執行猶予(3)

執行猶予(3)







 モニタールームは異様な緊張感に包まれていた。
 全員がメインスクリーンに注目している。これから事件の検証が始まるのだ。それは別に珍しいことではない。このぴりぴりと張り詰めた空気は、モニタールームの後方に仁王立ちになって腕を組んでいる室長から漂ってくる雰囲気のせいだ。
 目を閉じて、集中力を高めている。自分の能力を限界まで引き出そうとするときに、人間はこんなオーラを発するものだ。
 室長のこの状況は、朝一番で掛かってきた捜査一課からの捜査協力依頼に由来する。

「今日の3時で拘留が切れる?」
 異動後も自分を慕う後輩からの電話に、第九の副室長は眉を顰めた。
「あのな、竹内。MRIは魔法じゃないんだ。半月分見るのに半日はかかるんだぞ。いくら容疑者が絞れてても、そんな短時間じゃムリだ。せめて5日くらい猶予を……え? 黒部代議士の息子? 確かに今を逃すと手が出せなくなる可能性が高いな。いや、でもなあ。ムリなものはムリ」
 岡部の言葉は、途中で遮られた。捜一のエースにMRIの時間的な限界を説明する岡部の手から、突然受話器をひったくった者がいたのだ。

「検証しなければならない日数はどのくらいですか?」
 岡部から受話器を奪い取ったのは、第九で唯一の岡部の上司だった。岡部の机に腰掛けて、詳しい内容を聞きだしている。
 間に合わないかもしれないが、やれるだけはやってみようということか。仕事熱心な薪らしい判断だ。
「3ヶ月ですね。わかりました、こちらへ回してください。……気遣いは無用です。きちんと依頼書を付けてください」
 岡部は耳を疑った。
 正式な依頼書を受諾しての捜査となると、この責任は第九が負うことになる。MRI捜査による検証が拘留期限に間に合わず、犯人をみすみす逃さなければならなくなったら、それは第九の失点になるのだ。竹内はその事情を知っているから、こうして内々に電話をしてきたのに。

 驚きを隠せない岡部の前で、薪は不遜に笑った。
「受けたからには半端な真似はしません。3ヶ月なら4時間もあれば充分です」
 データの抽出に1時間はかかるはずだから、実質3時間だ。第九の職員は室長を除いて6名。データを分け合って全員で見ても間に合わない。
 しかし薪は、できもしないハッタリを言う男ではない。いや、女性遍歴と性経験に関しては大ホラ吹きだが、仕事では絶対に言わない。

 果たして、電話を終えた薪はまっすぐに宇野のところへ歩いていった。それを見た職員たちが、ざわざわと騒ぎ始める。彼らには、これから何が始まるか解っているのだ。
「薪さんのあれ、久しぶりだな」
「あれ見ると、薪さんて本当に人間じゃないかもって思っちゃうよな」
「うん。バケモノみたいだもんな」
 こそこそと失礼なことを言って、職員たちは検証の準備に掛かる。名前の順に右端の上から、という副室長の指示を受けて自分の持ち場を確認する。

「宇野。メインスクリーン、何分割できるようになった?」
「現在は9つです」
「さすがだな。よし、じゃ、それで頼む」
 薪はにっこりと宇野に微笑みかけ、システムの起動を命じる。滅多に出ない薪の笑顔は、宇野のたゆまざる努力に対する褒美だ。
 2年前まで、スクリーンの分割は3つが限度だった。それをプログラムの追加で6つ、9つと増設していったのだ。
 分割できる数を1つ増やすのは、実は大変な作業だ。同じものをもう一度コピーしてインストールすればいい、という単純な作業ではない。画面が1つ増える、ということは色々なプログラムに影響してくる。解像度、サーチ、停止画の自動修正機能など、それによって追加を余儀なくされるプログラムの量は半端ではない。足し算ではなく、3乗根になると思って間違いない。

「9つだってよ」
「ますます人間から離れていくな、あのひと」
「ていうか、9つだと俺たちの頭数のほうが足りないぜ」
「2回に分けるしかないだろ。まあ多分、2回目は必要ないと思うけど」
 職員たちの中で、ひとりだけ訳のわからない顔をしている捜査官がいる。待機中のメインスクリーンが9つに分割されたのを見て、彼は驚きの声を上げた。
「これって……ええ?」
「あれ? おまえ、見るの初めてだっけ」
「薪さんもよっぽど時間的に追い詰められなきゃやらないからな。ものすごく疲れるみたいだし」
「青木、おまえは右端の一番上の画だけ見てろ。欲張って隣まで見ようなんて思うな」
 副室長が新人に指示を与えるのを横目に、薪はモニタールームの後方に下がった。メインスクリーンが端まで見渡せる位置に陣取って、腕を組む。目を閉じて、深呼吸を2回。周囲の風景が揺らめいて見えるくらいの気迫が発せられ、前方に座った職員たちは、首の後ろがちりちりと焼けるような緊張感を味わう。
 亜麻色の瞳に天才の輝きを宿して、薪は頭を上げた。

「いいぞ。始めろ」
 落ち着いたアルトの声が響き、メインスクリーンには9つに分割されたMRI画像が流れ始めた。9つとも同じ被験者の画だが、まったく別々の場面である。9日分をいっぺんに映しているのだ。
「青木。自分の担当の場所だけ見てろよ」
「は、はい」
 新人の隣の席に座った今井が、落ち着かない素振りの後輩を注意する。慣れない者は逆に他のところに目が行ってしまうものだ。

 開始後、約1時間。
「見つけたぞ! 右端上、10秒戻せ!」
 鋭い声が響いて、MRIが静止画面になった。巻き戻して、スローで再生させる。薪の指摘通り、人ごみの中に紛れて被疑者の姿がある。拡大しなければ分かりにくいが、たしかにこの男だ。
「直ちにこの場所の特定! 通行人の腕時計をいくつか拡大して時刻を確定しろ。画像を捜一に電送しておけ。岡部、直接竹内のところへ行って、至急裏を取るよう要請してくれ」
「はい!」
 矢継ぎ早の指示に各々がキビキビと動き、たちまち捜査に必要な情報が集められた。プリントアウトされた数枚の画を持って、岡部が研究室を出て行く。後は捜一の仕事だ。

 停止画面の状態を見て、薪はいくらか眉根を寄せている。自動ブレ補正の働きに若干不満のようだ。特に下部の3画面には改善の余地がある。他の誰にも分からない言葉で宇野とその話をしている室長を、職員たちは遠巻きに見ている。
 9つの画面を同時に検証する。いったいどんな眼球運動ができればそんなことが可能なのだろう。薪の目が特別製なのは知っているが、ここまでくると最早人間業とは思えない。

 追加のプログラムについて宇野に新たな課題を与えた後、薪はくるりとこちらを振り向いた。亜麻色の目が不機嫌そうに細められている。
「この画、見てたの誰だ」
「すみません、オレです……」
 6分の1の確率だったのに、青木は運が悪い。このパターンの検証は初めてだったのだから無理もないと思うが、室長の言葉は辛辣だった。
「役に立たない目玉なら、今すぐ角膜バンクに寄付して来い。その方がよっぽど世の中のためになる」
 相変わらず青木には特別キツイ。果てしなく冷たい口調で言い捨てて、薪は仮眠室へ入って行った。

 広い肩をがっくりと落として、青木はため息をついている。見かねて小池が慰めの言葉を掛けた。
「そんなに落ち込むなよ、青木。薪さんと同じことやろうっていうほうがムリなんだ。俺たちは人間、あのひとはバケモノなんだから」
「バケモノというよりは宇宙人。いや、もののけ?」
「妖怪百目小僧」
「それ、採用」
「小僧ってとこがナイス」
 先輩たちのブラックな励ましを苦笑いで受けて、青木は席を立った。

 新人にとっては第二の職場である給湯室へ入っていく。しばらくして出てきた青木の手には、盆に乗せたコーヒーと冷たいおしぼり。さらに救急箱から目薬を取って、仮眠室へと姿を消した。どうやら休憩中の百目小僧への差し入れらしい。
 眼精疲労には、薄暗い部屋の中で瞼を閉じているのが一番だ。新人の心配りの目薬と冷たいおしぼりは、その効果を上げてくれるはずだ。

「青木ってさ、なに言われても平気で薪さんのところへ寄ってくよな」
「苛められるの分かってるのに。あいつもMだよな」
「おかげで俺たちへの攻撃は減ってるけどな。薪さん、この頃ずっと機嫌いいし」
「前々から仕事には熱心だったけど、最近は特に充実してるって感じだよな。笑い顔も増えたし、重箱の隅をつつくような指摘もしなくなったし」
「何かあったのかな? 薪くんの意欲を喚起するような出来事」
「何かって?」
「例えば恋人ができたとか」
「ないないない!あのひとが恋人なんて―――― かっ、官房長!」
 いつの間にかひとり増えている。まるで座敷ワラシのようだ。

 小野田官房長は気さくな人柄で第九への出入りも多いが、一介の職員が気安く口をきけるような相手ではない。職員たちは一斉に席を立って敬礼の姿勢をとった。
「すみません。ただいま室長も副室長も席を外してまして」
「うん。岡部くんとはエントランスですれ違ったよ。薪くん、久しぶりにあれやったんだって?見たかったな」
「はい。それでいま、仮眠室に。すぐに呼んで参ります」
 室長の休息を破りたくないのはやまやまだが、これは宮仕えの定めだ。
「あ、いいよ。休ませてあげて」
「しかし」
「大丈夫だよ、ぼくが仮眠室へ行くから」

 青木はまだ仮眠室から帰ってこない。仮眠室で何が起きているか、おおよその察しはつく。先ほどのミスのことで、また薪にネチネチと皮肉を言われているのだろう。
「あの、差し支えなければ私がご用件を伺います」
 警視の今井が進み出て、小野田に進言する。出すぎた行為ではなく、舞台裏で行われている室長の陰湿なイジメの実態を官房長に見せるのはまずい、と判断してのことだ。

「事件のことじゃないんだ。薪くんを激励に来たんだよ」
 いつもにこにこしている小野田だが、今日は特別機嫌がいいようだ。目じりの笑い皺が、普段より多いような気がする。
「激励とおっしゃいますと?」
「警視長の昇格試験、頑張ってねって」
「えええ!?」
 小野田が差し出したのは、警視長昇格試験の受験票だった。受験者の欄に薪の氏名がある。
 モニタールーム中が騒然となった。

「昇格試験? 薪さんが?」
「やった! とうとうやる気になってくれたんだ!」
「すげえな。37歳で警視長かよ」
 仲間たちの喜びは当然のこと、官房長が自ら受験票を届けてくれたという事実は、もうひとつの喜ばしい真実を彼らに知らしめることになる。
 官房長は、薪のことを諦めていなかった。現在も自分の後継者に、と考えてくれているのだ。この試験に合格すれば、薪は再び桧舞台に返り咲くだろう。

「さて。寝顔にキスでもしてこようかな」
 得意の色モノジョークを放って、小野田は仮眠室へ入っていく。残された職員たちは、小野田が置いていった受験票を嬉しそうに見て、笑いあった。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

こんにちは、Aさま!
拍手コメント、ありがとうございました♪♪♪


>きたーっ!!!

あははは!Aさまったら!!
ええ、もうお察しの通り、モロバレです。
そしてS好みの展開に(←非道すぎ)


>ところで岡部さんは二人の関係をご存知?

はい、知ってます。
ここらへん、補足が必要ですね。ちょっと次のお話に書き足しておきます、はい。

叫んでいただいて、ありがとうございました。爆笑させていただきました(^^
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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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