スロースロースロー(8)

スロースロースロー(8)







「刑事さんて、幼い顔してるのに化石みたい」
 化石ってどういう意味だ。考えが古臭いって言いたいのか。ていうか、中学生に幼い顔って言われたぞ!

 頭に血が上ってきた。薪は自分の外見にコンプレックスを持っている。幼いとかきれいだとか女みたいだとか、そういう言葉は禁句なのだ。
「きみだって最初に桧山くんと愛し合ったときには、そういう気持ちだっただろ? 彼が好きだから、許したんだろ?」
「べつに好きでもなんでもなかったよ。知り合ったばかりだったし。桧山はぼくのこと1年のときからずっと見てたって言ってたけど」

 薪にはこの少年の行動が理解できない。
 好きでもない相手と、どうしてそんなことができるのだろう。子供だから考えが浅いとか、好奇心が旺盛な年頃だとか、そんな理由ではとても納得できない。
 薪はもともと倫理観のない振る舞いをする人間が大嫌いだ。不倫とか二股とか、絶対に許せない。お互いが遊びだと割り切っている関係まで非難する気はないが、今回は多分違う。

「きみは桧山くんがどうして自分にかけられたレイプの嫌疑を否定しなかったのか、わからないのか」
「言っても信じてもらえないと思ったんじゃない? 桧山はしょっちゅう授業をサボるような不良だったし」
「そうじゃない。桧山くんはきみのことをとても大切に思ってるんだ。だからきみの言うことを否定しなかった。音楽準備室できみ達がしていたことも、誰にも喋らなかった。みんなきみのためだ」
 桧山のほうは、この少年のことを前々から好きだったのだろう。やっと想いが通じた、と思ったら恋人はすぐに別の男との火遊びに夢中になって。
「桧山がそう言ってたの?」
「かれは何も言わないよ。きみに迷惑が掛かるから」
 修一はクスクスと笑い出した。
 バカにしたような目で薪のほうを見る。「ズレてるよ、刑事さん」と赤い唇が言った。

「そんなわけないじゃん。だって、これはただのアソビだよ。楽しくて気持ちよくて、スッキリする。桧山だってそう思ってるはずだよ」
「あそび?」
 亜麻色の瞳がすうっと細くなる。周囲の空気が冷ややかになってくる。
 冷たい無表情の貌になった薪を見て、修一はぶるっと身を震わせた。

「アソビなんかで済むわけない。絶対にしっぺ返しがくる」
 つややかなくちびるから、きれいなアルトの声が流れてくる。その美しさとは裏腹に、その声は剣呑な響きを持っていた。
「さっき君は早く捨てたかった、って言ってたけど。童貞は捨てるもんじゃなくて、好きなひとに捧げるもんだ。僕もそれに関してはひとのこと言えないけど、正直後悔してる。彼に全部捧げたかったって。僕の身体に最初に触れるのは、彼であって欲しかったって。君も本当に好きな人ができたら、きっと今の自分を後悔する」

「……カレって?」
「彼は僕の最初の男だった。僕が心から愛したのは彼だけだ。
 彼に僕を受け取ってもらえて、ものすごく嬉しかった。君には、きっとあの歓喜はわからない。僕は君みたいに男同士のセックスで快感を感じることはできないけど、味わった幸福感は負けない」

「幸福感? 気持ちいいってこと?」
「ちがう。相手が愛しくて愛しくて、たまらなくなるんだ。悦ばせてあげたいって。気持ちよくなって欲しいって。彼とひとつになって、彼に好きだって言ってもらえると、このまま死んでもいいって思うんだ」
「全然分かんない。もっと激しくして欲しいとか、イイトコロを突いて欲しいとかは思うけど。してる最中に死んでもいいなんて。ヘンなの」
 ヘンなのはおまえだ。
 快楽のために男に身体を許すなんて、薪には絶対に考えられない。苦痛だからというよりも、男としてのプライドとか、常識とか。それらを凌駕するくらいの相手に対する気持ちがなかったら、そんな真似はできない。

「君がしてるのはセックスじゃなくて、ただの性欲処理だ」
「どう違うの? 同じことじゃない? お互い気持ちよくなれれば、相手のこと好きになれるよ。先輩も桧山も、ぼくのこと好きだって」
「セックスってそういう気持ちでするもんじゃない。相手のことを好きになって、相手のすべてが欲しくなって。自分のすべてを受け取ってもらいたくてするもんだ。そうでなきゃ本当の良さはわからないよ」
「本当の良さ?」
「恋した相手と結ばれて、初めて分かるんだよ。射精の快感なんか比較にならない。そんなものなくてもいいと思えるくらい、気持ちよくなるよ。僕はその喜びを知ってる」

 田辺修一は、何も言わなくなった。
 薪もそのまま黙り込んで、気まずい沈黙が流れた。

 ドアがノックされたときは、同時にドアのほうを見てしまった。ふたりともてっきり北村が来たのだと思ったが、ドアを開けたのはとても背の高いメガネを掛けた男だった。
「青木。おまえ、宇野と一緒にMRIのメンテナンスしてたんじゃ」
「北村さんから連絡をいただきました」
 北村らしい配慮だ。部下の到着を見計らって、青木に電話を入れてくれたのか。

 修一が青木の方を見て、曖昧な笑みを浮かべる。それを受けて、青木は少年ににっこりと笑いかける。
 冷たかった部屋の空気がほっと和む。青木のやさしそうな風貌は、子供を安心させる魅力を持っている。若い女性にはモテないが、老人と子供にはなぜか人気がある。薪は青木のそういう所を好ましいと思っている。

「弁当、食ったのか?」
「はい。とっても美味しかったです。オレ、もう薪さんが作ったハンバーグ以外は食べられないです」
「宇野の分まで食わなかったろうな」
「一所懸命我慢して、4つにとどめました」
 弁当に入れたハンバーグは5個。宇野は1つしか食べられなかったことになる。
「おまえの一所懸命って、どんだけ微妙なんだ」
 くすっと笑って、薪は青木の顔を見た。

 不思議だ。ついさっきまで目の前が赤くなるほど頭に来ていたのに。
 こいつの顔を見たらなんだか落ち着いて、ちょっと話をしたら肩の力が抜けた。今は笑顔まで浮かんできて。青木は新しい魔法を覚えたらしい。

 そこに、北村が部下と共に現れた。
 薪に礼を言って、頭を下げる。薪がにこりと笑うと、北村の部下が目を丸くして「本物の薪警視正だ」と呟いた。本物ってどういう意味だろう。どこかに自分のニセモノでも出没しているのだろうか。
「あの、一緒に写真とってくださ、痛っ!」
 北村に頭を小突かれている。どこの部下も似たようなものだ。

 薪たちは談話室を出た。あとは北村たちの仕事だ。
「メンテナンスは何時ごろ終わりそうだ?」
「4時には完了すると思います」
「え? 早過ぎないか?」
「宇野さんが新しいルートを増設して、倍の速度で作業をできるようにしたんですよ」
 さすが宇野だ。あいつを所轄から引き抜いてきて、本当に良かった。

「僕の家に7時に来い」
 嬉しそうな顔をして、青木がこちらを見る。
 が、すぐに薪の厳しい顔つきに気づいて、訝しげに眉根を寄せた。
「薪さん?」

「中坊なんかに負けてたまるか」
 ぼそりと呟いて、空を睨む。
 どこまでも負けず嫌いの薪だった。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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