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執行猶予(5)

執行猶予(5)






「薪さんの言う通りにしますから。また週末、行ってもいいですか?」

 週末限定の特別なデートの申し込みに、薪は少し迷うふうだった。
 タオルを下にずらして、亜麻色の目を覗かせる。いくらか充血した目が、何か言いたげだ。
「今日は?」
 長い睫毛を伏せて、恥ずかしそうに目を逸らす。どうやら土曜日の予定を繰り上げてくれる気らしい。
 
「懇親会は?」
「岡部とは昨夜飲んだばかりだから」
「うれしいですけど、今日は薪さんが疲れてるんじゃ」
「うん。だから僕を元気にしてくれ」
「どうすればいいんですか?」
「色々あるだろ。例えば」
 薪はベッドの上に起き上がり、アメリカ人が犬を呼ぶときの仕草で手招きをした。青木が身を乗り出すと、ネクタイと後頭部を引き寄せられた。

「こんなこととか」
 くちびるを奪われる。小さな舌が青木の口の中を蹂躙していく。
 普段なら絶対にしない。でも、今の薪は自分のスペックをフル活用して頭も身体も活性化された状態にいるのだろう。そんな素振りはおくびにも出さないが、不可能を可能にしたMRI捜査の進化を喜び、興奮している。平たく言うと、ハイになっている。ひとはこんなとき、つい浮かれた行動をとってしまうものだ。
 ましてやこの二人は、恋人同士になってまだ1月あまり。蜜月の甘さで溺れ死にしそうな時期だ。

「いいんですか?職場でこんなことして」
 まったく、薪は勝手だ。
 先日室長室で薪の肩を抱いたときには、青木の頬を思いっきり引っぱたいて「仕事にプライベートを持ち込むな」と鬼のように怒ったくせに。キスをするのは、そのポリシーに反することにならないのだろうか。

 しかし、青木はそんなところに突っ込むつもりはない。薪の自分勝手は今に始まったことではないし、それをいちいちあげつらっていたらキリがない。
 ここで大切なのは、薪の方から自分にキスをしてくれたという事実だ。青木とっては薪のこころを推し量る重要なキーになる。薪の気持ちは少しずつ、自分に傾いてきていると思っていいのだろうか。
 薪は、青木を好きだから恋人になってくれたわけではない。もちろん嫌いではないが、青木のように薪がいなければ夜も昼も明けない、とまで恋情を募らせているわけではないのだ。薪には忘れられないひとがいて、そのことを青木は知っている。恋人として付き合い始めるときにも、『僕は一生彼のことを忘れられないと思うし、忘れる気もない。それでもよかったら』という話だったのだ。
 ベッドの中でからだを重ねていても、想いが通じ合っているわけではない。認めたくはないが『限りなくセフレに近い恋人関係』というのが現状である。

「ただの充電作業だ」
 その関係を反映するかのように、薪の言葉は素っ気無い。キスをした相手に恋心を抱いているかというと、このひとの場合は微妙だ。ここは日本だし相手は選ぶが、ロスに住んでいたこともある薪にとって、ハグとキスまでは友だちの範囲なのだ。本人は知らないが、酔うとキス魔になる、という困った性癖もある。

「オレはバッテリーですか?」
「そんな高級なもんか。せいぜい乾電池だろ」
 それでは使い捨てである。
「せめて充電式の乾電池にしてくださいね」
 薪がクスクス笑っている。充電式に込められた青木の気持ちが分かったらしい。
「今夜僕のうちへ来れば充電してやるぞ」
「是非お願いします」
 薪の笑顔は、青木に力を与えてくれる。そのパワーはソーラーシステム、いや、太陽そのものだ。

 薪とこういう関係になって、青木の想いはますます深くなった。今このひとにもしものことがあったら、衝動的に後を追ってしまうかもしれない。
 何があっても離れたくない。どんな犠牲を払っても失いたくない。
 青木はもともと恋に溺れるタイプではない。恋人との関係も大切だが、友人や親兄弟も大切にしたい、と以前は考えていた。親が喜ばないような女性とは決して付き合わなかったし、友人の彼女と恋仲になってしまったこともない。そういう相手には自然とブレーキが掛かるのだ。

 でも、薪は特別だ。
 周囲に気を配ることなんか、頭から吹き飛んでしまった。このひとは青木から他人に対する気遣いや常識や、人間として大事なものをどんどん奪っていく。
 悪友たちから「最近付き合いが悪い」と文句を言われても、薪の都合が許す限り週末は一緒に過ごしたい。第九の室長として繁忙を極める薪に、休日はとても少ないのだ。おかげで青木は、すっかり友人たちと疎遠になってしまった。

 面白味のないチャイムが鳴って、時刻を知らせる。昼休みだ。薪はこのまま昼寝をするのだろう。いつもの時間に起こしに来ます、と言って青木は仮眠室を出た。
 昼休みの研究室は、なにやらお祭りのような騒ぎになっていた。
「なにかあったんですか?」
「これこれ」
 曽我が手に持っていた葉書サイズの厚紙を青木の方に差し出す。薪の写真付の受験票だ。昇格試験の申請書を出したと言っていたから、その受験票が届いたのだろう。

「あれ? これ、いつ来たんですか? 今朝のメールには入ってませんでしたけど」
「官房長が届けてくれたんだ」
「そうなんですか? 官房長が自ら?」
「そうなんですかって、おまえ、あそこにいたんじゃないのか?」
 小池がモニタールームの一角を指差す。そこにはパーティションが置いてあり、その奥に青木がさっきまでいた仮眠室がある。
「いましたよ」
「じゃ、官房長が行っただろ?」
「え?」
「中を覗いたらよく眠ってるみたいだからって言ってたぞ」
「おまえ、相変わらず注意力散漫だな。ドアが開いたのに気付かなかったのか?」

 気付かなかった。捜査官失格だ。
 いや、そんなことより。
 小野田がどうして中に入ってこなかったのか。その原因の可能性に気付いて、青木は青ざめた。

「なんか顔色悪いぞ、青木」
「薪さんに苛められたのか?」
「昼メシ奢ってやるから元気出せよ」
「ありがとうございます。でも、お昼は角膜バンクへ行かないと」
 先輩たちの誘いを室長直伝のシュールなジョークで断って、青木は研究室を出た。重い足を引き摺って中庭に向かう。いつだったか薪と一緒に弁当を広げた樹木の下に座って、青木は深呼吸を繰り返した。

 小野田が仮眠室での出来事を目撃したとは限らない。部屋が暗かったから、眠っているものと思っただけかもしれない。
 でも。
 もしも、あれを見られていたら。
 薪に迷惑が掛かる。

 ジャケットの内ポケットの中で、携帯電話が震えた。見覚えのない着信番号。はい、とだけ言って電話に出る。
『青木くん? 小野田だけど。ごはん食べた?』
 青木は思わず携帯を取り落としそうになる。咄嗟には言葉が出てこない。
『まだだったらぼくの部屋へおいで。末広亭の松花堂弁当があるよ』
 小野田の声は、いつもどおりの穏やかな声だった。しかし、青木の背中には一気に冷や汗が噴き出した。
 これまで一度も官房室へ呼び出されたことなどない。この呼び出しの目的は明白だ。

「すぐに伺います」
 やっとそれだけ喉から搾り出して、青木は震える足で立ち上がった。
 見上げた空は暗澹として、青木の不安を煽るかのように暗かった。




*****


 あ、かゆいの止まった。(笑) 


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Kさまへ

Kさま、拍手コメありがとうございます(^^

相も変わらず、Kさまにはまるっとお見通しのようで(笑)
いや、ほんっとーにピタッと言い当てますねえ。さすがです。


うふふ、今日はメロディの発売日ですものね。
ええ、わかります、Kさまのお気持ちは充分過ぎるほどいただいてますので!
仕事が終わったら買いに行くんですけど、今月は何のコスプレかなあ。(ちがう)
楽しみです~(^^
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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