ジンクス(15)

ジンクス(15)







 その翌日。第九にはいつも通り、室長の痛烈な罵声が轟いていた。

「なにやってんだ、おまえら! どうしてこの画に気付かないんだ? ちょっと考えたらわかることだろう。頭を使え、頭を。第九にバカはいらん!!」
 放火事件のMRIを見ていた今井と曽我が、激しい口調で怒鳴りつけられている。
 がっくりと肩を落とす二人を尻目に、今度は小池と青木のほうへやってくる。手には先日提出したばかりの誘拐事件のファイルが握られている。
「やり直しだ。写真の解像度が足らん。不明確で、初めて見るものにはわけがわからん。こんなもので給料貰ったら泥棒といっしょだ。窃盗罪で告発されたくなかったら2時間以内に作り直せ」
「に、2時間ですか?」
「昼メシが食えるかどうかは、おまえらの努力次第というわけだ」
 ファイルを叩きつけるように机に置いて、戦々恐々とする部下たちをぐるりと見回す。ぎりっと吊り上げられた眉と固く結ばれた唇が、次の標的を探している。
 
「岡部、あの会社の裏はあたったのか?」
「あ、いえ、まだ……」
「何をぐずぐずやってる! 指示したのは3日も前だぞ!」
「い、行ってきます」
「情報取れるまで帰ってくるな!」
 岡部が慌てて外に出て行く。今日は雨が降っているが、この部屋の中で室長の怒号を聞いているよりずっとましに違いない。

「宇野、データのバックアップ、できたのか」
「も、もうちょっとなんですけど」
「……僕の目には、あと3時間はかかるように見えるが。まあ、システムの専門家のおまえが言うことだ。ちょっとと言うからにはちょっとなんだろうな。ちなみに時間の感覚で『ちょっと』と言った場合は、30分以内のことを指すそうだ」
「す、すいません……」
「別に謝ることじゃないだろう? もうちょっとで出来るんだろう? 待たせてもらおうか。僕はここにあと何分、立っていればいいんだ?」
 ほんの少しの言葉尻を捕らえられて、長々と皮肉を言われる。可哀想に、宇野は涙目になっている。反対に室長はとても楽しそうだ。

 部下たちをさんざんいたぶって気が済んだのか、足取りも軽くモニタールームを出て行く。やがて給湯室からいい匂いが漂ってきて、焦った小池が慌てて走っていった。
「室長、俺がやります」
「ついでに淹れたから、配ってやってくれ」
「すいません」
「コーヒーメーカーだけどな。うちのバリスタみたいにはいかん」
「はい?」
 小池には意味不明の言葉を残し、自分のマグカップを持って室長室へ入っていく。研究室の職員たちから、ほーっというため息が漏れた。
「今日の薪さんて、なんか……」
 小池がコーヒーを配るのを手伝いながら、青木はぼやいた。
 今日の薪は怖い。いつも怖いけれど、今日は全開という感じだ。

「ああ、機嫌いいよな」
「はあ!? あ、皮肉ですか」
「ちがうって。室長、機嫌が悪いときは黙り込むタイプだぜ。しかも無表情。怖いのなんのって。部屋にこもって出て来ない時あるだろ。あれは機嫌が悪いんだ」
 わからない。ここの感覚は、世間一般の常識が通用しないようだ。
「薪さん、今日は生き生きしてるよな」
「いいことでもあったんですかね。あ、三田村が左遷されたとか」
 その噂は警察庁中で、まことしやかに囁かれている。耳の早い小池が聞き込んできて、穏やかな性格のおかげで友人の多い今井がその出所を辿ると、どうやら上層部発祥のものらしい。これはほぼ決まりと思って間違いないだろう。
「でも、室長は噂とか興味ないから。なんか別のことだと思うけど」
「そうですね。自分の噂にも関心無いみたいですからね」

 室長が淹れてくれたコーヒーを口にして、青木はそれが昨夜飲んだ豆と同じものであることに気付く。気前の良い室長は、自分専用の高いコーヒーを部下たちに振舞ってくれたらしい。
「やっぱり、普通のブレンドとは違いますよね」
「いつものコーヒーじゃないのか? これ」
「違うだろ、明らかに」
 味覚には個人差があって、中には違いの分からないものもいるようだが、室長が淹れてくれたと思うとそれだけで美味しい。きっとインスタントでも美味しく感じるのだろうな、と青木は思う。

「そういえば室長、バリスタが何とかってさっき言ってたけど。バリスタってなんだっけ?」
「あれじゃないのか。コーヒー屋でコーヒー豆のブレンドとかするやつ」
「コーヒーのソムリエみたいなもんか」
「……なに笑ってんだ、青木」
「いえ、なんでもないです」
 昨夜のことを思い出すと、つい頬が緩んでしまう。
 実は、今日の薪の不機嫌の原因は自分か、と内心びくびくしていたのだが、それもどうやら誤解だったらしく、素直に昨夜のことを喜ぶことができる。

 自分の胸の中で涙にくれていた薪の姿を―――― きっと、まだここにいる誰も見たことがない室長の姿を、自分は知っている。薪が、自分の前で弱い部分を見せてくれたことが、純粋にうれしい。
 声を抑えた嗚咽が止まり、泣くのを止めて自分から離れていった室長の恥ずかしそうな横顔が、とても可愛かった。
 このひとを守りたい、と痛切に思った。

 元はといえば、自分のつまらないミスが原因でこの大騒動は起こったのだ。結果、室長をあんなに苦しめることになってしまった。だからもう、今回のようなミスを二度と起こしてはならない。それには室長のアドバイスの通り、自分の心を強くしなければ。
 雪子に話を聞いてもらおう、と青木は決心した。
 女の人にこんなことを相談するのは気が引けるが、話せる相手は彼女しかいない。悩みを抱えたまま守りきれるほど、第九の室長の背中は小さいものではない。

 青木は皆から、飲み終わったコーヒーカップ受け取って給湯室へ運ぶ。カップとコーヒーメーカーを洗いながら、昨夜ここで立ったままコーヒーを飲んでいた薪の姿を思い出す。
 冷蔵庫のドアにもたれて子供のように両手でカップを持って、満足そうに微笑んでいた。あのきれいな微笑を、今度は自分の仕事を見て浮かべてもらいたい。
 多忙な法一の女医に時間を割いてもらうために、青木は携帯電話を取り出した。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、いらっしゃいませ~。
コメントありがとうございます(^^


>三田村はちゃんと、罰を受けたんですね。よかった!

この警務部長がいなくなって、薪さんの仕事も少しはやりやすくなった、と思いきや、この後釜が・・・・・(苦笑)
まあ、仕事はやりやすくなったと思いますけどね、精神的負担は増えたかも(^^;


>原作でも薪さんは今迄、青木に弱みを見せている。
>入ったばかりの青木に貝沼との事を話したり、2009では涙も見せている。
>そんな意外にもろいところを知っているから青木は支えたい、守りたいと思ってきた。

あ、うれしい。
原作語り、嬉しいです。

ですね、青木さんは会って何日もしないうちに、薪さんから貝沼のことを打ち明けられていますよね。 入って間もない新人に、そんなことを言うとは・・・・あの時の薪さんはよっぽど精神的に弱っていたのか、それとも青木さんの外見に鈴木さんを重ねて、思わず言ってしまったのか。
それを受けた青木さんも、鈴木さんの脳を見るなんて大胆な真似を・・・・新人のすることじゃないですよね。 でも、そうせずにはいられなかった。 薪さんのために。
そんなふうに考えると、あの頃から、ふたりの間には特別な周波があったとしか思えません。

薪さんの涙もそうです。
基本、部下の前では気丈に振舞う薪さんですが、青木さんの前では気が緩むというか、甘えが出るというか。
岡部さんにも甘えてるなあ、と思うときはありますが、青木さんとはまた種類が違う感じです。
やっぱり青木さんは、トクベツなんです。

だから、青木さんが薪さんを支えて、薪さんを闇の中から救い上げてくれればいいと、そう思ってわたしも、その方向で二次創作を書いてきました。


>でも、恵比寿の姉夫婦惨殺事件では薪さんは絶対、弱みを見せられない、自分がしっかりしていなければという決意を強く感じます。
>悪夢であんなに泣いたのにしれっとした顔で・・(>о<;)

そうなんですよね。
最近、薪さんの強さを強調するようなシーンが多かったので、
あれ?薪さんて意外と強い人? ていうか、今まで他人を寄せ付けなかったのは、鈴木さんを殺した自分にそんな資格はない、と思っていたのではなく、彼らを守るためだったの?
・・・・・わたしの方向性、間違ってた!?
と、かなーり引いてたんですけど★

今回の、陰で泣いて平気な顔してお仕事な薪さんは、もうツボ中のツボで!!
虚勢を張る薪さん、大好きです~。
男はこうでなきゃ!


>青木なら薪さんもダメージを受けていることに気づけると思いたいです・・・

そうです、青木さんだけはそれを解ってくれる。 
一番魅力的なあおまきさんの関係だと思います。

大丈夫ですよ、きっと。 
葬儀のときに、あんな状態でありながら、薪さんに『大丈夫ですか?』と心を添わせた青木さんなら、絶対に大丈夫! (薪さん、あの時、『おまえが大丈夫か』って突っ込みたかったでしょうね(笑))


でも、今回は、薪さんが青木さんを救う話なのかもしれませんね。
薪さんにとって青木さんは、自らの手で愛する人を殺めてしまった彼の、闇に閉ざされた人生に差した一条の光だったと思うのです。 その光に導かれて、薪さんは本来の生を取り戻しつつある。
だから今度は、薪さんが青木さんの光になるお話なのかな、って。

こんなにも、互いが互いを必要としている関係が他にあるでしょうか。
雪子さんなんか婚約者なのに、一生懸命青木さんのお母さんを励ましているのに、青木さんの頭の中は薪さんでいっぱい・・・・・・・カワイソウ(笑)
青木さんと雪子さんが恋愛関係にあるなら、それを超えた絆で、ふたりは結ばれている。
最近の彼らを見ていると、そう思えてなりません・・・・・。


て、調子に乗って語ってしまいました。
レビューは苦手なんですけど、お喋りは大好きなので~。

ありがとうございました。
また、お待ちしてます(^^
 
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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