スロースロースロー(11)

スロースロースロー(11)







「そういえば最初の頃って、薪さんめちゃめちゃぎこちなかったですよね。ムードもへったくれもなかったし」
『最初』というキーワードで、青木は嫌なことを言い始めた。

「だからオレ、素人童貞なのかと勘違いしちゃって」
 勘違いではない。殆ど当たっている。直前までは行ったのだが、うまく挿入できずに手前で暴発してしまったのだ。
 その後の気まずかったこと。再度挑戦してみれば良かったのかもしれないが、そのときは恥ずかしくて相手と顔も合わせられないまま別れてしまった。それがトラウマになって女の子をベッドに誘いづらくなって、結局筆下ろしは玄人に頼んだのだ。

「もう10年以上も誰ともしてなかったから。その、緊張したっていうか、どうやるのか忘れちゃったっていうか」
 ベッドの中で目を閉じていると、普段は言えないようなことも正直に言える。心地よさが薪の口を軽くしている。
「10年て。鈴木さんと別れてからどうしてたんですか? つまり、そっちのほうは」
「そういう店でそれなりに。でも、26のときに止めたんだ」
「ああ、特別承認の監査が入ったって言ってましたね。でも、あれって警視正になっちゃえば監査は外れるでしょう? そしたらまた行けば良かったんじゃないですか」
 青木の意見は尤もだ。普通だったらそうしたと思う。しかし、薪の身にかけられた監査は普通ではなかった。

「……監査報告書を見せられたんだ」
 薪の人生の中で、ワースト3に入る嫌な記憶が甦ってきた。
 特別承認の書類と引き換えに、小野田に渡された監査報告書。その内容に薪は驚愕した。
 あの時の恥辱と身体中から汗が噴出す焦燥感は、死ぬまで忘れられないだろう。あんな恥ずかしい思いをしたのは生まれて初めてだった。

「その報告書に、僕が利用した店の名前や指名した女の子の顔写真が付いてて」
「へえ。そこまで調べられちゃうんですか」
「それだけならいいけど、ぼ、僕がどんなことをしたとか、その……つまり、内容まで事細かに」
「内容って、やること決まってるのに?」
 薪はしばらく口ごもっていたが、やがてヤケクソになって監査課から自分が受けた被害をぶちまけた。

「口でしたとき何分もったとか、どんな体位で何回腰を使って何分で射精したとか、最長と最短と平均の時間は何分間だとか、そんなことまで書いてあったんだ! 統計データからこの人物は未だ性的には未熟で、平均よりやや早漏ぎみなんて所見までついて!!
 その他にも、正常位より騎馬位のほうを好むとか、バックからは上手く挿入することができないとか! 1回射精したあとは復活するまでに2時間以上を要するため、制限時間中に複数回の性交は不可能だとか!
 僕のアレのサイズから形状まで、データから予想される画像までついて……もう僕、あれ以来怖くて風俗行けないんだ! 何もかも記録取られてるみたいで、とてもその気にならないっ!」

 青木は開いた口が塞がらなかった。
 恐るべし、人事部監査課の捜査能力。
 風俗店の営業許可取消をチラつかせて口を割らせたのだろうが、それにしてもえげつない。
 薪は恥ずかしさのあまり涙目になっている。なんと言っていいものか。

「女性上位が好きなんですか?」
「だって楽だろ、あれ」
「やっぱり女性が相手でも薪さんが下なんですね……」
 その理由がいかにも薪らしい。疲れるとか楽だとかという問題ではないような気がするが。

「じゃあ、10年以上もどうしてたんです?」
「聞くなよ。おまえだってしたことあるだろ」
 まさか。
「あれが一番手っ取り早いんだよ。相手は要らないし、お金も時間もかからないし」
 …………。
「なんで可哀想なひとを見る目で僕を見てんだよ!!」

 実際問題、薪がいくら淡白だと言っても性欲が皆無というわけではないし、こうして射精できるということは体内で正常に精子が作られているということだ。それを何らかの方法で排泄しないと男の体は変調をきたす。放っておくと夢精という現象が起きるが、それだけだと性的不能者と変わりない。
 薪は不能者ではないから、刺激によって射精を促す行為をしていたわけだが、37にもなってそれはかなり哀しい行為であると言わざるを得ない。
 でも、青木はなんだかうれしい。
 10年以上人肌に触れていない。自分のために10年掛けて他人の手による穢れを落としてくれていた。やっぱり薪は自分の運命のひとだったのだ―― そんなふうに考えることができる青木は本当に幸せ者である。世間ではそれをバカと呼ぶが。

 怒鳴って身体に力が入ったせいか、薪は顔をしかめた。きっと傷に響いたのだ。
「大丈夫ですか?」
 こんなに痛い思いを、後どのくらいさせなければならないのだろう。薪が欲しいのは山々だが、傷つく薪を見るのはつらい。
「あの、こういうこと聞くのはルール違反だと思いますけど。鈴木さんの時は、何度目くらいで感じられるようになったんですか?」
 この先どのぐらいこの我慢が続くのか、予定を聞いておきたい。ベッドの中で前の男とのセックスのことを訊くなんて無神経だとは思うが、ゴール地点が決まることで人間は頑張れる生き物だ。
 
 青木の問いかけに、薪はすごく困った顔をした。ゆっくりと首を振って、目の前が真っ暗になるようなことを言い始める。
「僕は、ずっとこのままだ」
「え? 痛いまんまってことですか」
「痛みはだんだん弱くなるけど、女の子みたいに感じるようにはならない。それが身体の中に入ってきて、気持ちいいなんて思ったことは一度もない」
「そんな。鈴木さんとは、あんなにすごいセックスしてたじゃないですか」
 思わず口に出てしまった。
 当然、というか青木の心配とは別のことで、薪は目をむいて怒り出した。
「あれは鈴木の想像だ! 想像と現実の区別も付かんのか! おまえはそれでも第九の捜査官か!!」
 薪は怒鳴ってから再び眉をしかめた。学習しない人だ。

「想像?」
「なんで鈴木の視覚に鈴木の姿が映ってるんだ。おかしいだろ」
 そういえばそうだった。
 しかし、そのときの青木の精神状態も察して欲しい。あの画像は青木にとっては胸を抉られるように辛い画で、泣きながら編集を掛けたのだ。冷静に見ることなどできなかった。
 だが、こうなってくると話は別だ。このまま永遠に慣れない、つまりまともにセックスができないまま、という可能性もあるのか。それはかなり哀しい恋人関係だ。

「おまえ、あれ見て僕とセックスしたいって思ったのか」
 傷ついたような顔をして、薪は得意の勘違いを始める。が、言ってくれるだけマシだ。言葉にしてくれるうちは否定もできるが、この人の場合こころの中にしまい込んでしまうことが多くて、そうこられるとこっちは手も足も出ない。
「違いますよ。そんなつもりじゃありません」
 セックスの快感だけを目当てに、薪をベッドに誘ったと思われたらたまらない。純粋に愛し合いたかっただけだ。

「あの田辺って子に頼んでみたらどうだ。大人の男としてみたいって言ってたぞ」
「冗談じゃないですよ。子供じゃないですか」
「こっちの能力は僕よりずっと上みたいだぞ。すでに3Pも経験済みで、オナニーするときはバ×ブ使ってるって」
「……ほんとに中学生なんですか?」
 あのときの薪の呟きの意味がわかった。
 中学生に負けたのが悔しかったのか。それであんなに必死になって。仕方のないひとだ。

「可哀想な子ですね。きっと、本当のセックスを知らないんでしょうね」
 薪はぱっちりと目を開けて、青木の顔を見た。亜麻色の瞳に男が映っている。それは世界一幸せな男の顔だ。
「可哀想なのはおまえだろ。3ヶ月も経つのに、まともなセックスができないなんて」
「そんなことないです。上手になってきてますよ」
「どこがだ。動かすこともできないのに」
「まだ3ヶ月じゃないですか。16年のブランクを、そう簡単に埋められるとは思ってませんよ」
「だから、僕はずっとこのままだって。あの子みたいに感じられるようにはならないんだぞ。それでもいいのか?」

 薪は自分の未来に悲観的だが、青木はそうは思っていない。
 初めに比べたら、薪の身体はずい分ほぐれてきている。1本入れるのがやっとだったそこも、今は2本入るようになった。2本目は少し痛いらしいが、それでも中と外を同時に攻めてやると、気持ち良さそうに喘いでくれる。物理的には青木のものを受け入れられるくらいに開いてきているはずなのだが、そのときになると薪はどうしても力みすぎてしまうのだ。
 それは自分に自信がないせいかもしれないし、心の底では青木を受け入れることに抵抗があるのかもしれない。薪の本音はなかなか見えてこないが、身体のほうは着実に開発されている。
 だけどそんなことより、本当に大切なのは。

「こうやってあなたを抱いているだけで、オレは世界一幸せな男になれます。心が満ち足りて、他には何もいらないって思えるんです」
 本当に。
 薪のほかは何も要らない。このひとの存在こそがすべてだ。

 極端な話、肉の快楽なんかどうにでもなる。身体をつなげたいという欲求はあるが、中に入れなくたって、相手のものと擦り合わせてイクときにはかなりのハイレベルな快感があるし。どうしてもバックで感じることができないのなら、オーラルセックスで通してもいいとさえ思っている。
 相手が薪でなかったら、そんなことは思わない。
 青木だって、あの目も眩むような悦楽を知らないわけではない。薪の狭い肉の壁に締め付けられる強烈な快感を味わいながらも、それを途中で止めるのはかなりの自制心がいる。だから青木は薪と会う前には、予め3回くらい抜いておくことにしている。

 大切にしたいから。傷つけたくないから。
 このひとの喜ぶ顔が見たいから。
 
「オレたちのペースは、これでいいと思いますよ。あの子たちに比べたらスローかもしれませんけど」
「スローなんてもんじゃないだろ。新幹線とカタツムリくらい違うぞ」
「じゃ、×3くらいで」
「おまえはホントにバカだな。時速100キロで移動するカタツムリがいるか」
「知りません? シトロエンの愛称は、カタツムリって言うんですよ」
 青木の苦しいこじつけに、薪が呆れた顔をする。ピロートークのときには、そんな顔すら愛らしく見える。

「車の試験があれば、ベスト10入り間違いなしなのにな」
「薪さんが警視長になったら、改定案出してくださいよ。そしたらオレ、警視正の試験でも合格できるかもしれません」
「おまえみたいなのが警視正になったら世も末だ。警察の未来は真っ暗だ」
「ええ~」
 クスクスという含み笑いとともに、華奢な肩が揺れる。青木はその微動をとてもうれしく感じる。

 恋人の顔を覗きこむと、いつもの意地悪そうな顔。
 青木は苦笑して、皮肉な笑いに歪められたくちびるにキスをした。




*****

 以上、『新人騒動』で小野田さんが薪さんの打ち止めの回数を知っていた理由でした☆☆☆



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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