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スロースロースロー(2)

スロースロースロー(2)






 自宅のソファに座って冷酒を飲みながら、薪は供述書のコピーに目を通している。
 湯上りのパジャマ姿というくつろいだ格好に、それは似つかわしくない読み物だ。眠気を誘うための読書には、あまりにも不向きだ。とはいえ、薪の本棚を埋めているのは犯罪時録に心理学関連の専門書、それと数冊の推理小説。過去か現在か、本物かフィクションかの違いだけで、内容は似たようなものなのかもしれない。

 本来なら捜査資料の持ち出しは禁止だが、これは所轄の少年課の知り合いから秘密裏に頼まれた事件だ。薪のところには時々、友人たちからこういう依頼が舞い込む。行き詰まった捜査に光明を求めて、薪の推理力を頼ってくるのだ。
 もちろん、これは友人の上司には内緒だ。薪もそれは承知の上だ。職場では堂々と読むことができないから自宅へ持ってきたのだ。

 供述書の内容はショッキングなものだった。
 中学2年の桧山徹という男子生徒が、自殺未遂をした。
 その男子には、ある疑惑が掛かっていた。それを苦にした自殺と考えられている。疑惑というのがこれまたセンセーショナルで、同じクラスの男子生徒をレイプした、というものだった。
 しかし、少年課の友人はその加害者の少年を個人的に知っていて、自分の捜査官としてのカンを信じるならば、彼はレイプに関しては無実だと思う、と薪に話した。
 
 聞き込みの結果から、桧山少年はあまり真面目な学生ではなく、しょっちゅう授業をサボってはゲームに夢中になっていたらしい。ひきかえ、被害者の田辺少年は教師の折り紙つきの優等生で、学校の成績も品行もすこぶる良い。共通点はあまり多くないふたりだが、昼休みや放課後は行動を共にすることが多かったらしく、一緒にゲームをしているところを多くの学生が見ている。

「今の子供は進んでるって聞いたけど、すごいですね」
 青木は薪の右隣に座って、資料を読んだ感想を洩らした。被疑者の年齢と内容のギャップに、ショックを受けたような声だった。
「まったくだ。中学生だぞ。まだ義務教育じゃないか」
「まあ、オレも初体験は中学の時でしたけど……冷たいです」
 薪が思いっきり吹き出した酒が、青木の顔にまともに当たった。メガネを外して顔をハンカチで拭いている。日本酒はべトつくからおしぼりじゃないと拭き取れないと思ったが、今はそれどころではない。

「中学生!? おまえが?」
 てっきり20過ぎまで童貞だと思っていた。
「何年生で? 相手は?」
「3年の時です。相手は大学生の女の人で。図書館で知り合ったんです」
 負けてる。
 自分が男になったのは20歳の誕生日の1ヶ月前。しかも相手は風俗嬢だった。
「中学3年ていうと15歳か。僕なんかその頃」
 やっと精通があったばかりだったなんて、死んでも言いたくない。
「こういうのは個人差がありますから。同じクラスの男子でやっと下の毛が生え揃ったって子もいましたよ」
 それも慰めにならない。今でもあまり濃くないが、生え揃ったのは高二の頃だ。とにかく、そちらの方面はすべてに於いて他人より遅かったのだ。

「薪さんていくつの時だったんで」
「早ければ偉いってもんじゃないぞ! 重要なのはこなした数だ、僕は100人は斬ってるぞ!」
「わかってますよ」
 余裕をかました部下の顔が頭に来る。
 ちくしょー、初体験は小学生の時だったって言ってやれば良かった。

「こんなことくらいで僕に勝ったと思うなよ!」
「わかりましたってば。それよりすごいのは、この供述書の内容ですよ。犯人にレイプされてそのことを親に言うと脅かされ、言いなりになって2度目のセックスを強要されて」
「レイプは申告罪だから。恥ずかしくても赤裸々に供述しないと、相手を罪に問えないんだ。その子は辛かったと思うけど」
「それもそうなんですけど。この子、レイプ当日のセックスで感じたって」
「はあ!?」
 薪は目を瞠った。
 ほんとだ。本意ではなかったが、行為そのものに快感を感じた、と供述書に書いてある。その次の行には、2回目ではさらに快感が高まり、相手を受け入れただけで射精した、と。

 ありえない。
 僕なんか3ヶ月も経つのに、回数だってこの子の何倍もしてるのに、まだ。

「そんなわけないだろ。1度や2度であの痛みが薄れるもんか。これはウソだ」
「被害者の少年にウソをつくメリットは?」
 それはない。
「メリットがないってことは、事実である可能性が高いですね」
 じゃあ、僕のそっちの能力は中学生にも劣るってことか!?
 なんだか目眩がしてきた。ものすごくショックだ、中学生に負けるなんて。久しぶりに落ち込みそうだ。

「まあ、こういうのは個人差が大きいですから」
「個人差とか言うな! 下手に慰めるな! 僕はゲイじゃないってことだ!!」
「この子だって、ゲイじゃなかったみたいですよ。1年生のときはクラスの女の子と付き合ってたって」
 それなのに感じることができるなんて。昔だったら変態だ、と思うところだが、今の薪には切実な事情があって、その少年が少しだけ羨ましくなってしまう。

「可哀想ですよね。初めての経験がレイプだなんて」
 相変わらずやさしい男だ。被害者の気持ちを我がことのように感じ取る。
「薪さんの先輩は、桧山少年が無実だと思ってるんですよね。どっちが正しいのかなあ」
「さあな」
「クラスメイトの証言の中には、ふたりはとても仲が良かった、というのもありますよ。どうしてこんなことになっちゃったのかなあ」
「子供の頃なんてそんなもんだろ。仲がいいと思ってたら次の日には絶交してたとか。僕にだって覚えがある」
 さすがにレイプはされなかったが、寸前までいきかけたことはある。それでその友だちとは絶交だ。薪の過去には思い出したくないことがたくさんある。だから薪は昔話があまり好きではない。

「でも、もしかしたらレイプってのは、この被害者の子の誤解なのかも」
「誤解ってことはないだろ。実際に犯されてるんだから」
 青木はいくらか躊躇いを見せてから、それでも自分の考えを述べた。
「不愉快なことを思い出させちゃいますけど、オレたちも最初のときって酷かったじゃないですか」
「そうだっけ」
 覚えていないフリをして、供述書を捲る。「忘れちゃったんですか?」という青木の抗議は無視して、薪は書類に目を落とした。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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