きみのためにできること(3)

きみのためにできること(3)









「いますよ。そういう女だって」
「まあ、そういうことにしといてあげるよ」
 間宮は薪から離れると、司会席へ向かった。いつもなら時間ぎりぎりまで薪へのセクハラをやめないくせに、今日はどうしたのだろう。
 
「あ、岡部くんのことは検討してみるけど、あんまり期待しないで。きみの頼みとはいえ、俺にも限度があるから」
 この返答は、新しい恋人の出現によるものだろうか。だとしたら、ここは完全否定だ。
 薪は席を立って、間宮の後を追いかけた。周りの人間に聞かれないように、声を潜めて嘘を並べ立てる。
「ちがうんです、間宮部長。これはその、一夜限りの相手というか、遊びでですね。僕には恋人なんて」
「きみはそういうウソは本当に下手くそだね。別に、きみに恋人がいてもいなくても、岡部くんの人事が難しいことに変わりはないよ」
「じゃあ、どうして」
 その先を言おうとして、薪は口ごもった。
 だって、質問のしようがない。なんで僕にセクハラしないんですか? と聞くわけにもいかないだろう。

「俺はね、だれかと愛し合ってる人間を口説くのは嫌いなんだよ。成功率が低いし、相手の男に恨みを買う危険が高いから。相手がいても、飽きてるとかしっくりこないとか、そういう状況なら粉も掛けるけど。幸せ真っ只中の人間を口説いても、労力の無駄だ。弾の無駄打ちはしないのが、プレイボーイの心得なんだ」
 薪にはさっぱりわからないが、変態には変態の信念があるらしい。
 そういえば、こいつのわけのわからない理屈には、去年の夏も救われたっけ。

「岡部のことは、やっぱり無理ですか」
 困惑に眉を寄せて、薪は呟いた。本音を言うと、かなり期待していたのだ。間宮が岡部を高く評価していることは知っていたし、彼には強力な後ろ盾もある。少々強引な人事を通してもまかり通るだけの力を、この男は持っているのだ。
 間宮は一瞬だけ薪の困窮が伝染したような表情を宿したが、すぐにいつもの綽々たる美丈夫に戻り、形の良い顎を軽く上げて恩着せがましい口調で言った。
「きみにそういう顔をされると、どうにも弱いな。仕方ない。何とかしてみるよ」
「本当ですか?」
 思わず、薪は笑顔になる。
 この男は最低のナンパ野郎で、相手をベッドに誘い込むためなら地獄の閻魔大王でも騙くらかせる男だけど、仕事に関してだけはその場凌ぎのことは言わない。何とかする、と言ったからには何かしらの手段は講じてくれるはずだ。

「ただし、条件がある」
 間宮の条件が何かも聞かず、薪は反射的に首を振った。
 聞かなくたって分かってる。これまでこの男が自分に何をしてきたか、ちょっと思い出しただけでも沸点に達する怒りがこみ上げてくる。この男と知り合った2年の間に、室長室のキャビネットが何台オシャカになったことか。
「それは、お断りします。そんなことと引き換えに警視の役職を手に入れたって、岡部は喜びませんから」
「そんなことって?」
 白々しい、とぼけるつもりか。ひとを監禁して手錠で拘束して、犯そうとしたくせに。

 薪が険しい表情を崩さずにいると、間宮は何がおかしいのか、クスクスと笑い始めた。
「まさかと思うけど、人事と引き換えにベッドの相手を務めろ、とでも言われると思った?」
 違ったのか? だとしたら、これはかなり恥ずかしい勘違いだが。
 自分の早とちりだという可能性に思い至って、それは甚だしく自意識過剰な考えだったことに気づいて、薪は真っ赤になった。朱に染まった優美な頬は、間宮に薪の思惑を悟らせる結果となり、間宮はその精悍な顔に苦い笑みを刻んだ。
 
「あのね、薪くん。きみはたしかに魅力的だけど、きみのお尻にそれだけの価値はないから。警察の人事がそんなもので動くほど、甘いと思ってたの?」
 それをおまえが言うか!
 間宮の言うことは正論だが、ものすごく頭に来る。こいつにだけは言われたくない、ていうか、こいつにこんな風に諭されたら人生終わるような気がする。

「しかし、間宮部長には実績がおありでしょう」
「もしかして、去年の副室長の人事のこと? あの時、Pホテルの一件を水に流す代わりに、って言ってたけど、あれ本気だったの」
 もちろん、本気だった。そんなことでもなければ正式に訴えて、徹底的に余罪を追及して、二度と警察庁の門をくぐれなくしてやるところだ。

「彼は副室長の役職に相応しい男だから承認したまでだ。あの件とは何の関係もないよ」
 いつもはいやらしくねちっこい視線で薪の身体を見る灰色の瞳が、冷涼な光を宿した。それは間宮の、冷徹な管理者としての顔つきだった。
「人事は、ひとの生き死にを決定するんだよ。職員だけじゃない、市民にもその被害は及ぶんだ。能力の低い人間が高い階級に就けば、それは警察機構全体の機能低下を意味する。俺は、そんな人事は絶対にしない」
 薪は目を瞠って、改めて間宮を見た。
 確かに、間宮が警務部長になってからの人事は正当で、三田村のときのように賄賂や身贔屓による昇任は一切なかった。末端の人事まで掌握しているわけではないが、広報で通知される特別人事に、皆が納得できないものはひとつもなかった。
 間宮は色事には節操のない男だが、自分の仕事には誇りを持っている。その姿勢は、薪が第九の室長という職務に邁進するのと同じだ。

「それに」
「すみませんでした。失礼な誤解をして」
 間宮が言葉を継ぐのと、薪が頭を下げるのは同時だった。今回のこれは、自分が悪い。
 薪が謝ると、間宮はいつもの気障な顔になり、薪の耳元にくちびるを寄せて耳孔に息を吹き込むように言った。
「水に流すことなんか何もないだろ? あれは俺たちの大切な思い出じゃないか」
 ……やっぱり外道だ、こいつ!!
 ちらっとでも筋の通ったやつだ、なんて思った自分が許せないっ!

 「条件て、なんですか」
 素早く1mほど飛び退って間宮の手から逃れ、薪は厳しい口調で質した。間宮はひらひらと手を胸の前で振ると、にやっと笑って、
 「岡部くんがいない第九を、90日間他の職員が支える、ということでどうだい」
 「特別研修ですか」
 特別研修は、人事の裏技だ。
 90日間という長期にわたる研修の末、一階級の昇任が確約される。ただし、この研修に参加するには3人の上司の推薦が必要だ。それも監理官、つまり警視正以上の役職に就いたもののサインがいる。

 「きみと田城所長と、後はきみのパトロンにでも頼みなよ」
 「あ、いえ・・・・小野田さんは、ちょっと・・・・」
 「なに?ケンカでもしたの?」
 「そんなんじゃありませんけど」
 本当は、限りなく正解に近い。
 青木との仲が発覚して以来、小野田とはどうも顔を合わせづらい。小野田の方は普通に接してくれているのだが、薪の方がこころ穏やかではいられない。自分が青木とこんな関係に進んだことを、小野田は悲しんでいる。それが解るから、だけど薪にもどうしようもなくて、だからできるだけ小野田に頼み事はしたくない。

 「ああ、そうだよね。新しい恋人なんか作ったら、彼が怒るのは当たり前か。ばれないようにやればいいのに、ホント、きみは不器用だね」
 微妙なニュアンスの相違を感じるが、おおまかな流れは当たっている。後から反省しても遅いが、あれは軽率だった。一時の高揚感に流されて、つい・・・・でも、職場であんなことをしたのはあの時だけだ。それを見られてしまうなんて、本当にツイてない。
 「ま、せいぜいベッドでサービスしてあげなよ。恋人の機嫌を直すには、それが一番だよ」
 おまえと一緒にするなっ!!

 怒鳴り返したいのを堪えつつも、他に頼めそうな相手を考えてみる。
 条件は、警視正以上の階級で、岡部を指導する立場に1年以上就いたことがある者。岡部は所轄から捜査一課に入り、それから第九に来たから、警視庁から候補を挙げるとすれば、刑事部長と局長、それから警視総監。・・・・・薪とは犬猿の仲の人間ばかりだ。
 やはり、小野田に頼むしかない。

 会議室に監査室の首席監察官が入ってきたのを見て、薪は間宮から素早く離れ、自分の席に戻った。人事の打診をすることは、もちろん職務規定に反する。監察官に聞かれたら、間宮も自分も拙いことになる。
 会議のレジュメを開いて進行役の警務部長の声に耳を傾けながら、薪は小野田を懐柔する方法をあれこれ考えていた。



***


 すみません、うちの人事制度はお話の都合上、勝手に捏造してます。お許しください。
 現実にはキャリアは自動昇任で、昇格試験も特別研修もありません。どうか寛大なお心で・・・・(^^;

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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超美形男子であるからこそ意味があるのです!(笑)

またまたすみません、しづさん。

拍手コメに書くのを忘れておりましたのでこちらに‥
しづさん、しづさんは私のヘンタイ加減を甘くみてますね?(笑)
自慢する事ではありませんが…かなりですよ。
私は間宮様がバイセクシャルというのはよ~く‥存じております。

しかし‥しかし私は‥超美形男子として、セクハラを受けたいのです‥
あ‥逃げないで‥
セクハラ受けたいなんて‥女性の敵のような発言ですが
女性にセクハラはいけません!
‥男だったらいいのか‥?超美形男子ならいいんです!

このような発言‥しづさんに御迷惑がかかるようでしたら‥スパッと
削除してくださいませ~♪
以上、希望を述べさせていただきました。
毎回、毎回‥大変失礼しております。
どうか、お許しを。

ruruさんへ

おかしい、おかしいよっ、ruruさんっっっ!!!
ひー、ハライテー!!!


あ、すみません、笑いすぎて挨拶も忘れてしまいました(^^;
だって、

> しかし‥しかし私は‥超美形男子として、セクハラを受けたいのです‥

↑爆笑。

なんですか、それ!?(笑いすぎておなかイタイ・・・・・!!)


> 女性にセクハラはいけません!
> ‥男だったらいいのか‥?超美形男子ならいいんです!

いいの!?
めっちゃ潔い主張ですね!(息が苦しい・・・・!!)


> このような発言‥しづさんに御迷惑がかかるようでしたら‥スパッと
> 削除してくださいませ~♪

そんなもったいない!
こんな面白いコメ、消せませんよ!

ruruさんのギャグセンスには参りました。
え?ギャグじゃなくて本気?
失礼しました~~。(そして思い出し笑い。ぷくくく・・・・!)

No title

しづ様

先日のコメでは、いろいろ失礼しました。
竹内さんのこと、私は全然疑問視してなかったんですよ。
なんとか起き出せるようになるやいなや、リハビリと称して捜一に顔を出し、さすがに現場には出られないでしょうから、ブレインとして捜査に参加しているのだと思っていましたから。
(ぐーたらで引きこもりの私ですが、寝ていられるのは1日です。3か月もだなんて、地獄だ~っ!)

エヘヘ(←間宮様ファンの方のが移ったようです。)
私も、硬軟合わせ持った間宮氏、なんだかよくなってきました。(笑)
PホテルやCCDカメラの件はやりすぎだと思いましたが。

私、仕事のできる男が好きなんです。
ひたすら好色なだけのアホおやじには反吐が出ますが、間宮氏には薪さん言うところの変態なりの信念があり、また人事も公正に行われてきたということですから。
氏の言動に翻弄されるお子ちゃま薪さん、かわいいです。

それにしても薪さん、犬猿の仲が多すぎ!
本庁に戻ることを視野に入れ始めたのですから、間宮氏を見習って(?)、世渡り上手になっていただきたいものです。

あらあら、次の章ではまた考え込んでしまっていますねぇ。
まあ、これがしづ様の薪さんですものね。(笑)

サンショウウオさんへ

こんにちは、サンショウウオさん。コメントありがとうございます(^^


> 先日のコメでは、いろいろ失礼しました。

きゃー、こちらこそっ!!
本当に申し訳ないことをっ。
ええ、うちのキャラのカンチガイは全部作者から生まれてるって、これでハッキリしちゃいましたね(^^;


> 竹内さんのこと、私は全然疑問視してなかったんですよ。
> なんとか起き出せるようになるやいなや、リハビリと称して捜一に顔を出し、さすがに現場には出られないでしょうから、ブレインとして捜査に参加しているのだと思っていましたから。
> (ぐーたらで引きこもりの私ですが、寝ていられるのは1日です。3か月もだなんて、地獄だ~っ!)

サンショウウオさんは、いつもこちらで思った以上の脳内補完をしてくださって、すっごくありがたいです。
理路整然としてますね~、他の方から質問が来たら、これ使ってもいいですか?(笑)



> エヘヘ(←間宮様ファンの方のが移ったようです。)
> 私も、硬軟合わせ持った間宮氏、なんだかよくなってきました。(笑)
> PホテルやCCDカメラの件はやりすぎだと思いましたが。

だ、騙されちゃだめですよ、間宮は間宮なんですから!! 所詮はヘンタイなんですから!


> 私、仕事のできる男が好きなんです。

わたしも、わたしもです!
男は仕事ができてなんぼだと思います。(うひゃー、問題発言)


> ひたすら好色なだけのアホおやじには反吐が出ますが、間宮氏には薪さん言うところの変態なりの信念があり、また人事も公正に行われてきたということですから。
> 氏の言動に翻弄されるお子ちゃま薪さん、かわいいです。

このふたりの関係は、これでいいんじゃないですかねえ? 薪さん、楽しそうだし(??)
たまには尻くらい触らせてやろうとは思うんですけど(サイテー) もう監禁して無理矢理、なんてことはしないだろうなあ。


> それにしても薪さん、犬猿の仲が多すぎ!
> 本庁に戻ることを視野に入れ始めたのですから、間宮氏を見習って(?)、世渡り上手になっていただきたいものです。

うははは!!
間宮はある意味、ものすごい世渡り上手ですよね。政敵の官房室に味方を作るくらいですからね、あなどれません。


> あらあら、次の章ではまた考え込んでしまっていますねぇ。
> まあ、これがしづ様の薪さんですものね。(笑)

そうなんですよ、これがうちの薪さんです(^^
もー、ぐるぐる考え込む薪さんがかわいくて~~、もっと悩ませたくなっちゃう♪(ファン失格)
でも悩みっぱなしで終わらせたりませんから、ご安心を。(Sだけどハッピーエンド主義者)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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