きみのためにできること(4)

きみのためにできること(4)










 暦は6月に入り、梅雨前線が日本列島を縦断し始めた。
 連日続く雨模様に人々の心が塞ぎ、爽やかな太陽を待ちわびる声がそちこちで上がる季節。薪の住むマンションの外壁は、今宵も雨に濡れていた。
 が、降り続く雨の鬱陶しさも、ここには及ぶべくもない。付き合い始めて2ヶ月目の恋人たちは、今夜も甘い視線を絡ませている。

「そうだ。おまえ、もうすぐ誕生日だろ。何か欲しいものあるか?」
「いいですよ、そんなの。お気持ちだけで充分です」
 即答した恋人の気の無い返事に、薪は少々がっかりする。青木には、欲がないのだろうか。
「なにかひとつくらい、あるだろ?」
「いいえ。本当に何にも要らないです」
 キッチンでふたり、食事の後片付けをしながら、恋人同士になって初めての記念日にプレゼントを申し出た薪の気持ちを無にして、青木はゆっくりと首を振った。汚れた皿をテーブルからシンクに運び、洗浄水の中に静かに入れる。食洗機が信用できない薪の我が儘で、青木は50年ほど前の主婦のように原始的な方法で食器を洗う。

「後から言っても受け付けないからな」
 洗い上がった皿を受け取って布巾で水気を取り、シンクの横に埋め込まれた食洗機に入れる。乾燥と殺菌のボタンを押して、閉まうのは明日の朝だ。
 機械の扉を閉めたとき、後ろから急に抱きしめられて、薪は思わず息を飲む。左耳のすぐ下に熱い息がかかって、どきりと胸が鳴った。

「オレはこの世で、一番価値のあるものを手に入れましたから」
 青木はそれを、世界そのものを手中に収めた世界の王様のように自慢げな口振りで言い、薪を抱く手に力を込めた。
「これ以上望んだらバチがあたって、せっかく手に入れたものを失ってしまうかもしれないでしょう?」
 奥ゆかしい恋人の意見に、薪は胸が締め付けられるような息苦しさを覚える。

 そんなふうに。
 おまえがそんな風に、僕を純粋に愛してくれるたびに、僕は自分が許せなくなる。

 僕はまだ、迷っている。
 青木を受け入れたことが、本当に正しかったのかどうか。

 思い返してみれば、薪が青木の恋人になろうと心を決めたときは、鈴木の脳を見て様々な思惑が自分の中に溢れ返った状態だった。決して冷静ではなかった。先の先まで考えて、正しい判断を下した、とは言い切れない。
 青木とこういう関係になって後悔しているわけではないけれど、恋人と過ごす満ち足りた時間に今も幸せを感じてはいるけれど、いつか僕たちはふたりとも、こうなったことを激しく悔やむ日が来るのかもしれない。特に、青木の方は切実に悩むかもしれない。青木はとても誠実な性格だから、将来女性と家庭を持とうとしたとき、男性と恋仲になった経験があることを引け目に感じるかもしれない。
 彼の中で、自分とのことが汚点として残ったりしたらどうしよう。そんな不安が拭いきれない。
 自分はもう、普通に結婚して家庭を持って、などという人並みの幸せは望まないから構わないが、青木はそうはいかない。そんなことは、許さない。

 青木を惑わせたのは、自分だ。
 彼に気持ちを告げられてから1年以上も、はっきりとは拒絶せず、かといって応じるでもなく、あやふやな友人関係を続けて彼を縛った。青木の気持ちを弄んでいたつもりはないが、そう非難されても仕方のないことを僕はずっと青木にしてたんだと思う。
 そんな僕のことを、青木は責めることも詰ることもせず、辛抱強く待っていてくれた。長い間、僕のことを真剣に思い続けてくれた。だから今度は僕がそれを青木に返す番だと……そう思いながらも、僕の中には矮小で狡猾な悪魔がいて。
 鈴木のラストカットを見て、自分の命が続く限り生きていこうと決意したとき、そいつは恐ろしさに身震いした。

 どうやって?
 ひとりではとても無理だ。僕はそんなに強い人間じゃない。
 だけど、鈴木がいない世界で、だれが自分を理解してくれる? だれが元気付けてくれる?
 こいつだったら、僕が欲しいものをくれる。

 瞬時に計算し、自分の欲求を優先して彼を受け入れようと思った。おそらく、あのときの僕の行動にはそんな打算も多分に含まれていて、それはいつか青木が知るところとなるはずだ。
 真実は露呈する。罪を犯せば、必ず報いを受ける。
 この浅ましい打算がどんな形になって僕の人生に返ってくるかは不明だが、きっと罰は下る。その罰が青木の人生に波及することのないように、青木には青木の幸せをきちんと捕まえて欲しいとこころから願っている。

 自分が責任を持って、青木を真っ当な道に立ち返らせる。
 そのために小野田からもぎ取った執行猶予の期間は、5年。充分すぎるほどの時間だ。
 青木との仲がそんなに長く続くとも思えないし、あと3年もしたら僕は40になる。いくら青木がおめでたくても、さすがに冷めるだろう。その頃までには僕だって、もっと強くなっているはずだ。お互い、自分の将来を大切にするということで、明るく別れたいと思っている。

 薪が好ましく思う冷静で理性的な自分は、こうして建設的なプランを立てることができるのに、自分の中から消えて欲しいと願う臆病で卑怯な自分は、この腕をいつまでも放したくないと叶うはずのない夢を見る。
 自分を抱きしめる腕を両手で抱き返して薪は、「おまえでも遠慮という言葉を知っていたか」と憎まれ口を叩いた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Prisoner Of Love‥?

しづさん、こんにちは。

あらあら薪さんまだそんなことを。
猶予期間を過ぎたら自由なのよ!(笑)

だいたい、真っ当な道って‥どんな道でしょうかね‥。
ストレートの人間にとってはやはりこれはまともじゃない‥
ということがぬぐい去れないということでしょうか。
青木だってストレートなのに迷いが無い(笑)
これは性格に寄るものでしょうね。
真面目な薪さん‥。
計算があったって臆病だって、卑怯だっていいじゃない!
すべてを‥そのすべてを青木は好きだと言っているんだもの。
青木の為に‥とおっしゃいますが、
青木の幸せって?
人間が人間をまともに戻す‥それはお言葉ながら‥
とてもおこがましい事なのでは‥ごめんなさい‥。
それも大の大人を‥子供ではないのです。
自分の人生は自分で選んで切り開く!
そして好きなものはしょうがないじゃん!
と、開き直る(笑)
ああ‥真面目で優しい薪さんは真っ当にすることが
青木の幸せだと信じて疑わないのですね‥それは薪さんの感じ方だから
どうしようもないことで‥
青木に囚われているくせに‥別れたら生きていけないくせに‥
薪さんて‥なんて純粋で可愛いんでしょう。
別れようと思えば思うほど青木は絶対離すものかと思ってしまうのでは。
ドツボですね(^^♪
そんなふたりに「Prisoner of Love」を捧げます(^-^)

しづさん‥間宮様がいらっしゃらない‥(T_T)
たまにまともな?ことを書いたと思ったらこれか‥(笑)
すみません、失礼いたしました。

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ruruさんへ

こんにちは~、ruruさん♪ コメントありがとうございます。


> 猶予期間を過ぎたら自由なのよ!(笑)

にゃはっ、ruruさんたらさりげなくネタバレを!(笑)
もちろん前作は、期間切れになる話に続きます。てか、そっちを書きたいから前作を書いたんだもん。


> ストレートの人間にとってはやはりこれはまともじゃない‥
> ということがぬぐい去れないということでしょうか。

そうです。
うちの薪さんはべつにホモフォビアではないので、
男同士でこんなことして、と言うよりは、そうじゃないと親も泣くし、出世もできないし、何人かの友人は去っていくだろうし。
37ですからね、世の中、お互いの愛さえあれば何もかもうまく回るものじゃない、ということが解って然るべき年齢だと思います。


> 青木だってストレートなのに迷いが無い(笑)
> これは性格に寄るものでしょうね。

若いしねえ。性格も バカ 単純だしねえ。
それに、青木くんは覚悟を決めてるので。
もうずっと昔に悩んだんですよ、かれはそこを乗り越えたのです。だけど薪さんはこれからなの。へへへ。


> 計算があったって臆病だって、卑怯だっていいじゃない!
> すべてを‥そのすべてを青木は好きだと言っているんだもの。

ですよね~、それでいいと思うんですけどね~、
でもわたしは、こんなふうに自分を許せない薪さんが好きだったりして(笑)
正当防衛が認められてなお、鈴木さんの死を自分の罪だと思い込み自分を追い詰める、とことん不器用な薪さんが愛しいんです~、てかSだから(←結局それか)


> 人間が人間をまともに戻す‥それはお言葉ながら‥
> とてもおこがましい事なのでは‥ごめんなさい‥。

ホントですね。
どんだけ思い上がってんだ、ってカンジですよね。
ひとの心を思い通りに動かせるなんて思わないことです。そんなこと考えてるから、ファーストインパクトが(笑)


> 自分の人生は自分で選んで切り開く!
> そして好きなものはしょうがないじゃん!
> と、開き直る(笑)

ええ、人生において開き直りほど大切なことはないんじゃないかと、会社をやってるとたまに思います。もう、開き直った人間ほど強いものはないな~、って。
何言ってもムダですものね~、あれには負けるわ。


> 青木に囚われているくせに‥別れたら生きていけないくせに‥

生きていけない(笑)
いや、うちはきっと大丈夫じゃないかな?ruruさんとこは生きていけないでしょうけど、うちはまだそこまでは。 
うちの薪さん、周りに助けてくれる人が沢山いるし。多分、何とかなるでしょう。
中途半端な恋人関係ですみません。


> 薪さんて‥なんて純粋で可愛いんでしょう。

純粋さは、うちの薪さんのウリです♪
純粋だからこそ、自分の気持ちが不安定なのも迷いが生まれることも許せないんです。純粋に頑固が加わったら始末におえないです(^^;


> 別れようと思えば思うほど青木は絶対離すものかと思ってしまうのでは。
> ドツボですね(^^♪
> そんなふたりに「Prisoner of Love」を捧げます(^-^)

ウタダヒカルちゃんですね。
あー、あのドラマ、衝撃的でしたね。DV男が怖かった・・・・・。


> しづさん‥間宮様がいらっしゃらない‥(T_T)

影でなんかタノシイコトしてるんですよ、きっと(笑)

Aさまへ

Aさま。

過去記事にコメントをありがとうございます。

こういうことを真剣に考えてしまう薪さんが、わたしは大好きです。
だから本当は最終回の薪さんは、わたしの超好みだったはずなんですけどね~。青薪成立の確約がない状態では萌えることもできず……勝手なもんですね(^^;

>ENDGAMEを経て、お互いに前に進む為に一度別れることが必要だったんだろうな・・何てことを思ってしまいました

そうだったんですね、きっと。
そして、その一歩が無ければ、青木さんの気付きもなかったんだと思います。 人生に無駄なことなんてないって言いますけど、秘密に無駄なエピソードなんか無いんですね。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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おかげさまで8歳になりました(^^♪
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