階級は当然のものだが、彼は何と10年前にすでにこの階級に就いていたのだから驚きだ。この人事は普通では考えられない。警察の階級制度には年齢的な縛りがあって、通常警視正に昇任できるのは35歳以上の職員に限られるからだ。
 彼の身に与えられた通例を覆すこの人事を、特別承認人事という。
 薪のように飛び抜けた実力があり上層部からの抜擢があれば、この特殊な人事を受けられる。これは上層部によるお墨付きのようなもので、いわば超エリートの証だ。彼の場合はその超が3つばかり付くかもしれない。他人より8年も早い昇任は尋常ではない。

 若くして警察庁中の嫉妬を一身に集めるような出世をした薪は、それに奢ることなく冷静に第九の室長という重大な職務を遂行していた。最初の頃はかなり大変な思いをしていたようで、ひとり懊悩する彼の姿を田城は何度も見ている。
 真っ暗な室長室で机に肘をつき頭を抱え、時折涙を流していた。彼の涙の原因は田城には解らなかったが、彼が計り知れない苦悩を抱えていることは察しがついた。
 その頃の薪には同じ部署に親友がいて、彼の存在が室長の苦悩を和らげていたようだった。薪室長の親友の名前は鈴木といい、薪と同い年で階級は警視だった。

 田城は1度だけ、鈴木が薪を慰めているところを目撃したことがある。
 そのとき、鈴木はひとりで研究室にいた。ちょうど電話が鳴ったところで、田城が入ってきたのに気付かないようだった。
 鈴木は電話を切ると黙って席を立ち、モニタールームの明かりを消すと室長室へ入っていった。室長室の明かりは消えていたから、室長は不在と思われた。今の電話は室長室から何かを持って来るように、との指示だったのかもしれない。
 が、それならモニタールームの明かりは点けたままにしておいてもいいはずだ。いや、それよりも、鈴木がいるはずの室長室が暗いままなのは何故だろう。

 彼の怪しい行動に、田城はある疑念を抱いた。
 第九での情報は高く売れる。特に室長が握っている秘密の中には国家機密に関するものもあるはずだから、諜報関係者に売れば莫大な金が手に入る。室長の留守に、それを探しているのかもしれない。
 田城は鈴木の人柄を知っていたから、それほど強い疑いを持ったわけではないが、魔が差すということもある。田城は足を忍ばせて室長室へ近付いた。

 ドアに手を掛けたとき、ものすごい声が聞こえてきた。
 子供が泣き喚くような声だった。室長の部屋に赤子でもいるのかと思った。
 そっと中を伺って、田城は我が目を疑った。
 いつも冷静で粛々と職務をこなす室長が、部下に抱きついて泣き叫んでいた。鈴木の手は薪の背中に回されていて、ふたりはしっかりと抱き合っていた。ふたりの仲の良さは署内でも評判で、薪の外見から一部の職員の間では密かにその手の噂がされていたが、さては事実だったのか、とそのときは思った。
 しかし、違った。

「僕はこんなことをするために警察官になったんじゃないっ!」
 慟哭の間から、彼は親友に訴えていた。
「ちがう、こんなのは違う。あんな汚いやつらのためにっ、ちくしょう……!」
 室長の言葉は終始曖昧で感情的で、意味を成さなかった。捜査の内容には関しては、一言も洩らさなかった。それに触れず他人に理解を求めるのは難しいと思われた。しかし鈴木は、
「うん。わかってるよ、薪」
 親友の背中をポンポンと叩きながら、穏やかにそう言った。胸に抱き込んだ亜麻色の頭を撫でながら、大丈夫だよ、と繰り返した。

 二人の間には、色事めいた雰囲気はなかった。ただ純粋に、傷ついた親友を慰めているだけだった。その方法はかなり特殊と言わざるを得ないが、きっとこの方法が薪をいちばん元気にしてくれるのだろう。
その証拠に薪の泣き声はだんだん低くなり、やがては低いすすり泣きに変わっていった。薪の呼吸が落ち着いた頃合を見計らって、鈴木は薪の心のケアに入った。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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