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きみのためにできること(7)

きみのためにできること(7)









 その週の定例会は、いつもよりずっと豪華だった。普段の家庭料理ではなく、パーティ仕様に美しく飾られた品々がテーブルに並び、酒はシャンパンが用意されていた。特別研修に赴く岡部への激励をこめた、これは薪の心遣いだ。
 酒を飲むときは概ね機嫌のいい薪だが、その夜の彼は特にテンションが高かった。終始、ニコニコと笑っている。こんな薪は初めてかもしれない。料理に舌鼓を打ちつつ、岡部は何気なく聞いた。

「何かいいことありました?」
「小野田さんに、茶巾寿司作ったんだ。すっごく喜んでくれた」
 室長会議のときに何か包みを抱えていると思ったら、小野田への差し入れだったのか。
「えー、いいなあ。オレも食べたかったです」
 意地汚い後輩が、抗議の声を上げる。青木は岡部よりも頻繁に薪の料理を食べているはずなのに、欲張りなやつだ。
「おまえらの分は、こっち」

 大皿に綺麗に並べられた薄黄色の丸い寿司は、中央にイクラを抱き、全体に青紫蘇を散らして見た目にも華やかに、食卓の主役に相応しい装いで現れた。手をかけて作られたであろうことが窺い知れるそのひと品は、一口食べた瞬間に作り手の愛情を感じ取れるやさしい味わいだった。
「美味しいですっ! 世界一です!」
 素直に自分の思ったままを口にできるという成人男性には珍しい特技を持っている第九の後輩は、手放しの賛辞を並べたてた。薪はちょっと頬を赤くしたが、直ぐに皮肉ないつもの顔に戻って、「口に入れば何でもいいくせに」と青木の旺盛な食欲を揶揄した。

「いや、本当に美味いです。薪さん、また腕を上げましたね」
「そうか? まあ、おまえがそう言うなら、たまたま上手くできたのかも」
 青木に対する態度とはまるで違う薪の様子に、しかしそれは決して薪が岡部より青木のことを軽んじているわけではないことを重々承知している岡部は、天邪鬼な恋人に苦労しているであろう青木の心労を気の毒に思った。

「岡部。来月からの研修、頑張ってこいよ」
「はい。推薦状を書いていただいた方のお気持ちに応えられるよう、精一杯努めてきます」
「頑張ってくださいね、岡部さん。オレも応援してます」
 激励の言葉を掛けながらも、「岡部さんがいないと研究室は大変ですけど」とちらりとこぼした青木に、岡部は口をへの字に曲げて鹿爪らしい顔を作ってみせた。
「なんだ、情けない。『留守中の副室長代理はオレに任せてください』くらい言ってみろ」
「いや、仕事関係じゃなくて。薪さんを制御できる人間がいなくなると、研究室が荒れるだろうなって。キャビネットの被害報告を庶務課に連絡する人間を決めるのも、ひと揉めしそうだし」

「俺の仕事ってそれ!?」
「制御って何だ! 僕はリモコンで動くロボットか!!」
 ふたりの同時突っ込みに、青木は臆することもなく、逆にびっくりしたような顔をして薪に応えを返してきた。
「えっ、薪さんが子供の頃には、リモコンで動くロボットがいたんですか? 人間が乗る形じゃなくて?」
「……青木、論点が」
 ていうか、年上の恋人に対して世代差を感じさせる言葉はタブーなんじゃないか? せっかく機嫌よく飲んでいるのに、これがきっかけでブリザードが吹き荒れたらどうするつもりだ。
「なに言ってんだ、ロボットはリモコンだ。そこがロマンだろ」
 ……。
 心の中ですら一言も言葉が出てこない岡部を置き去りに、二人はロボット談義を始めた。

「バカなこと言わないでくださいよ。ヒト一体型に決まってるじゃないですか。精神がつながっていて、ロボットのダメージが中の人間に伝わるという、あの戦いの臨場感こそが大きな感動につながるんじゃないですか」
「冷静に考えてみろ。あんな派手な上下振動や回転運動に、普通の人間が耐え切れるはずがないだろ。時速60キロで走るロボットにかかるGは500キロにもなるんだぞ。科学的なリアリティを踏まえずに、何が臨場感だ。チャンチャラおかしいわ。第九の捜査官ともあろうものが、子供だましに騙されやがって」
 ロボットがリモコンで動くというのは、子供騙しじゃないのか? ていうか、アニメの世界に科学的とか臨場感とか、どっちも不要のような気がするが。

「そんな身も蓋もない。子供の夢を壊すようなことを言わないでくださいよ。いいじゃないですか、子供が見るんですから。科学的根拠なんかどうでも。必要なのは、夢と希望ですよ」
「僕は現実を踏まえない空想科学は認めないんだ。一番ありえないのが」
 とても口を挟めない。息もぴったりと合って、このふたりはいつもこんな下らなくて楽しい会話をしているのだろう、と岡部はくすぐったいような気分を味わう。新婚夫婦の家を訪れたときというのは、こういう気分なのだろうか。

 二人が舌戦に夢中になっている間に、岡部は皿に1つだけ残っていた茶巾寿司を胃袋に収める。最後のひとつはいつも青木と取り合いになるのだが、今日はあっさりと勝ち星を上げることができた。漁夫の利、というやつだ。
「いいんですよっ、レイちゃんは可愛いんですから!」
「なにっ、おまえ綾波派なのか!? くわあ、暗いやつ! 僕は断然、アスカだ」
「アスカだって、明るくはないでしょう。明るさの裏に隠された過去が……あー!! 岡部さん、最後のお寿司、食べちゃったんですか!?」
 何やらさっぱり解らない会話が不意に途切れて、青木が岡部に非難の声を上げる。にやっと笑って、美味かったぞ、と意地悪く言ってやれば、悔しがる後輩の顔がおかしくて、それを見て笑う上司の笑顔が嬉しくて、岡部は声を立てて笑った。

 程よく回ったアルコールで、薪はいつものようにコトリと床に横になる。座布団を抱えて幸せそうに、その寝顔は微笑みのまま。
「青木。俺がいない間、薪さんを頼むぞ」
「はい」
 言われるまでもない、などと思わないところがこいつの長所だ。青木はすでに薪に一番近しい人間の立場を手に入れているはずなのに、それを億尾にも出さない。
「朝の訓練もちゃんと続けます。自主トレーニングは欠かさないつもりです」
「ああ、それなら脇田に頼んどいたから。柔道の方だけだが」
「えっ、5課の脇田課長ですか? 怖いんですよね、あのひとの顔。近くで組み合ったら、それだけで腰が引けちゃいそうです」
「ははは。確かに鬼みたいな顔してるからなあ、あいつは。気持ちはいいやつなんだがな」
「いや、顔の怖さだけなら岡部さんも負けてないと……いえ、何でもないです」
 三白眼に力を込めてギロリと睨んでやると、青木はメガネの奥の純朴そうな瞳を上方に泳がせ、ビールのコップを呷った。

「さてと。この酔っ払いを寝かせてくるか」
「お願いします。オレ、こっち片付けちゃいますから」
 昔、薪をベッドに運ぶのは青木の役目だったが、最近は岡部にお鉢が回ってくるようになった。これはおそらく、この二人らしい気遣いで、岡部の前で触れ合ったり、それらしい雰囲気を出すまいとしているのだろう。
 一昨年の夏に比べるとかなり重みを増した、しかし平均よりは遥かに軽い上司の身体を抱いて、岡部は寝室に入った。梅雨時にも関わらずパリッと清潔なシーツが掛かった寝床に薪を横たえて、亜麻色の頭の下に枕を入れてやる。
 んん、と呻いて、薪が目を覚ました。

「おっと、起こしちまいましたか」
「いや……うん、へいき……」
 薪の言葉は意味を成さない。どうやら、夢の中にいるようだ。

「おかべ」
 とろんとした瞳。舌足らずの声。寝ぼけているときの薪の媚態は、核爆弾クラスだ。
 岡部には効かないが、今の青木だったら襲い掛かってしまうかもしれない。なるほど、薪をベッドに運ぶ役を辞退するわけだ。
「何ですか?」
「ぼくがわらうと、うれしい?」
 何だろう、突然。新しい嫌がらせだろうか。しかし、いま薪は絶賛寝ぼけ中だし。

 その質問の意図は解らなかったが、岡部は素直に答えることにした。
「もちろん。うれしいですよ」
「そっか……」
 満足そうに息を漏らすと、薪は瞳を閉じた。口角がわずかに持ち上がり、桜色に染まった頬がやさしく緩む。
 ふふ、と微笑んで、薪は再び眠りに落ちた。




 ―了―




(2010.1)


 お読みいただいて、ありがとうございました(^^



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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No title

しづ様
またまたお邪魔します。

そうですとも、薪さん
笑ってください、あなた自身のために
小野田さん、間宮氏、岡部さん、青木クン、……そして鈴木さん
あなたが出会った、そしてこれから出会うであろうたくさんの人たちのために

薪さんに、さだまさし氏の『道化師のソネット』をお贈りします。

差し出た振る舞い、失礼しました。

鍵コメいただきました方へ

コメントありがとうございます。


> ‥間宮×薪だと思ってたのですが‥(笑)
> それぞれの深い愛情のお話だったのですね。
> 感服いたしました‥(^-^;)


恐縮です~、でもこれ、間宮×薪 でいいんですよ(^^
題名の『きみのためにできること』は実は、間宮から薪さんへの言葉ですから~~。
間宮が自分の立場で薪さんにできることを自分なりに考えて行動した、そういうお話です。
まあ、彼は薪さんに嫌われてるし派閥も敵対関係にありますから、小野田さんにさりげなく岡部さんの推薦状のことをほのめかしてあげるとか、お楽しみを中断して薪さんを元気付けてあげるとか、それくらいしかできませんけどね。


> こんな正直で可愛い方はいないです。

可愛いかどうかはともかく、自分の欲望には正直ですね(笑)


> 自分に正直になるというのは‥ものすごく勇気がいります。

そうですね~、ここだけは薪さんに見習って欲しいもんです。
原作の薪さんも、決して自分の心に正直ではないですよね。それで楽に生きられることもあるんですけどね・・・・・あの過去が、彼にそれを難しくさせているのでしょうか。昔の写真は本当に屈託なく笑ってましたよね。あの頃はある程度は素直になれたんじゃないのかな。


ええ、間宮のことは好き嫌い以前に、とにかく書きやすいです。
わたしがオリキャラでダントツ好きなのは小野田さんなんですけどね、間宮のほうが書いてては楽ですね。何も考えなくて済むから。どんな汚れ役でも平気だし。
彼の場合、カッコよく書こうとはまるで思わないからでしょうか(^_^;

☆☆さまの間宮賛歌(笑)ありがたくちょうだいします。
いつも贔屓にしていただいて、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

サンショウウオさま

こんにちは、サンショウウオさん♪
いつもありがとうございます~!


> そうですとも、薪さん
> 笑ってください、あなた自身のために
> 小野田さん、間宮氏、岡部さん、青木クン、……そして鈴木さん
> あなたが出会った、そしてこれから出会うであろうたくさんの人たちのために

共感していただいて、ありがとうございます。
薪さん自身はとっても自己評価が低いので、なかなか自分のために笑うことができないのですが・・・・・それでも、大事なひとたちのためなら、それもできるかもしれないと。

あ、でも、間宮は数に入ってないです(笑)


> 薪さんに、さだまさし氏の『道化師のソネット』をお贈りします。

・・・・・・あれ?
わたしが昔、隠れまさしファンだって、言いましたっけ?(←実は小学校から結婚するまで隠れファンだった) 
かれの歌は大好きで~~、アルバムも殆ど持ってました。平成6年くらいまでの彼の曲なら、全部歌えます♪

『道化師のソネット』はいい曲ですよね。
♪きみのその小さな手には 持ちきれないほどの悲しみを せめて笑顔が救うのなら 僕はピエロになろう♪
この辺は、間宮の気持ちそのままですね~。彼が薪さんを必要以上に怒らせる陰には、彼を元気付けてあげたいという気持ちが隠れている・・・・・のかなあ?(笑)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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