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ジンクス(17)

ジンクス(17)







「で? なに。結局、ノロケ?」
 午前中の雨が幻だったかのように晴れたその日の夜、青木は研究所の庭のベンチで雪子と一緒にピザを食べていた。Lサイズのガーリックミートとダブルチーズのこってりしたピザは、雪子のリクエストだ。

「違いますよ、なに聞いてたんですか」
「あんたの顔見てると、悩んでるように見えないんだけど」
 赤く縁取られた大きな口がピザにかぶりつく。すでに3ピース目だ。薪もこれくらい食べてくれるといいのだが、と青木は思う。
「いや、本当に悩んでるんですよ。あの夢のせいで室長の顔をまともに見られないし、仕事でも大きなミスして、結局あのひとに迷惑掛けて。今回なんか人身御供に出されるところだったんですから、シャレにならないです」
「薪くんならではってカンジだけど。でも薪くんは強いわよ。見かけによらず」
「はい。見事な背負落しでした」
「そのはずよ。大学の頃からあたしが仕込んだんだから」
「そうだったんですか」
 雪子は柔道4段の腕前である。
 薪もあの小さな身体で黒帯だというから初めは驚いたが、組み合ってみて簡単に投げ飛ばされてしまったことがある。あまり力はないので寝技に持ち込んでしまえば勝機はあると雪子にはアドバイスを受けたが、寝技は別の意味でとてもできない。青木も警察大学で基本だけは習ったが、6ヶ月程度でものになるわけもなく、当然白帯のままだ。

「べつに悩むことなんてないじゃない。すこぶる正常よ。好きな人とはセックスしたくなって当然でしょ」
 ズバッと言って、4枚目のピースを口に運ぶ。女性と話しているとは思えない会話だ。
「でも、薪さんは男のひとで」
「男の身体のまま夢にでてきたって?」
「はい」
「で、最後までやっちゃったんだ」
「はい」
「じゃあ、あとは実践だけね」
「はい。……いいえっ!」
 なんでもない調子で恐ろしいことを言う。こういうところが少し、薪に似ている。

「何事も、イメージトレーニングは大事よ」
 ペットボトルのウーロン茶をごくごくと飲み干し、サイドメニューのフライドポテトに取り掛かる。その食べっぷりは見事としか言いようがない。
「前にも言ったでしょ。男か女かなんて、些細な事だって。薪くんもまんざらじゃないみたいだし、思い切って告ってみたら?」
「え!? 無理ですよ。それこそ投げ飛ばされます」
「薪くんが人前で泣くなんて、本来ならありえないわよ。大学の時に1回見たことあるけど、あたしが見たのはそれっきり。克洋くんが亡くなった時にも、人前では泣かなかった。さんざん泣いた目だったけどね」
 早い者勝ちとばかりに5ピース目のピザに手をつける。もしかしたら、1枚では足りなかったかもしれない。

「青木くんに心を許してる証拠よ」
「……ジンクスのおかげだと思います」
「え?」
 雪子の疑問に、青木は答えることができなかった。
 薪のあのジンクスは、多分―――― いや、間違いなく、雪子の元婚約者にしてもらっていたことだからだ。それを雪子に告げるのは酷というものだ。

「薪さんが泣いたところなんて初めて見たから、驚いちゃいました。でも、すごく可愛かったんですよ。子供みたいになっちゃって……ああ、守ってあげなきゃ、ってオレ……」
「やっぱノロケじゃん」
「違いますよ」
「あー、月がきれいね。今夜、十五夜なんですって」
「そうなんですか?」
 ふたりが座っているベンチからは、第九の建物が見える。室長室にはまだ明かりが点いているようだったが、薪は知っているだろうか。この月を見ただろうか。

「三好先生に聞いてもらえてすっきりしました。オレ、やっぱり薪さんのことが好きです。でも、それを伝えるのはもう少し先のほうがいいと思います。オレがもっと仕事ができるようになって、薪さんに信頼してもらえるようになって、そうしたら……」
「決めるのは自分だからね。悩んだらいつでも言いなさい。聞いてあげるから」
「ありがとうございます。って三好先生、どんだけ食うんですか? オレ、まだ1切れ目なんですけど」
「あら。もう一枚追加するなら手伝うけど?」
 きれいにマニキュアを塗った手で携帯電話を取り出す。近くのピザショップの番号は、既に入力済みである。
「もしもし。科警研の三好ですけど。ダブルミートピザのLサイズを一枚とイタリアンバジルのMサイズを。コーラとウーロン茶もお願いします。急いでね」
 呆気に取られる青木に、研究所の門のところでピザを受け取るように命じると、雪子は優雅に足を組んだ。

 青木がその場を離れた間に、雪子は薪のことを考える。
 薪が自分の婚約者を好きだったのは知っている。
 鈴木は自分と知り合う前から薪とは親友という間柄で、多分、身体の関係も含めた恋人同士だった。周囲から見れば、他人より抜きん出ている薪に鈴木がくっついているように見えたが、本当は逆だ。薪は彼に夢中だった。それを自分が奪ったのだ。
 正確には鈴木のほうから雪子に近づいてきたのだが、薪に最初に会ったときのあの目は忘れられない。視線で人が殺せるものなら殺してやりたい―――― そう言いたげな瞳だった。

 あれから15年。
 薪との付き合いも、そんなになるのだ。もはや他人とは思えない。手のかかる弟のようなものだ。

 15年経って、警察庁の歴史を塗り替えるような数々の輝かしい功績を立てて、第九の室長の役職も板について、薪はすっかり大人の顔をしている。それでも根っこの部分は変わらない。わがままで自分勝手で頑固で、そのくせ寂しがりやの子供―――― そのすべてを許して薪を安らがせてくれた鈴木は、もういない。誰も代わりにはなれない。鈴木のようなお人好しは二人といない。
 薪がこれからも警察でやっていこうと思うなら、誰か別の人を見つけるしかない。
 薪は見た目ほど強くない。強そうに見えて、本当はひどく脆い。支えてくれる人がいなかったら、室長の重責に、抱え込んだ秘密の大きさに、押しつぶされてしまうだろう。

「悠長なこと言ってたら、薪くんのほうが先にダメになっちゃうと思うけどな」
 雪子は本気で薪のことを心配している。
 我ながらおかしな関係だと思う。薪は自分の婚約者を殺した男なのだ。しかも彼の、元恋人でもある。絶対に仲良くはなれないはずなのに、自分は薪が嫌いではない。
 薪は自分にとても気を使うが、それは罪の意識がなせる業で、嫌われているわけではないと思う。昔はよく鈴木と3人で遊びに出かけたものだ。
 薪と2人で鈴木のために料理を作ったり、クリスマスのプレゼントを選んだりしたこともある。そんな時、薪は少しだけ辛そうにしていたけれど、決して雪子の誘いを断らなかった。鈴木を忘れる努力をしていたのだと思う。
 鈴木から聞いた話だが、雪子との結婚を決めたことを薪に告げたときも、割と平気な顔だったという。あの事件さえなければ、雪子が鈴木と結婚していたら、今頃は薪にも可愛い恋人ができていたかもしれない。―――― あまり想像はつかないが。

 あの事件があって、薪は鈴木(支え)を失った。
 あれから1年。
 その間にも薪の肩にかかる重荷はどんどん増えて、とっくに限界を過ぎている。薪には誰かが必要なのだ。

 青木には見所がある。
 薪が言うほど鈴木に似ているとは思えない。薪は、青木の中に鈴木を探しているからそっくりに見えるのだ。
 むしろ鈴木にはなかった無鉄砲さこそが、青木の魅力ではないかと思う。
 鈴木はやさしいひとだった。優しすぎて、結局なにも捨てることができなかった。
 貝沼の脳を見た他の捜査員が精神に異常をきたしていたことから、そのすべてを見たら狂うかもしれないことは、鈴木は充分に承知していたはずだ。それでも彼は薪のために、それを見続けた。
 雪子との人生を選ぶことも、薪のことを見捨てることも、どちらもできずに結局自分自身を捨てたのだ。
 青木はそういうタイプではない。
 薪のためなら何でもできるというが、自分を犠牲にするような真似は結局相手のためにならないことを知っている。鈴木がキレたのは見たことがないが、青木は結構、よくキレる。そして思い切った行動に出る。それこそが薪を悔恨の泥沼から救い出す原動力になると、雪子は確信している。

 ピザの箱を両手に抱えて駆けてくる第九の新人に、雪子は心の中でエールを送った。

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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