執行猶予(9)

執行猶予(9)







 官房室に次の来訪者が訪れたのは、その電話を終えてから20分後だった。
 先刻、ここに来た捜査官の上司だ。いや、彼の恋人と言うべきか。いやいや、小野田の大切な秘蔵っ子だ。
 紙の手提げ袋を右手に持って、細身の体にぴったりと合った薄いグレーのスーツを着ている。ポロシャツとジーパンの小野田とは対照的だ。

「嬉しいね、薪くん。ぼくに会いに来てくれたの?」
「お話したい事がありまして。お時間は取らせません」
 薪の固い表情から、話の内容は察しがついた。
 あの青二才め。薪には絶対に気付かれるなと言ったのに。

 憤懣の片鱗も見せずに小野田はにっこりと微笑み、薪にソファを勧めた。仕事の手を止めて自分も向かいに腰を降ろす。2度のロスタイムが日曜出勤を余儀なくしたとしても、大事な薪のためだ。
「さて。どういった話かな?」
「5月26日金曜の12時27分。うちの部下がここに伺いましたよね。官房長と一介の警部が、何をお話になったんですか?」
 正確な時間まで掌握しているからには、受付の名簿を調べてきたのだろう。薪自身はここへは顔パスで、いちいち名簿に名前を記載する必要はない。それをわざわざ受付で確認してきたというわけか。ご苦労なことだ。

「一緒にお弁当食べただけだよ。黒部代議士の息子の事件、スピード解決したっていうから、きみへのご褒美に末広亭の松花堂弁当を取ってあげたんだよ。でも、あの時きみは眠ってたから。捨てるのももったいないと思って、彼に食べさせてあげたんだ。彼って見かけによらず小食なんだね。ちょっとしか食べてなくて」
 亜麻色の瞳が、すうっと細められた。瞬間小野田は口を閉ざすが、遅かったようだ。
「それはおかしいですね。青木は見たまんまの大食漢ですよ。あの弁当なら3つは軽いです。彼の食欲を失わせる何かがあった、と考えるのが順当かと」
 小野田の供述の綻びを見つけて、鋭く切り込んでくる。が、まだまだ甘い。このくらいの切り返しは余裕だ。
「なんだ、じゃあ昼食を済ませたところだったんだな。ぼくが強引に誘っちゃったもんだから、断りきれなかったんだね。青木くんらしいや」
 小野田の見事な言い逃れに、薪はくちびるを噛んだ。小野田を誘導尋問に掛けようなど、10年早い。それを悟ったのか、薪は尋問口調を止めた。いつもの喋り方に戻って「小野田さん」と呼びかけてきた。

「どうして僕にまで、そんなウソを吐くんですか」
「ウソなんか吐いてないよ。それとも青木くんが何か言ったの?」
「いいえ。でも、様子がおかしかったので。誰かに何か言われたんじゃないかと」
「その相手が、どうしてぼくだって?」
「青木は正直な男です。昨日の午前中は普通だったのに、午後から急におかしくなったんです。昼休みに青木と会ったのは、小野田さんだけです」
 状況証拠も完璧だ。どうやら容疑は確定だ。
 小野田は肩を竦めて両手を広げて見せた。それは薪の推測に対する肯定だった。
「いくら小野田さんでも困ります。青木は僕の部下です。室長の僕を通していただかないと」

 小野田は黙秘権を行使することにした。
 この話は、薪にはしたくない。薪を泣かせたくはない。
 計画では、あの青二才が小野田に恐れをなして薪と別れ、同じ職場にも居づらくなったところで薪に官房室への転属を勧めるはずだった。その計画はどうやら頓挫したようだ。

 黙ったままの小野田に、薪は眉根を寄せた。
 観念したように瞼を閉じる。長い睫毛の美しさは相変わらずだ。

「小野田さんが研究室まで受験票を届けて下さった、と部下から聞きました。そのとき、第九の仮眠室で僕と彼がしていたことを、ご覧になったんですね? そのことで青木を非難されたんじゃないですか? それで青木は落ち込んで」
「青木くんが凹んでたからって、それは少し短絡的じゃないかな。仕事のこととか、友人のことで、何か悩み事があったのかもしれないじゃない」
「青木が落ち込むとしたら、僕に関することだけです。あいつの頭には、僕のことしか入ってませんから」
 ものすごい自信だ。まあ、わからないでもないが。
 端から見ていても、あの男が薪にぞっこんなのはわかる。理性を保っている職場でさえそうなのだから、薪とふたりきりのときはもっとメロメロの状態なのだろう。

「小野田さんの非難は、僕に向けられるべきものです。あれは僕の方から……あの時は、気分が高揚してしまっていて。軽弾みな行動だったと反省しています。今後は二度としません」
 申し訳ありませんでした、と薪は頭を下げた。

「彼と付き合ってるの?」
「はい」
「身体の関係を持ったんだね?」
「はい」
 即答だ。自分が悪いことをしている、という意識はないらしい。ということは、薪のほうも本気だということだ。
 薪の性格からしてそうだろうとは思っていたが、よりにもよって自分の部下とは。発覚した際に何枚のカードを切ればいいのか、見当もつかない。

「がっかりだな。君も堕落したもんだ」
「小野田さんが何を心配なさっているのかは、分かります。お気持ちは嬉しく思います」
「じゃあ、ぼくが言いたいことも解るよね?」
「解ります。だけど、その命令には従えません」
 きゅっとくちびるを結んで、眉をきりりと吊り上げる。
 凛々しい顔だ。女のようにきれいな顔なのに、弱さを微塵も感じさせない。昨日のおどおどした大男とは対照的だ。

「やれやれ、君もまだまだだね。あんな道端の石ころに躓いてるようじゃ」
「青木は、石ころなんて可愛いもんじゃありません。岩みたいな男です。でも」
 亜麻色の目が強い光を宿す。真剣な瞳が真っ向から小野田に向かってくる。
「僕は、その岩を背負って歩く覚悟があります」
「それはぼくに逆らうってこと?」
「小野田さんのお気持ちによっては、そうなるかもしれません」
 挑戦的な目だ。薪は昔、いつもこんな目をしていた。小野田はこの目に惚れこんで、自分の跡を継がせたいと思ったのだ。

「どうやらきみを、自由にさせすぎたみたいだね」
 薪がこの目を取り戻せたのは、あの男のおかげなのかもしれない。が、上層部へ入っていく覚悟ができたのなら、こんな下らないことに使う時間はない。
「きみがそのつもりなら、もう容赦しないよ。きみは来月から警察庁に異動だ」
「いやです!」
 そう言うと思った。
 しかし、ここは捻じ伏せてでも納得させなければならない。薪は未だ、片羽を捥ぎとられて飛べなくなった鳥の状態だ。自分の手元に置いて、飛び立つ準備をさせてやらねば。具体的には小野田が連れ歩いて政界や上層部に人脈を広げていく、ということだ。

「約束が違います。僕が警視長に昇任しても、2年間は第九の室長を続けさせてもらえるという話だったじゃないですか。岡部を室長にするには、あと2年必要なんです」
 岡部は現在39歳の警部だ。室長を務めるには警視正以上の階級に昇任しなければならない。年齢が40になれば、警視までは警務部長の判断で昇任させることができる。現在の警務部長は岡部の実力を高く評価しているから、申請さえ出せば来年は警視になれるはずだ。次の1年間はみっちり試験勉強をさせて、なにがなんでも警視正になってもらう。自分の警察庁への異動はその後で――― 薪は先週ここに来て、そんな勝手なお願いを小野田にしていったのだ。

「先週、小野田さんは僕の意向を尊重してくれるって」
「きみに拒否する権利はないよ。警察はそういうところだろう? 上官の命令をきけない警察官なんて、いくら優秀でも要らないよ」
 つややかなくちびるをぎゅっと噛んで、薪は反論を止めた。薪も管理職の端くれだ。その現実は骨身に沁みているはずだ。

「どうする? 警察辞めて二人で喫茶店でも開く? そこまで堕ちてしまったのなら、もう引き止めないけど」
「そんなバカバカしいことはしません」
「じゃあ、ぼくの言うことをきく?」
「いやです」
 いやだいやだと子供のように繰り返す薪に、小野田は苛立ちを覚えた。可愛さ余って憎さ百倍だ。小野田は滅多に出さない低い声で薪を威嚇した。
 
「薪くん、いい加減にしなさい。ぼくがいつまでもきみの我儘を聞くと思ったら、大間違いだよ」



*****


 うう、薪さんと小野田さんのケンカは、書いててすっごくツライです。 青木くんとはいくらケンカしても平気なのに。
 今更あおまきすとを主張しても、だれも信じてくれないだろうな(笑)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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