FC2ブログ

ジンクス(12)

ジンクス(12)






「田城さんにあんなに怒られたの、初めてだ……」
 自宅のダイニングテーブルに肘をついて頭を抱え、薪は呟いた。

 キッチンには美味しそうなカレーの匂いが充満している。一人暮らしの食卓には不釣合いな、大きな寸胴鍋。中身は満タンで、10人分くらいはゆうにありそうだ。
「田城さんて、普段は穏やかなひとですものね」
「怒るときは怒るんだな。所長も」
「おまえら、僕を置いて逃げたくせに」
 薪の恨みがましいセリフはスルーして、青木は鍋の中身を木べらで混ぜた。
 秋の夜長とはこのことで、あれだけのことが起きたにもかかわらず、時刻はまだ10時前。少し遅めの夕食にありつこうと室長のマンションへやって来た3人である。

「ああ、いい匂い。重労働だったからもうお腹が空いて」
「そういえばおまえ、あれひとりでやったのか? 重かっただろ」
「一課の竹内さんて方が手伝ってくれたんですよ。あ、これは内緒ですけど」
「竹内が!?」
 青木の言葉に薪が大声を上げる。身体を青木のほうへ捻って、椅子から腰を浮かせている。よほど驚いたようだ。

「嘘だろ」
「本当ですよ。発信機を使ってあの部屋を突き止めてくれたのも竹内さんなんですよ」
 そのときのことを思い出したのか、嫌そうに顔を歪めて、薪は吐き捨てるように言った。
「おまえ、それ確実に後でなんか要求されるぞ」
「まさか」
「あいつは三田村の子分なんだぞ。なんの見返りもなしにそんなことするはずがない」
「だって、すごく楽しそうにやってましたよ」
 薪は椅子に座りなおして、テーブルの上に頬杖をつく。頬杖は薪の悪いくせだ。可愛らしい仕草だが、あまり行儀の良いものでない。
 
「いいや、絶対に裏がある。あいつはそういうやつだ。蛇みたいな男なんだぞ」
「そんな人には見えませんでしたけど」
「おまえは他人を信じすぎるんだ。もっと疑い深くなかったら捜査官は務まらないぞ」
「はあ」
 室長らしく居丈高に説教するが、自宅で私服に着替えた上に頬杖をついた姿勢では、いつもの威厳はない。チェック柄のシャツにジーンズ姿の室長は、青木の目にはなんとも可愛らしく映る。

 やがて夕食の準備が整った。
 テーブルの上には3人分のカレー皿と大盛りの野菜サラダ。青木の好きなサウザンドレッシングと岡部の好みなのかソースが出してある。
「美味しそうですね」
「薪さんのカレーは美味いぞ。俺のお袋が作るより美味い」
「いただきます」
 長い時間をかけて煮込んだらしいチキンカレーは、口に入れると鶏肉がほろほろと崩れて、スパイシーでまろやかな風味が最高だ。
「ほんとだ。すごく美味しいです。薪さんて、なんでこんなに料理上手いんですか?」
「カレーなんて誰が作っても同じだろ。市販のルーを使ってるんだから」
「そんなことないですよ。オレには絶対にムリです」

 色とりどりの野菜を自分の皿に取りながら、薪は首を傾げて言葉を継いだ。
「まあ、一人暮らしが長いからかな」
「オレだって大学に入ったときからだから、もう4、5年になりますけど」
「僕は20年だ」
 それはすごい。
「高一の時からだから。始めはレトルトばっかだったけど、あれって不味いし、外食はすぐに飽きるし」
「そうなんですよね。白いごはんと漬物だけでもいいから、家で食べたいときってありますよね」
「学生の頃はけっこう、手の込んだものも作ってたんだけど。フォンドボーから煮込んだりしてさ。ホワイトソースとかデミグラスソースとかも、市販のルーなんか使わないで……今はダメだな。時間がないし。一人分だと特に面倒で、味噌汁まで顆粒ダシ使うようになっちまった。日本人失格だな」
 その定義で言ったら、今の世の中、日本人は料亭の板前だけになってしまうだろう。

「岡部はいいよな。自宅だから。お袋さんのメシだもんな」
「いや~、うちのお袋、料理下手なんですよ。俺が作ったほうがましなくらいです」
「そうなのか? まあ、女の人の中にも料理が苦手ってひとはいるから。そういえば、雪子さんもすごいの作るんだよな」
「三好先生、料理上手なんですか?」
「一回、食わせてもらえ。まるで魔法みたいだぞ」
「そんなに美味しいんですか?」
 薪は大きく頷くと亜麻色の目を悪戯っ子のようにくるめかせて、茶目っ気たっぷりに雪子の料理についての解釈を述べた。
「雪子さんの場合、食えるものだけを鍋に入れていくのに、それが最終的には食えないものになるんだ。鍋の中で何が起きているのか、不思議で仕方ない」
 いかにも雪子らしい。

 親しい友人を肴に、三人で笑い合う。こういうのも気楽で楽しい。男三人というと華がないように感じるが、薪の微笑だけで充分おつりがくる。

「カレーとかって、たくさん作ったほうが美味いだろ。だからつい作りすぎちゃうんだよな。食べきれないの解ってるのに。て、おまえらどんだけ食うんだ」
 大鍋に煮てあったカレーは10皿分。恐ろしいことに殆ど残っていない。五合炊いたはずのご飯もあらかた空で、薪の2皿目は無いようだ。
「青木。おまえそれ、4杯目だろ。少しは遠慮しろよ」
 そういう岡部も3杯目だ。
「すいません。オレ、今日の昼メシ、あんまり食べられなくって」
 と言いつつ、おかわりをよそる。鍋を逆さまにしてきれいに底をさらう。炊飯器の中身も完全に空っぽだ。
「ありえないだろ、それ」
「早いもん勝ちですよ、こういうのは。めちゃめちゃ美味しいんですもん、これ」
「まあ、俺も若い頃はそのくらい食べたけどな」
「おまえらとメシ食うと、なんだか自分がすごく損してるような気がする」
 薪は頬杖をついて、青木が食べるのをじっと見つめている。不満げな言葉とは裏腹に、何やら嬉しそうだ。

「そうだ、岡部。この後、いいか?」
「はい。いいですよ」
「じゃ、僕は風呂に入ってくるから。ちょっと待っててくれ」
 なぜか青木が突然麦茶にむせ返っていたが、薪はこれからのお楽しみに夢中で気付きもしない。自分の食器を水に浸けると、足取りも軽く風呂のほうへ歩いていく。その後姿は、明らかにウキウキしている。

「……オレ、帰ったほうがいいですか?」
 青木がぼそりと呟く。地の底に沈みこみそうな声だ。
「あんだけ食っといて、後片付けぐらいしていけ。常識がないのか、おまえは」
「いや、そういう意味じゃなくて」
 岡部と青木が食器を洗っているうちに、薪がパジャマ姿で風呂から出てくる。風呂好きの薪にしてはえらく早い。よほど焦っているようだ。

「悪いな、青木。岡部を借りるぞ」
「リビングのソファでいいですか?」
「ソファは狭いから、ベッドに行こう」
 ガシャン、という派手な音がして、青木の大きな手から皿が床に落ちる。それは薪のお気に入りの皿だったが、見事に真っ二つに割れてしまった。
「怪我しなかったか? 青木」
 青ざめた顔をして、口をパクパク動かしている。割れた皿を気にしているのだろうか。
「青木、どうせ安物だ。気にするな。それより岡部、早く。僕はもう待てない」
「そんなに辛抱たまらんのですか?」
「今日、あんなことがあっただろ。もう限界、超えそうだ」
「薪さんも好きですよね」
「僕の年でこれが嫌いなやつなんか、この世にいないだろ」
「そうですかね」
 刺激的な会話を交わしながら、ふたりは寝室へ入っていってしまった。残された青木は、ただうろたえるばかりだ。

 やがて寝室から聞こえてくる、薪の色っぽいうめき声――――。
 青木は思わず寝室のドアに走りよって、耳をそばだてた。
「う……ん、イッ……岡部、もっと」
 薪のあられもない声に、青木は目の前が真っ赤になる。背中にはじっとりと嫌な汗が噴き出して、貧血を起こしそうだ。
「ここですか?」
「そ、そう、下の方……あ、そこっ」
 そこってどこ!?
「ああっ、い、いいっ」
「気持ちいいですか?薪さん」
「うん、もっと強く……あああっ……」
 嘘だ。これは何かの間違いだ。あのふたりがそんな。

 部屋の中がぐるぐると回りだし、青木は床にへたり込んでしまった。寝室の閨声は、無情にもまだ続いている。

「あっ、ダメだ、岡部っ……そこはまだ早い」
「いいから任せてください。ほら、こんなに固くなってるじゃないですか」
「だ、ダメっ……、あっ、あんんっ!」
「よくなってきたでしょ」
「う、うん、でも……や、やっぱりダメだ、それ以上は、ああっ、あっ、あっ」

 青木にとっては地獄のような時間が過ぎて、やがて薪はすっきりとした表情で寝室から出てきた。ドアのところに座り込んでいる青木の姿に気付くが、悪びれた様子もない。
「あ~、気持ちよかった~。ほんと、岡部はテクニシャンだな。僕、もうこれがないと生きていけないかもしれない」
 両腕を耳の後ろにつけて腕を上げ、大きく伸びをする。しなやかな体躯が反り返って、薄いパジャマの下でえもいわれぬ色香を醸し出す。

「よっぽど溜まってたんですね。すごく固くなってましたよ」
「今日はいろいろあったしな。って、青木。おまえ、なに泣いてんだ」
 ひとの気も知らないで、残酷なことを言う薪がうらめしい。とうとう抑えきれずに、青木は叫んでしまった。
「ひどいですよ! オレがいるのに、こんな!」
「なんだ、おまえも岡部にやってほしかったのか?」
 可愛い顔をして、恐ろしいことを言う。青木は絶句した。
 
「岡部、できるか? いくらおまえでも一晩にふたりはきついか?」
 薪の過激な発言に、青木は悶絶しそうだった。
 この世界のことはよく解らないが、薪の心境は理解できない。今さっき、自分の相手をしていた男が、続けて他の男と同じことをしても平気なのだろうか。
「平気ですよ。もう一人くらいなら」
「いりませんよ! そんなわけないじゃないですか!!」
 青木の剣幕に薪が鼻白む。岡部の背中に回って、小さな声で青木を非難した。

「なに怒ってんだ? あいつ」
「俺、なんとなくわかりました」
 何かに思い当たったらしく、岡部が苦笑する。が、青木を怒らせている元凶の薪には見当もつかないようだ。
「一人で皿洗いやらせたのがそんなに面白くなかったのかな」
「室長が面白いです……」
 きょとんとした顔つきで不思議がる薪は、この上なく可愛らしい。が、こんな可愛い顔であんなことをしていたのも許せないし、その後の発言も不誠実この上ない。
「室長にそんなこと言われたら岡部さんだって可哀想です。だいたい、人前ですることじゃないでしょう」
「だって仕方ないだろ。もう、腕も上がらない状態だったんだから」
「腕が上がらないくらいなんですか! ―――― は?」

 青木の想像と繋がらない薪の言葉に、はっとして二人の様子を観察する。
 薪はきちんとパジャマを着ている。パジャマはいくらかしわになっているが、寝乱れた様子は無い。髪の毛も整っている。
 岡部は岡部で、ネクタイを緩めた様子も無い。情事の後というのはもっとこう、艶っぽい雰囲気になるものだが。

「ストレス溜まると肩が凝るんだ。おまえも30過ぎれば、この辛さがわかるさ」
 ……そういえば今日、昼寝から醒めた室長は、腕を横に開いて伸びをしていたっけ。
「じゃあ、あの声って」
「声?」
 薪が岡部のほうに視線を泳がせると、岡部は何も言わずに首を横に振った。

「まぎらわしいことしないでくださいよ!」
 自分の勘違いにめずらしく逆ギレして、青木はキッチンへ逃げ出した。
 つい先刻『仏の田城』の異名を持つ所長に怒られ、大人しいだけが取り得の部下にまで怒鳴られた室長は、自分の無実を岡部に訴えるしかなかった。
「僕がなにをした? 何も悪い事してないだろ? まぎらわしいって、何が」
「薪さんは知らない方がいいです……」
 薪がいくら訊いても、岡部は教えてくれない。
 もとより、言えるはずもない。マッサージのときの室長の声はあえぎ声にしか聞こえません、などと当の本人に言えるわけがない。そして、薪にはもちろん自覚はない。

 かわいそうに、青木のやつ。

 岡部は純情で一途な後輩に、心の底から同情していた。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

Aさまへ

Aさま、こんにちは。
こちらにもコメントありがとうございます(^^


>ぶはは!しづさんのギャグ、最高です!!岡部×薪も妄想させて頂きました(〃▽〃)

品の無いギャグですみません~~(^^;
でも、笑ってくださってよかった♪
うちの看板は、R系のギャグ小説ですからね。 ここで笑ってもらえるなら、大成功です~。


>岡部×青木だけは勘弁(°°;)

うぎゃー、わたしもカンベンです(><)
てか、わたし、岡部さんが好きなんです。 結婚するなら岡部さんe-51
だから岡部さんは絶対にノーマルで(笑)


>もう、薪さん、可愛すぎです!!(鈍感なとこが)

ツンデレ、鈍感、カンチガイはうちの薪さんの三種の神器です☆

このひと、捜査では鋭いんですけど、プライベートになると途端に鈍くなるんですよ(^^;
こんな勘違いばっかりで捜査ができるのか、と突っ込まれそうですが。 その辺はギャグ小説なので。 見逃してくださいね。(逃げ道確保)


ありがとうございました。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: