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執行猶予(10)

執行猶予(10)








「薪くん、いい加減にしなさい。ぼくがいつまでもきみの我儘を聞くと思ったら、大間違いだよ」

「証明してみせます」
 怯む様子も見せず、薪は胸を張った。
「小野田さんは僕が堕落してるって仰いましたけど、そんなことはありません」
 どこにも自分の非はない、と信じきっている人間の態度だ。思い上がりも甚だしい。
「僕がこんなに昇任に対して積極的になったのは初めてです。今まではなんとなく、人に言われるがままに試験を受けて、そこそこ努力して。僕が自分から試験を受けて上の役職を目指そうと思ったのは、青木が僕に鈴木の本当の気持ちを見せてくれたからなんです」
「鈴木くんはきみの出世を望んでいたからね。ぼくともそんな話をしたことがあるよ」
 あの新人との間にどんな経緯(いきさつ)があったのかは知らないが、そこには薪の親友が絡んでいるらしい。そうなると、これは我儘を通すための言い逃れではないかもしれない。薪は亡くなった親友のことを、とても大切に思っているからだ。

「だったら余計、別れるべきだ。そんな関係がマイナスにしかならないのは、薪くんだってわかっているだろう?」
「小野田さん。それがちょっと違うんです」
 薪は、ここに来て初めての笑顔を小野田に向けた。少し照れたように、気恥ずかしそうに、それは誰かの好意に包まれている人間が見せる笑顔だった。
「僕も始めはそう思ったんですけど、青木が解らせてくれました。鈴木が僕に本当に望んでいたのは、僕が出世することじゃなかったんです」
「出世じゃない?」
 鸚鵡返しに聞いた小野田に、薪はこくりと頷いた。

「鈴木は、いつも僕に心から笑ってて欲しいって。そう願ってくれてました」

 そんなの当たり前だろ、と言いかけて小野田は口を閉ざした。
 そんなことは小野田だって、とっくに気付いていた。鈴木の性格や薪に対する態度を見ていれば、誰だって分かることだ。それを青木が解らせてくれた、と薪は言ったが、解らなかった薪の鈍さにびっくりだ。
 犯人や被害者の心情は驚くほど正確に読むくせに、自分のことはまるで見えていない。薪のこういうところは昔から変わらない、彼の大きな欠点だ。

「心から笑うには、心のままに生きること。自分の意志を曲げないこと。
 警察機構の中で自分の信念を貫くためには、上層部に食い込むしかない。これは小野田さんが僕に教えてくれたことです。そうでしたよね?」

 昔、薪にそんな話をしたことがあった。
 薪が第九の室長になって、初めての隠蔽工作をさせられたときのことだった。被害者の脳に残った画から犯人ははっきりしているのに、権力を持った代議士の息子だと言う理由で、そのMRIはなかったことにされた。
 薪は泣きそうな顔になって、小野田に事の次第を訴えてきた。しかし、警視総監の判断は正しかった。当時の小野田の力でどうにかできるほど、その代議士は小物ではなかった。

「今回は総監の言う通りにしなさい」
 小野田の言葉が信じられないという表情で、薪は小野田を見た。信じていたひとに裏切られたような、ひどく悲しげな顔つきだった。
「きみの気持ちはわかるけどね、仕方ないときもあるんだよ」
「仕方ないってなんですか!」
 次の瞬間、薪は怒りを顕にして小野田に向かってきた。
「人ひとり死んでるんですよ!? これじゃ何のためのMRIなんですか!」
 燃えるような瞳だった。血を吐きそうな叫びだった。

「こんな汚いことをさせられるくらいなら、僕は室長なんか」
「辞めてもいいよ。きみの代わりはいくらでもいる」
 冷たい言葉に、若い警視正は怯んだ。小野田が薪にこんな冷酷なことを言ったのは、そのときが初めてだった。
「他の人間ならきみみたいに、聞き分けのないことは言わない。総監に言われるがまま素直に口を閉ざして、ぼくのところに言いつけに来たりしない」
 言いつける、という言葉に薪の頬が赤く染まった。自分がしたことの愚かさに気付いたらしい。薪がしたことは、生徒が教師にクラスメイトの悪戯を言いつけているのと、なんら変わりない。それはとても恥ずかしい行為だ。

「よって、総監の思い通りの隠蔽工作がされることになる。ぼくだったら何とかなる類の犯罪でも、匿われてしまう可能性があるわけだ」
「え?」
「ぼくはいま、今回はって言ったんだよ」
 薪は黙り込んだ。
 悔しそうにくちびるを噛んで、うつむいた。そのまま頭を下げて、官房室を出て行こうとした。小野田は、その小さな背中に語りかけた。

「薪くん。自分の信念を貫きたいと思ったら、出世することだよ。ここでは権力を持たないものは何もできないんだ。今のきみがどこで何を叫ぼうと、それは負け犬の遠吠えだ」
 薪は出口で立ち止まり、小野田の方に向き直った。真剣な表情で小野田の言うことを聞いている。
「早く上がっておいで。待ってるよ」
 薪は深く一礼して、官房室のドアを閉めた。ドアが閉まる直前に見えた亜麻色の瞳は、強い光を取り戻していた――――。

 
「だから僕は、警視長の昇格試験を受けようと思った。青木がいなかったら、僕のこの決心はなかった」
 そのときと同じくらい強い目をして、薪はいま小野田と対峙している。つややかなくちびるが開いて、薪の決心のほどを小野田に告げた。
「警視長の昇格試験。僕は必ず一発で合格してみせます」
 いまだかつて、警察庁でその快挙を成し遂げたものはいない。現在は警務部長の間宮隆二が、3回目で合格したのが最高記録だ。
 薪ならやるかもしれない。その結果は、若輩を理由に薪を拒む上層部の老人たちを黙らせる武器になるだろう。
 しかし、自分の翼下から飛び出した愚かな雛鳥に、小野田の言葉は冷たかった。

「なに言ってんの。そのくらいのことで、ぼくを納得させられると思うかい」
 つらそうな顔をして、薪は下を向いた。
 小野田はいつだって薪には甘かった。厳しい顔を見せたのは、数えるほどしかなかった。だから余計にショックなのだろう。
 長い睫毛が震えている。亜麻色の瞳が苦しげに眇められる。薪のこの表情は、小野田の期待を裏切ったことへの自責の念だ。

 仕方ない。お灸を据えるのはこのくらいにしておくか。
 薪はようやく立ち上がりかけたところだ。ここで潰してしまっては元も子もない。

 小野田は手を伸ばして、亜麻色の小さな頭をぽんぽんと叩く。びっくりした目で薪が顔を上げた。
「トップ合格しなさい」
「……はい!」
 薪は、小野田のことを尊敬している。言葉には出さないが、いつも感謝している。小野田もそれは分かっている。今回の昇格試験だって、薪なりに小野田の尽力に報いようとしてのことだ。
 笑って人生を歩むのが目的なら、今のままでもいいはずだ。第九の室長というやりがいのある仕事に、自分を熱愛してくれる恋人。仕事もプライベートも充実して、最近の薪は笑顔が多くなったと第九の職員たちも話していた。
 たしかに、薪の笑顔は輝いている。2ヶ月前にはこんな顔はしなかった。これもあの青二才の手柄ということか。

「それとね」
 あまりにも幸せそうな薪の笑顔に、小野田は意地悪をしたくなってしまう。小野田の命令に背くのだから、多少の試練は受けてもらわなくては。
「きみたちは一蓮托生なんだろ? だったら青木くんにもがんばってもらわないとね」
「え?」
「警視の昇格試験、10位以内で通過してもらおうか」
「そんな! 絶対にムリですよ。青木は頭悪いんですから」
「ムリじゃないよ。彼はきみの後輩だろ。それにキャリアで入庁してるってことは、Ⅰ種試験を全国で100番以内に通ったってことだよ」
「きっとそれは何かの間違いです。だって本当にバカなんですよ、あいつ」
 ひどい言い草だ。小野田だってここまでは言わなかった。
「薪くん。きみホントに彼のこと好きなの?」
「え!? いや、好きとかそういうんじゃなくて、その……」
 赤くなっている。
 身体の関係はあっさり認めたくせに、薪の恥ずかしさの基準は普通と違うらしい。

「薪くん。これはあくまで執行猶予だからね。僕は君たちの仲を認めたわけじゃないよ」
「はい、それで充分です。執行猶予は最長で5年ですよね。それだけあれば、お釣りがくると思いますから」
 少し哀しそうに笑って、薪は立ち上がった。部下と同じように、深く一礼して部屋を出て行く。その細い背中には、2ヶ月前までは見られなかった微かな色香が漂う。
 こういうものは自然に現れてしまうものだ。間宮に牽制を放っておかなくては。

 そんなことを思いながら、小野田は電話のリダイヤルを押す。
 今日、この番号に掛けるのは二度目だ。青木がこの部屋を出て行ってから一度。その後で薪の来訪を受けた。今話したことを報告して、指示を仰がなくては。

「もしもし、中園?ぼくだけど」



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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