FC2ブログ

執行猶予(11)

執行猶予(11)







 そして。
 週末の夜は恋人たちの時間だ。

 昨日の今日だから無理をさせるつもりはなかったが、薪の方から誘ってくれた。昨夜の傷はまだ癒えていないはずなのに、明日は休日だから、と意を決した顔で自分から服を脱いでくれた。
 傷の具合を確かめようと、明るい照明の下で足を広げさせる。いつもなら激しい抵抗にあうのだが、今日は何も言わなかった。ぎゅっとくちびるを噛んで、顔を腕で隠している。首まで赤くなっているから、恥ずかしいのを我慢しているのだろう。
 そこには生々しい傷が残っていて、周りも赤く腫れている。今日は無理だ。指でほぐすのも痛いだけだろう。
 こういうときには、薪が一番喜ぶことをしてやろう。

 部屋の照明を落として、薄暗くしてやる。強張っていた薪の身体がほっと緩み、優雅な腕の下から亜麻色の瞳が覗いた。
 やさしく抱きしめて横向きに寝かせる。キスをして気分をほぐす。
 相手の手を取って自分の局部に触れさせる。手を伸ばして相手のそこに触る。お互いを手で刺激しあう。要は中学生くらいの子供がアソビでよくやる、相互オナニーというやつだ。
 いい大人がするものではないが、薪のレベルだとこのくらいが一番抵抗なくできるらしい。部屋を暗くしてやるとリラックスするのか、感度も高くなる。普段はあまり反応がない乳首や背中も、この状態で撫でてやるとビクビク震えてかわいい声を上げてくれる。
 その代わり、達するのも早い。青木を悦ばせてくれるはずの手のほうはすっかりお留守だ。自分の快感を抑えて相手を愛撫するなんて余裕はない。他人に劣ることなど何もない薪だが、これだけは本当に中学生レベルなのだ。

 互いに押し付けるように触れ合わせた昂ぶりを、やんわりと手のひらで包む。揉みしだきつつ上下に動かせば、青木の胸に顔を伏せていた恋人は背中を反らせ、切羽詰った声と共に顎を上げる。
「うっ……くっ!」
 夢中でしがみついてくるほそいからだ。我を失うほどに愛しさが込み上げる。
 絶対に守ってみせる。誰にもこのひとを傷つけさせたりしない。もう二度とあんな涙は流させない。

 荒い呼吸を吐きながら、薪が身を寄せてくる。そんなふうに自分に甘えてきてくれる薪はかわいくてかわいくて、抱きしめずにはいられない。
 一般に、恋というのは年数が経つにつれて熱を失っていくものだが、薪への想いは長くなるほど深みに嵌っていくような気がする。初めのうちは分からなかった薪のやさしさや、さりげない気遣いや、かわいらしさがどんどん見えてきて、それは青木の恋心をまた新たに生まれ変わらせる。より強く、より激しいものへと―――― 薪に最初に恋をしたときより、今のほうが何倍も好きになっている。
 誰かの為に死んでもいいと思うなんて。自分にこれほど激しい恋が訪れるとは思わなかった。

「青木」
「なんですか?」
 大好きな亜麻色の瞳が、とろりと快楽の余韻に濡れて青木を見つめている。あの薪にこんな目をさせているのは自分だと思うと、心の底から喜びが湧いてくる。
「ひとりで頑張らなくていいんだぞ」
「何回も言ってるじゃないですか。オレは薪さんが、気持ちよくなってくれるのを見るが好きなんです。そのほうが興奮するんです」
「……おまえ、そのことしか頭にないのか」
 セックスのことではなかったらしい。薪の言葉はちょくちょく目的語が抜けるから、青木はよくこんな勘違いをする。

「小野田さんになんか言われたんだろ。それで悩んでるんじゃないのか?」
 見抜かれている。相変わらず鋭いひとだ。顔に出した覚えはなかったのに。
「寝てないんだろ。目の下クマできてるぞ。それに今だって」
 ぱあっと頬に朱を散らして、つややかなくちびるを窄める。むちゃくちゃかわいい。恥らう薪の表情の威力は、核兵器に匹敵する。
「いつもはもっとすごいだろ? 僕がイキそうになると手を止めて、根本を締めて、な、何回もその」
「もっとして欲しいんですか?」
「違う! そうじゃなくてっ!」
 真っ赤になっている。このひとは何回ベッドを共にしても恥らう気持ちを失わない。理性が飛んでしまったときは別だが、熱が冷めると途端に恥ずかしがり屋になる。

「僕たちは、共犯者だろ」
 薄暗がりの中に猫のようにきらめく大きな目が、青木の瞳を捕らえる。
「おまえひとりが責めを負うことはない。僕だって同罪なんだ」

 同罪? 共犯者?
 それは違う。
 薪には何の罪もない。これは、青木の方から一方的に押しまくって作った関係だ。薪はずっとそれを拒絶していたのだ。
 ある意味、小野田に渡した事件調書は正しい。レイプに近いこともしているし、脅しているわけではないが関係を迫っているのは100%自分の方だ。

「どうして小野田さんが出てくるんですか?」
「とぼけるな。官房室の来訪者名簿におまえの名前があった。金曜日の12時27分。あの日は午後から何となく様子がおかしかったし」
「お弁当をご馳走になっただけです。末広亭の松花堂弁当。さすが老舗の弁当は違いますね、すっごく美味しかったです」
 本当は半分も食べていない。味なんか全然わからなかった。
 薪に余計な心配をさせることはない。薪は小野田を敬愛している。小野田が自分たちの仲を知り、不快に思っていることを知ったら悲しむだろう。

「じゃあそのクマは」
「昨夜は勉強してたんですよ。オレだって警視の昇格試験、再来月なんですから」
「僕を騙そうなんて、10年早いぞ」
 騙せるとは思っていない。言いたくないだけだ。
「小野田さんに、なんて言われたんだ?」
「口止めされてます」
「話せ」
「できません」
「上司の命令に逆らうのか?」
「はい。小野田さんの方が薪さんより階級が高いですから。こういうときには高官の命令に従うのが正しいかと」
 ぐっと言葉に詰まって、薪は黙り込んだ。これはたしかに青木の言い分が正しい。

 薪は部屋の照明を点けた。
 自分の身体にきっちりとシーツを巻きつけると、ベッドから抜け出した。シャワーを使いに行くのだろう。
 首から上しか出さない用心深さに、笑い出したくなる。こうなる前は平気ではだかで歩いていたくせに。普通は逆じゃないだろうか。
 青木の苦笑を読んだかのように、薪がドア口で足を止める。振り返って青木を厳しい上司の目で見た。

「警視の昇格試験のことだが」
「はい」
「一次の学科試験、ベスト10に食い込め。できなかったらおまえとは別れる」
「え!?」
 薪の突拍子もない命令は今に始まったことではないが、今回のはとびきり無茶だ。
 警視の試験を受ける者は、全国で何万人もいる。その中でベスト10入りしろと言われても。自分はそれほど頭の良いほうではないし、この試験は上位何名が合格というものではなく、7割以上正解すれば人数制限なく合格できる代物だから、それなりの勉強しかしてこなかった。

「な、なんで急にそんなこと」
「僕はバカは嫌いだからだ」
「試験の結果なんてクソの役にも立たん、とか言ってませんでしたっけ?」
 薪は、ペーパーテストで昇任を決めるのはおかしいと常日頃から公言していたはずだ。実績と能力に基づくべきだと。それが急に意見を変えるなんて。

「僕の恋人なら、そのくらいできて当たり前だ」
 捨て台詞のように言って、薪は扉を閉めた。
 青木はベッドの上で頭を抱える。
 大変なことになった。ベスト10なんてとても無理だ。それを目標に1年前から勉強してきたならともかく、2ヶ月前の今になっていきなりなんて。

「いったい……ん?」
 ――― 僕の恋人なら、と薪は言った。
 ということは、ベスト10に入れば恋人として認めてくれる、ということか? 現在のような『限りなくセフレに近い恋人』ではなくて、愛の言葉を交し合うような相手として見てくれると?
 だとしたらやるしかない。薪の心を射止めるチャンスなら、どんなに可能性が低くてもチャレンジしなければ。

 ベッドを抜け出して服を着る。今夜は泊まっていこうと思っていたが、帰って勉強だ。
 多分、薪もこれから勉強するのだろう。リビングの机の上には、何冊もの参考書と3冊のノートが積み重ねられていた。もちろん白いカバーの掛かったものではなく、ちゃんと表紙に昇格試験対策と表記があるものだ。

 薪はまだ風呂に入っている。きっと1時間は出てこない。薪は長風呂だ。
 メモを残して帰ろうと思い立ち、ペンを探すが机の上には見当たらない。他人の机の引き出しを開けるのも躊躇われた青木だったが、ノートに筆記具らしきものが挟まっているのを発見した。
 ノートを開いてみると薪のきれいな文字が並んでいて、解りやすく試験のポイントがまとめられている。青木が読んでいる参考書よりよっぽど理解しやすい。
 さすが薪さんだな、と思いつつ、その内容を自分が理解できる矛盾に気付く。
 警視の試験勉強しかしていない青木は、当然そのレベルの問題しか見たことがない。薪が受けようとしている警視長の試験は、これよりずっと難しいはずだ。
 参考書の表紙をあらためて確認すると、果たしてそこには『警視』の文字が。

「薪さん。オレのために?」
 背筋がぞくぞくするくらい嬉しい。
 自分の勉強で忙しい中、青木の為にこのノートを作ってくれていたのだ。薪がどうしてそこまでして青木にベスト10入りして欲しいのかは分からないが、薪の期待には応えたい。
 
 ぐっと拳を握り締め、青木は自分に誓いを立てる。
 今までは薪の役に立てるようにと、努力を重ねてきた。これからは薪に相応しい男になれるように、研鑽を重ねる。薪によくやったと褒めてもらえるように。それでこそ僕の恋人だ、と言ってもらえるように。

 既に仕上がった2冊のノートを手にしてリビングのソファに腰掛け、青木はそれを読み始めた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: